第56話 義妹は、聖女に出会うが、性女じゃないか疑う

 「ここがマーロナポリスね」


 私は依頼を受託後、馬車に特急で揺られて聖地マーロナポリスへと訪れた。

 採石場の上に町が出来たかのようなこの町は、印象とは裏腹に人々の活気に溢れている。


 とりあえず街道を練り歩くと、道の両脇には永遠に続くかのように錯覚する程、商店が並んでいた。

 商店街の規模としてはブリンセル以上ね、と素直に驚かされる。

 マーロナポリスには何もないなんて言われてるけれど、それでこの活気はありえないでしょう。


 この町には人がいる。そして冒険者や商人、観光客に巡礼者達で溢れていた。

 人がいれば、物が集まり、文化が集まる。

 間違いなくここは立派な都市だった。


 「バーレーヌ名物コカトリスの焼き鳥はどうだいー!」

 「美味しい美味しい新食感! 氷菓子はいかがー!」

 「さあ寄ってらっしゃい、美味しいドリンクはどうだいー!」


 左右から騒音じみた客引き文句が流れてきた。私は少し雑音に耳をピクピクさせながら苛立つ。

 ここは暮らすには賑やか過ぎて不便ね。


 「折角だから、先に何かお腹に入れようかしら?」


 今は丁度一人だ。直ぐに護衛対象とコンタクトを取りたいのもやまやまだが、先にエネルギーを蓄えておくのも仕事のプロでしょう。

 そう思うと、私は単純に興味を持ったある店を訪れる。


 「いらっしゃい、氷菓子に興味があるかい?」

 「そうね……ねえ、これってどうやって冷やしてるの?」


 私は出店に近づくと、奇妙な金属製の箱に詰められたアイスクリームを覗き込んだ。

 氷の魔石を使って冷やしているのだろうか? でも氷の魔石は大陸北部の限られた地域じゃないと産出されない貴重な魔石だから、凄く高価だと聞くけれど。

 私は値札を見る。一人前180Gとあるが、これは氷菓子としてはむしろ安いわね。

 ブリンセルでこの時期氷菓子を買えば、相場はこの二十倍は取られるわよ?


 ただ値段の安さの割には客があまり寄っていないわね。

 今は特に夏、聖地も例外なく暑く、氷には需要もあるだろうに。

 あまりに安くて怪しいと思われてるのかしら、そう思うと私もこのキンキンに冷えた金属の箱が無性に気になった。


 「ああ、詳しい仕組みは知らないけど、発明した学者さんが言うには冷媒が気化熱を出すから、それを内部の金属管通って熱された空気が冷やされるんだって」

 「冷媒? 魔石じゃないの?」

 「なんでも炎の魔石があれば、半永久化するらしいけど」


 売り子も専門家ではないからか、詳しくは説明できず困った顔をしていた。

 ついつい最新鋭製品大好きな私としては気になってしまったが、これ以上は営業妨害になるかしら。

 私は財布を取り出すと、アイスを注文した。


 「あいよ、すぐ溶けるから急いでね!」

 「ありがと、中々面白いもの見せて貰ったわ」


 店員は丸いスプーンでアイスを掬うと、食べられる容器にアイスを載せて差し出す。

 私は料金を支払うと、アイスを受け取って店を離れた。

 最後まであのアイスを冷やす金属の箱が気になったが、後部に霜が降っているのに驚いた。

 つくづく人類の進歩は止まらない。連綿と続く人類の技術への信仰は過去に負けることなどないのだ。


 「ん、甘くて冷たいっ」


 私は目を細めて、アイスを美味しく食べる。

 ミルクをふんだんに使ったアイスクリームは濃厚で舌が蕩けそうだ。

 こう暑い夏場には欠かせないわね。

 あれ、ブリンセルでも出したら絶対ブーム来ると思うわ。

 後で調べて見ようかしら?


 「さて、と、……あれが目的地ね?」


 私は手早くアイスを食べ終えると、手に付いた溶けたクリームを舐め取り、小高い丘の上に建立された聖教会の大聖堂を目にする。

 白亜の美しい外観は土台をコンクリートで固め、古代の建築様式がふんだんに取り入れられている。

 なんでも千年近くの歴史があるんだっけ。

 聖教会なら私の空飛ぶ靴レビテーションブーツのこともなにか分かるかしら?


 「それにしても馬鹿と偉い人はどうして高い所が好きなのかしら?」


 私は大聖堂へと続く坂道に並ぶ長蛇の列にうんざりしながら、空飛ぶ靴レビテーションブーツの力でさっさと空を飛んで大聖堂に向かった。

 大聖堂前は入場制限につき順番待ちの様子だ。

 いちいちこれを待っていたら、何時間あっても時間が足りないわね。

 私はそう思うと、裏口の方に飛んで行き、そっと静かに着陸する。


 「こっちは物資搬入口かしら?」


 大聖堂の表側とは対象的に、こちらは閑散としている。

 一応警備兵はこちらにも配備されており、年若い警備兵が私を見咎めた。


 「む、ここは関係者以外立入禁止だぞ」

 「タクラサウム・タンポポ陛下のご依頼で、聖星祭の護衛に来た冒険者のガーネット・ダルマギクよ。照会願えるかしら?」


 私は慣れた様子で、依頼書を警備兵に差し出す。

 警備兵は二人いて、顔を見合わせると一人がすぐに、物資搬入口に入っていった。


 「赤の冒険者……」


 年若い警備兵は私の胸元を見て、ゴクリと喉を鳴らす。

 言わずもがな胸元の赤の識別票を見てだろうけど、ちょっと可愛らしくて弄りたくなってしまった。


 「どこ見ているのかしら?」


 私は敢えて胸を中央に寄せると、警備兵は顔を赤くしそっぽを向いた。

 あらあら、本当に初心ね。

 まあどうせ男臭い宗教関係者だ、胸元の開いた格好自体が珍しいのだろう。


 私はすぐに、警備兵を弄るのに飽きると、髪を弄って照会を待った。

 とはいえただ待つのも少し億劫だ、警備兵に聖女の話でも聞いてみましょうか。


 「ねぇ聖女シフってどんな人なの?」

 「す、凄く素晴らしいお方です! 誰よりも信心深く、そして誰にでも優しく!」

 「ふーん、絵に描いたような聖女ね」


 逆に胡散臭いと思えるくらい、警備兵の語る聖女は理想的な信者という感じだった。

 確か聖女は司教様だったわね。あえてませたことを言えば聖星祭はキャリアアップ目的かしら?


 次期教皇候補なんて言われているけど、今は聖女様も実績が足りないものね。

 完全に邪推だけど、これで大司教に選出されれば、本当に教皇の道も見えてくるでしょう。

 所詮は出世目的、そういう俗物だったらどうしようと、ちょっと不安になる。


 評判は大層良いけれど、外面なんていくらでも作れるんだから。

 私だって、結構外面意識しているものね。


 「お待ちしておりましたぞ、冒険者殿」


 突然野太い老人の声が聞こえた。

 搬入口から現れたのは厳つい顔の大司教の姿だった。

 白を基調とし、聖教会が重要視する青を配色した大司教の制服をゆったりと揺らしながら厳つい老人は、ゆっくり寄ってくる。

 思った以上に鋭い眼光に、思わず驚くが、私はすぐに駆け寄った。


 「ガーネット・ダルマギクです」

 「ふむ、ワシは大司教アークビショップのレーベ・カガチと申す」


 カガチ大司教か、なんとなく人を信用してなさそうな、そんな冷たい視線を彼からは感じた。


 「早速ですけど、聖女様と会わせて貰えますか?」

 「承知しておる、ついてくるがいい」


 カガチ大司教はそう言うと、踵を返して物資搬入口へと向かう。

 私はその後ろをついて行った。

 警備兵は呆然と私を見ていたので、私はリップサービスでウインクすると、警備兵は顔を赤くして俯く。

 本当に女性免疫の無い人ね、あれなら兄さんの方がまだ免疫あるかも。

 まあ兄さんも、大概ヘタレだけど。


 「あ、カガチ大司教!」

 「聖女殿の侍女か」


 大聖堂に入ると、早速大司教に駆け寄る女性がやってきた。

 聖女の侍女と言っていたわね、思ったより年若い?

 多分だけど、私やコールンさんよりは年上だけど、アナベルさん位の年齢じゃないかしら。

 美容は怠っているのか、素材は良さそうだが頓着はあまりしてないようで、髪はボサボサ、肌も荒れているわね。

 まあ他人にとやかく言う程私はお節介じゃない。

 ようは、無事依頼を完遂したいだけなのだ。


 「そちらの方が護衛の方?」

 「どうもー、冒険者です」


 私はニッコリ笑顔で、手を振った。

 侍女さんは私の胸元の識別票を見て驚くが、まあいつものことね。


 「赤の冒険者、エルフって見た目より老いづらいって聞くけれど……」

 「列記とした十八歳! 誰がマナが腐ってるですか!」

 「そこまでは誰も言っておらんだろう……侍女殿、彼女を貴賓室に案内する。君は聖女殿を」

 「あっ、畏まりました!」


 侍女は聖女の居場所を知っているのか、迷いない足取りで足早に駆けて行った。

 私達はそのまま貴賓室へと向かう。


 「ここで待っておくが良い」


 カガチ大司教は貴賓室に案内すると、中は無骨な外観からは想像できないような、上等な調度品が揃った、悪い意味で言えば成金な部屋だった。

 私は苦笑しながら、ソファーに座る。


 「中々お金掛かってますね」

 「対外政策に一番金を掛けるのは当然であろう?」


 ふむう、見た目の通りカガチ大司教はあんまり私に好意的じゃない。

 というか、信用されてないんじゃないだろうか?

 ちょっとしたジョークも通用しそうにない雰囲気は、気不味いなんてもんじゃないわね。


 「……陛下のお墨付きの竜殺し嬢と聞いたが、こんな小娘とはな」

 「む……どんな風に伝わっているか知りませんけど、実力は本物と証明出来ますよ?」


 私はちょっとカチンとする。

 普段はなるべく表情には出さないのだけど、舐められっぱなしというのも我慢ならない。

 特にカガチ大司教は私を若い今時エルフ女子と軽蔑しているのが丸わかりだ。


 「……期待しておこう」


 しかしカガチ大司教は、そう言うと目をゆっくりと閉じて、私を見ようともしなかった。

 本当に期待しているのかしら、こちとら冒険者、料金以下の仕事はしない主義よ?

 冒険者は金にがめついと言われるが、一番大事にしているのは信用よ?

 金にがめついのは、経費が掛かるからだ。

 装備もアイテムも、移動費や滞在費だって全部自前なんだから、兎に角冒険者は経費が掛かる。

 お金は大事だけど、ちゃんと依頼を受けるには、まず信用が第一なのだ。


 「聖女シフ様をお連れしました!」


 扉が叩かれる、扉から聞こえたのはあの侍女の快活な声だ。


 「入りたまえ」


 ガチャリ、と扉が開かれると、部屋に入ってきたのは目を瞑った金髪の美女だった。

 ゆさり、ゆさりと腰を振りながら、胸元は晒し、生足が修道服のスリットから見え隠れしていた。

 初見だったが、その姿は所詮私が「お子ちゃまなんだ」と実感するほど衝撃的で、彼女は意図的なのか魅惑的な腰振りで貴賓室へ入ってくる。

 か、完全敗北だ……女として完全に私は劣っている……ッ!

 悔しいが聖女シフの妖艶な美しさはイザベルさんと同レベルであった。


 「お待たせしました護衛様」


 少しだけはにかみ、聖女は修道服の裾を両手で掴んで広げて見せた。

 私はこの聖女を舐めるように見て、くわっと目を見開く。


 聖女じゃなくて性女でしょコイツー!?

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