第54話 義妹は、国王陛下に謁見する
ピサンリ王国首都ブリンセルは元々は地方領主の治める一つの地域に過ぎなかったという。
それが約六百年前に、この大陸を駆け巡る大騒乱が勃発した。
その当時、今より閉鎖的な社会の中、魔王が現れ戦火を各地に広げていく中、封建的貴族社会の対応は遅れに遅れた。
今でこそ軍隊も中央集権体制によって、一人の国王の号令の下動けるものだが、その時代は違う。
地方の領主達は、自前の専門軍人など殆ど持つこともなく、殆どが農民からの出兵であったため、各地でその戦力は差があった。
そんなともすれば弱小の領主に過ぎなかったのが、後の初代国王ブリンセル・タンポポであったという。
ブリンセルは優れた将であり、また戦略家であった。
悪戦苦闘が続く魔王との戦いに、数少なく各地で勝利を重ね、その勇猛さは各地に轟いた。
やがて、魔王は
戦乱の後に待つのは、すべからく荒廃した大地だった。
治安は乱れに乱れ、戦争で行き場を失った傭兵くずれ、農地を放棄し、山賊に身をやつす者たち。
人々は望んだ、この世界を平定する王の存在を。
かくして元々は弱小の地方領主に過ぎなかったブリンセルは、民衆の支持を一身に受け、元々はただ広がる小麦畑の中心にピサンリ王国は建国された。
その後数百年を掛けてその地はブリンセル王の名を冠した大都市へと変貌していった。
元々が歴史ある土地ではなかった為か、この都市は王城を中心に円状に広がる特徴的な都市構造をしている。
都市を囲う城壁には、歴史の中で何度も改築した跡を残し、今や歴史ある都市ブリンセルとなったのだ。
「ワタゲ城……増改築すること七回を得て誕生した、大陸で最も巨大、荘厳な城……ね」
私は依頼受領の為に、そのワタゲ城を訪れていた。
今は城門前、門番の騎士は重装鎧に身を包み、その素顔は伺えない。
ただ装備はよく磨かれ、まるで新品のように美しい。
比較的同じ装備を長く使う傾向のある冒険者とは対象的ね。
「おい、通っていいぞ」
さて、そんな門番相手に話をつけていたのは冒険者ギルドのギルドマスターザインだ。
気の性か門番の騎士たちは震えているようで、ザインの放つ歴戦の勇士の気に怯えているのだろうか。
いや、違うわね……獰猛な肉食獣に睨まれた時の気配かしら、まああの厳つさじゃ無理もないわね。
私は門番には目を合わせることなく、城門を潜る。
まず見えたのは石の階段だ、それもすっごく長い。
王城の外周を一周するように石段が伸びているわねー。
「防御設備とはいえ、鬱陶しいわね」
「まあ城塞なんてそんなもんだわな」
私達はうんざりしながら石段を登る。
脇に目を向ければ、小さな窓が無数に覗いている。
戦時では階段で疲弊させて、小窓から矢を射掛けるのだ。
中々陰湿でゾッとしない構造だが、幸運なことにこの設備が使われた例は存在しない。
まあ正直魔族って結局は飛べる奴の方が多数派だし、地上で迎撃するよりも、対空射撃を重視した方がいいのだろうけど。
そういう意味でも、この街の真の栄光ある防衛設備は、街を囲う城塞よね。
城塞上部には大砲が設けられており、不審な者を長年に渡って迎撃してきた真の英雄だ。
乱戦ならいざ知らず、砲術師は合戦では絶大な力を発揮するからね。
「ねえ、今更なんだけど、タンポポ陛下は、どうして宮殿を用意しないのかしら?」
私は階段に少々うんざりしながらザインに尋ねた。
来賓が来るときは、これどうするのかしら?
戦術要塞で来賓を歓迎するのは、常在戦場の心構えとはいえ、これはやり過ぎじゃないの。
「そりゃ金の問題だろう?」
「金金金かあ、恥ずかしくないのかしら」
「それに、宮殿なんか用意した所で、戦争になったら役立たずだからな」
ザインからすればまだ戦争が終わって十五年、私にとっては物心がつく頃だったから、所詮過去の出来事だ。
けれどザインからすればまだ十五年なのかもしれない、兄さんと同じね。
「それにまぁ、あれだ? 魔術師ってのは飛べるんだろう?」
ザインは生粋の戦士職の男だ、それ故に魔法の知識はやや疎い。
私は間違いなく
兄さん曰く、ジャンプの魔法はそんなに難しくはないらしい。
ただ兄さんでも見えない距離にまでジャンプするのは怖いと言っていた。
街から街へと魔法で一飛びする奴はキチガイだとは兄さんの言だったわね。
そりゃまあ、飛んだ先に壁でもあれば、ミンチより酷ことになるのだから、恐ろしいわ。
「あっ、ねぇこっちが勝手に飛んでも良いと思う?」
「あん? 飛ぶって魔法使えるのか?」
「ふふん、私にはこれがあるもの!」
私は靴に飛べと魔力を送る。
すると私の
それを見たザインは感嘆する。超古代のオーパーツを間近に見て、冒険者らしく興奮していた。
「おお、それがお前が手に入れたという古代エルフ族の秘宝か!」
「これさえあれば、空なんて自由自在よ」
「しかしな、あの遺物嫌いのお前がよくそんなどういう原理で動いているかも解らん魔法の道具に頼ったな?」
「うぐ、まあ……便利なのは便利だし?」
言えないわね……本当はコールンさんをギャフンと言わせたくて使ってたなんて。
元々兄さんに色目を使う女への牽制用だったが、実際は殊の外私と相性が良くて愛用している。
確かに原理不明の力で動いているし、いつ墜落するか分からないのは怖いけれど、かと言ってメンテナンス方法も分からないのよね。
知り合いにハイエルフなんていないし、てかハイエルフって現存するのかしら?
エルフはハイエルフから進化してきた種族なんて言われるけれど、進化種が旧劣等種を絶滅させるのは自然の理だものね。
「手に捕まって」
私は一旦靴の危惧は忘れて、ザインに手を伸ばす。
ザインは恐る恐る手を掴んだ。
「だ、大丈夫なのか?」
「一人位なら問題ないわ、ただし手を離さないで、よ!」
私は直ぐに靴に指令を出す。
私の身体はまるで浮遊するように、飛び上がった。
「おおおおお!?」
「舌噛むわよ!」
年甲斐もなく、なんとも言えない悲鳴を上げるザイン。
意外と情けない所もあるのね。
私は城の前に着地すると、ザインの手を離した。
ザインはいきなり重力に捕われ、着地によろめく。
私は改めて、その荘厳なワタゲ城を見上げた。
「改めて荘厳ねえ」
「お待ちしておりましたぞ、ザイン殿、ガーネット殿」
私は声の方を振り向く。城門前で貴族風の男がこちらに会釈した。
ザインはすかさず駆け寄ると、平伏するように頭を下げた。
「これは大臣殿、お約束の通り連れて参りました」
「ふむ、あれが竜殺し……」
大臣というおじさんは歳はザインと同じか、それ以上よね?
整えられた顎髭を擦り、やや厳つい印象を受ける。
どうやら値踏みされているようだ、愛嬌でも振りまいてやるべきかしら?
……て、ないない。ありえないから。
今更可愛いキャラを作るとかありえないし、兄さん相手ならともかく。
「ふむ。陛下がお待ちです……こちらへどうぞ」
大臣は姿勢を正し、優雅に歩き出した。
ザインは私には目配せすると、私は小さく頷き、その背後をついていく。
私はザインに耳打ちした。
「なんか怖い人ね」
「街の施政を監督する大臣だからな」
つまり市長さんって訳か。
国政にパイルドライバーをって顔じゃないわね。
まあ気難しそうな人じゃなければいいけれど。
「ねえ質問いいかしら?」
「なにかね?」
「今回の依頼、正直言って、任せるなら騎士団では?」
私は至極真っ当なことを言ったつもりだ。
しかし大臣はやや目を釣り上がらせた、私は少しビクッとする。
「そうしたいのも山々だが、騎士団を動かすにも金が掛かる、冒険者の方が確実で安上がりなのだよ」
「………そうですか」
大臣は「ふん」と鼻を鳴らすと、そのまま大扉を開いた。
大扉の前に守衛と思われる上等な鎧を纏った兵士が立っていたが、流石は大臣顔パスだったわね。
私達も大扉を潜ると、そこは謁見の間だった。
上座に最上級の豪奢な椅子があり、それが誰の為かは丸わかりだった。
大臣は中に居た文官に何やら小さな声でなにかを伝えていた。
エルフ聴力で聞き取るも、よくわからない。
文官は大臣に会釈すると、部屋の奥へと向かった。
「まもなくタクラサウム陛下がここに訪れる、粗相の無きよう」
「ハッ! 勿論でございます!」
暑苦しいな、ザインの嫌に大きな返事に私は少しうんざりする。
熱血系ってどうも苦手なのよね、兄さん位ダウナーなら好みなんだけど。
私は改めて、顔を上げる。
天井を見上げれば、なんと天井に絵画が描いてある。
絵画の内容は恐らく初代ブリンセル王の叙事詩だろうか?
見事な筆致で、色鮮やかに写実されたそれは、これが贅沢なのだろうと思う。
あらゆる意味で庶民とは隔絶した存在なのね。
「国王陛下の御成ーっ」
文官の声が聞こえた。
大臣とザインは直ぐに膝を折る。
私も身についた作法をフル動員して、平伏する。
玉座の後ろ、暗幕から現れたのは白髪の目立つ六十代の国王、タクラサウム・タンポポ、その人だ。
「諸君ご苦労、余がタクラサウム・タンポポである」
「陛下、彼女が聖女シフの護衛を勤めますガーネット・ダルマギクです」
「ほう、久しいな竜殺し嬢よ」
「へ? あ、えーと?」
やばい……身に覚えがないんだけど?
どこで国王陛下と会ったっけ?
久しいって、えーと?
「叙勲式、お前忘れたのか?」
脇を小突いて説明するザイン。私はあぁと思い出した。
あの時は突然王城まで強制連行されて、色んな大人たちの前で謝辞だか挨拶だか、何が何だか分からないまま圧倒された。
第三位の位階への昇格は、国王陛下直々に挨拶と祝辞があったの思い出した。
そうじゃん。識別票渡してくれたのも、この恰幅の良いおじいちゃんだったわ!
私は思い出すと苦笑い、そういえば嫌に小太りしたおじいちゃんがいたって記憶だったけど、あれが国王陛下だったのね。
本当にニ年前の私って色々社会に不慣れな子供だったのね。
「ホッホッホ、相変わらず美しい、強く気高いの。竜殺し嬢は」
「あ、アハハ……その、恐縮です」
私は恥ずかしくなり、小声になってしまう。
つか、なんで国王まで竜殺し強調するのよ、私って王様からなんか持ち上げられてない?
私は改めて、玉座に座る肥満体型の王様を見た。
豪奢な洋服に、国章をあしらった深緑のマント、白髪の目立つ好々爺とした老人は目を細めて、顎髭を擦った。
「今回の依頼、竜殺し嬢なら確実に達成してくれると信じておる。引き受けてくれるのじゃな?」
「陛下のご命令であれば」
「ふむ、感謝する。昨今国内の治安に不穏な影があるように思えてならん。その為に騎士団にも
「陛下、街の治安は
大臣は突然自信満々にそう言った。
治安維持、そんな仕事まで大臣ってあるの?
「うむ、期待しておる。それで竜殺し嬢よ、護衛の依頼を出す以上、そちらの要望は可能な限り聞こう、報酬は
流石国王、報酬第一の冒険者を良く理解してらっしゃる……と、本来なら
報酬を言い値で払う気の国王も大概だが、ここは大人の対応でいこう。
「報酬は出来高で如何でしょう?」
「出来高でか? そちがそう言うなら余は構わんが」
「では聖女シフの聖星祭での護衛、引き受けさせていただきます」
私はそう言うと頭を垂れる。
しかし視線は周囲を逃さなかった。
この依頼、不自然な私への依頼の提案。
ザインはなんらか権力闘争が起きていると判断していた。
彼もまた、鷹の目のような鋭さで、周囲を伺っている。
この中にアクシデントを求める者はいるのか?
国王、大臣、文官……ここは政略の魔宮、余人には伺いしれない謀略が渦巻くのか。
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