第53話 義妹は、陰謀論に巻き込まれたかもしれない

 「入れ、ダルマギク」


 冒険者ギルド二階に併設された宿屋の一角、窓のない応接間に入ると、私達はテーブルにつく。

 私の目の前、ギルドマスターのザインが重い腰を下ろすと、早速依頼を尋ねてみた。


 「で? どんな面倒事なわけ?」

 「面倒、か……。まぁ面倒かもしれんな」

 「うん?」


 要領を得ない返事だ、ザインは太い腕を組むと、ゆっくり顔を上げる。

 私はザインを計りかねた、あの豪傑ザインがこんな顔をするなんて思わなかったから。

 しかしそこはザイン、しばし沈思黙考するが、すぐに答えを纏めて、私に依頼の説明を始める。


 「ダルマギク、聖星祭って知ってるよな?」

 「当たり前でしょ。聖教会の行事よね?」


 詳しい行事の意味までは知らないが、この時期過去の偉人に扮して、聖教会の司祭だかが各地を練り歩く。

 聖教会はここピサンリ王国では絶大な信仰者を持つ最大の宗教組織だ。

 ピサンリ王国の国教そのものであり、教皇の権威は王様と同等なんて言われているもの。


 「依頼内容は簡単といえば簡単だ。今年の巡礼者の護衛の依頼だ」


 私はピクリと眉を跳ね上げた。

 聞き捨てならないわね。私は顔を険しくすると、ザインに突っぱねた。


 「なんで国家行事に冒険者ギルドが関わるのよ。騎士にやらせなさいよ、騎士に!」


 冒険者ギルドは国家に恭順きょうじゅんはしているが、元来自由に生きたい無頼漢ぶらいかん達の拠り所だ。

 余程の有事でもない限り、ある程度自由に振りまえるのが冒険者の利点よ?

 だけどそれを一番理解わかっている筈のザインが、そんな耄碌もうろくしたことを言うだろうか?


 私はピクピクと長耳を縦に揺らす。

 多分……悪い予感、よね?


 「依頼人の名はタクラサウム・タンポポ」


 ガタン! 私は驚愕のあまり、テーブルを叩いて立ち上がった。

 え……だってその名前は?

 私は思わず天井を仰ぎ、顔を覆う。

 ザインは冷静に座るように促した。


 「馬鹿にしてるんじゃないのよね?」

 「お前が歳の割りに利口なのは理解している。冗談か真か位判別が付くだろう?」


 私は席に座り直すと、首を振って落ち着きを取り戻そうとした。

 けれど、これはそう簡単に落ち着ける訳がない。


 「がなんで私を名指しな訳?」


 タクラサウム・タンポポ。このピサンリ王国の長い治世で第二十四代国王へと就任した。

 このタクラサウム国王については特に言うことはない。

 治世において、この時代は非常に安定しており、特に異種族問題は先代国王の時代で解決させたしね。

 まだ目立った功績を上げていないが、安定した治世には国民の評価も高く、歴代でも良い王の方ではあろう。


 とはいえ、だ。

 所詮は一介のエルフに過ぎない私が、なんで国王陛下から直々にご指名を?

 私なにかしたっけ? とはいえ思い返してもまるで思いつかない。

 困った私にザインは厳つい顔で、依頼の説明を続けた。


 「護衛対象はシフ・エキザカム」

 「聖女シフ? とんでもない大物じゃない! 神の声を聞きし者って……」

 「ああ、そうだ。聖女シフの護衛を依頼したのはタクラサウム国王、その依頼はダルマギクに、だ」

 「………ッ」


 含みのある言い方だ。私は自分を利口だとは思っている。

 分の悪い賭けはしないし、理性的なつもりだ。

 けれどザインが笑わない、その意味以上に私が笑えない。


 「……ハメられた?」

 「正直言えば、偶然であって欲しいが……如何せん相手がこの国の最高権力者だ」

 「政争のダシにされるっていうの? それこそ冗談じゃないわよ……」

 「恐らくは……国王に冒険者へ護衛依頼を出すのはどうか、なんて話をした大臣がいるんだろう」


 私はその光景がありありと連想された。

 もしも今の治世に不満を持つ政治家がいたとすれば、タクラサウム政権にスキャンダルが欲しいだろう。

 国王が自ら冒険者を指名して、そして護衛を失敗させる。

 しかもその相手が稀代の聖女様なら、タクラサウム国王の信用に対する影響はどれ程大きいか。


 「教会は? 教会は私で良いって言っているの?」

 「お前は聖教信者か?」

 「違うけど……それがなに?」

 「俺は教会も怪しいと思っている」


 は? 教会もですって?

 え……でも、聖女様って、千年に一人の逸材なんて謂われるお方よ?

 もしなにかあったら、教会の損失は計り知れないんじゃ。


 「時期教皇の選出、今最有力は聖女シフだ」

 「そりゃそうでしょう。敬虔けいけんな信者であり、民衆から絶大な信頼があるんだから」

 「だが若い、もし人生の大半を神に捧げた大司教達はこの若造のスピード出世をどう思う?」


 私は意味を理解した。もう駄目だ、どうして平和になると、皆頭沸いてくるのよ。

 馬鹿なの? 馬鹿でしょ?


 「生臭坊主が現世利益にこだわるの?」

 「少なくとも全ての司教が身も心も捧げた純粋な聖教信者とは思えねえな」

 「あーもう、権力闘争の餌にされんの? マジで?」


 私はこの依頼を受けた先に待つものにゲンナリした。

 これ依頼断れないのかしら……無理よね、だって国王よ?

 断って国家反逆罪とかなすりつけられたら最悪じゃない。

 冒険者が国家に喧嘩売るなんて正気の沙汰じゃないわよ。


 「なあ竜殺しドラグスレイブ嬢?」

 「その二つ名やめてって言っているでしょう? 恥ずかしい」

 「まあそう言うな、竜殺しは全ての冒険者の夢だぞ?」

 「竜退治の物語ドラゴンクエスト、そりゃ誰だって夢みるでしょうけど……そんな甘いもんじゃないわよ」


 現実はそれ程甘くない。

 ドラゴンは非常に利口で聡明な種族だ。

 寿命はハイエルフや魔族に匹敵し、数千年を生きた古き竜族エルダードラゴンは神にも等しいと謂われる程だ。

 だからこそ、ドラゴンは人類等本来は歯牙にもかけない。

 ドラゴンにとって人間は蝿だ、周りをチョロチョロした所で、鬱陶しければプチっと潰すだけ。

 だからこそドラゴンはあまりにも高次な存在なのだ。

 ドラゴンが何を考えて人里に現れるかなんて、解るわけがない。

 もしかしたらなにか気紛れだったのかも知れないし、なにか気に触ったのかも知れない。


 「俺は竜殺し経験が無い、そして単独ソロでやろうという度胸もない」

 「あれは止めた方がいいわ。今でも勝てた理由が分からないもの」

 「だが勝った。お前は全ての冒険者の最上位の偉業を達成したのだ」


 私はそう言われると、胸元の等級識別票を見た。

 私を象徴する真紅の識別票、第三位の位階を保証する。


 「――と言っても、私は第三位でしかないのだけれど」

 「無理を言うな。第二位以上は高度な政治が絡んでくるのだ」


 知っている、だから私は小さく頷いた。

 ザインは第二位の位階青の冒険者だ。

 第二位以上の冒険者は、ここからはギルドの運営者の一員に含まれる。

 つまり幹部だ。いくら実力があっても腕っぷしだけじゃ、ギルドの運営は出来ない。


 なによりもそんな物騒な冒険者を国家も中々容認しないのだ。

 第一位紫の冒険者が、現状空位になっているのも、それが如何に政略が関わってくるのか理解出来るものだ。

 まあこれは皮肉よね。

 私だって自由が欲しいから、冒険者を選んだ訳だし、兄さんとなるべく同じ時間を過ごしたいものね。


 「ダルマギク、お前は今実力で言えば第二位……いいや、第一位クラスあるかもしれない。けれど高度な政治的理由で、それ以上の昇格は望めない。つまりだ、お前は賭けの材料だ」

 「人を賭けの材料ダシにする訳?」


 ザインは初めて笑った。ニヤリと厭らしく笑う。

 私は深いため息を吐いた。


 「お前は一度全ての人間の予想を超えた。ならばもう一度超えてみせろダルマギク!」

 「聖女の護衛を成功させて、黒い思惑を持つ奴らを全て出し抜け、と?」

 「そうだ! 竜殺しドラグスレイブ嬢だから出来る!」


 どの道……依頼を断るなんてできない。

 国家と教会の陰謀……なんてものが本当に存在するのかは分からないけれど。

 唯一これだけは信じられる。


 「悪い予感に限って当たるのよねー」

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