第52話 義妹は、竜殺しの二つ名はあまり好みじゃない
「はぁ? また直々に私を指名ぃ?」
その日、私は冒険者ギルドから直接呼び出しを貰い、急いで向かった。
こういう日は大抵ロクなことはないのが相場だけれど、今回はどんな貧乏クジを引かされたのやら。
私は受付カウンターでいつものように事務仕事をする受付嬢に前屈みになって、どういうことか食いつく。
「もしかしてまたあの
亜人種にいたくご執心な成金貴族のグールー、決して根が悪人という訳ではないのだけど、どうもあの人感性がズレているのよね。
昨今エルフはともかく、スキュラやリザードマンを人種差別しない人格は、むしろ善人でさえあるのだけれど。
「あはは、なんだかんだ気ありですか?」
「は? ありえないし、馬鹿なの? ねえ馬鹿でしょ?」
「でもその割には、髪飾り……」
受付嬢は乾いた笑いを浮べ、視線を僅かに上に動かした。
私は脅迫するような怖い顔から、一転顔を真っ赤にした。
お洒落目的で前髪に掛けていた髪留めは赤珊瑚製だった。
言わずもがなグールーからの依頼の報酬で受け取った髪飾りである。
「う、うっさいわね。それで依頼人は?」
半ギレしながら、私は受付嬢から視線を逸す。
ムスッと顔を膨らませると、受付嬢は乾いた笑いを浮かべた。
子供っぽいと思われたかしら、いい加減もっと落ち着かないと駄目かしらね。
「その話、俺がしよう」
冒険者ギルドの奥、ギルド職員しか入れない扉から、一人の厳つい白髭の男性が出てきた。
私はその姿に驚く。いや驚いたのはギルドに訪れていた他の冒険者もだ。
齢は四十過ぎ、しかし恰幅の良いその姿は鼠色のスーツの上からでも筋肉がはち切れんばかりに盛り上がっていた。
鋭い眼光、その男が睨めば、悪魔でも
「ギルドマスター!」
「ふ、相変わらずキャイキャイ
この
私は竜殺しと言われると、照れて頭を掻いてしまう。
「う、運が良かっただけですって」
「確かにお前は運を持っている、それは天性の才能だ。だがそれだけでドラゴンが討伐できりゃ世話はねえ」
――私は少し過去を思い出す。
アレは完全にアクシデントだった。十六歳の私はまだ冒険者としてはようやく駆け出しを卒業した頃、いつものようにバーレーヌ周辺の荒野で魔物の討伐を行っていた。
なんてことのない駆除依頼で、その日も軽く
影の正体は巨大なレッドドラゴンだった。
体長は十メートルはあろうか、今に思えばまだ歳若いレッドドラゴンだったように思える。
しかし当時の私にそれを正確に判断する余裕はその時にはなかった。
なぜならドラゴンは私に敵対心剥き出しで、
魂さえも砕くというドラゴンの咆哮を食らった私は、自分の死を悟った。
けれど今に思えば、あれはあくまで火事場のくそ力に過ぎないんだ。
私は死を悟った瞬間、家を出ていった優しい兄さんの顔を思い出すと、こんな場所でくたばってたまるかと、吠え返した。
大弓を構え、弦を引き、私の放った矢はなんの変哲も無い鉄の鏃。
ドラゴンの鋼鉄を上回る皮膚には当然通用しない……ならば?
鉄の鏃はかくして私の手を離れ、飛翔した。
その狙いは意図したものか? 違う……本当に偶然だった。
レッドドラゴンの数少ない弱点――そう言うのはドラゴンには酷だけど――右目を貫いたのだ。
当然レッドドラゴンは怒り、暴れ狂う。
ファイアブレスを吹き上げ、荒野を灼熱の大地に染め上げる。空を太陽よりも明るく輝かせた。
私はなんとか恐慌状態にはならないように、己を鼓舞しながら、ただレッドドラゴンの猛攻に抗った。
生きたい、こんな所でくたばってたまるか、と。ただ
ニ時間にも及ぶ激闘だった。
レッドドラゴンもまた、傷つけられたことがプライドに触ったのだろう。
今思えば、ドラゴンにしてはなんと
兎にも角にも
脳を撃ち抜かれ、ファイアブレスが口内を誤爆、かくしてレッドドラゴンは息を引き取り、私は一命を取り留めた。
その後は、正直あんまり覚えていない。
なにせ私自身ボロボロな上に、ドラゴンの返り血浴びてるわ、もう疲労しまくってスタミナ無いわ、そのままぶっ倒れる勢いだったのだから。
その時、レッドドラゴンの出現の一報はバーレーヌに届いていたらしく、ドラゴン討伐の為の高ランク冒険者を急いで編成しなければならない事態だったそうだ。
その中にはギルドマスターのザインの姿もあったらしい。
そうだ……私はドラゴンを討伐した後、駆けつけてきた冒険者達に、「遅いわよ」とぼやき気絶したのだ。
三日後、長い眠りについた私が目を覚ますと、いきなりブリンセルに連行されて、
そこで私は十六歳の若さで第三位等級の冒険者、赤の位階を授かったのだ――。
「誇りゃいいのさ、なあ
再び視界は現在に。ごめんね、過去語り長くなって。
私はザインを睨みつけると、バッサリおっさんセンスを批難する。
「てかルビがダサい、中二病なの? 良い歳した大人が?」
「ぬぐう! な、なんだと格好良いだろう!」
周りからクスクス笑い声が上がった。
ザインは見ての通り少しセンスが古臭いのよね。
まあ兄さんも変にキャラを作ってる時あるし、皆いつまでも男の子なのね。
「それで? 依頼ってギルドマスターがですか?」
「……いや、俺じゃない。続きは二階の応接室を使うぞ」
私は吹き抜けのニ階を見上げる。
ニ階は冒険者向けの宿屋があり、階段の奥に普段は殆ど使用されない応接間がある。
私はその時点で「妙ね」と感づいた。
普段そもそも個人を指名した依頼というのは、なんらか匿名性を必要とする時だ。
まあどっかの馬鹿貴族はそんなのまるで無視して個人指名してくるんだけど。
わざわざギルドマスターを介して、匿名性を保持する程の依頼者?
私は自慢じゃないけど幸運だ。けれど悪運も強いというジンクスもある。
どうせまたロクでもない依頼なんでしょうね。
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