第51話 おっさんは、情けは人の為ならずとはいうが、人情は人の為にあると思う

 「お疲れー」

 「お疲れ様、引き継ぎやっとくから」

 「お願いします。それじゃ先上がります」


 放課後、担任室から徐々に先生達が仕事を終えた順に帰宅していく。

 おっさんはそんな先生方の様子を見ながら、黙々と作業に勤める。

 通路側からはまだまだ元気な学生の声も聞こえていた。

 まっすぐ家に帰る者もいれば、部活動に励んでいる生徒もいるだろう。

 先生の中には剣術科のコールン先生のように、部活の顧問を勤めている先生も多く、担任室にいる先生の数は残り少ない。


 にも関わらず残っている先生には、残っているだけの理由があり……。


 「あー、仕事終わらないー、大体生徒多すぎるのよー」


 そう言ったのは、隣の席に座るミニマム教師のレイナ・ハナビシだった。

 レイナ先生の机には膨大な資料を机に乱雑に並べており、さながらそれは混沌としていた。

 まるでいたずらでもされたかのような惨状だが、それこそがレイナ先生の仕事風景である。

 レイナ先生はうんざり気味に顔を資料の中へと突っ込んだ。


 「もうやだっ、逃げたい……誰か助けてー」


 魔力発達障害により、見た目は子供の姿で止まってしまった二十六歳の本音を聞くと、おっさんも苦く思わないでもないな。

 先生は資料に顔を突っ込んだまま、グリグリと頭を振ると、ボロボロと書類が机から落ちてしまった。

 おっさんは無言で書類を拾うと、丁寧に整理して机に戻した。


 「大体一人で六十人もの生徒の面倒見るのが無理あるんだよー」


 おっさんはそれを聞いて「うわぁ」となんとも言えない思いを抱く。

 おっさんは担当なんてたった四人だぞ、だが人気の高い教科ならそれだけ受講者も多いのか。

 最もコールン先生なんて百人も受け持っていることを考えれば、酷だがまだまだなのか。


 「むうう……ねえグラルー、仕事手伝って」

 「国語教師にどうして魔法科の手伝いが出来ようか?」


 案の定仕事の多さにレイナ先生は悲鳴を上げた。

 その気持ちには理解を示すが、おっさんはおっさんでこれ以上自分の仕事を増やしたくないのだ。

 故に断固拒否である。おっさんはビシッと言ってやる。


 「自分でやりなさい。おっさんは、これでも忙しいのだ」

 「えー、たったしか、生徒受け持ってないんでしょー?」


 四人を強調してきた。レイナ先生は不満たらたらに眉をひそめた。

 ぐぬぬ、地味に気にしているのに、いやらしく突いてくるのは社会人としてどうかと思います。


 「どうせ授業はしばらく無いんだ、家に持ち帰れば良いじゃないですか」

 「ヤダヤダヤダー! プライベートでまで仕事したくないー」


 ……なんという我儘わがままな教師だ。

 と、言いつつも本音で言えば、おっさんも仕事を家に持ち帰りたくない派だ。

 どの道二学期までに教材の用意などもあるから、家でやる仕事はあるんだがな。


 「諦めて現実を受け入れるのです」

 「なんか説法臭いー、……あ、説法って言えばさ、もうすぐ聖星祭じゃない?」


 突然の話題転換、なんでも幅広く広範な知識を持つレイナ先生は何を言い出す気だろう?


 「今年の聖星祭の巡礼者って噂の聖女様って話だよー?」

 「聖女様だ? それって確か」


 おっさんは記憶から聖女と名乗るような人物を思い出す。

 そう、確か十年位前に起きた騒動にその名前があったな。

 確か――……。


 「聖女シフ。シフ・エキザカムだっけ」

 「先に言われたっ! なんだっけ魔王軍最大の残党を征伐して、大陸の治安に大きく貢献したんだっけ? そうそう! それと神の声を聞いた、なんてね?」


 聖女シフ、その名前はこの世界では非常に有名だ。

 いわく神の声を聞いた者、聖女シフが神への祈りを捧げることこそが、教会の正当性なんて言われている程だ。

 無神論者のおっさんからすれば、神の声を聞いたって部分は眉唾まゆつばで信じがたいがな。

 ただの陰謀論地味た誇大妄想持ちの可能性も否定は出来ないぞ。


 「しかし聖女様とは大物だな」

 「なにせ、教皇様よりも人気があるって言われている位だもんね、次期教皇なんて噂まであるし」


 次期教皇か、履歴を考えればますますキナ臭いな。

 なんでそんな大物が聖星祭の巡礼者に選ばれたんだ?


 聖星祭の巡礼行は元々は、とある偉人の行程を再現した物だという。

 なんでも混沌の時代に、聖地を旅立ち説法を各地で行い、世を正していった伝説に因んでいるんだったか。


 「ぐぬぬ、アタシも偉くなって仕事から解放されたいー」

 「仕事は減るかもしれないが、責任はその分増えないか?」


 レイナ先生は未だ減る様子の無い書類仕事にうんざりしていた。

 成り上がりたいなんて上昇志向があるのは良いことだが、それはそれで責任が大きくなるから、おっさんはノーセンキューだな。

 下っ端の方が結局は居心地が良いのだ。

 日々ヤマなしタニなしの人生を望むおっさんは、さしずめ平坦教ってか。

 伸び続ければ、いずれ落ちる。平坦であれば、落ちこることはない。

 幸福論において、必ずしも資本主義的上昇志向が幸福とは限らないからな。


 「はあ……俺でも出来る仕事は回す、手伝えば良いんでしょう?」


 おっさんは深いため息を吐いた。

 レイナ先生を甘やかすのは良くないが、涙目になって仕事する先生を見るに見かねたのだ。

 思わぬ返事を聞いたレイナ先生は子供っぽい大きな瞳をキラキラさせると、満面の笑顔を浮かべた。


 「ありがとうー! 神様グラル様ー! ははーっ!」


 いきなり大袈裟なリアクションで拝みだすと、おっさんはレイナ先生の仕事を半分自分の机に回す。

 照れ隠しをしながらおっさんは書類を見る。

 簡単な魔法基礎の教材か。


 「あ、そうそう! これまた風の噂なんだけどねー?」

 「うん? 今度はどんな?」

 「なんでも例の聖女様の巡礼の護衛、冒険者ギルドに回ったらしいわよ」


 冒険者ギルド……?

 俺は冒険者に知り合いなど殆どいない。

 唯一普段から顔を見るのは義妹のガーネット・ダルマギクのみ。


 そう言えばガーネット、今日は朝一番に出かけていたっけ?

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