聖女編
第50話 おっさんは、夏休み前でもいつもどおり過ごしたい
夏を迎えた。大陸中央に座するピサンリ王国首都ブリンセルも、最盛期の暑さを迎えつつある。
そしてこの
「お前達、これで一学期の授業は終了だ。テストもお疲れ様」
おっさんは一学期最後の授業を終えると、ここまで授業に付いてきた生徒達を労った。
生徒の数は相変わらずの四人。
一番熱心で授業に強く打ち込んだ赤いツインテールの少女ルルル・カモミールは成績表を見て溜息を吐いた。
「はああ、魔法科の評価がこれやとなぁ」
相変わらず特徴的なイントネーションで喋るルルル、国語の評価はまずまずだが、魔法科は苦戦しているようだな。
意欲の方は大変あるため、
「ルルルちゃん、あんまり根を詰めすぎても良いことないよ?」
ルルルの隣、非常に彼女と親しげなのは茶髪の淑女然とした少女シャトラ・レオパードだ。
彼女はルルルと非常に仲が良く、成績も非の打ち所はない。
だが彼女自身の方は、おっさんも少し不安がなくはない。
というのもシャトラはどこか情熱に欠けるのだ。その生き様はおっさんに近いといえば近い。
まるでなんでも出来るが、そんな才能に意味はない。そんな人生に諦念を抱いているかのように、彼女の表情には時折憂いが混じっていた。
「はあぁ、オラなんとかなっただぁ」
一方で田舎っぽい喋り方の少年は成績表を見て、机に
アルト・シランという少年で、背丈は小さく、しかし体育は満点というわんぱく系だ。
しかし対象的に座学が苦手で、特に国語は最も苦手なようだ。
それでも初歩的な文字の読み書きは出来るようになったし、初年度で考えれば上出来だろう。
出世についてなら、高望みしないなら安泰だと思うが。
「……よし」
一方で自分の成果に確かな実感を感じている生徒もいた。
狐を擬人化したような屈指の美少女テン・マリーゴールドだ。
スラム街出身の
性格面も少し卑屈気味だが、差別意識は無く、また勇気があり、気がつけばムードメーカーのように受け入れられていた。
「なあテンは夏休みどうするん?」
「え? ボクは予定ないかな……バイト雇って貰えないし」
「バイトしたいだ? テンさんならどこでもいけるべ」
偏見のないところは美徳のアルトだが、テンを取り巻く事情が厳しいのは知らないようだな。
テンは耳を垂れさせると、困ったように俯いた。
「獣人ってだけで差別されやすいし、それにボク
「事情はそれぞれや、そういうアルトはどうなん夏休み?」
「おら村に帰って牧場で家畜の世話をするだ」
農民出身のアルトは、当然村への帰宅か。
知らなかったが、
「ていうか聞いてばかりで、ルルルさんはどうなの?」
テンの一言に視線がルルルに集まった。
ルルルはフフフとまな板な胸の前で腕を組むと、ほくそ笑む。
なんだかあくどい雰囲気だが、所詮学生だ。できることなんてたかが知れている。
「なーんもない! 強いて言えば、ウチバイトかなー?」
「ルルルさんは話上手だ、どんなバイトするだ?」
「せやな、とりあえず出稼ぎか!」
「学生のバイトか、それは!」
おっさん思わず突っ込んでしまう。
ルルルなら平然と国外に行きそうだと本気で思えた。
流石に生徒が危険な橋を渡るのは先生として許容できないぞ。
「なんやグラル先生、心配しとるん?」
ルルルは前かがみになると、
俺は調子に乗ったルルルに対して頭を掻くと、軽く受け流す。
「当たり前だ、怪しいバイトに手を付けるなよ?」
「アハハ! ややわあ、別にそんな気はあらへん!」
「ルルルちゃん、意外と言動が信用出来ないから先生は心配なのよ」
「こらシャトラ、そう言えばシャトラは夏休みどないするん?」
ルルルの興味はおっさんより学友だろう。直ぐにシャトラに振り返る。
シャトラは顎に手を当てると、淑やかに答えた。
「私は園芸部だから、いつもどおりよ」
学園入口にある菜園、シャトラはいつも昼休みと放課後に訪れている。
随分活動熱心なようで、色んな野菜が収穫を待っていたな。
この学校は部活動と称して生徒の集会が認められている。
とはいうものの、実際は結構アバウトで、園芸部はシャトラ以外見たことないのだが?
「なぁシャトラ? 園芸部ってシャトラ以外は誰がおるん?」
「え? さあ? 私知らないけれど」
思わず俺含め、シャトラ以外がずっこけた。
「なんでやねーん! それもう部活やないやろ! 他は幽霊か!」
「うふふ、先輩方と一度も顔合わせたことがないのよね。お陰で好き放題菜園を弄れて楽しいのだけれど」
マイペースな性格だな、シャトラはそう言うと至福の微笑みを浮かべた。
どうやらシャトラ以外の生徒はやる気を失い幽霊部員になったらしいな。
まあ部活なんて人それぞれだ、やる気がある奴もいれば、無い奴もいる。
あくまで自主参加なんだから無理してまで続けても意味はないからな。
「あ、それならボク、園芸部手伝っていい? 実は部活憧れていたんだよねー?」
「オラ土弄りは得意だけんど、しばらく村は収穫時期だ、ごめんな?」
友達想いなテンとアルト。
そう言えばテンは放課後、色々部活を見て回ったようだが、結局所属はしていなかったな。
どうも人見知りなのか、テンは人付き合いが上手くいかない。
アルトは
かくいう竹馬の友はどうしたのだ?
「なあ? 収穫した野菜はどうするん?」
「えっ? 教会に寄付するけど」
「
「えええ! 商売に使うの?」
学校で発生する外貨に対して、一応カランコエ学校では認められている。
とはいえ、学業を疎かにすることは苦言を呈する立場で、基本的には教会への寄付が推奨されていた。
「あ、教会といえばシャトラ、アンタあれ出席するん?」
あれ? ルルルはシャトラに『アレ』なる物を聞くが、二人以外は首を傾げた。
シャトラはルルルのアバウトさに苦笑すると、補足するように答えた。
「聖星祭ね」
聖星祭……それはブリンセルから西部にあるおっさんの地元バーレーンとも陸路で繋がる聖地マーロナポリスに本拠地を持つ聖教会――通称教会――が行う宗教祭だ。
毎年夏の間、教会の偉い神官様が各地の教会を巡って、祈りを捧げるという慎ましやかなお祭りなのだが、近年では便乗して、賑やかなお祭りムードで開くのが通例となっていた。
好景気を迎え、人々の財布の紐は緩み、退屈を特に嫌うブリンセルの国民性は、この宗教祭を歓迎していたのだ。
ちょうど教室の窓からも、異色の真っ白な宗教建築が見える。
聖アルタイルを祀る聖教会の大聖堂だ、今年はどんなお偉方がやってくるのやら。
夏休みはまもなく迎える。
おっさんの望みは変わることなく、ヤマなしタニなしの平坦な人生だ。
祭りは嫌いじゃないが、おっさんは静かな方が好みだし、今年も遠目に眺めるだけだな。
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