第49話 おっさんは、銀髪姉妹の為に祈り捧げる

 「な、なんじゃこりゃあーっ!」


 魔王ヘリオライト撃退の翌朝、義妹ガーネットの叫び声がシェアハウスに響き渡った。

 なんだなんだと、キッチンに集まると、その意味が理解できた。


 「な、なんか増えてるー!」

 「おはようございますガーネット様、ルビーお皿の用意お願いします」

 「分かったわサファイア」


 キッチンでは忙しなく働く銀髪の双子少女がいた。

 ショゴスという種族で、奉仕することを生き甲斐とするそうだが、根本的には知能によって感情を制御する心を持った存在だそうだ。

 本体はスライムみたいな生き物で、自己進化を繰り返し、二人は儚げな少女の姿に進化したのだ。

 昨夜突如融合したのは驚きだったが、それこそがショゴスという種族の可能性らしい。


 「ちょっと兄さん? 拾ってきたの?」

 「そんな捨て犬みたいに言わなくても」

 「ウチでは飼えません! 元の場所に戻して来なさい。ですか?」


 コールンさんも起きてキッチンに出てくると、義妹にツッコんだ。

 事実はおっさんだけが知っている。

 ガーネットやコールンさんからすれば、知らない間に増えた訳だもんな。


 「まぁちょっと事情があるのさ」

 「そうです。事情です。主様おはようございます」


 ルビーは俺に寄り添うと、挨拶を述べた。

 そんな姿にガーネットはムッと目くじらを立て、不機嫌さをあらわした。

 ルビーはサファイアの双子の姉のような存在だが、少しだけ積極的な女の子だった。


 「ふわあー、まぁいいんじゃないですか? 今更ですし?」

 「流石コールン様、懐が深い」


 今更家政婦が一人が二人になろうと動じない様はコールンさん独特の図太さかも知れない。

 コールンさんは、いつものように朝シャンを浴びに行くと、銀髪姉妹は背中に頭を下げ、礼を尽くす。

 俺は銀髪姉妹を観察しながら、食卓の前に座った。

 やや不満げなガーネットも座ると、顎に手を当てぼやく。


 「なんなのよいきなり増えるなんて……それになにかサファイアの雰囲気変わった?」

 「変わった、か……それは成長かもな」

 「成長って、そんなに直ぐ変化するものかしら?」

 「気づいてなかっただけじゃないか? 俺は結構サファイアは成長してたと思うぞ?」

 「……むう」


 サファイアは思い悩むことが無くなり、そしてショゴスであるという自分を認識すると、喜怒哀楽がハッキリするようになった。

 と言ってもあの鉄面皮はなにも変化しちゃいないが、少なくとも明るくなった。

 不安で押しつぶされそうな彼女はもういない、ある意味で普通の少女になれたのだ。


 おっさんは微笑を浮かべると、その成果に満足した。

 ジト目で睨む義妹がいるが、おっさん今日だけは調子に乗らせておくれ。


 「まっ良いじゃないか、ようやく前を見れるようになったんだから」

 「前? なんの話?」

 「さーて? 朝ごはんはなにかなー?」


 おっさんは今日の朝ごはんを楽しみにした。

 サファイアは今日も甲斐甲斐しく働いている、その後ろ姿は美しい。

 ただでさえ美少女が改造メイド服で働いているなんて、ニッチじゃないか。

 おっさんに少女趣味はないが、彼女たちの健気な姿は好感を持てる。


 「コールン様が着席次第、朝ごはんにします」




          §




 その日は実に平和だった。

 街も職場も、いつもと変わらない実にヤマなしタニなしの一日。


 とはいえ、はっきりしないといけないことが銀髪姉妹にはあった。

 それは夜、シェアハウスに珍しく管理人を兼務するアナベル・ハナキリンが訪れていた。


 「ではあなた方がルビーさんにサファイアさんですか」


 テーブルを前に対面するのは銀髪姉妹。二人は表情も変えずシンクロしたように頷いた。

 双子ではなく同一人物、同じ遺伝子を持つからこその動きか。


 「すいません、彼女たちの報告が遅れて」


 ことの発端はおっさんにあった。

 実はシェアハウスにサファイアが居るのは、契約違反なのだ。

 この違法入居状態がいつまでも続けられる訳がなく、おっさんはルビーが来た段階で、アナベル校長に相談したのだ。


 「つまり、奉仕活動の一環と」


 アナベル校長はなにやら聴取を行い、メモに記載していく。

 おっさんとしては二人を認めて貰いたいが、校長に逆らう訳にもいかないからな。

 長いものには巻かれろ、おっさんの人生哲学だ。


 「あの、なんでもします。どうか主様への奉仕を認めてください」とサファイア。

 「我々は奉仕種族です。見返りは必要ありません、ですから」とルビー。


 二人の双子マジックでも見ているかのような様は、慣れないと混乱するな。

 目を塞いだら、どっちが喋っているか分からん程似ている。


 「とはいえ、本来は職員向けのシェアハウスなのですけど」


 凛とした美しい顎に手を当てるアナベル校長、やや離れた場所で義妹とコールンさんが不安げに黙している。

 ガーネットはどうなっても割り切る気だろうが、コールンさんは同情心が強いからな。

 いずれにしても、サファイアはもう家族のようなものだ、ガーネットだって見捨てられないろう。


 「では、こうしましょう。シェアハウスの管理業務の代理をサファイアさんとルビーさんに任せます。シェアハウスの維持管理をしてもらえるなら、現状のままで構いません」


 銀髪姉妹は二人同時に顔を明るくした。

 アナベル校長の温情だった。食事の用意、洗濯やシェアハウスの清掃を行うのなら、それはもう管理業務に等しいと判断したのだ。

 それなら銀髪姉妹は職員の一部ということになる。


 「サファイア、本当にこのままでいいの?」

 「ええルビー、本当よ、アナベル様、どうかよろしくお願いします」


 二人は土下座するように頭を下げた。


 「ふふ、最初魔族の方と聞いてビックリしましたけど、良い子ですね」

 「はい、自慢の家政婦ハウスキーパーです」


 俺は頷く、アナベル校長は二人を見て優しい眼差しで微笑む。

 二人は手を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。

 控えめだが、彼女たちのその顔は実に幸せそうだ。


 俺は静かに願う。二人の今後に幸あれ―――と。

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