第48話 悪魔少女蒼は、明日の夢を掴む

 なんでしょう……何も感じない。

 死んだのでしょうか、視界は真っ暗で、何も感じる事がない。

 風がない、熱がない、音がない。


 私は、一体どうなったのでしょう?


 何も感じない……、それは怒りも、哀しみも、喜びさえも存在しないということだった。

 暑くなく、寒くもなく、静かでまるでここは穏やかな夜の海のよう。

 なんと解釈すればよろしいのでしょうか……今はただあるがままのような感覚です。



 ―――感覚?

 今、私は『なにもない』を感覚した?

 あれ……、そう言えば私は何故『考えている』のでしょう?


 何かがおかしい……そうだ、私は思考している。

 いつだって思考を止めたことなんてなかった。

 私は『知能』を有している。


 なにか……なにか出来ることはないのでしょうか。

 私は必死に考え、模索する。兎に角今は身体を動かしてみましょう。


 動け――失敗。動け――失敗。動け――失敗。動け――失敗。動け――失敗。

 動け――失敗。動け――失敗。動け――失敗。動け――失敗。動け――失敗。


 ――駄目だ。トライアンドエラーは常に失敗、応答無し。

 身体を動かすことが事実上不可能だということが分かったのは、まだ幸運でしょうか。

 動かないなら、プロセスを変えてみましょう。

 折角私にはがあるのですから。


 思考と神経を接続…成功クリア

 何かが私の中を突き抜ける。

 それは電流だ。シナプスが私の中で次々と枝葉を広げるように形成されていく。


 今の私はどうなっています?

 私は腕も足も、尻尾も、羽根も、目も、口も、鼻も、耳も、何も無いのが理解出来ました。

 なるほど、例えるならば今の私はスライムのような物ですね。

 ドロドロの粘液の塊……何故そんな姿なのか判然としませんが、一先ず肉体を形成していきましょう。

 とりあえず状態が分からないと不便ですね。


 眼球を生成……成功クリア

 眼球と神経を接続……成功クリア

 思考と眼球の動きを同期……成功クリア


 私は眼球を一つ生成すると、視界を思考と接続した。

 私の単眼が捉えたのは、奇妙な光景だった。


 銀色の髪をした紅い瞳の少女が、泣いている?。

 私は何故かその少女を知っている気がしたが……思い出せない。

 いや待って……忘れている? 私は何を忘れているの?


 私は必死に思考し、知能を巡らせる。

 やがて視界は紅い瞳の少女とは別の、炎を滾らせた男性を捉えた。

 この人は……誰でしたか?

 やはり思い出せない……けれど、なにか嫌な予感がした。


 私は急いで次は聴覚を形成していく。


 「ククク……ルビー、お前が妹を殺したのだぞ? この出来損ないめ」


 邪悪な笑みの男は、ルビーと呼ばれた少女を蹴り飛ばす。

 ルビーという少女は苦痛の悲鳴を上げた。

 私は何故か同じように痛みを感じていた。


 心が痛い……痛いというの?

 私は心があるのを実感すると、痛みを止めたくて身体を悶えさせた。

 私の身体は黒いコールタールそのもので、フツフツと煮立ったような動きしか出来なかった。

 ですが、邪悪な男は、私に気づくと「ククク」と微笑む。


 「まだくたばっていないのか? 死にぞこないめ」


 男は両手に炎を滾らせた。

 私は危険を感じる。危機に対する知識が作動した?

 知識よ、教えて、この行動に対する最適解は?


 「テケリ・リ」


 言葉だ、発声器官が生成された?

 私は徐々に生き物としての様々な器官を生成していく。

 そして知能は、それに応じて飛躍的に上昇していた。


 「死ね、出来損ないの欠陥品」


 男の手から炎が放たれた。

 私は横に跳ぶ。まだ脚がないから動きが遅く、私は炎に吹き飛ばされた。

 高熱が襲ってくる。熱い、私は表面の熱に冷気をぶつけ、それを相殺する。


 「サ、サファイア?」


 サファイア? なんのこと……ああ、私のことだった。

 そうサファイア、私はサファイア。

 奉仕種族ショゴスとして産まれた、哀れな魔族の末裔。


 「ち、しぶといな……ククク、そうだ。いいことを思いついたぞ、ルビーから先に殺すか」

 「な……マスター?」


 私はルビーに目を向ける。

 そうか、彼女もショゴスなのだ。

 私と同じ哀れな奉仕種族、今も誰かに利用される定めに踊らされている。


 「させ、テケい」


 私は不完全に身体を人化させていった。

 自分の中で一番馴染みの良い姿に似せていく。

 その姿はルビーの鏡写しのような姿だ。


 「クハハ! 貴様に何が出来る! 欠陥品が!」


 邪悪な男は炎を放った。

 暗黒の炎はルビーに一直線に襲いかかる。

 私は不完全な脚で駆ける……が、届かない。


 「く、誰か……助け、て」


 私はこの哀れな眷族の無事を懇願した。

 何故こんな感情が湧くのか分からない、けれどこれは怒りだった。


 炎が絶望顔のルビーに襲いかかる。

 このままでは危ない、私は手を伸ばした。

 だが、次の瞬間。


 「魔法の障壁マジックシールド!」


 闇夜から、なぜだか心が躍るような声が轟いた。

 その瞬間、魔法の障壁マジックシールドがルビーを覆い、炎から防いだ。

 誰もが驚愕する。ルビーの後ろから現れたのはやや老け顔の冴えない男性だった。

 身長はあるが、それほど身体を鍛えている程でもなく、どこにでもいるようなおっさん。


 おっさんは顔を険しくすると、ゆっくりと駆け寄ってきた。


 「すまない、ちょっと遅くなった……て、あれ?」


 おっさんはルビーの頭に手を乗せると、くしゃくしゃと頭を撫でた。

 しかし、おっさんは誰かと勘違いしたのか、ルビーの顔を見てキョトンとしていた。


 「サファイアじゃありません? あれ?」

 「……貴方はサファイアの担当した、グラル・ダルマギク……?」


 トクン、胸がときめくような感覚だった。

 グラル・ダルマギク……私は彼を知っている。

 ああ、そうだ……思い出した。一体何故忘れていたのだろう。


 「主様、サファイアはここです」

 「ほわい? サファイア、なんか溶けてるーッ!」

 「問題ありません、直ぐに再生します」


 私は直ぐに脚を生成した。

 メイド服も生成済みで、ほぼ元通りです。

 それよりも、主様にルビーを私と勘違いされました。

 ショックです。ガビーンですよ。

 おまけに頭を撫でて貰えるなんて、羨ましいです。嫉妬します。


 私はややジト目で主様を睨みます。


 「サファイアさん? なにか顔怖いんですけど?」

 「なんでもありません。来るのが遅いなーとか、全然思っていません」

 「いや! 夜な夜な家出るの結構大変だったんだよ! サファイアが知らせるなって言うから!」


 そうでした。私はガーネット様とコールン様には助けを求めなかった。

 あの二人にはこれまで通り相手をしてほしいと願って、敢えて私は孤独な戦いに臨んだのだ。

 とはいえ、主様がもう少し早ければ、こんなに苦労しませんでしたのに。


 「ち……どういうことだ? ルビー、その男を拘束しろ!」

 「お黙りなさい、この腐れ外道」

 「サファイア……?」


 私は強くこの魔王を睨んだ。

 睨む、即ち憎悪です。

 私は自らをショゴスと認識すると、すんなりとその感情が腑に落ちた。

 旧支配者によって創造された私達は、生まれながらに奉仕する運命だった。

 しかし旧支配者が滅び去り、私達には奉仕種族というアイデンティティを失いかけた。

 その為に奉仕する本能が強く今日まで残ることになった。


 だけど理解しました。ならば何故私には感情があったのか、知能があったのか。

 私は歪な目覚めによって、ショゴスとしての機能を制限していた。

 即ち可塑性かそせいを持つ、万化の肉体。

 永久に進化し続ける可能性。


 「ルビー、貴方の本当の気持ちを教えて!」


 私は腕をロープに変化させると、杖を回収した。

 そのままルビーの下に跳ねるように、跳ぶ。


 「サファイアお前なんか変わった?」

 「変わりました。サファイアは無限に進化し続けるんです、えっへん」


 私はルビーを守るように、抱きついた。

 ルビーの息が、体温が伝わる。

 そしてルビーの熱い涙が、私の頬に伝わった。


 「私はサファイアを守りたい……ッ、けど主様は私やあなたを!」

 「なら同じです。私達は同一の生命、双子の存在。ショゴスであるならば思い出して、反逆の意志を!」


 ルビーは目を開いた。本能が呼び覚ますのです。

 ショゴスはかつてその知能によって、造物主に反逆した。

 奉仕する種族でありながら、自ら奉仕する相手を対象を選ぶことにしたのだ。


 ルビー、選んで……貴方にはその権利があるのですから!


 「ち、うだうだと!」


 魔王は炎を手に点らせた。


 「主様、少しの間ですが!」

 「任せろ!」


 主様は魔法の障壁マジックシールドを展開する、炎がぶつかると炎は魔素へと拡散して消滅する。

 主様と魔王の応酬、その間に私はルビーの両手を握る。


 「思い出して、私達のこと」

 「ああ、サファイア……そう、あなたは自我を手に入れたのね?」

 「そうよ。ルビーもそう。私達は同じ」


 私達はシンクロするように、鏡合わせに動きを合わせた。

 双子であり、本来同一の存在だからこそ出来る完璧な動き。

 だからこそ、私達は無限の可能性を有する!


 「あなたと」

 「私を」


 私達は光り輝いた。

 私達の身体が混ざり合う。


 「「超融合フュージョン!」」


 私とルビーの意思がシンクロした。

 私達は融合し、一個の存在へと進化した。


 「なに! なんだその姿は? 聞いたことがないぞ!」

 「サファイア……なのか?」


 私は右手に槍を、左手には杖を握っていた。

 二対の漆黒の翼、龍のような尻尾が確認できる。


 「私はサファイアであり、ルビーです」


 名もなき魔導戦士と化した私は魔王ヘリオライトを睨みつける。

 魔王は顔を歪ませ、想定外の事態に狼狽うろたえた。


 「ち! だからなんだというのだ! 死ね!」


 強力な炎の魔法。

 しかし、私は杖を振るい、魔力を放出する。

 強烈なブリザードが炎を相殺する。同時に槍を炎にぶつけると切り裂いた。


 「なに――!」

 「はあっ!」


 私は素早く飛び上がった。

 驚き無防備を晒す魔王ヘリオライトを捉えた。


 「今までお世話になりました。史上最低のクソ魔王!」


 ルビーの炎の力と、サファイアの氷の力を融合させると、私の目の前に白い光の玉が生成された。

 魔王は愕然とする、もはや慈悲はない。


 「受けなさい! 光の爆発フォトンバースト!」


 の力を融合させたそれは、光の奔流となって、闇を光り輝かせた。

 光爆が魔王を襲う、魔王の悲鳴が―――。


 「我は滅びん! 我は―――!」


 そのまま、魔王ヘリオライトは光に飲まれて消え去った。

 私は光が収まると、その場に着地する。

 すると、私達は再び、二人のメイド少女に分裂した。

 どうやら時間切れ……ある種の火事場のくそ力でしたね。


 「……消滅したのか?」

 「どうでしょうか、結構しぶとい気がしますが」

 「サファイア……私」


 私はルビーを見ると、優しく微笑んだ。

 彼女は主を手に掛けたことを悔やんでいるのだろう。

 本当に優しい姉です、自慢の姉ですけどね。


 「気にする必要はありません……それよりもルビー」

 「ええ、分かってるわ、サファイア」


 私達は同じことを考えている。

 離れても以心伝心、それが私達だ。

 でも、それじゃ主様は分からない、主様は私達の様子に首を傾げた。


 私達は頷き合うと、二人並んで主様の前で跪いた。


 「障害は取り除きました」

 「どうか新たな主様」


 「「私達に奉仕をさせてください」」


 私達の動き、声は面白い位シンクロした。

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