第47話 悪魔少女蒼は、心を創造する奉仕種族

 「ククク……奉仕するだけの種族がか?」


 怖いです、目の前には金色の双眸を爛々と輝かせた、あの魔王ヘリオライトと対峙しているのです。

 如何に弱体化した魔王といえど、その邪悪な気配はなにも弱まってなどいない。

 まして私サファイアは、そこまでの力がある訳ではないのですから。


 「ヘリオライト様、どうしても復讐をお止めになれないのですか?」


 私はこの期に及んで、今更それを聞いた。

 無意味だろうとは思っています。それでも出来ることならば、ヘリオライト様を傷つけたくはないのです。

 身勝手で邪悪な主様ですが、長く続いていた主様不在の酷い渇きを潤してくれたのも、ヘリオライト様である。

 可能ならば、穏便に済ませたい。


 「クク……! 人間に存在価値はない!」


 その瞬間、ヘリオライト様の眼が強く光り輝いた。

 両手から炎が溢れる。私は咄嗟に魔力を練った。


 「氷雪の嵐アイスブリザード!」

 「ふん!」


 炎がほとばしる。漆黒の夜の街を一瞬で白夜のように明るく照らした。

 私は熱波に襲われ、私の発生させたブリザードはいともたやすく蒸発してしまう。

 私は咄嗟に飛び退いた、しかし熱波が速く、私は腕を焼かれた。


 「あぐ!」

 「クハハ! 火力が低くて申し訳ないな! 本来の力であれば一瞬で灰にしてやれたものを!」


 狂笑が嫌に響く、まるで全身を震わせるようだ。

 いやらしく、下卑た嘲笑いを含んだそれは、魔王の残虐性を証明していた。


 「氷の飛礫アイスバレッド!」


 私は直ぐに反撃する。杖から魔力は集中し、無数の氷弾が魔王へと襲いかかった。

 しかし魔王ヘリオライトは、こともなげに全身から炎を噴き上げ、氷弾を無効化していく。

 そのまま、魔王は腕を振り払うと、熱風が迸った。


 「ああっ!」


 回避できない、私は熱波に吹き飛ばされた。

 弱体化したといえど強大な炎の精霊が魔王化した存在は、やはり炎のスペシャリストだ。

 単純な魔力ではパワー負けだった。


 私は苦痛に倒れるも、なんとか意識を保った。

 しかしヘリオライト様は、無造作に駆け寄り、蹲る私を強く蹴り飛ばす。


 「あう!」


 私は歯を食いしばり、痛みに堪える。

 よろよろと、産まれたての小鹿のように立ち上がり、杖を支えにして、ヘリオライト様を強く見つめた。


 「ククク、これでもまだ歯向かうのか? 『ショゴス』とは存外解らんな」

 「ショ、ショゴス……?」

 「知らんのか? 自分の種族のことさえも?」


 初耳であった。私は魔族の一種であるという認識はあった。

 恐らくはサキュバスに近い可塑性かそせいを持つ種族とは思っていたが、ショゴスとは?

 いや、今は考えている時ではない。兎に角反撃しないと。


 「魔力を……」


 私は直ぐに魔力を高める。

 残り少ない体力に魔力、何をやっても通じない。

 それならば最大の一撃をぶつけるしかない。勝ち目はそれ位しか残されていないのだ。

 だけど―――。


 「止めなさいサファイア」


 突然後ろからルビーが私の腕を掴み、拘束した。

 私は痛みに呻き、杖を振り落としてしまった。その瞬間魔力が霧散してしまう。

 全てを見ていたヘリオライト様は「クハハ!」と酷薄な表情で嘲笑った。


 「無様だなサファイア!」

 「く……はあ、はあ。ルビー、お願いします、その手を離して」

 「従える訳がありません。貴方何をしているのか本当に分かっているの?」

 「分かっています……でも私は守りたい物が出来たんです」

 「守りたい物?」


 私はグラル様を思い浮かべた。ガーネット様を、コールン様を思い浮かべた。

 そして最後に背中のルビーを見ました。

 私にとって掛け替えのない物は、あまりにも多かった。


 だから私は欠陥品なのでしょう。強欲の咎を受けたのかもしれない。

 ルビーは僅かにですが、あの紅玉の瞳を震わせていました。

 彼女が動揺している? それは見たことのない顔でした。


 「ほざくな、所詮は労働力として生み出された奉仕種族風情が」

 「く……それでも、心がありますっ」

 「そもそも奉仕種族が意志を持つ方がおかしいのだ……やはり貴様は欠陥品だ」


 私は唇を噛む。私は悔しいと思った。

 為すすべはなく、ただ嘲られる。

 意志が。知識が。感情が。そして心が存在する意味はなんなのか?

 奉仕種族はマシーンのように無感情であるべきか?


 「興が逸れるぞ。そうだルビー、サファイアへのトドメはお前がやれ」

 「ッ!? 私が、ですか?」

 「他に誰がいる? まさか貴様もポンコツだと証明するつもりか?」


 ルビーが明確に顔を蒼白にして、動揺した。

 冷酷で邪悪な要求にルビーはワナワナと震える視線で私を見た。


 「ル、ルビー……」

 「わ、私がサファイアを……!」


 ルビーはそれでも槍を片手で握った。

 私はルビーがただ命令に従う姿が憐れに思えた。

 ああ、やはり私も奉仕種族に過ぎないのか。


 「い、いや……私がサファイアを……そんなの」

 「ふん、所詮ショゴスはやはり使い物にならんな。造物主はなんのつもりで知能を与えたのか?」


 辟易へきえきとしたようにヘリオライト様は炎を練る。そして炎を私に放った。ルビーさえも巻き込んで。


 「あああっ!」

 「うく、ル、ビー……ッ」


 私達は全身を焼き尽くす炎に苛まれた。

 ルビーが悲鳴を上げる。私は同様に灼熱の痛みに晒されながら、それでもルビーを守る為に力を振るった。


 「氷盾の魔法アイスシールド


 ルビーを氷の盾で炎から守る。

 私はルビーを見て、微笑んだ。

 ああ、良かった……私はルビーも守りたかったのですから。


 やがて、私の身体はボロボロと崩れていった。

 翼が炭化するように落ち、尻尾がボロボロと脆く崩れ、やがて全身がコールタールのような光沢を持つアメーバ状のスライムがそこに横たわった。


 「テケリ・リ……」


 全身が反応しない、本能を呼び覚ますような鳴き声が出ただけだ。

 何も見えない、動かない。


 これが死? 私は死んだの?


 「いや、サファイア? いやああああ!?」


 ルビーの沈痛な叫びが、虚無の中に響き渡っていた。

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