第46話 悪魔少女蒼は、決断する

 「私はもうこれ以上、生きたくない……ッ」


 懇願だった、私は主様に縋るように自らの死を願う。

 もうすぐルビーはここに来ます。戦えばルビーではガーネット様達には敵わない。

 でも所詮奉仕種族に過ぎない私達はへリオライト様の鉄砲玉に過ぎないのです。


 どうしてこうなったのでしょうか………切欠きっかけを求めれば、どこに辿り着くのでしょう?

 運命の神はただ残酷で、宿命も偶然もただ、無情に与えられる。


 耐え難かった。私はへリオライト様を裏切ることも、グラル様に仇なす事ことさえ不可能なのです。

 このどうしようもない矛盾の中で、私はただこの世という辺獄の辛さに嘆くしかなかった。

 もう私に残った最終手段は、自らの死……それだけでした。


 「サファイア、落ち着け。ちゃんと説明しろ」


 主様はいつになく真剣な表情で私の肩を掴みました。

 私は何も言えず、ただ悔しくて、哀しかった。

 どちらの味方でもあり、どちらの敵にもなれない私。

 その最後を選ぶのはいったい誰……?


 「俺はサファイアを殺さない。誰にも殺させない」

 「ガーネット様でも?」


 私は意地悪だ。主様が困るのを知っているのに、ガーネット様の名前を出した。

 主様は目くじらを立てると、はっきりと言った。


 「死に急ぐなら、何故ガーネットじゃなくて、俺の下に来た? サファイア、本当はんじゃないのか?」

 「………ッ!」


 その通りです。それが真理でしょう?

 私は顔面を蒼白しながら、ワナワナと震えていた。


 「生きたい……死にたくなんて、ない……ッ。誰だって死にたくなんてない……でも、私は所詮悪魔の手先……生きる価値なんて」

 「俺にはある」


 主様はギュッと私の身体を抱きしめてくれた。

 その言葉は短く、けれどはっきりと断言された物でした。

 まるで突き抜けるように、私の胸に響いた。

 私は震える声でもう一度聞いた。


 「私の生きる価値、は」

 「だから俺にはある! サファイアはもう家族だろうが!」

 「……あ、う……ああっ」


 ポロポロと、私の蒼星石のような瞳から涙は大粒になって落ちていった。

 泣いた、止まることのない熱い涙が溢れてくる。

 私はぶつかるように主様の胸にしがみついて号泣するのだった。


 「サファイア、お前が助けを呼べば、俺やガーネットも、コールンさんだって助けてくれるんだぞ?」

 「ヒック、です、が、私が敵なら?」

 「敵なら何故躊躇ためらう? サファイアは既にその段階は否定しているぞ?」

 「……主様は賢くて、ズルい、です」

 「大人は保身に走る生き物だからな」

 「けど……甘い言葉をささやくのですね」

 「悪魔は人間族にも魔族にもいるんだろう?」


 私は少しだけ心が落ち着いてきました。

 主様はいつものように少し戯けた会話を加えながら、私を片時も離しませんでした。

 嬉しい、こんなに嬉しいのは産まれて初めてなんじゃないかしら?

 主様はこんな私を認めてくれた、存在する価値を証明してくれた。

 甘い嘘言かもしれないけれど、主様のことを信じられない奉仕者などあり得ないでしょう?


 「主様、どうか……助けてください」

 「あぁ、任せろ」


 主様は決断的に頷きました。




          §




 その夜、宵月の夜、槍を担いだ少女が街を朧げに照らす月を横切った。

 コウモリのような大きな翼を広げ、特徴的な尻尾が風に揺られていた。

 こんな静かな夜では、恐らく誰もその少女の気配に気づくことはなかったろう。

 そう、私以外は。


 「ルビー」


 ルビーは眼下の私に気づくと空中で静止した。

 私は彼女と同様に翼と尻尾を広げ、両手で杖を構えた。


 「サファイア、どうしたのです? 命令は?」

 「一度だけ聞きます、へリオライト様はどこですか?」

 「へリオライト様? 主様なら後方に……」


 その瞬間だった。私は不意打ち気味に魔力を練った。

 ルビーは咄嗟に私の魔力に気がついた。


 「氷の飛礫アイスバレットッ」


 私は魔力を練ると、杖から無数の氷のつぶてが生成されていく。

 氷の飛礫アイスバレットは私の意思に従い、ルビーに襲いかかった。


 「く、う」


 ルビーは咄嗟に槍を振るって、氷のつぶてを打ち払うが、何発かが彼女に着弾する。

 大丈夫、致命傷じゃない。だけどルビーは信じられないという表情だった。


 「何故私を? 裏切るのですか?」

 「違います……ルビーにも幸せを知って欲しい、のです」

 「理解できません。潜入任務で何があったのですか?」

 「本当に奉仕したい相手が見つかりました」


 私は周囲を探る。へリオライト様は必ず近くにいる。

 今も面白がって見ている筈ですから。


 「ルビー、貴方ことを愛しているわ」

 「サファイア……理解不能、貴方は本当に壊れたの?」


 壊れたか、姉ルビーは私が欠陥品と呼ばれるのを快く思っていませんでした。

 けれど誰もが瓜二つな私とルビーを比べ、優秀なルビー、劣化品のサファイアと呼ばれてしまう。

 どうしてそんなに似ているのに、同じことが出来ないの? そんな無慈悲な言葉を掛けられるのは珍しくもない。

 だけどルビーは私のことを愛してくれた、決して私を欠陥品だとは思わなかった。


 でも本当はどうなのでしょう?

 私は自分が何故ルビーと違うのか分からない、けれどルビーを羨んだことは無い。

 私は本当に壊れたのか? そう、壊れたのなら……きっと今の私はそれが自然な姿なのでしょう。


 「見つけた」


 私は地上にへリオライト様を見つける。

 ルビーはまたも出遅れた、私はへリオライト様の目の前に降下する。


 「……どういうつもりだ?」


 へリオライト様は僅かに月に照らされ、そのシルエットが舗装された大地に影を伸ばす。

 その顔は凶悪で、爛々と輝く金色の瞳が私を睨みつけた。


 「へリオライト様、貴方の身勝手な復讐に力は貸せません」


 私は震えながら、そう伝えた。

 へリオライト様は「ククク」と嫌らしく微笑む、まるで動揺もしていなかった。

 私はギュッと杖を握りしめると、強い意志を持とうとして、へリオライト様を強く見つめる。

 ただ、私は絶望的な自分の未来に対して、強く決断する。


 「二つに一つ、そんな矛盾があるのなら、私は選択しますッ」

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