第41話 悪魔少女蒼は、欠陥品の感情をどう操る?
「お前はまるで欠陥品だな」
それは二十年程前の記憶でした。
魔王城で奉仕する私は周りのメイドよりも不出来で、同じことをするのにも倍の時間が必要でした。
私は必死でした。主様に見捨てられたくないから、必死に奉仕を学んだのです。
けれども、魔王様は私を欠陥品だと断じました。
ショックでした。けれど当然の結果でもありました。
だってそう……私には双子の姉のような少女がいたのです。
彼女の名はルビー、私と瓜二つ、けれど彼女は優秀でした。
§
「―――どう、標的は?」
暗い裏通り、そこは正に闇の会話をするには最適な場所でした。
私は胸を抑えました。ルビーは冷酷な表情を一切変えません。
「多分、油断しているかと」
「曖昧ね、らしくないわよサファイア」
「ごめんなさい、欠陥品で」
ルビーは
彼女は少し怒っていました。そう、彼女は『怒り』の感情を有しているのです。
双子のように瓜二つで、性格もとても似ているのに、私に無くて彼女には有る。
「自分を欠陥品と言うのは、主様への無礼へと繋がるわ」
「はい、ごめんなさい」
「サファイア、役割を入れ替える? やっぱり貴方には向いていないわ」
ルビーは私を心配してくれた。殆ど同じなのに、同じように奉仕を学んだのに、彼女はいつだって私より優秀だった。
私はどうするべきだろう……この凍てついた心をそのままに出来るのでしょうか?
いえ、主様はいい、けれども……。
「サファイア?」
「………ッ」
私は掌を強く握り込んだ。
その手にはまだ、あの方の温もりが残っている気がしました。
喜んでいる、これが私?
私はルビーに渡したくないと思っている?
「……そのままやらせろ、そのほうが面白い」
ルビーの後ろに、金色の眼が覗いていました。
全貌は闇に紛れて見えないが、邪悪な視線でした。
あれが、あの方こそが私達の本当の
「主様がそう仰りますのなら」
ルビーは平然とそう返しました。
特に感情もなく、まるで兵器のような雰囲気さえ醸して。
主様はそんなルビーを見て、満足げに目を細めました。
「ククク……それにルビーがいればどうとでもなる。そうだろう?」
「ハイ、ご命令があればいつでも」
「……ッ」
ルビーは槍を握り直します。
私は魔法が得意ですが、ルビーは槍術を得意とします。
勿論ルビーも魔法を使えますが、能力そのものはそれ程でもありません。
「ククク……復讐の時はきた……精々油断させろサファイア」
「了解です主様……」
私は小さな声で言った。
主様は満足すると、闇の中に溶けていきました。
ルビーは
「サファイア、主様を失望させてはなりません」
「承知しております。ルビー」
ルビーはそれだけ言って、闇の中に消えました。
私は一人になると、不安で恐ろしくなってきました。
主様、主様、主様ッ。私は主様がいなければ価値がない。
奉仕しなければ生を実感出来ない。
「私……私……ッ」
私は路地を駆け出した。
やがて夕日が差し込むと、あの方は優しい顔で手を振っていました。
「おおーいサファイア! もういいのかー?」
私はもう一人の主様を見つけると、どんな言葉もまるで思いつきませんでした。
ただ恐怖がサッと去っていく、それだけで私は迷わず主様のお胸に飛び込んだ。
「主様ッ」
「え? ちょ、サファイア? どうしたんだ?」
私は主様に抱き着くと、ぷるぷる震えた。
最初は戸惑っていたけれど、主様はやがて気付いたように頭を優しく撫でてくれた。
私は目を開くと、主様の顔を見上げた。
主様は不細工だけど、今一番私が欲しかった優しい笑顔を向けてくれました。
「何があるのか知らないが、おっさんは言ったよな? サファイアは見捨てないって、だからそんな死にそうな顔は似合わないぞ?」
「……え?」
私は自分の顔に手で触れた。
けれどいつもの私の顔だった。主様は「ワハハ」と笑う、どうやら比喩だったようです。
でも……私はもう恐怖が無くなっていた。
魔法じゃないけれど、魔法みたいに主様は私に希望を与えてくれた。
「主様、その、私……」
「とやかくは言わんさ、言いたいなら聞くが、誰だって言いたくないこともある筈だしな」
主様はそう言うと、もう一度この手を握り返しました。
私はピクリと震えると、その手を握り返します。
「冷たく、ないですか?」
「いや、サファイアの手はむしろ温かいぞ」
私は嬉しかった。けれど不安でもあった。
もう一人の主様はある復讐の為に私を今の主様の下に送りつけた。
すべては復讐のため、その為に主様の信頼を勝ち得て、油断させる。
それがどれだけ私を責め苛んでいるのでしょう。
お願い、これ以上優しくしないで――そんな願い、言葉に出来る訳がない。
「いやぁ、サファイアのハンバーグ楽しみだなー」
「えっ? あの……そんなに?」
「ああ、だっておっさんの為に作ってくれるんだろう? それが嬉しくない男なんているもんか」
「ましてそれが美少女ならな」とも付け加えられました。
私は頭が真っ白になりました。
ただ泣きたくなった。でも私の身体は泣くなんて機能はありません。
欠陥品の私では、この感情を制御する術を持たなかったのです。
同情心? 共感? それともこれは愛情なの?
私は思考がぐちゃぐちゃになりました。
表情が変えられない、それが酷く恨めしいのです。
「サファイア? どうしたんだ」
「……主様、かの伝説の美食健啖家のユーザンさえもうーまーいーぞーと、かの伝説の秘技口から光バズーカが出るほどの究極のハンバーグを楽しみにしてくださいませ」
「そこまで言っちゃう! てか口から光バズーカってなに!?」
「因みに目からも光ビームになって溢れます」
「そいつ人間なのか!?」
私の身体は震えていました。けれど私は気丈に震えを無理矢理抑えます。
主様に不安なんて一切与えるつもりはない。
主様には必ず最高の
「主様に祝福を」
「え? 突然なにを?」
私はもし魔族の願いが人の神にも聞き届けて貰えるなら、真剣に主様の安寧を願いました。
主様に罪は無し、咎を背負うのは私なのだから。
「あ、グラルさん、サファイアさん! デート中ですかー?」
遠くから同じ道を合流するコールン様が笑顔で手を振っていました。
仕事終わりのようで、バッグを肩に掛け、腰に
コールン様は遠慮せず直ぐ側に近づいてくると、人懐っこく迫ってきました。
お猫様かと思っていましたが、お犬様みたいですね。
「あれあれ? そのお荷物は?」
「今日はサファイアがハンバーグを用意だぞ」
「恐縮ですが、最高のハンバーグをご提供致したいと思います」
「サファイアさん、料理出来るのって偉いですね」
「偉い? 私は家事しか取り柄がありません」
「それでも凄いですよ。私家事が駄目駄目で、いつもガーネットさんに叱られるんですよ?」
コールン様は、思い出したのかブーブーと、ガーネット様に対して不満を漏らしました。
ガーネット様は他人に厳しいお人ですからね、それだけ信頼も出来る方かと思いますが。
「ガーネット様は主様にはデレデレですが、それ以外には厳しいお方ですからね」
「そうそう! ガーネットさん、本当にグラルさんには超甘々のクーデレですからね」
「クーデレ? 義妹はそう思われているのか?」
主様の前ではデレしか見せませんから、身内評価は大変甘いのでしょう。
思い切って私はガーネット様の意外と駄目な所を暴露します。
「ガーネット様も髪の毛爆発していましたし、服もはだけていました」
「なにそれ! そんなガーネットさん見たことないです!」
「ああ、バーレーヌに住んでた時は、そこそこ見たな」
「それにガーネット様は、お猫様です。部屋で自堕落していたと思ったら、主様の気配を察知して、ソファーに待機していたのですよ? さもずっとそこにいたかのように」
「え? まじで?」
なんだか盛り上がってしまいました。主様もコールン様も楽しそうです。
コールン様は私をどう思っているのでしょうか、少なくとも警戒はされていないでしょう。
ガーネット様はまだ私を信頼まではしていないと思う。
今ならコールン様に奇襲を仕掛けられる?
ううん――コールン様は油断はしても、隙は一切無い。
私が余計な事をすれば斬る、それくらいまだ遠い。
コールン様とガーネット様、私の本当の標的。
だけど私は……まだこの幸せを噛み締めたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます