第37話 おっさんは、喧々囂々した朝は辟易だ
朝というのは誰にとっても最高であって欲しいと思わないだろうか?
おっさんはそう思う。朝が嫌な気分では、一日気も
雨が降っていたら、ああ学校行くの
もう一度言う、朝は最高であって欲しい。
「ちょっと兄さん! こいつなに?」
「サファイアです。こいつではありません」
朝一番、金髪碧眼エルフの義妹ガーネット・ダルマギクは朝帰りだったのか、
おっさんはその光景を見て、「ああ……」と顔を抑えた。
いや、問答無用で弓を向けなかっただけ、義妹を褒めるべきか。
「あーえーと、その、なんだ? その子はサファイア、昨夜ばったりさ?」
「おはようございます主様。直ぐに朝ごはんを用意します」
「え、あ、うん」
サファイアはペコリと頭を下げてキッチンに向かった。
無表情でマイペース、あのガーネットでも流石に呆然としているな。
て、そりゃそうか、どうやって説明するべきだ?
「兄さん、この子魔族じゃないの? なんで魔族がメイド服なんか着て、朝ごはんまで作ってるの?」
「そんなことおっさんに言われてもな……」
俺は頭を掻いた。昨日の夜何があったか、それを思い出す。
確かコールンさんを背負ったまま、シェアハウスに帰ってコールンさんをベッドに寝かせたんだ。
その後、疲れた身体で自室に戻って、そのまま寝落ちした……そこまでは覚えていた。
「なぁサファイア」
「いかが致しましたか、主様」
主様に反応してピクリと義妹が眉を
お願いだからあまり義妹を刺激しないで欲しい。
「昨夜どこで寝ていた?」
「いえ、この部屋でじっと夜の番を致しておりました」
「リビングでずっと?」
「はい、ずっとです」
俺はリビングで灯りも付けずにずっと無口無表情で座っているサファイアを想像してしまった。
なんていうか、鉄面皮を一切崩しもせず、本気でこの子はおっさんに奉仕する気なんだな?
「兄さん、この子信用するの?」
「どうかな……まだ半信半疑ではあるが」
「魔族でしょう? 裏があるんじゃないの?」
「だとしても、俺を狙う理由がわからない」
「………」
「サファイアは……多分だけど、悪い子じゃない」
ガーネットは腕を組むとサファイアの背中を睨みつけた。
「騙されたら世話ないわよ」と小さく呟くと、サファイアにそっと後ろから近づく。
サファイアはキッチンで鍋の様子を見ており、ガーネットに気付かない。
スナイパーの性か、気配を消すのが得意なガーネットはそのまま、サファイアの首を掴んだ。
「………?」
「これでも顔色一つ変えないか、私がその気ならその細い首位折れるわよ?」
「それは困ります。主様に奉仕が出来なくなります」
ガーネットは眼を据わらせて、サファイアになんの情も抱いていない。
一方でその状況でさえ、サファイアは鉄面皮を崩さず、ただ鍋の中身をお玉で混ぜていた。
ガーネットは「はぁ」と溜め息を吐くと、諦めて首から手を離した。
「大物なのか馬鹿なのか、本気で兄さんに奉仕を目的にしているの?」
「おいガーネット、いくらなんでもあれは」
「貴方、兄さんに良からぬことをするつもりなら、殺すから」
ガーネットは魔族を信用しない。魔族を信用する人間の方がまずあり得ないのはこの世界では常識だが。
だけど本当にサファイアからは一切の脅威も悪意も感じないのだ。
「魔族は信用出来ない、でもサファイアは信じてみる」
俺はサファイアの背中を見つめ、ただ小さく頷いた。
ガーネットは呆れたように首を横に振る。
「まあ、殺すだけなら簡単そうか」
「お前はまず殺すという発想から離れない?」
「じゃあ致命傷を外してじわじわと」
駄目だ。ガーネットのそういう苛烈な性格は変えられないか。
サファイアはサファイアで自分に殺意を向けられているのに、一切動じないし、本当にどうなってんだか。
「ふわ……おはようございますうぅ」
やや剣呑した雰囲気に、呑気な欠伸をしながらコールンさんは自室から出てきた。
服は乱れており、相変わらずだらしない格好にガーネットは顔を険しくする。
コールンさんは少しおかしなこの状況にキョトンと目を丸くしていた。
「えーと、ガーネットさん、今日は特に機嫌悪い様子ですね?」
「いいから、さっさとシャワー浴びてきなさい、兄さんの前で
「もう、そんなつもりありませんってば、て……あれ、知らない人が?」
サファイアは無表情で振り返った。コールンを捉えるとペコリと頭を下げた。
「おはようございます、お猫さま」
「ね、猫?」
キョトンとするコールンさん、サファイアは大真面目だ。
酔っ払ったコールンさんを人というよりむしろ大きな猫という認識がまだ
「私猫じゃないです。ちゃんと人族ですよ!」
「そうなのですね、これは失礼しました」
「むう、一体この美少女は誰なんですか?」
「覚えていない?」
ちんぷんかんぷんとコールンさんは首を傾げる。
まあいつも通り酔った時の記憶は欠片も無いらしい。
「コールン・イキシア。おっさんの同僚だ」
「えと、初めまして? コールンです。カランコエ学校で剣術科の教師を務めています」
「サファイアです。主様の忠実な
「え?
サファイアはおっさんに視線を向ける。
コールンさんはその動きを追って、おっさんを信じられない物を見るように顔を強張らせた。
「デリヘルでしょうか?」
「だったら、朝ごはんまで用意しないでしょ……」
むしろその方が良かった。ガーネットはそう言いたげだ。
おっさんとしても、まだ主様になるのはちょっと抵抗があるんだが。
「様子見期間」
仕方ないので、おっさんはそう述べる。
サファイアが家政婦の真似事するなら、とりあえず様子見しておく。
ガーネットはこれっぽっちも信用していないが、おっさんとしてはまだ善悪を判断出来る状況じゃないと思う。
「随分変わった子ですね……とりあえずシャワー浴びてきます」
コールンさんの場合はニュートラル、やや
とはいえ、あからさまな魔族なのだから、不安はあるのだろう。
コールンさんも仕事柄多くの人と付き合ってきたし、人を見る目はあるだろう。
いざという時は白兵戦ならガーネット以上の猛者だ。
どうとでもなるというのは、それだけ余裕に繋がるのかもな。
「はぁ、そもそもなんで魔族が兄さんに奉仕する必要があるのかしら?」
「主様だからです。私は主様に奉仕することこそが喜びなのです」
どうもそういう奉仕種族なのか、それとも個人の性癖か判然としないが、サファイアは奉仕を喜びという。
魔族に関しては分かっているようで、分かっていないことの方が圧倒的に多いのだ。
ガーネットはそんなサファイアが気に入らないのか、フンと鼻を鳴らした。対してサファイアは眉一つ動かさない。
「あんまりいじめてやるなよ……かわいそうだろう?」
「馬鹿じゃないの? 兄さんの為でしょうが」
「妹様も主様に奉仕することがお望みなのでしょうか?」
おっと、サファイアからすればガーネットはそう見えるか。
ガーネットは長耳の先端まで真っ赤にすると、露骨に
「な、ななな、アンタと一緒にしないでくれる! 馬鹿じゃないの! 馬鹿よね?」
「あまり賢いとはお答えは出来ませんが」
「真面目に受け取るな馬鹿ーッ!」
サファイアは裏表がなく、そして真摯な魔族だった。
まだガーネットの人となりを知らないから、大真面目に応対してしまうのだろう。
「申し訳ございません」
「あーもう、なんなのよコイツー……っ」
ガーネットは涙目になって
折れた、ガーネットの方が先に心が折れたな。
サファイアは驚異の鉄面皮で、一切動じないが配慮はちゃんとあるのだ。
ガーネットをどう思っているかは分からないが、少なくとも敬意は払っているんだろう。
まあそれがガーネットからすれば、魔族の癖に生意気だ、と反発してしまうのだろうが。
「そういえばちゃんとサファイアに名乗ったのか?」
「あー、ガーネット。ガーネット・ダルマギクよ、見ての通りエルフで―――」
「ガーネット? 貴方ガーネットというのですか?」
「……はい? それがなによ?」
サファイアが珍しく驚いたような顔をしたような気がした。
小さな手を顎に添えると、何かを考えているようだ。
「ガーネットがどうかしたのか?」
「いえ、珍しい名前、かと」
珍しい名前と言われた張本人は面白くないという顔だったが、そう言えばガーネットが三歳の頃、数少なく記憶していたのがガーネットという名前だけだった。
ガーネットという名前は俺や親父殿、お袋殿が名付けたんじゃない。だからこそ人族とは異なる文化背景があるとは思うが。
ガーネット……
おっさんはピクリと昨夜のことを思い出すと、眉を顰めた。
魔族は石から名前を付ける習慣がある。
いや、ありえない……だってガーネットはエルフだぞ?
なんで名前がガーネットかなんて気にしたことも無かったが、こんなの偶然だよな?
「ふいい、朝シャンはやっぱり最高ですね」
シャワーを浴び終えたコールンさんが浴室から戻ってくる。
長い黒髪を丁寧に乾かせて、彼女は仕事着に着替えた。
それを確認したサファイアは淀みない声で言う。
「それでは朝ごはんを並べていきますので、主様もガーネット様、コールン様もどうぞお席に」
そしてちょっと奇妙な四人による朝ごはんは始まった。
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