第34話 地味娘は、エピローグを語る

 『赤珊瑚盗難事件、実行犯ら一斉検挙!』


 薄く刷られた新聞、その一面にその言葉が堂々と踊っていた。

 貴族当主グールー・ヤマブキの告発と、冒険者ガーネット・ダルマギクのお手柄であったと書かれているが。


 「良かったわ、犯人達捕まってくれて」

 「けどやっぱりブリンセルは物騒だなぁ……なお一層気を引き締めんと!」

 「アーシャちゃんも気をつけるのよ?」

 「はーい、気をつけまーす!」


 私アーシャ・ソレイユは店内を掃除をしながらそう答えた。

 リザードマンのポットマム夫妻は、一緒に新聞に目を通しながら、あれやこれや論議する。

 だけど私はもう少しだけ真実を知っている。

 そこには二人のおじさんと、ある一人の少女が関わっていたことを。


 「それにしてもスキラちゃんは大丈夫かしら?」

 「ああ、様子見に行ってきましょうか? なにか軽食でも持って」


 私はそう提案する。しゅるりと長い先端が二又になった舌を出して、イルスマのおばさんが深刻そうに頷いた。


 「それじゃあ、お願いしましょうか?」


 夫婦はそう言うと、手早くサンドイッチを用意してくれた。

 私はサンドイッチの入ったバスケットを受け取ると、直ぐに店を出ていく。


 街は特に変わった様子もない。

 大抵の中流下流の市民達に、盗難被害など対岸の火事に過ぎなかったのだ。

 赤珊瑚の甘い蜜は貴婦人達を魅了みりょうして止まず、それが赤珊瑚の価値を飛躍的に上昇させてしまった。

 それに目を付けた盗賊団は、赤珊瑚を悪質な方法で奪い、そしてそれを価値の分からない貴族達に売り捌き、暴利を貪った。


 新聞では大事件のように扱っているが、そんなもの数日もすれば皆忘れるのに。

 赤珊瑚の一件は国にも重く見られ、遂に国王が動き出した。

 国王は赤珊瑚に全て認証番号を振り分けることを決定。

 赤珊瑚は国家が管理し、全ての赤珊瑚に原本とコピー品に一致しない限りに偽物とする保護法をとったのだ。


 これからは赤珊瑚の中古を売るにしても、証明書付きでないと罰則に引っかかることとなった。

 そのうち流行り物なんて、あっという間に消え去っていくのだろうけど……。

 中流下流の市民にとっては、下手をすれば一生縁のない話だ。

 そっと、聞き耳を立てれば、聞こえてくるのは今日の献立は、とかあの家の主人浮気してる、だのいつもの井戸端会議の内容だ。

 取り立てて面白い会話内容は拾えない、まあそれだけ平和なんだろうね。


 「愛、震える愛、それは別れ歌」


 気がつくと出店が数多く並び始めた。

 まるで商店のミュージックのように、ギターサウンドが聞こえてきた。

 私は音楽に誘われると、人集りが出来ていた。

 人集りの中心には、あの特徴的な八本足の爆乳少女がギターを鳴らしていた。


 私はスキラさんを発見すると、少しだけにこやかに笑った。

 スキラさん、しばらくは塞ぎ込んでいたけど、結局すぐに路上演奏を再開した。

 最近この地域で話題になりつつある、スキュラ族の路上演奏家ストリートミュージシャンの演奏はまだ尖りまくっていて、お世辞に上手じゃないけれど、着実に物珍しさか客を増やしている。


 やがて一曲終わると、彼女は近くに置いてあった水筒を触腕で手繰り寄せ、休憩に入った。

 パチパチパチ、拍手が起きる中、私は「ここだ」と確信して、スキラさんに接触する。


 「スキラさん、お疲れ様!」

 「あっ、アーシャさん!」


 スキラさんは私に気付くと、笑顔で喜んでくれた。

 私もニッコリ微笑むと、すぐにバスケットを差し入れた。


 「はい、これイルスマさん達が差入れにって」

 「これは? サンドイッチ?」


 触腕で受け取るとスキラさんは中身を覗いた。

 ここブリンセルでは珍しくもないサンドイッチだ。そこら中の出店で個性豊かなサンドイッチが売られている。

 ブンガラヤでは馴染みがないのか、スキラさんは少し怪訝けげんとしたが、やはりお腹は空いていたのか、恐る恐るサンドイッチ一切れを口に運ぶ。


 「んく、あれ? これ地元の味だ」

 「そうなの? 一切れ貰ってもいい?」


 スキラさんはコクンと頷き、了承を得ると一切れ摘む。

 パクリといただくと、最初に甘み、その後から辛味が舌にきた。

 思わず具材を確認すると、ああ……エビチリだ。

 店でもお馴染みのエビを甘辛のチリソースで炒めた物で、新鮮な葉野菜で包んでいる。

 パン自身にも、内側に油が塗られていた。

 なるほど、これは一口にサンドイッチって言っても、先ずブリンセルでは発想が沸かないわ。


 「んー、美味しいー、これイルスマさんかな?」


 スキラさんは一度味わうと、あとは夢中でサンドイッチを頬張った。

 身体はちっちゃいけど、良く食べるのはスキュラ族では普通なのかな?


 「……で、どう? 音楽上手くいってる?」

 「ん……、どうかな? 多分上手くいってる」


 スキラさんはなんとも言えない顔で頷いた。

 少なくとも客を集めることには成功したみたいだけ、ど?


 「……正直自信無いかな……今はスキュラ族ってだけで珍しいって思われてるだけだから」

 「そう」

 「そうなの、一発芸人にはならない曲がやっぱり必要……だよ」


 私は音楽はとやかく言うだけの知識はない。

 けど芸術には基準点がない。つまり絵や小説だって、ゴミ同然と扱う人も、大金の価値があると評価する者もいるのだ。

 スキラさんに足りないのは……うん、きっとこれね。


 「スキラさん、もっと自信を持って!」

 「え? ええ、アーシャさん?」

 「貴方が自信を持って、歌いたい歌を歌えば、きっと誰かに伝わるわ!」


 スキラさんは困惑するが、私は自信満々だ。

 お歌はさ、共感性が必要って言うけど、一番重要なのは意志の発露はつろじゃないかな。

 少なくともスキラさんは、まだ自分の為に歌ってないんじゃないかな?


 「ん……はあ」


 水筒を口に含むと、彼女は喉を潤した。

 そして小さく「自信か」と呟いた。


 「……あ」

 「ん?」


 スキラが一瞬顔を綻ばせた。

 その視線を追うと、ああ、あの先生がいた。


 冴えないどこにでもいそうな三十代の草臥くたびれたおっさん。

 グラル・ダルマギクだわ。

 本人は気づいてないと思うけど、あの情けないオーラが、どこか変態地味ているんだよね。

 その隣には見目麗しいエルフが並び立っていた。

 鋭い視線、金髪翠眼に尖った耳、誰もが一度は注目してしまうだろう。

 惜しむらくは色気においては、これがまるで無い……人族の理想とするエルフ像には惜しくも僅かに足りなかったのだ。


 スキラさんの視線はおっさん、グラル先生に注がれた。

 そうか、スキラさん……そっちの方がそりゃ良いよね。


 私はそう思うと、人混みの外に出た。

 それとなく、自分の影の薄さを利用してダルマギク兄妹に近づく。

 スキラさんはギターを鳴らすと、静かに歌い出した。


 「……で? 兄さんは彼女スキラとどういう関係なの?」

 「アイエ? な、なんの事だよ?」

 「とぼけない! なんで人間関係面倒くさいって愚痴る兄さんが、態々わざわざ自分から面倒に首突っ込むのよ!」


 ……どうやら、義妹から詰問きつもんを受けているようだ。

 相変わらず情けない姿で、押されっぱなしの優しいお兄さん、お陰でガーネットさんはつけあがる。

 それは良くないな、と思うけれど口出ししたものか。少し悩んじゃうね。


 手助けする程の義理もないんだけど。


 「大体兄さんは小心者なんだからもっと兎のように臆病に生きていれば……」

 「ああ、うん……はい、その通りです」


 ありゃりゃ、グラル先生完全に全肯定イエスマンだね。

 どうやら義妹には全く頭が上がらないらしい。

 正に尻に敷かれた状態のグラル先生はただでさえ薄っぺらい背中が、更に小さくなっていく。

 やれやれ、ちょっと手助けしてあげようかな?


 「それはどうでしょうか?」

 「え? 貴方誰?」

 「君、えーと、アーシャさん?」

 「はい、アーシャ・ソレイユです。ガーネットさんですよね? この間の赤珊瑚事件の解決お見事です」

 「あ、えと……まあ、当然よね?」


 クスリ、思わず微笑んでしまう。

 ガーネットさんは煽てには弱いようだ。きっと自分が出来る子だと証明して、周囲に――というかお兄さんに――認めて欲しいんでしょう。

 典型的な承認欲求ですね。


 「グラル先生は、先生なりに選んだ結果ですよ。そこにガーネットさんが関わるのは少しおこがましいのでは?」

 「うぐ! あ、貴方なんなのよ! これは家族の!」

 「家族でも個人の問題は、個人が解決するべきでしょ?」


 弁舌なら負ける気はしない。ガーネットさんはお兄さんと違い、はっきり物言う性格だが、意外と体裁を気にする所があり、形振り構わないやり方は格好悪いと思っていそうだ。

 きっと良く出来た人なのでしょうね、だからこそ墓穴に嵌ると弱い。


 「ところで、その髪留め赤珊瑚ですよね? お似合いですよ」


 私はガーネットさんの前髪を束ねる髪留めを指摘すると、彼女は耳まで真っ赤にした。


 「こ、これは、ど、どうしてもって、言うから……!」


 ガーネットさんはしどろもどろに聞いてもいないことを喋り出した。

 あくまでも私の推測だけれど、グールー氏からのプレゼントなのだろう。

 あまり派手なのは好まないのか、それとも単に見せびらかすと変なイメージが付くのを恐れてか。

 まあどちらにしろ、金糸のような美しい髪に、真っ赤な赤珊瑚の輝きはとても似合っている。

 本人も悪い気はしていないのか、何度も前髪を掻いていた。


 「クスリ、グラル先生、スキラさんが放っておけないんでしょ?」

 「ああ、まあな。事件は終わったとはいえ、俺は彼女の歌を応援しているつもりだからな」


 そうか、だからこそスキラさんも惹かれたんだよね。

 ギリッとガーネットさんは、怨念めいた視線を兄に注ぐが、これってヤキモチかな?

 肝心のお兄さんはガーネットさんにも、スキラさんにも、勿論私にもなんだか壁がある気がするけど。


 「……あんまりお兄さんを苛めると、好感度下がりますよー。それじゃ私もう行きますから」


 私はそう言うと、道を歩き出した。

 後ろから「好感度ってなにさ!」と甲高い悲鳴が聞こえたけれど、私は笑って無視する。

 本当なら直ぐに店に戻らないといけないけれど、どうせまだ今は店も閑古鳥が鳴く時間だ。

 だから直ぐに私はあのどうしようもない駄目探偵の下に向かった。




          §




 バリー探偵事務所は今日も客はなく、所長のバリー・キルタンサスはだらしなくソファーでぐでっていた。

 私は事務所に踏み込むと、キルタンサスさんはゆっくりと顔を上げ、私をしたためた。


 「……アーシャか?」

 「ちょっと様子を見にきました。キルタンサスさんお暇そうですね?」

 「うるせえ、今はやる気スイッチオフってんだよ……」


 そう言うこのおじさんは、非常に自堕落じだらくだった。

 ソファーに座り直すと、大きく欠伸あくびをして、まだ眠いのかまぶたを擦る。

 燃え尽き症候群……じゃ、ないですよね?


 「なあアーシャ、事件は終わったよな?」

 「当事者がなんで聞くんです? 自分でトドメ刺した一斉検挙んでしょう?」


 キルタンサスさんは、頭をボリボリ掻くと、周囲にフケを飛ばす。

 仕方がない人ですね、と私は呆れた。


 「違法商人も、赤珊瑚盗難の元締めも一斉検挙! 一件落着では?」


 私は直ぐにお茶の用意をする。

 そろそろ暑くなってくるので、今日は冷たいお茶にしよう。


 「……なんか、引っかかるんだよな」

 「引っかかる、ですか?」


 キルタンサスさんの勘は全く当たらないから、私は話半分に聞いた。

 喧嘩は滅茶苦茶強くて、推理はテンで駄目という典型的なヘボ探偵は、今度はどんな突拍子もない事を思いついたのだろう?


 「そもそもだ、なんで赤珊瑚なんだ?」

 「はい? 何故とは?」


 私はガラスのコップにお茶を注ぐと、それをキルタンサスさんに差し出す。

 「ありがと」とコップを受け取ると、彼は一気に呷った。


 「……ぷは、グールーがシロって分かった時からずっと疑問だった」

 「………」

 「悔しいが奴らは賢い、盗んだ赤珊瑚もそのままではなく、わざわざ加工して価値を落としてでも販売路を安定させた」


 盗難にあった赤珊瑚は鑑定すれば、どれも価値の薄い粗雑な加工品ばかりだった。

 宝石店で扱われるブンガラヤ直輸入の品に比べたら、明らかに見劣りする。

 けれど、盗賊団はそれを承知に破格の価格で販売するという戦略を取った。

 キルタンサスさんは、お茶を飲み干すと、テーブルに置いて、ある推論を述べた。


 「薄利多売、悪くないやり方だが……それならそもそも盗品を扱うなんて事態がナンセンスだ。ブンガラヤから直接輸入すればもっと儲かる」

 「けど、それにはブンガラヤから正式なライセンスを受けないと」

 「可能な筈だ。ブンガラヤ商業組合の発行する交易ライセンスの審査は、それほど厳しくはない」


 ううん、私は思考を巡らせる。

 確かに犯罪なんて割に合わない、それならブンガラヤと直接交易するべき、か。


 「なる程、確かに不可解ですね……。交易にリスクはあるとはいえ、冒険者を雇っても、今の赤珊瑚のレートなら充分盗難品より利益を出せたでしょうね」

 「それなんだ! なんでまっとうに商売をしなかった? アコギにやるにしても、方法論がおかしい!」

 「でも……考え過ぎでは? 結局はそこまで頭が回らなかっただけじゃ?」


 往々にして犯罪者とは、そもそも考える頭が無い人が犯すと定説はある。

 事実盗難はその殆どが下流から最底辺ボトムズの犯罪者が大半だ。

 多くは生活に困窮して止む無く犯罪に手を染める。

 今回も多くはそんな学もない、正に明日さえ分からない人々が犯罪に手を染めたのだ。


 私は結局は偶然だと論じるが、キルタンサスさんは納得していなかった。


 「奴らは馬鹿でも間抜けでもなかった……。まるでもう用済みと言わんばかりに……」


 キルタンサスさんは天井を仰ぎ見ると、「はあ」と溜め息を吐いた。


 「疲れているんですよ」

 「そうか?」

 「そうなんです」

 「そうか」

 「はい、それじゃ気持ち切り替えて、お仕事頑張りましょう!」


 私は「えいえいおー」と元気に拳を振り上げる。

 キルタンサスさんは、やる気なく大欠伸を浮かべた。



 こうして赤珊瑚を巡る事件は終わりました。

 スキラさんはあれからも路上で歌い、キルタンサスさんは細々と探偵業を続け、ガーネットさんは冒険者として更に名声を高めた。

 唯一何も変わらなかったのはグラル先生だけかもね。

 果たして事件の真相は? そんな事を聞かれても分からない物は分からない。

 そして運命の神様が見ているなら、きっと知るべき時に真相は知るのだと思う。

 人は明日のことだって分からない、けれどそれに悲観なんてしないものだ。

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