第33話 おっさんは、王手をかける

 スキラがグールーをセクハラで引っ叩いてから一時間ほど、あの褐色執事の爺さんが音も無く戻ってきた。

 やっぱりニンジャかなにかじゃないのか。


 その執事シュバルツは、主の前で丁寧に腰を折ると、首尾を報告する。


 「くだんの商人に連絡を入れられました。直ぐに商品を持ってくると」

 「おお、でかしたぞシュバルツ!」


 グールーのセクハラの件は、とりあえずおっさんが治癒ヒールの魔法で回復させておいたが、シュバルツは僅かな主の様子の変化に顔色を変えた。


 「グールー様、顔が?」

 「なに、名誉の負傷である!」

 「……女好きも大概にしませんと」

 「な、なんの話であるかー!」


 おっさんはククッと小さく笑った。

 バリーに視線を移すと、頭を抱えているのが見て取れた。

 まあバリーも大概格好つけだからな、グールー氏よりは大分マシとはいえ、キザでフェミニスト。

 バリーからすれば、それがさがとはいえ、他人事ではないから自分を戒めている最中だろう。


 さっさと結婚すれば悩まず済むものを。とバリーに突きつけるだけの勇気は流石におっさんにはないか。

 ガーネットは「ふん」と鼻息を荒くし、スキラは不安げに胸を抱く。

 どちらにしろ、過度なアピールも女性陣には毒だというのが、結果であった。


 「してあの商人はいつほど?」

 「三十分も掛らぬと」

 「よし、ならそれまでに俺達も備えるか!」


 バリーはそう言うと、拳を打ち合わせた。

 やる気は充分、むしろ有り余っていそうだ。

 私立探偵として、赤珊瑚の不正な動きを探り、その過程で謎の盗賊団カルテットの存在を知るに至った。

 赤珊瑚は各地で盗難され、それが謎の商人によって取引される。

 必ず組織を壊滅させると、バリーはその気迫を熱くたぎらせていた。


 「一回ガツンと言ってやるんだから」

 「犯罪者は言って更生出来るなら、犯罪者にはならないわよ。ぶん殴ってやらなきゃ分からないんだから」


 女性陣もやる気は充分か。

 当事者になったにも関わらず、スキラは相変わらず穏健というか優しいが、ガーネットは苛烈な応酬を望むようだ。

 元々おっさんって、スキラが路上で歌っていなければ、こんな場所に立っていなかったんだよな。

 たまたま、スキラの歌声に惹かれて、たまたまスキラが赤珊瑚を持つスキュラ族で―――。

 だから盗賊団に狙われ、だから俺たちは集まった。


 もしこれが因果なら、おっさんの役割はなんだろうか。

 運命と宿命の神さまは、今更このおっさんに何を求めるんだろうな。


 「兄さん、緊張してるの?」

 「……いいや、あ、緊張はしてるか。おっさん、一般人だもの」


 おっさんはそう言っておどける。

 考えてみれば本当におっさんは、ここに居る意味が分からないな。

 なにせおっさんは、凄腕冒険者でも、被害者や探偵でもない、ただの国語教師だもんな。

 まあ人生にヤマなしタニなしを求めるおっさんが、自ら平坦な人生を崩すのは論外だろう。

 ここは、おっさんならでは役割ロールを見出すとしますか。




          §




 三十分後、くだんの商人はグールーの屋敷を訪れた。

 グールーはとある一室に商人を招くと、商人は持ってきた背負いバッグを降ろして、風呂敷の上に赤珊瑚を並べ始めた。


 おっさん達は物陰に隠れて、更に隠遁ステルスの魔法で気配を隠す。

 スキラは並べられていった赤珊瑚を見て、思わず口を覆った。


 「そんな……あんなの、ただの原石じゃない」


 スキラが驚く程の一品も無理もない。

 商人が並べる赤珊瑚はアクセサリーとしては不十分、いやそれ以前に未完成のような品がいくつも混じっていた。

 あるいはそれは。


 「盗品を解体して、宝石をミックスしたな」

 「盗んだ赤珊瑚だと足をつけさせない為?」

 「恐らくな、原型を留めない程改造しちまえば、言い逃れも出来る……か!」


 バリーは怒りに掌を握り込む。

 だがバリーとは対照的におっさんは冷静だった。

 怒るにしろ、感情をカッカさせないこと。どこでだったか、確か戦争の時に年上の魔法使いから教えられたんだよな。

 魔法使いが一番冷静でなければいけない、ここぞという判断のミスがパーティの全滅を招くからだ。


 「追跡チェイスの魔法を使う」


 おっさんは商人に向けて、魔法を放った。

 追跡チェイスの魔法によって、商人に『認証』を取り付けることに成功した。

 これで俺はいつでも商人を『追跡』出来る。


 「ふーむ、どれもこれも質が悪いであるな」

 「中古品なのでそこはともかく、その分お値段はお求め安くしますよ? これは三十万ゴールド」


 グールーは難色を示すが、商人は嬉々として販促を続ける。

 三十万と言われるそれは髪留めだろうか、スキラは誰よりも静かに怒っていた。


 「あんなのスキュラ族の手工じゃない」

 「……たく、あれで三十万? やってくれるじゃねえか」

 「話にならん……ブンガラヤから直接輸入すれば、その六分の一でそれより上物を仕入れられるぞ?」


 当然グールーの目利きも厳しい。

 女性に対してはコミカルな面白貴族だが、伊達に商業で一財を築いていないか、あの怪しげな商人の販促もまるで通じていない。


 「ちなみの中古品と言ったな? 一体どこから仕入れておる?」

 「申し訳ないが、プライバシーに関わるのでお答え出来ない」


 グールーは鼻息を荒くすると、商人を見下した。

 商人も大した胆力だな。仮にも貴族が相手だってのに、まるで動じない。

 とはいえ、らちが明かないと判断したのか、商人は首を振ると、赤珊瑚を片付け始めた。


 「今日は良い品も調達出来ませんでした。また来ます」

 「ふん、出来るならこのワシのお眼鏡適う物を期待しよう!」


 商人は手早く片付けると、直ぐに立ち上がった。

 執事のシュバルツは無言で、商人を出口まで案内する。


 「チェックメイト……だな」


 おっさんは隠遁ステルスの魔法を解除した。

 グールー氏の前まで出てくると、おっさんは商人を追跡する。


 「やはりいずれも贋作であったな。スキラ君の持つ上物に比べれば、いずれも素人作品! ああー! 腹立たしい! 原石をああまでけがして!」


 グールーは商人がいなくなると思いっきり子供っぽく憤慨した。

 とはいえ、売り手と買い手の役割がなければ、奴を引っ張り出せなかった。


 「バリーの脳筋作戦の酷さはよくわかったぞ、このヘボ探偵め」

 「ぐう! ひ、否定できない……」

 「よくそれで探偵なんてやろうと思ったのか……」


 ガーネットもバリーには呆れていた。

 バリー顔は良いし、行動力もあって、正義感も溢れる。

 良い面だけを見れば正に素敵なおじさまなんだがな。


 「それで兄さん、アイツどこへ向かってるの?」

 「移動中だな……さて」


 おっさんに切った張ったはやはり似合わない。

 ここは魔法使いならではの解決法を見せようか。


 「おし! 追いかけるぜ!」

 「私もやるわ、どの道許すつもりもないし」

 「シュバルツ、お前も同行するのだ!」

 「畏まりました」


 さあ、お遊びはここまでさ。おっさん達はニヤリと笑う。

 この事件、これで終わらせるぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る