第32話 おっさんは、コミカル貴族を追い詰める?

 義妹のガーネットが不審な赤珊瑚の取引をしているという貴族グールー・ヤマブキに面会する時間を用意してくれた。

 とある食堂でおっさん、バリー、ガーネット、そしてスキラが集う。

 当然グールー邸に乗り込む算段な訳だが。

 

 「私はまぁ当然乗り込むけど」とガーネット。

 「俺もだ、そろそろ事件を終わらせて一息付きたいぜ」


 まずガーネットとバリーが乗り込みに意欲を示す。

 相手はガーネットと会うと約束した以上、ガーネットはどの道確定だろうが。

 事件の方はバリー達に任せていれば充分そうだし、おっさんは静観かね?


 「あ、あの……アタシ、も、ついて行って、良いですか?」

 「スキラさん?」


 おずおずと、スキラが手をあげた。

 スキラもついて行く? 誰もがその意味に首を傾げた。

 理由がない、それよりも危険ではないか?

 しかし不安げなスキラでも、表情を固めると、ハッキリと物申ものもうした。


 「アタシは赤珊瑚を盗んでまでお金儲けする人が許せない! どうしてはっきり譲って欲しいなら、そう言えないの!」


 ギュッ、とスキラは首から掛けていたネックレスを握り込んだ。

 そうか……スキラは優しい子だな。盗賊を咎めるのではなく、正したいのだ。

 自分が一番辛い被害者だっていうのに、スキラはそれでも人の善性を信じているのかもな。

 ふっ、おっさんにはとことん縁遠いな……だからそれは尊い。

 バリーも思ったことは同じようだ。スキラを子供を見るように優しい顔だった。


 「スキラは自分を守れない。俺が同行しよう」

 「兄さんが? ……分かった。スキラさん、兄さんに迷惑掛けないようにね?」

 「は、はいっ!」


 おっさんはスキラのように完全な人の善性は信じられない。

 そもそも人はその数だけ、エゴがあり、価値観がある。

 善性は文化観の中に育まれる変化する価値観だ。

 それ故に善や悪なんて、簡単に覆る価値観でしかない。


 「よしっ、それじゃこの四人でいっちょ乗り込んでみるか!」


 バリーはそう言うと勢いよく席を立つ。

 俺たちはそれに応じ、次々と立っていく。

 面会の予定時刻に合わせて俺たちは貴族街に向かうのだった。




          §




 「まさかまさか! 君から会いたいなんて言って貰えるとは思わなかったよ! ガーネット君!」


 グールー氏の邸宅は貴族街でもまさに一等地にあった。おっさん達は招待に応じ、邸宅に入る。

 正門を越えると、直ぐに目当ての人物は立っていた。

 貴族の中でもかなりの金持ちと言われるグールー氏、その姿はオークとたとえられるのも納得の中年太りした、手足の短い達磨ダルマ体型の貴族だった。

 成金主義を隠しさえもせず、ジャラジャラと荘厳で悪趣味な指輪を全ての指に嵌め、まさに豚って感じだろうか?

 ガーネットによほどご執心なのか、俺たちを見てもグールーは気にも止めず、ガーネットにグイグイ顔を近づける。

 ガーネットは苦笑いで、グールーを手で押し返す仕草で距離を取る。成程、ガーネットが心底毛嫌いする筈だ。想像以上に気持ち悪いな。


 「それで手紙には直接たずねたいことがある書いておったが、一体なにが知りたいのかな?」


 おっさんは周囲に目を配らせた。

 グールーの屋敷は広大で、使用人の数も三十人を越えている。

 丁度グールーの後ろには褐色の使用人が静かに立っていた。

 白髪の生える姿から典型的な執事バトラーかな。


 「ねぇあなた赤珊瑚のアクセサリーをいっぱい持ってるわよね?」

 「おお、赤珊瑚か! 少々買い過ぎて、いくつかは売ってしまったがの!」


 ……呆れるほど、簡単に喋ってくれるな。

 正直拍子抜けと言うべきか、グールーは好好爺こうこうやにその深いしわを歪ませた。


 「その赤珊瑚……どこで手に入れたの?」

 「おお、あれは直接ブンガラヤの商業組合と交渉をして手に入れたのよ! おかげで差額の取引で儲けさせて貰っとるがな!」


 商業組合? バリーは少し困惑したように俺やスキラを見た。

 俺はスキラに身を寄せ、耳打ちする。


 「商業組合って?」

 「ブンガラヤは、伝統的に貿易で財貨を稼いできたの。だけど手工業や漁師が、不当な取引の被害に合わないように、商品の流通において商業組合が市場レートを調整して、生産者加工業者の保護をするの」


 「実家も加盟してるの」とスキラは付け加えた。バリーは思わず「むう」と低く唸り、グールーに口を出した。


 「し、失礼だが証書なんかは、あるか?」

 「む? そういえばガーネット君たっての願いとあって、面会を許したが君たちは?」


 グールーの奴、おっさん達など眼中に無しって感じだな。

 随分今更おっさん達のことを聞いてきた。

 バリーは失礼と、頭を下げると軽く自己紹介する。


 「これは失礼、俺は私立探偵のバリー・キルタンサス」

 「こほん、俺はグラル・ダルマギク―――」

 「よ」


 おっさんの言葉を遮られて、ガーネットはであることを強調した。

 グールーは兄と聞くと目を丸くするが、直ぐにニコニコ笑顔になった。

 うう、気持ち悪いなあ。


 「あ、アタシはスキラ・アルメリアです……」

 「むふ! んんん?」

 「ッ!!!」


 スキラはぞわりと背筋を震わせた。

 グールーは目を見開くと、スキラの全身を観察する。

 やっぱり気持ち悪い、スキラも嫌そうに顔を背けた。

 しれっとガーネットが凄まじい殺意を向けるが、グールーは鈍感にも気にしない。


 「良い……! 艶やかな白波のような髪、まるで穏やかな海のような瞳……良い! 君はスキュラか! 良いぞ良いぞ! ムッハー!」

 「ひいい! な、なんなの!?」


 スキラは涙目でおっさんに抱きつく。

 よっぽど怖いんだな、無理もないが。でもおっさんはグールーよりもむしろスキラにドス黒い殺意を向けるガーネットの方が怖いぞ。

 なんで義妹はスキラに殺意向けてるの? ワケワカンナイヨー!


 「あー、グールー氏、証書の件だが?」


 バリーは紳士的にスキラをグールーの視線から隠すと、証書の件を聞いた。

 チッと舌打ちすると、グールーは褐色白髪の老人執事に目配せをした。


 「こちらに御座います」


 執事は懐に手を忍ばせると、証書を取り出した。

 て、なんで持ち歩いているの!?

 まじでパーフェクト系の執事さんかよ!

 執事は証書をグールーに手渡すと、また粛々とその後ろには佇む。

 グールーは証書の内容を確認すると、それをバリーに広げて見せた。


 「ほれ、この通り! 印もある!」

 「まじか……」

 「……確かに本物だ」ブンガラヤ人のスキラも認めた。


 それは確かにブンガラヤ商業組合との取引手形の証書だった。

 赤い朱印はブンガラヤの印であり、バリーは取引された品もしっかりと確認した。


 「ち、因みになぜこんなに大量の赤珊瑚の取引を?」

 「なんでって……そんなの決まっておろう! ガーネット君にプレゼントする為じゃよーん!」

 「………は?」


 ガーネットは聞き覚えがないぞと言う顔で、思わず破顔した。

 カーカーカーと、カラスがどこかで鳴いている気がするな。


 「え? は? 私知らないんだけど? なにそれ?」

 「それはー、ガーネット君が、いつもいつも依頼の報酬に赤珊瑚の最上級品を入れてるのに、受け取り拒否するじゃなーい?」

 「あ、あれは! 流石に報酬がデカ過ぎるのよ! 他の冒険者に示しだってつかないし!」


 俺はあ然とした。ガーネットって、本当に儲けてるな。

 思わずバリーやスキラも義妹を見る目が変わった気がする。


 「ちょっと! 私受け取ってないから! 本当よ!」

 「あーうん、パパ活は程々に」

 「兄さーーーーん!」


 「コホン」、バリーは咳払いをした。

 バリーは真剣な表情をすると、ここからは真剣に対応するらしい。

 グールーは相変わらずガーネットに夢中だったが、バリーの視線に気付いた。


 「……じゃあグールー氏、赤珊瑚の盗難品については?」

 「盗難品? とんでもない! ワシはちゃんとブンガラヤにまで出向いて取引しとるんだぞ! ただ……買いすぎたというか?」

 「こちらになります」


 執事さん、今度は宝石店との取引証書を懐から取り出した。

 その内容は数十点の赤珊瑚の加工品の売却証明だった。


 「じゃあ貴方は赤珊瑚盗難品を買っている訳じゃないんですか?」


 スキラが思わずぶっちゃけた。

 誰もがはっきりしたかったことだが、遠慮がないな!

 グールーはそれを聞くと手を上げ憤慨ふんがいした。いちいち動きがコミカルなおっさんだな。


 「失礼な! ワシは名門貴族ヤマブキ家の当主ぞ! 何故にそのようなやましい物を取り扱う! そんな物では宝石の輝きも曇るであろう!」


 ……まじだ、まじでこの面白おっさんはシロだな。

 おいおい、どうするんの? 完全にアテが外れてるじゃないか?

 バリーは「あーあ」と言うように顔を押えた。

 やっぱりアイツは三流探偵だわ、なんだよこれ。

 やっぱり脳筋に推理とか無理なんだ。


 「しかし確かに赤珊瑚の盗難品か……ワシに売ろうとした怪しげな商人もおったな?」


 バリーは顔色を変えた、そのままバリーはグールーに食って掛かる。


 「それはどんな! いや、今会えるか!」

 「ちょ、顔が近い! もっと離れよ! ええい!」

 「失礼を」


 執事はバリーを優しく押し退け、主を守ってみせた。

 やっぱりこの執事くっそ有能なタイプじゃん。

 執事は涼風吹かせず、ただ冷静にバリーの質問に回答する。


 「先日にも、市場価格の五分の一というありえない価格で売りにきた商人がおりました」

 「おお、そうだ! ワシも商才によって、家をここまで大きくした! あのような怪しいやからと取引するものか!」


 急転直下、というべきか?

 盗品を扱っていると思われる怪しげな商人。

 バリーの探す盗賊団の総元締め……それは何者なのだろう。


 「会わせてください……許せない、スキュラ族は丹精込めて赤珊瑚を加工するんです……それを」


 スキラは震えていた。ただそれは武者震いだった。

 今スキラは怒りに震えているのだろうか?

 きっとそれは義憤ぎふん、スキラはあくまでも罰は求めていない。


 「ふむ、スキュラのお嬢ちゃん、君はどうして?」

 「ママから譲り受けたティアラをアタシも狙われたんです……」


 スキラはそう言うと、頭部のティアラを取り外した。

 とても良く出来た赤珊瑚のティアラで、それを見たグールーも思わず唸る。


 「むほ! これは良く出来ておる、取引価格はざっと七十万ゴールドは下るまい!」

 「……アタシ、盗んでお金に変えるなんて許せない……どうして無理矢理なのか……」

 「むふん! 君のような可憐な少女を泣かせる奴は許せんな! シュバルツ! 直ぐにあの商人を呼んでまいれ!」

 「畏まりました」


 後ろに静かに立っていた執事は、一礼すると、一瞬でその場から消え去った。

 うげ、あの執事本当はニンジャなのか? 全く動きが見えなかったぞ?


 「ご安心なさい! このグールー・ヤマブキ! 犯罪を許しはしないと約束しよう! さあ、ご安心召させれよ」


 クルクルクルと、爪先立ちで回転すると、ピタッとスキラの目の前で止まり、膝を折る。

 そのままグールーはスキラの手を優しく取った。

 スキラは訳が分からず顔を真っ赤にした。

 相当のキザ野郎のやり方だったが、スキラはプルプル震えると。


 「は、ハレンチ!」

 「ぶへら!」


 スキラは思いっきり触腕でグールーを引っ叩く。

 グールーは錐揉み回転すると、吹き飛ばされた。

 因みにこの時点ではおっさんも知らなかったが、スキュラ族にとって、上半身の方の手に触れるのは、人族でいうところ、生足に触れるような行為だったそうな。

 スキュラ族は握手も触腕、感謝も触腕、祈祷も触腕、なんでも触腕で大体こなす種族なのだ。

 おいそれと他人の恥ずかしい部分に触れてはいけない、グールーは身を持って証明したな。

 まあ異種族の風俗文化はかくも摩訶不思議まかふしぎとしか言いようがないのが辛いけどな!

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