第31話 おっさんは、タコ娘とパエリアを囲む
「つまりバリーは赤
事件後、スキラのティアラは無事本人に返却された。
スキラは感激し、思わずバリーに抱きついて感謝していた。
バリーは年甲斐もなく照れていたが、遊んでそうで案外純情だよな。
「ああ、探偵業の傍らにな。だが中々簡単じゃない」
バリーはそう言うと頭を掻いた。
相変わらず大雑把な性格が災いして、犯人に逃げられているようだ。
「要するに元締めっていう犯罪者の親玉がいるのよね?」
依頼を果たし、戻ってきたガーネットも話に加わる。バリーは頷いた。
スキラは自分の預かり知らない場所で、そんな事件に巻き込まれていたことに恐怖していた。
おっさんは「ううむ」と唸る。これは個人の扱う事件のレベルか?
場当たり的な対処でどうにかなるのか、疑問は募るばかりだった。
「はあ、強盗を直接捕まえて、親玉の下に案内させる。頭悪すぎて馬鹿じゃないの?」
「ぐっ」と短く呻いて、バリーは義妹に何も言い返せなかった。
ガーネットは頭脳
「ガーネットならどうする?」
「赤珊瑚は売り買いで初めて価値が生まれるのでしょう? 確かに綺麗だけど、バイヤーがいなけりゃただの石ころよ」
ガーネットはスキラの赤珊瑚のアクセサリーを見て、小さく頷く。
価値は何によってつける、か。
少なくともおっさんには価値はない。あるのはその輝きに寄せられる婦女子の方々か。
赤珊瑚が欲しい、けれど流通に限りがある。だから市場価格が上昇してしまう。
そんな止めようのない赤珊瑚の価値は、盗賊団に目をつけられるレベルになった訳だ。
「誰が顧客となっているか、か?」
おっさんはガーネットの着目した点はそこじゃないかと論じる。
ガーネットはニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、盗品だって売らなきゃ石ころ同然だもの、問題は誰が顧客か、でしょ?」
「グールーという貴族がいる。不自然な程ここ最近赤珊瑚の売却が目立つ」
バリーが述べるグールーという貴族をおっさんは知らない。
だが、ガーネットはあからさまに嫌悪感を滲ませ、怖い顔を
「え、エルフのねーちゃん、なんか怖い顔だけど?」
あまりの豹変っぷりにスキラは怯えて、ガーネットからすり足で距離を離した。
あー、これ、ガーネットの奴、何か知ってるな?
「……それ、確かなの?」
「あ、ああ……一応宝石店も調べたから間違いないが」
「はあぁぁぁ」と深い溜め息を吐くとガーネットは、目つきを鋭くした。
「一日待って、渡りをつけるから」
「はぁ? そういやまだアンタの説明してもらってないんだが?」
「私はガーネット・ダルマギク、ただの赤等級冒険者よ」
「ダルマギク……?」
バリーが胡乱げにおっさんに視線を向けた。
俺は頷き、「義妹だ」とだけ述べた。
超凄腕スナイパーのガーネットだから、貴族とコンタクトを取る手段もあるようだな。
改めて世間は広いようで狭い。
「あの……セクハラジジイ、必ずとっちめてやる……!」
……そんな義妹の恨み節さえ聞かなけりゃ、穏便に済みそうだったのになあ。
§
そんな訳で、だ。いかにも怪しいグールーという貴族を調査することになった後、バリー、ガーネットはそれぞれの目的の為に動き出した。
ガーネットはバリーに協力すると約束し、直ぐにグールーに書状を
おっさんはというと、関わるにしても貴族はちょっと怖いし、それよりスキラの方が心配だった。
今は彼女の下宿先、バリーも行きつけのブンガラヤ料理が味わえる料理店に寄らせて頂いた。
「なるべく、貴重品は厳重に保管するべきだな」
「う、うん……」
スキラは事情を店の
今は俺のテーブルの向かいに座り、テーブルには赤珊瑚の装飾品を並べられていった。
おっさんには物の価値は分からないが、スキラはそれを万が一の時には売却して生計に加えるように母親から渡された物だと説明した。
特に良く装飾の作り込まれたティアラは、スキラのママも使っていた思い出の品だそうだ。
大好きで大切な物を盗まれれば、気も動転するわな。
「まさか白昼堂々、奪いに来るとはな?」
改めて、それだけ無茶苦茶をする価値があるという証拠か。
「因みに、これでどれ位の価値があるんだ?」
「えと……ブンガラヤだと、大体二十万位かな?」
「うげ、おっさんの月収位か?」
思わず呻いてしまう。やっぱり貴重品は高いな。
まあ精巧で良くできているし、そういうものか。
「それブリンセルだったら、ざっと二百万よ?」
突然特に目立たないウエイトレスの少女が赤珊瑚に指差して指摘した。
二百万!? おっさんは目の色を変えると、思わず頭を抑えた。
あ、頭が痛い……、そりゃおっさんの年収に匹敵するぞ?
働くのが馬鹿らしくなる程の金づるがスキラだった訳か。
「それにしてもスキラさん、災難ね」
「う、うん……あの、アーシャさん、あ、アタシ……やっぱりブリンセルに来るべきじゃなかったかな?」
スキラはボロボロと大粒の涙を
アーシャという少女は肩を
「でもね?
随分と、それは楽観的であり、そして前向きな考え方だった。
おっさん、根が悲観的な為、ちょっと賛同しづらいが、分からないでもない。
「どんな人生を辿ろうたって、生きている限り人生だからな。おっさんも今までの人生には後悔していないつもりだ」
「あっ、それって先生の持論ですか?」
「うむり……て、先生? 俺を知ってるのか?」
「確か国語の教師でしょ? アナベル校長と肉体関係にあるとか」
「ぶふう!」
思わず吹いてしまった。ちょ、ちょっと待て!
アナベル校長と肉体関係? なんでそんな話になってんの?
おっさん、この影の薄い少女のことは全く知らないが、察するにカランコエ学校の学生さんだろう。
余程の噂好きなのか、酷い風評被害だった。
「あ、あのな……そんな事実はないから!」
「えー? そうなんですか? じゃあ校長の弱みを握っているっていうのは?」
「どこからそんな根も葉もない噂が出る! 一切やましいことはしていないからな!」
スキラは顔を真っ赤にすると、固まっていた。
くそう、風評被害がおっさんには一番怖いんだぞ。
この娘おっさんが一番苦手なタイプか!
「スキラさん、彼の事幻滅した?」
「な、なんでアタシに振るんですか!」
「あはは、それよりも注文は? ここ飲食店よ?」
「あううう……」
「あー、じゃあオススメは?」
スキラは顔を真っ赤にすると、俯いてしまった。
ニョロニョロ激しく
おっさんはここでこそ、培ったスルースキルを見せるべき、会話は強引に変更する。
「そうですねー、オススメはパエリアなんて、どうです? お米料理なんですけど」
「あ、美味しいんですよ! エビと貝のパエリアなんて特にオススメなの!」
地元の料理だからか、スキラは嬉しそうにパエリアの解説をした。
こっちじゃお米料理は珍しいな、風土的に小麦には適していても、水田は難しい。
「ならそれで、後飲み物も」
「アタシ、いつもの」
「はい! オーダー入ります!」
アーシャは伝票に注文を記すと、直ぐに別のテーブルに向かった。
俺はそんな彼女の背中を追いながら呟く。
「……まさかあんな噂が流れてるのか?」
おっさんがアナベル校長の弱みを握って、肉体関係にあるって。
全く事実無根であり、恐れ多くもそんな勇気もない。
あれか? 一度セクハラ紛いの発言したことの罰か? まだ尾を引いているのか?
アーシャはテキパキと仕事を熟し、料理を運んで、注文に応じる。
これといって落ち度もない、実に慣れた動きだ。
灯台下暗し、あんな子も学校にはいたのか。
「……ねえグラル、アタシ……どうすればいいと思う?」
俺は視線をスキラに戻した。
スキラは少し不安げだった。
どうすれば……か、おっさんにはちょっと難しいな。
「スキラはどうしたいんだ?」
「アタシは、これからも
「なら続けるべきだ」
「でも! またあんな怖いことがあるかと思うとアタシ……っ」
「おっさんは教師だが、救いの神じゃない。無慈悲なことを言えば、おっさんに出来るのはその背中を押してあげるだけだ」
「背中、を……?」
スキラの胸中は透けている。その不安の正体も分かりやすいものだった。
「孤独が怖いなら、仲間を求めろ。理不尽があれば、助けを求めろ。簡単なことだ」
「う……、じゃ、じゃあグラルは助けてって言ったら助けてくれるの?」
「……確実な保証は出来ない」
俺は格好悪いなと、自分を卑下してしまう。
だがこれがおっさんだ、おっさんはどうあっても楽観的にはなれない性分だ。
神様がハッキリお告げでもしなければ、この世界は理不尽ばかりなのだから。
「賢者アリストテレスはこの世界を善と悪、偶然と奇跡の上に世界は成り立つと解釈した。その定義に従えばどんな約束も偶然に翻弄され、奇跡に助けられる筈だ」
おっさんはテーブルに並べられた赤珊瑚にそっと触れた。
そしてそっと魔法を込める。赤珊瑚に『認証』を取り付けた。
これで赤珊瑚を俺はいつでも『追跡』できる。
おっさんは、赤珊瑚から指を離すと、真剣な表情で最後におっさんの解釈を添える。
「結局はなにが起きるか分からない、それが
スキラは瞳孔を拡げ、顔を上げた。
俺は不器用だ。バリーならなんて言うだろう?
きっと格好つけのアイツのことだ、歯が浮くような台詞をつらつら気持ち悪く並べていくだろうな。
「助けてって叫べば、助けてくれるの……?」
「助ける。声さえ届けば」
約束、いや……これは誓いだ。
俺は誓いをここに立てる、助けてと言う声に見て見ぬ振りは決してしない。
スキラが助けてと叫べば必ずそれに応じる。そういう誓いだ。
スキラは顔を真っ赤にしながら、優しく微笑んだ。
本当の彼女は意外としおらしいのだな。
「まるでアタシの騎士様みたい、だね」
「おっさんが騎士? バカ言えただの国語教師だ、
「でも……騎士様だよ。アタシにとってグラルは格好良い騎士様だよ」
俺はどう返せばいいかわからず、照れて頭を掻いた。
ちょっと居心地が悪い、それに気付くには遅すぎたな。
「はい、パエリアお待たせ! 熱いから気をつけてね?」
ありがたい、その変な空気をぶち壊してくれたのはアーシャだった。
ドンッと鉄鍋ごと、パエリアはテーブルに置かれた。
「小皿に別けて食べてね? それじゃまた注文あったらよろしく」
アーシャは飲み物を並べると、伝票をテーブルに置いて、またキッチンに向かった。
「ふーん、年下の方が好みなのかな?」
ゴシップ大好き少女には、相変わらずおっさんは格好のネタにされているようだが。
「小皿に別けて、か」
パエリアは軽く三人前はある大きさだった。
スプーンと小皿が供され、これで
「えへへ、底から掬ってみて、お焦げが美味しいんだから」
スキラは楽しげに、慣れた手つきでパエリアを掬った。
スープを吸った色付きの長粒種の米は良く立っていて、底は焦げ付き香ばしい。
大きなエビや貝といった魚介類に、香草が散りばめられ、目にも鮮やかだった。
「こうか?」
俺は見様見真似でパエリアを小皿に盛る。
何度かスキラを見て、俺はスキラの笑顔に少しだけ安堵する。
随分悲観的な事を述べたが、でも、おっさんはやっぱり――。
護りたいな、この笑顔は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます