第30話 探偵は、そろそろ事件解決しないと死ぬぜ!

 「きゃあっ!」


 クールに決めてグラルと別れたその時、最高にバッドタイミングだなっと舌打ちした。

 俺は直ぐに振り返ると、迷わず悲鳴の下に向かった。

 喧騒がやや事件現場から遠のく、機に乗じて俺は割って奥へと入っていった。


 「おうおう! 誰に許可貰ってここで営業してる訳?」

 「きっちり払うもん払ってもらうからなあ!」


 やかましい罵詈雑言ばりぞうごん、ごろつきの常套句であり、俺は暗い顔で標的を定める。

 直後、グラルの忠告が脳裏を過るが、俺は首を振った。安心しろ、これは喧嘩じゃねえ。


 「あ、アタシ……ただ……ッ」

 「ああん! 聞こえねえよ! とりあえずこっち来て貰おうか!」


 ごろつきは三人、見慣れない顔だ。余所者……いや最底辺ボトムズのリクルートか?

 自分よりも大きく、そして強く恫喝どうかつする人族三人に、さすがのスキュラ族のスキラであっても、酷く怯えていた。

 俺は赤珊瑚の不正な流動の秘密を探っている。

 相次ぐ盗難被害、しかしその元締めはまだ分からない。

 とりあえず一発打ち込む!


 「うらあああ!」


 俺はグラルに治療してもらった右拳を思いっきり握り込むと、一番近くにいたごろつきの横っ面を殴り抜けた!


 「ぎょペ!」


 ごろつきが倒れる。つい始まったと、見守っていた観客達が悲喜こもごもに喚き、喝采かっさいを上げた。


 「いいぞー! やっちまえー!」

 「な、なんだ貴様は!」

 「貴様らに名乗る名前などない!」


 乱闘騒ぎだ。観客に野次馬まで混ざって、まるで賭け試合のような様相で盛り上がってきた。

 ストリートファイトなんて褒められた行為じゃないのに、退屈に飽きたブリンセル民や刺激を求めてやってきた観光客の両方に受けが合致した。


 「いけー! やっちまえー!」

 「そんな奴やっちゃいないよ!」

 「この街は俺達のもんだー! 支配者ヅラしてんじゃねえ!」


 観客の喝采、罵詈雑言。ごろつきはいきなり金網デスマッチのような恐怖と圧迫感に包まれたろう。

 一方で、俺はニヤリと微笑すると、その場でステップを踏む。


 「あ、あの……あなたいつもアヒージョ頼んでくれる常連さん?」

 「ああ? 記憶されてたのか……あの店のアヒージョは絶品だからな! 嬢ちゃん、後ろに隠れてな!」


 俺は庇うようにスキラの前に立った。

 完全に想定外だったろうごろつきはぷるぷる震えながら、やがて怒りの矛先をこちらに向ける。


 「貴様! よくも仕事の邪魔をしてくれたなー!」

 「平和に生きてりゃ良かったのにな!」


 俺は直ぐにカウンターを仕掛ける。

 喧嘩ボクシングスタイルの俺は、ファイティングポーズを構えて――。


 「睡眠の魔法スリープ

 「はえ……?」


 突然ごろつきが目をとろんと垂れさせ、前のめりに倒れた。

 何が起きた、と思う間にもうひとりもドサリと倒れて眠ってしまう。

 俺は呆気にとらわれると後ろを振り返った。


 「あまり褒められたやり方じゃないぞ?」


 そう言うグラルはちょっと怒り顔でゆっくり歩いてきた。

 あ、やべ……治して貰った手前、喧嘩まで苦言を呈されたのに。

 こいつ、状態異常魔法も出来るの忘れてた。

 昔はの方が使し。


 「あ、あはは……まあ女の子のピンチを助けるのも男の義務だろ?」

 「格好つけるな……でも、お前がいて良かった。俺は助けるか迷ったからな」


 グラルはそう言うと暗く俯いた。

 理解できるぜ。もう俺たちはがむしゃらに生きていい時代は通り過ぎた。

 昔から俺より慎重なグラルのことだ。損得勘定は俺より強いだろう。

 俺のせっかちな性格は損することの方が確かに多かったしな。


 「あ、ありがとうございます!」


 呆気にとられていたスキラは両手を合わせると、そのままお辞儀した。

 確かスキュラ族の礼儀作法だったか。八本足をスキュラ族は触腕と言う程、足よりも腕と認識している位だ。スキュラ族の文化様式は必然的に下半身による動作が多い。


 「いや、多分俺の早とちりだ。あっちのおっさん一人で充分だったんじゃねえかね?」


 俺は流し目でグラルを見る。グラルはおっさんの癖に照れて顔を背けた。

 実質俺が一人、グラルが二人鎮圧、結局グラルの奴の方が正解だった。


 「グラルもありがとう……えへへ」

 「ん……ああ、いや、暴力はいけないと思っただけで」


 グラルらしいな。暴力嫌いは聖職者に通ずると思うが、あれで無宗派なんだから勿体ないぜ。

 最も俺の知っているグラルは必要な暴力なら俺より容赦がないからな。

 俺はスキラを見て、彼女の対応が俺の時と違うことに気が付く。どうやらスキラ嬢はグラルに好意を抱いてらっしゃる?

 まあグラル、最初にスキラと親しげだったしな。


 ――けれどまあ、スキラちゃんには可哀想だけど、その笑顔に奴はよ。

 あの男の心はまだ凍りついている、雪解けを待つには冷たすぎるぜ。


 「さて、探偵のおじさんはクールに去るぜ」


 俺は格好つけて、二人から目を離す。

 人混みを掻き分け、店にでも寄ろうかと思った時――。


 「え? きゃあ!」

 「なに!」

 「スキラ!」


 ――完全に盲点だった。

 がいた。人混みに隠れた一人の男が、すかさずスキラに接近し、彼女の赤珊瑚のティアラを奪った!


 「あ! 返して! それママの!」


 スキラが触腕を伸ばす、しかし男には届かない。

 おじさん二人は場所が悪い、直ぐに魔法を詠唱するグラルも、距離が合わず舌打ちした。


 「バリー! どこまで知ってる!」

 「悪いが今はそんな話をしてる場合じゃねえ!」


 あまりに出来過ぎな場面にグラルが俺を疑ってくる。仲間割れしている場合じゃねえんだが。

 とはいえ、俺も赤珊瑚を持つスキラを重点マークしていたのは事実だ。

 グラルには嘘をつきっぱなしだから、本当に事件が終わったら詫びをしよう。

 そうだな、オススメのソープランドにでも招待してやろう。


 「安心しな、お嬢ちゃんのティアラは必ず取り戻す!」

 「あ、あれママから、あの……!」


 見た目こそ異形のモンスターのような姿だが、しどろもどろになって弱気になる姿は、同じ人類種なのだなと痛感させられる。

 そんな少女を泣かせる奴は許しておけねえぜ!


 「そろそろ、追いかけっこも飽きたぜ!」


 俺は迷わずティアラを奪った強盗を追いかけた。

 強盗は俺に気付くと、加速する。

 細路地に入られるとちょっと厄介かもな。


 「ち!」


 ほらきた! 嫌なことを想像した時、大抵それは現実になる。

 強盗は勝手知ったるように、脇道に逸れた。

 やばいぜ、ブリンセルの裏路地は迷路だ。いかに探偵の俺といえども、探すのは骨が折れるぜ!


 だが、不意に強盗の足元に一本の矢が突き刺さった。

 なんだなんだ? 俺は空を見上げる。


 「エルフが……飛んでる? あ……!」


 にわかには信じがたい光景だったが、俺は少し前に噂された都市伝説を思い出した。

 空飛ぶエルフが魔王を征伐せいばつしたって……エルフが飛ぶのもどういう理屈か、魔王がエルフ一人に負ける筈もないし、俺も殆ど信じてなかったが。

 まさか……実在したのかよ!


 強盗はすかさず道を変えた。

 エルフは無言で頭上から矢を射掛ける。

 つーか、空飛ぶアーチャーはズルいな! 狙いたい放題じゃないか!

 とはいえ幸運は幸運だ。あのエルフが何者かは知らんが、奴は進路を次々と塞がれ、やがて袋小路に追い込まれた。


 「待っていたぜ、この瞬間ときをよぉ!」


 エルフはどうやら強盗を袋小路に誘導していたようだ。

 その結果に満足すると、エルフはその翆眼を俺に向けた。

 俺は頷き、片手をあげる。

 エルフはそれに満足したのか、飛び立って行った。

 大丈夫、後は俺一人で充分だ。


 「赤珊瑚盗難の総元締めを教えて貰おうか?」

 「……っ!」


 強盗はダガーナイフを取り出した。

 ちっ、近接武器か。長物なら有利だったのにな。

 強盗は活路を開くために突撃してきた、俺は冷静に強盗の動きを見る。


 強盗がダガーを振る。俺は上半身を仰け反らせ回避。

 次は突く、僅かに横に反れる。

 そのまま強盗はダガーを振り上げた!

 しかし、俺は沈み込むように前屈みダッキングすると、強盗のファンブル!

 狭い路地の裏側で、大振りはブロック塀を打ち付けた!

 しかしブロック塀は切れない、強盗が致命的な隙を晒すのを俺は見逃さないぜ!


 「タアアア!」


 俺は渾身のアッパーカットを強盗の顎に叩きつける。

 強盗は無言で目を開くと、頭蓋をぐしゃりと歪ませ、真上に吹き飛び、そのまま気絶してノックアウトだった。


 「よし、文句なしのノックアウト!」


 俺は息を整えると、ティアラを取り戻す。

 さて……この男、口を割るかね? 俺はグラルと違って優しくねえぞ?


 「にしてもあのエルフ……なんで助けてくれたんだ?」


 状況はラッキーで助かったと言っても過言ではない。

 しかし赤珊瑚盗難事件、その真相は……?

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