第29話 おっさんは、タコ娘のファンになる

 「ちょっと良い人だったから譲ってあげてもよかったー! どろろの筋肉ー!」

 「……相変わらずなに歌ってる?」


 平日の放課後、少し気になったのでもう一度おっさんはタコ娘のスキラが路上演奏ストリートライブしていた場所に訪れた。

 スキラはおっさんに気付くとニカリと満面の笑みを返した。


 「感覚フィーリングだよ、感覚フィーリング! 意味不明の歌詞なんてそれこそいっぱいあるんだから」

 「たとえば?」

 「うーん、こういうのとか――ピッカピカピカピカピカッチュー、ピカピカピカピカ?」

 「いや、なにそれ!? もうなにを伝えようとしているかさっぱりわからない!」

 「だから音楽なんて感性が物を言うんだから」


 スキラはそう言うとギターを置いて、近くに置いてあった水筒を触腕で掴み取る。

 俺は改めてスキラを見て、少し質問をすることにした。


 「少し聞きたいんだが、どうしてピサンリで旗揚げしようと思ったんだ?」


 スキラは水筒を口につけたその瞬間、ピタッと固まる。

 そして少しだけ暗い顔をすると、観念したように話しだした。


 「アタシさ。音楽の才能がないんだ。音楽は好きだけどさ? これって自信持てる曲がまだ無いんだ」

 「自信がないから、なのか?」

 「たはは、そうさ……情けないでしょ? アタシだって本当は結構不安なんだぜ?」


 そう言うとスキラは苦笑する、少し痛々しい。

 俺は真剣な目でスキラを臨む。視線に気付いた彼女は胸に手を当て不安げに表情を曇らせた。


 「おっさんは、音楽は疎くて昔のしか知らないし、今の音楽にはちょっとついていけない所がある……」

 「え? おっさん?」


 おっさんとは老害一歩手前である、そんな自覚はどこかであった。

 おっさんがどこから老害と化すのか、まだ三十五のおっさんでは判然としないが、今の音楽はうるさくて困惑した。この際おっさんは包み隠さずスキラに全て述べる。


 「スキラの音楽は難しい、煩いし、意味不明の歌詞も時々出てくるし」

 「うぐ……」

 「――……けど、俺はそれで良いと思う」


 スキラは表情をコロコロ変えた、暗い顔明るい顔。同じくらい八本の触腕も揺れる。

 やっぱり……うん、俺はスキラの音楽が好きなんだと思う。


 「スキラの音楽、俺は好きだ。荒削りかもしれないけど、俺には届いた」


 キュッとスキラはその爆乳が歪むほど、両腕で自分を抱き締めた。

 一筋の涙が、その青い瞳から零落れいらくする。


 「アハッ、つまり……おっさんがアタシのファン一号ってこと?」

 「……そうか。そうだな」


 俺はそう考えてはいなかった。だが客観的に見ればおっさんはファンなのか。

 ファン、そう考えるのは悪い気もしない。

 こんなおっさんだが、少女の夢を少しでも応援出来るなら、誇らしいじゃないか。


 「アハハ! こんなに嬉しいんだね! ファンが出来るのって!」

 「一曲頼もうか。はい、お捻り」


 俺は今日も粗末な壺に路銀を投じた。

 一人分では大した額にはならないが、これ自体は誠意のようなものだろう。

 投げ銭は歌手の価値の証明だが、投げる側には貧富の格差はどうしてもあるからな。


 「オッケーイ! それじゃ今日はこんな曲でいくぜ!」


 彼女は気合を入れると、ギターを持ち直し、激しく掻き鳴らした。

 相変わらず喧しい不協和音が混ざるが、もはやそれが芸風にも思えた。


 アタシの話を聴いてくれ、アタシの想いを聴いてくれ

 怒りじゃない、不満じゃない、やりたい事をやろうぜ

 好きなんだ、下手っぴだけどこの想いは無限大!

 想いだけじゃ届かない、願いだけじゃなにも出来ない

 だからアタシは歌うんだ

 アタシの話を聴いてくれ、アタシの想いを聴いてくれ

 大好きさ、この想い、貴方だけに届けたいから


 「アタシの歌を聴けーッ!」


 パチパチパチ!


 スキラはやりきった表情で、上半身を激しく揺らした。

 気がつけば、おっさん以外に彼女の周りには観客が集まりだした。

 スキラは息を整えながら、周囲を見渡す。

 冒険者も、町民も、男も、女も、人族も、亜人もいた。

 スキラは青い瞳を輝かせると、再び太陽のような明るい笑顔を浮かべる。


 「皆ー! アタシは路上演奏家ストリートミュージシャンのスキラ・アルメリア! 見ての通りスキュラ族だけど、愛嬌だと思っておくれ! お捻りくれるなら、次の曲も精一杯歌うから!」


 そう言うとスキラは可愛らしくウインクした。

 歌の才能は分からないが、愛嬌は天性の才能を感じるな。

 もしかして接客の方が向いているんじゃ?

 

 とはいえ、スキラの歌に耳を貸し、彼女の笑顔にほだされた観客は、次々と路銀を壺へと投じていく。

 彼女は今最高にキラキラしていた。それこそ眩しいくらいに。

 「そうだ」と、俺は小さく頷き、彼女の演奏をただ見守る。

 歌いたい歌を歌え。想いと願い、そしてちょっぴりの勇気を加えて。


 才能が全てではない、感性とは人の数だけあるのだから。

 その歌に力があれば、かならず誰かが聞いてくれる。そう、おっさんがそうであるように。


 (想いを届ける……そうか、こうするんだな)


 俺は無駄な人生を歩んだつもりはないが、かと言って学び終えた等とおごり高ぶるつもりもない。

 彼女のひたむきさ、そして想いの強さは、おっさんの教師としての在り方にヒントのような物を与えてくれた。

 もしかしたらこれは、授業をもっと良くするチャンスかもしれない。


 「……とりあえず大丈夫そうだな」

 「……?」


 スキラが全力で歌う中、一人だけ熱気とは異なる空気を纏った男が、そこを去ろうとしていた。

 おっさんは目敏めざとく彼に気付くと、すぐに走り出した。

 集団からやや離れた場所で、俺は彼の背中に声をかけた。


 「バリー!」

 「グラル! お前もいたのか?」


 振り返ると彼はやっぱりバリーだった。同じ年齢とは思えない程イケオジのバリーがどうしてライブ現場に?


 「バリーもスキラの歌を?」

 「えーと、まぁそんな所だな。たまたま散歩してたら威勢の良い声が聞こえたからさ?」

 「ふ、その調子だと探偵業は閑古鳥が鳴く、か?」

 「うるせえ! 平和が一番なんだよ!」


 仲の良いおっさん共はそう言っておどけあう。

 バリーは相変わらずのようだ……しかし、おっさんも間抜けじゃない。


 「バリー……その右手どうした?」


 俺はやや真剣な顔で包帯を巻いたバリーの右手に注視する。

 バリーは気づかれると、ややバツが悪そうに顔を左手で抑えた。


 「ちょっとした怪我だよ、ちょっと酒場で揉め事がな?」

 「酒場で? 喧嘩か? 年齢考えろよ?」

 「クソジジイどもは、もっと血の気が多いぞ」

 「後先考えないのは老後が短いからだ。何をしたってどうせすぐにポックリく」


 俺はそう言うと、無造作にバリーの右手の包帯を剥いた。

 かさぶただらけだが、化膿かのうはしていないな。

 これならそこまで気にする程でもないが、包帯の巻き方の丁寧さを見るに、これはバリーじゃないな?


 「お前、包帯巻いてくれる女がいるのか?」

 「な、か、関係ねえだろ!」


 おっさんは下卑た笑いを浮かべると、一先ずバリーの右手に治療を施す。

 治癒の魔法ヒール、この程度なら一瞬でバリーの右手は元通りだった。

 それを見たバリーは「ヒュー」と口笛を吹いて、目を丸くした。


 「相変わらず鮮やかなお手並」

 「実家が治療院だったしな、お袋にはまだ敵わないが」

 「その腕で前線配備って、上は分かってねえよなー」


 回復魔法はおっさんが最も得意な魔法系だ。

 普段はあまり使うつもりはないから、補助魔法の方が多いが。

 お袋の教えの一つに魔法は神様の施しだから、みだりに使ってはいけないという教えがある。

 おっさん今でも無宗派だが、お袋の謙虚さの教えは今でも俺の根底を支えている。

 神様も、バリーの治療程度なら罰は与えない、と思いたい。


 「でもバリー、喧嘩は良くないぞ」

 「わぁーってる! 反省してるぜ」


 いまいちバリーが本当に反省しているのか、おっさんは沈思黙考で答えた。

 昔から、考え続ける事が俺の特徴だ。

 その性でぼうっと呆けていると言われるし、おっさんビビりだから、卑屈な行動に繋がるのだが。


 「まあいい」

 「久し振り過ぎて忘れていたが、グラルって昔っから真面目だよな」

 「俺は真面目とは思っていない、真面目な奴は成功するからだ」

 「なんだそりゃ? 正直者が馬鹿を見るって言うぜ?」


 お互い、信じる迷信は異なるだろう。

 バリーはそうやって多少疑ってかかる。

 本当は脳筋思考のくせに。

 一方で俺もバリーからすれば面倒くさい性格なのだろうな。

 バリーは大胆、俺は慎重、昔から同じだった。


 「とりあえず俺は用事があるからもう行くぜ」

 「最後まで聞いていかないのか?」

 「貧乏暇なしってな?」


 バリーはそう言うとニヒルに笑って、その場を去っていった。

 俺はさよならは言わなかった、なんていうか……言わなくてもまた会う気がしたからだろうか。


 「きゃあっ!」


 スキラの悲鳴、俺は咄嗟に振り返った。

 スキラを囲む喧騒の中心、ごろつきが三人スキラを囲んでなにやらいちゃもんをつけていた。

 俺は逡巡しゅんじゅんする。助けていいのか? しかしまだ事態をよく把握していない。

 俺の厄介な部分だとは思う、だがおっさんはリスクを何よりも嫌うのが今回は災いした。


 それよりも早く、バリーは迷わずUターンして、真っ直ぐスキラの下に向かった。

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