第28話 探偵は、赤珊瑚の秘密を追う
ワイワイガヤガヤ!
「いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」
毎夜賑わうブリンセルの胃袋、そんな中
申し訳ないな。俺はバリー・キルタンサス、昼にもこの店にいた男だぜ。
普段はバリー探偵事務所っつー、なんていうのかね、迷い猫探しとか、不倫の証拠を見つけろとか、こんな依頼ばっかりの、全く売れない探偵さ。
結局殆どはなんでも屋みたいな仕事、体よく住民に利用されてるってところだぜ。
けれど、それは表の顔、裏の顔はきっとビックリするぜ?
「キルタンサスさん、なにスキラさんに見惚れてるんですか? 惚れちゃいました?」
ふと、横からテーブルにドンと強めに水の入ったコップが置かれた。
俺は振り返ることもなく、ただニヤリとニヒルに微笑むと彼女にジョークを交えながら答えた。
「いーや、あの爆乳には惹かれるが、子供にゃ興味はない」
スキュラ族ってのは皆そうなのか、身長が低い割に胸が大きい、特にあの娘はどんだけなんだ?
しかしそんなおじさん特有のエロジョークも、今時の年若い娘には通用しなかった。
ガコン! とトレイで頭を叩かれると、たまらず俺は彼女に振り向いた。
「馬鹿! 変態!」
彼女はこの店で唯一の人族、アーシャ・ソレイユという学生だ。
年齢はたしか十六歳と言っていた、身長は平均的で、これといって目立つことのない影の薄い存在だ。
そんな彼女だが、俺にとっては掛け替えのない
「あんまり怒るなよ、可愛い顔が台無しだぜ?」
「怒らせたのはキルタンサスさんでしょ! ……それより、例の不審なお金の動きの話ですけど」
アーシャはそっと顔を近づけると、静かに耳打ちする。
彼女もまた、一見すればどこにでもいるバイト少女だが、実態は優秀な諜報員といえた。
とは言っても、あくまでアーシャは民間の協力者で、ただ己の存在感を利用して情報を集めるのが得意というだけだが。
「やっぱり貴族のグールーって人が怪しいですよ」
「グールーか、エルフや獣人といった亜人種の冒険者を好んで依頼を出しているそうだが」
この街のある意味象徴とも言える貴族の中で、腐敗という言葉が特に似合うのが、このグールー・ヤマブキという貴族だ。
金払いは非常に良いが、女癖が悪く、女冒険者に警戒されているって噂だな。
異常性癖でも持ってるのかも知れないが、それ自体はまあ問題じゃない。
「グールーは表の名士だぞ?」
「けど、ありえないですって、最近の羽振りの良さ! それに売却遍歴ですけど……赤珊瑚って知ってます?」
「ブンガラヤの特産品だろ?」
丁度目の前のタコ娘の一族がその工芸人な訳だ。
赤珊瑚は貴重品で、上手く加工すると宝石に見紛う美しさを誇り、貴族達は赤珊瑚のアクセサリーを持つことがステータスになっている程だ。
当然買手が買手だ、幾らでも出す貴族達の悪影響で、市場価格が高騰している。
おかげで貿易商はがっぽがっぽの大儲けだって話だが、それとグールーにどんな関係が?
「グールー、宝石店に結構な量の赤珊瑚を売却しているんです」
「直接バイヤーが見つからなかったんじゃねえのか?」
「でもでも、それなら貿易商と直接契約して、宝石店を開いた方がより儲けられません?」
むう、たしかにその通りかもしれん。
とはいえ、流通する赤珊瑚、そこに今回不審な点があるのだ。
「それと、続きは仕事終わりにお伝えしますね?」
「ああ、バイト頑張ってな」
俺は軽く手を振ると、テーブルに置いてあった水を飲む。
彼女は彼女で接客しながら、それとなく客から情報収集する。
足を使うのはむしろ俺の仕事だな。
俺は改めてもう一度スキュラの女の子を見た。
元気いっぱいで、常に笑顔で働く呆れるほど太陽の似合う娘だ。
それだけに……今回彼女には魔の手が迫っているかも知れない。
俺の名はバリー・キルタンサス。
しがない日常のお困りごとを助ける探偵であり、その裏の顔は犯罪と不正から街を護る自称
§
深夜になるとブリンセルも、その多くが眠りにつく。
だがそんな闇夜に紛れて、ある一団が道を横切った。
暗い雲から僅かに月が照らす、僅かに照らされたその顔は凶悪な人相の盗賊だった。
「よし、事前に下調べは済んでいる。今回も簡単な仕事だ」
「今日はこの店を狙うんすね?」
「売上金頂きぃ!」
「バッキャロー! そんなチャチなもんじゃねえ! 今回の狙いは赤珊瑚だ! 見ろ二階の窓、あの部屋にスキュラ族の女がいる、そいつがたんまり赤珊瑚を持ってるって話だ!」
なるほど、たしかに赤珊瑚のアクセサリーは物によっちゃ、そこらの個人経営の店の売上の何十倍の価値があるか。
盗賊団は準備もよく、窓から侵入するつもりのようだ。
だが、一人がフック付きロープを投げかけようとした時、
「そこまでだ、クソ野郎ども!」
その声に盗賊団は一斉に振り返る。頭目と思われる男は叫んだ。
「なんだテメェ! 邪魔しようってのか!」
「ふん、強盗の分際で開き直りか? 上等じゃねえか!」
俺は拳を前に構えると、フットワークを刻む。
盗賊団は各々ナイフのような小型の武器を構えた。
「仕事を見られちゃ生かしておけねえ! テメェら袋叩きだ!」
「「「おう!」」」
盗賊団の数は四人、俺は冷静にそれぞれの持つ能力を分析する。
足の早い細身の盗賊、一人突出、馬鹿で助かる。
「シッ!」
「ぶがっ!」
俺は襲いかかる細身の盗賊の顔面に右ストレートブローを叩き込む。
まず一人ノックアウトだ。
次は大男だ、俺に掴みかかった。だが俺は大男の内股にローキック、大男が態勢を崩した所に、大男の顎を
「ぐえ!」
大男が真後ろに倒れた。
一人ビビって一番後ろにいた盗賊がいるが、頭目が発破をかける。
「なにしてやがる! 相手は一人だぞ!」
「生憎だな、止まって見えるぜお前ら!」
俺は問答無用で踏み込んだ。
ビビって動けない盗賊に打ち下ろしのブローをお見舞いすると、盗賊はあえなく地面にキスしておねんねだぜ。
「な、なんだテメェ? お、俺たちをどうする気だ?」
あっという間に仲間を失った盗賊団の頭目は戦意を喪失させた。
俺は迷わず頭目の首を縛り上げる。
「テメェらクズがただの悪知恵で赤珊瑚の在り処は分からねえ、もし狙うなら宝石店か貴族の館が無難だよな?」
「うぐ! な、なにが言いたい?」
俺は更に強く締め上げる、一切の抵抗も許さない。
「答えろ! お前に悪知恵をしたのは誰だ!」
「し、知らねえ!」
「嘘をつけ!」
俺は男の顔面を地面に叩きつける。
頭目は鼻を折り泣いている有様だった。
「ほ、本当なんだ! 赤珊瑚をパクってこいって命令した奴はいつも顔を隠して分からねえ!」
俺は頭目が嘘をついているか判断する、だがこの期に及んで嘘をついているようには思えなかった。
まして平気で他者をエサにするクズどもに、義理立てる理由もないか。
ドタドタドタ!
「こっちから不穏な声がしたぞ!」
ちっ、時間を掛けすぎたか。
遠くから探照灯を照らして、
「眠ってろ!」
俺は頭目の頭を殴り抜けると、頭目は白い目をして気絶した。
俺はそのまま闇夜に紛れて、逃走する。
お
そのまま警邏の気配もなくなると、俺は探偵事務所の前までたどり着いた。
入り口にはいかにも存在感の薄い平均的な顔の少女が立っていた。
「遅いですよ、キルタンサスさん」
「悪い悪い、ちっと熱くなっちまった」
昔からどうも俺は感情的になりやすい所がある。
なるべくクールでいようとは心掛けているが、いや、簡単じゃない。
こんなおじさんが喧嘩してくるなんて、俺もやっぱりごろつきと変わらんか。
「それでなにか分かりました?」
「いや……依頼人はまだだな」
彼女アーシャはそれを聞くと溜息を吐いた。
このやろう……俺だって苦労してるってのに。
「証拠ですよ? 証拠! これがなければ貴族の告発なんて無理なんですから!」
「分かってる、とりあえず中に入るぜ」
「……それで、スキラさんは?」
「無事だぜ、まあ事件にも気づいちゃいないだろ」
アーシャはスキラの身を心配すると顔を俯かせた。
仲がそんなに良いわけでもない筈なのに、それだけアーシャがお人好しなのか。
まぁよほどのお人好しでもないと、俺の仕事なんて手伝わんわな。
「とりあえず整理しよう、まず最近赤珊瑚の市場価格が高騰しだした」
「原因を調べると一人の貴族が出てきた。貴族の名はグールー」
「グールーの背後関係に怪しい気配があり、巷では赤珊瑚の盗難被害が出ていた」
「この一件、グールーが裏で非合法な手段で赤珊瑚を入手していると考えてよろしいのでは?」
「いや待て、本当のところはまだ分からねえぜ? この事件どうもキナ臭え」
俺たちは沈黙する。
重要なキーワードは赤珊瑚。
だがその真相はまだなにも見えてはこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます