第27話 タコ娘は、夢を追いかけ続ける
「ウイーアーウイーユーロックン!」
アタシ、スキュラのスキラ・アルメリア。
産まれはブンガラヤの海の底。
音楽に出会ったのはアタシが六歳の時で、ブンガラヤは戦争の被害も少なく、いたる所で楽器を演奏し、歌う
愛用のギターはアタシが十歳の時に、ママがプレゼントしてくれた物。
ブンガラヤ人は歌うのが元々大好きな民族だってママも言っていた。
だけどアタシがギターを演奏して、頑張って歌っても、ブンガラヤでは誰も評価してくれなかった。
それもそうだ、音楽の盛んなブンガラヤで成り上がるのは並大抵のことじゃない。
そしてアタシが十六歳になった時、自分の才能の限界を思い知った。
アタシに残された道は、音楽を捨てるか、音楽で死ぬか、そんな二択だった。
正直音楽を捨てる方が楽だった。昔から愛嬌には自信があったから、飲食店でバイトするのは慣れていたし、スキュラ族は素潜り漁の名人だ。ママのように海女さんになるのも悪くないって思ってた。
けど違うんだ。そうじゃない! アタシは結局は音楽を捨てるなんて出来なかった。
なんとかバイトで貯めた貯金を持って、アタシはもう一度チャンスを得るため、新天地このピサンリ王国首都ブリンセルで演奏を始めたんだ。
だけど、異国で多民族の文化の良さを伝えるのは並大抵じゃない。
まずブンガラヤには当たり前にあった海がない、これは覚悟の上だったけど、やっぱり精神的には一番辛い部分だった。
言語こそ共通言語を覚えたから問題ないが、文字に関しては時々ピサンリ文字が出てくると、頭が真っ白になることも少なくなかった。
食文化もどうにも小麦文化に馴染めない、お米料理が少なくてうんざりだ。
幸いにもブンガラヤの料理を出してくれる店を見つけたのは本当に幸運だったけど。
住み慣れた地を離れるって、こんなにも大変だとは思わなかった。
けれど、良かったこともある。
アタシの演奏を徐々にだけど聞いてくれる人が出てきたことだ。
お捻りもいただけた、あのおっさん……えと、グラル? だったわね? あのおっさんがアタシの歌を真剣に聞いてくれたのが凄く嬉しかった。
アタシにはこれだという自分を象徴する曲がまだない。
だからこそ、兎に角即興演奏で今は
「ふう」
アタシは辺りが暗くなると、演奏を止め、触腕で水筒を掴み、最後の一滴まで生理食塩水を喉に流し込んだ。
ブンガラヤを旅立つ前に、リザードマンの冒険者が水に砂糖と塩を溶かすと、海水に近い成分に出来るレシピを教えてくれた。
そのおかげでスキュラのアタシでも、なんとか路上演奏をやっていける。
アタシはお捻りを入れる小さなツボを手繰り寄せると、中身を見た。
少し少ない、けどちゃんと稼げた。
このツボはスキュラ族が海底に設置して、中に隠れる習性を持つ獲物を捕獲する為のものだ。
ブンガラヤでは粘土を素焼きして大量生産しており、アタシもお守りみたいに旅のお供に持ってきた。
持ってきたといえば、本当にお金に困ったらって渡された赤珊瑚のアクセサリーだ。
アタシの腕輪、ティアラも、手先の器用なスキュラ族の伝統様式が詰まった数少なく価値ある物ね。
サンゴの工芸品はこっちじゃ珍しいらしく、高値がつくらしい。
なんでもブンガラヤとブリンセルだと十倍の値段差がつくって聞いたら、アタシ思わず卒倒しちゃったよ。
貿易商ってなんで成金ばっかりなんだろうって、疑問がやっと解消したね。
アタシの持っているアクセサリーなんて、材料があったらアタシでも作れるよ?
なんでそんなに価値がつくのか、人族ってどうなってるんだろう?
「はあ……とりあえず疲れたし、もう帰ろう」
アタシは荷物を集め、肩に背負うと夜道を歩く。
ブリンセルは街灯が充実しており、星がまったく
こんな夜でも明るいのはビックリしたけど、流石にもう目も慣れたかな?
スキュラ族は暗い海の底でも獲物を見つける高い視力がある。光を感じる器官が敏感だからこそ、明るい夜は少し大変だよ。
「おい、あれなんだ? なんで魔物が街に?」
「違う違う、ありゃスキュラだよ」
「スキュラ? なんであんなキモい足してるんだ?」
うぅ、心無い声を聴かせるのはよして欲しいな。
冒険者たちの横を通り過ぎる時、アタシは少し嫌な顔をする。
冒険者たちは気づいていないだろうけど、居心地が悪いな。
あと、アタシの足は、厳密には触腕、腕です。
よく八本足って言われるけど、スキュラ族の概念では十本腕が正解です。
触腕にだって利き手あるのにな。
冒険者が通り過ぎると、アタシは溜息を吐いた。
まだまだスキュラはブリンセルでは珍しい、そういう意味でも苦労は絶えない。
珍獣扱いはまだしも、魔物扱いは流石に失礼が過ぎると思うけど。
怒っても仕方がない。アタシが喧嘩しても、この地に味方はいない。
それにアタシは喧嘩したくてブリンセルに来たんじゃない。
アタシが音楽で食ってくためだ。
「うっせーうっせー、うっせーわってと」
アタシは即興でフレーズを完成させると、次はメロディを考える。
作詞作曲は感性だ、生憎アタシはその才能がなかった。
けれど諦めたくないから、アタシは異国を選んだんだから。
「アタシに愛をください、アタシはこんな姿だけど、アタシいっぱい唄うよ、アナタのために唄うよ」
うん、ちょっと
ちなみに
悲恋や恋愛、兎に角恋や愛が大好きな
イーリスを祖と持つハーピー族も歌好きだが、ハーピー族は陽気なポップソングが好みである。
アタシもどっちかっていうとハーピーソングの方が好みかな?
けどアタシが歌いたいのはきっと違う。
なんだろう……アタシだけの歌は?
やがてアタシは目の前に下宿する家を見つけた。
ブンガラヤ人が営業する料理店で、この時間は賑わいだす頃だろう。
アタシも本当は宿屋とか、ちゃんとしたマイホームを持ちたいけど、そりゃ貧乏なタコ娘には無理な話である。
「あら、おかえりなさいスキラちゃん」
店の前で立て看板の位置を調整するリザードマン族の女性が笑顔で招いてくれた。
アタシはその顔を見て、やっと安堵する。
「ただいま、イルスマさん」
彼女の名前はイルスマ・ポットマム、夫婦でブリンセルで飲食店を経営するリザードマン族の奥さんだ。
なんでも年の頃は脱皮14回とのことで、イマイチ時間の価値観が異なるが、おおよそ三十歳前後のようだ。
青い鱗が全身にびっしりと生え、シュルルと先端の割れた舌を出して、奇妙な笑顔を浮かべる。
リザードマンは乾燥耐性が強いものの寒さに弱い種族、それでもまあスキュラ族よりは内地で暮らしやすいわね。
「すぐに荷物置いたら店に出まーす」
「いつもありがとうね、スキラちゃん」
「なーに、アタシの方がいっぱい助けられてますから!」
アタシは笑顔でそう言うと、店の中に入った。
店内は席の半分以上が埋っている。
そこそこの繁盛といったところだろうか、ブリンセルは人口が多いから、これでも物足らないかも知れないけど。
「あっ、おかえりスキラさん」
「ただいま、すぐに荷物纏めてフロントに出ます」
客の応対をしていた人族の女の子と軽く挨拶すると、アタシはすぐに階段から二階に向かう。
スキュラは歩くというより這うだから、階段が思いの外辛い。
二本足が羨ましいとは思わない、けどやっぱりスキュラ族の身体って海に適応しているんだよね。
ちょっと苦労するけど、急いで階段を昇り部屋に入る。
アタシの部屋にはベッドの変わりに大きな桶がある。
アタシは荷物を部屋の隅に置くと、桶の中に入り魔法を詠唱する。
「
アタシは頭上に巨大な水球を作り出すと、そこからシャワーのような雨を降らせる。
本来は大規模に農地に水を撒く魔法だけど、アタシはスキュラ族だから水魔法が得意で、これをシャワー代わりにする。
アタシはこの魔法で全身の汗や汚れを落とすと、水を振り払った。
すぐに着替えると、エプロンをつけて、髪を紐で
ブリンセルだと、衛生管理が厳しいらしく、特に異物混入がかなりやばいらしい。
ブンガラヤはおおらかな国だから、そういう問題気にした事ないけれど、やっぱり価値観も異なるわね。
アクセサリー類もなるべく外すと机に置き、アタシは店に出る準備を終えた。
「よし! アタシ、頑張れアタシ!」
アタシは自分に喝をいれると、胸の狭間からネックレスを取り出した。
それはアタシにとってギターと共に大切な品だった。
青い三日月、スキュラ族が家宝のように持つ唯一の宝石らしい。
ママとパパがアタシに託してくれたこれはアタシをいつも元気づけてくれる。
アタシはネックレスを再び胸の隙間に埋め込むと、表情に元気を貼り付けて部屋を出る。
「いらっしゃいませー!」
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