第26話 おっさんは、旧友と再会し、そして平坦を願う

 おっさんはスキラの路上ライブの後、適当に街を巡っていた。

 そろそろ正午を迎える時間、初夏とはいえ気温は上がり、地面の表面温度もじわりと上がってきている。

 人族のおっさんは靴も履いているし、問題ないがスキュラ族は大丈夫なのか?

 考えても仕方ないこと、おっさんは風と共に去りぬって事で、あの場を去ったのだ。


 それよりも昼飯でも考える方がおっさんとしては建設的であろう。

 昼飯も一人で食べるのかって? そりゃおっさん一人の方が気楽だし。

 いや、今日もガーネットは最近仕事が忙しくて全然一緒にご飯食べてないなーとか、コールンさん、定休日なのに剣術講習プライベートで開いているの精力的で凄いなーと思うけどさ?

 ……誰もおっさんのように暇人なんておらんのよな。


 いや、レイナさんなら前みたいに偶然はあるかもしれない。

 とはいえ彼女、上流の人間くさいんだよな。ご趣味に演劇、漫談も嗜むようだが、いい趣味でらっしゃる。

 普段の素行で忘れがちだが、レイナさんも住む世界大概違うわな。


 住む世界が違うといえばアナベル校長もだな。

 あの人に至っては大衆文化そのものをご存知ないみたいだし、コールンさんと居酒屋巡り約束してたみたいだけど、大丈夫だろうか?

 アナベル校長、クソ真面目だから、律儀にコールンさんに付き合ってるんだろうな。是非そのままおっさんのデコイになっておくれ。


 「ふむ、気がついたらここはどこだ?」


 気がつくと薄暗い雰囲気の静かな街区に辿り着いていた。

 おっさんは来た道を振り返る。やや遠くで賑わいの音がする。

 良かった。それほど離れてはいないようだ。

 考えごとをしながら歩くのが癖みたいな所のあるおっさんは、なるべく新しい場所になんて向かうべきじゃなかったな。

 今更冒険心うずく少年じゃねえんだ。おっさんが道に迷うって、それこそ、人生を間違えた浮浪者みたいに見えちまう。


 「うん? おいアンタ……もしかしてグラル・ダルマギクじゃないか?」

 「え?」


 突然おっさんの名前が疑問形で呼ばれた。

 男の声、おっさんは振り返ると、なにやら看板が掛けてある店からある男が出てきた。

 おっさんとそれほど変わらない年齢、身嗜みはまあまあ整えられて、僅かに顎髭がある。

 美形と言って差し支えないその男は俺を見ると、両手を広げて喜びを笑顔で表す。


 「やっぱりグラルだ! 久し振りだなお前!」

 「え、えーと?」


 やばい、誰だ? 思い出せんぞ?

 向こうは俺を間違えていない、ということは過去に出会っているんだよな?

 誰だっけ、誰だっけ? おっさん真剣に考える。

 しかしおっさんの怪訝けげんな表情は流石に向こうにも判別できたらしい。


 「あれ? 覚えてない? まあもう十七年だもんな」

 「十七年……? まさか、お前……バリーか!」


 男は更に感動したように目を開き、おっさんの肩を叩いた。


 「なんだよ! ちゃんと覚えていたんじゃないか!」


 陽気なおっさん、バリー・キルタンサスはかつて人魔戦役の時、同じ部隊で従軍した仲間だった。

 ただ戦争が膠着していく中、バリーは負傷して戦線を離脱した。

 それ以来俺はバリーとは再会することもなく、実に十七年振りの再会だった。


 「良かったぜ。戦争で音信不通だったし、てっきりくたばったかと思ったぜ!」

 「お前こそ破傷風はしょうふう辺りで、くたばったと思ったけどな」


 俺たちはお互い抱き合うと、お互いの無事を喜びあった。

 それにしてもなんの偶然だろうか、スキラの歌を聞いて、かつてを思い出したら、こんな老いた旧友と再会するなんて。


 「グラル、お前いつからこの街に?」

 「ああ、一ヶ月位かな。カランコエ学校で国語教師をやっている」

 「先生? そうか、お前頭良いもんな……でも、国語? 魔法科じゃないのか?」

 「それよりも、バリーこそ、あれから何をやってたんだ?」


 俺は無理矢理話題を切り替えると、バリーは照れくさそうに鼻の下を擦った。


 「今はしがない探偵さ」

 「探偵?」

 「まあ積もる話もあるだろ? 折角だから一緒に飯にしようぜ!」


 バリーはおっさんの肩に腕を掛けると、歩き出した。

 俺はふと、バリーが出てきた店を見る。

 掛け看板にはバリー探偵事務所とあった。




          §




 バリーオススメの店は、なんてことない異国情緒あるが普通の大衆食堂だった。

 随分懐かしい旧友との再会にはムードの欠片もないが、俺達には丁度いいかと着席する。


 「何を頼む?」

 「バリーに任せる」

 「ん、それなら」


 バリーはもうこの街で長いのか、随分慣れた様子で注文していく。

 おっさんは、それを黙って優しく見守る。

 それは昔のバリーと照らし合わせて。


 バリーはなにも変わらないな、昔と同じだと、嬉しく思う。


 「しかしお互い無事で本当に良かったぜ、もうおっさんだがな」

 「お前は昔から顔が良い、もう結婚したか?」

 「いいや、まだだよ。お前こそどうなんだ? 結婚してるだろう?」


 俺は小さく首を振った。

 しかしバリーはそんな俺の対応に首を傾げた。


 「あれ? お前良い仲の僧侶いたろ? なんて名前だったっけ?」

 「リリーか?」

 「そうそう、リリー・ケニゴシだ! グラル、あの子と仲良かったよな?」

 「ああ、そうだな」


 俺は出来るならそれを思い出したいとは今でも思えなかった。

 もしも神さまが許してくれるなら、俺は良い出来事もいらないから、悪い出来事も欲しくない。

 ヤマなしタニなし、そんな平坦な人生こそがおっさんの唯一の願い。

 だけど……その想いは。


 「彼女はどうしたんだ? 後方部隊だったし、安全だと思うが」

 「……彼女は」


 俺は人差し指を天井に向けた。

 バリーはそれを不思議そうに目で追って、首を傾げた。


 「天井? どういうこった?」

 「それよりも上だ」

 「上? 空か?」

 「天国だよ、彼女は天国にいる、そう俺は


 それを聞いたバリーは美顔を凍りつかせた。

 全てを察した彼はもうその顔に笑顔は消え失せている。

 そんな雰囲気も察せず、ウエイターが食事を並べていくと、俺は微笑を浮かべて食事を促した。


 「食べようぜ、お前のオススメだろ?」

 「あ、ああ……その、すまん」


 良い奴だな、俺はバリーが昔通り善人で、むしろリリーのことを哀しんでくれるのは、俺は嬉しかった。


 「何があった……かは、聞くべきじゃねえな」

 「ああ、助かる……俺も出来るならもう忘れたい」


 俺は並べられた食事に手をつけた。

 テーブルに並べられているのは、パスタ料理に、それに合わせた肉料理。

 特に大量の油に茹でられたエビが非常に良い匂いを放っている。


 「おっ、このエビ料理美味しいな」

 「そうだろ、アヒージョって言って、ブンガラヤ共和国の伝統料理なんだぜ?」


 ブンガラヤ、今日はよく出てくるな。

 もしかしたらあのタコ娘も、この店が行きつけだったりするのだろうか。


 「俺よりもバリーだ、バリーはもうこの街で長いのか?」

 「ああ、戦争が終わってからだからもう十五年だな、金持ちなってやるって誓ったんだが、現実は甘くねえわ」


 そう言うとバリーはまた「ハハハ」と笑った。

 昔から向上心の強い奴だったが、おっさんと違って陽気で行動力も段違いにあったんだな。


 「良い女と結婚するって言ってなかったか?」


 俺は昔のことをあえて蒸し返すと、バリーはガタンと椅子ごと後ろに仰け反った。


 「おま! それは忘れろ、ありゃ若気の至りだよ」

 「だな、現実は苛烈だ」

 「お前ほど俺は絶望しちゃいないと思うがな……」


 俺たちは黙々と美味い飯を平らげていく。

 お互いお腹いっぱいになると、バリーは小さな声で言った。


 「グラルは変わったな……そんなに、暗くはなかったろう?」


 それは独り言のようにも思えて、おっさんはあえて何も言わなかった。

 誰も彼も昔のままじゃないのだ、リリーが天国に去っていった時、おっさんが同じままでいられるはずが無かった。

 戦争から一時帰宅が許された時、偶然バーレーヌの外れにエルフの幼子が震えていなかったら、おっさんはどうなっていただろう?

 何故あの時おっさんはあのエルフの幼子の手をとったのだろう。

 ガーネットという名前しか覚えていなかった幼子を俺は保護しなければ、もっと闇にいたのだろうか?

 戦争が終わった時、お袋を失い、親父殿と喧嘩しなかったら?


 全てはもう過去であり、無意味でしかない。

 おっさんは過去をいつまでも引きずるつもりはないのだ。

 それでも過去があるから未来は不安でしかない。


 「支払いは俺に任せとけ」

 「良いのかバリー? 言っておくが国語教師の稼ぎを甘くみるなよ?」

 「たはは! それでも俺に顔を立たせろ!」


 バリーはそう言うと盛大に笑う。俺たちは席を立つと、バリーが支払い店を出た。

 さて、これからどうするか。


 「グラル、俺は南区で探偵事務所を開いている。もし何か困り事があれば是非依頼を出してくれ。お前が相手なら初回はサービスするぜ?」

 「初回だけか、まあ覚えておく」


 同じ三十五年でも、俺とバリーは大きく異なる人生を歩んだようだ。

 かつて同じく徴兵された民兵であり、数多くいる仲間たちの一人だった。

 バリー以外にも仲の良い奴はいたが、大抵は死んだか消息不明だ。

 昔と変わらない軽口を叩くバリーは、俺にとって貴重な友人なのだな。


 「グラル、お前は今日はどうする?」

 「俺は、そうだな……帰るか。お前こそ何かあったら助けてやらんでもないぞ? カランコエ学校は分かるな?」

 「中央区、貴族街の外縁だな。伊達に探偵じゃねえぜ?」


 そうだな、間違いなくバリーはこの街の住人だ。

 おっさんと違って街をよく理解している。


 「また会おう、竹馬の友よ」

 「よせやい! グラルこそ、いい加減嫁さん貰えっての!」

 「それはお互い様だろうが!」


 俺たちは肩を叩き合い、拳を打ち合わせると、そのまま別れた。

 なんの因果だろうな、まるで過去が今更追いついてきたみたいじゃないか。


 哀しい事の方が多いけれど、嬉しい事も残っていた。

 ガーネットが今も笑顔でいてくれる事、バリーがああやって元気な姿を見せてくれた事。

 皆、何かがあったに違いない、それでもおっさんは今を生きている。


 だから神さま、今日も平坦な一日をお願いします。

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