タコ娘と探偵編

第25話 おっさんは、路上ライブに興味を持つ

 オッス、俺おっさん。まあ久し振りのグラル・ダルマギクの登場だよっと。

 なに? 狐娘の方が良い? 一応おっさんが主人公なんだけどな?

 まあいいや、今日のおっさんは前回の怖いおっさんじゃないから安心しろよ?


 今日は定休日、なのでおっさんは今回も散策に出かけたのだ。

 流石に今回はレイナ先生に出会うことはない……よな?


 ジャンジャンジャジャーン。


 「うん?」


 弦楽器の音? 俺は音楽の聞こえる方を見る。

 ここは観光街、多くの住民や観光客が数多く行き交う大きな道路。

 その脇になにやら見慣れない弦楽器を両手に持って弾き語りする、海のように青いウェーブがかった髪の少女が弾き語りを行っていた。


 「マミー、ジャストキルードメーン」


 なんだ? 吟遊詩人……か?

 おっさんは少女の前で首を傾げ、観察する。

 少女は上半身はかなりの爆乳の人族だが、下半身は真っ赤な触手に豹紋がびっしり描かれたタコの吸盤を持つ、すなわちスキュラだった。


 ピサンリ王国から南方、海岸線沿いに細長い共和国がある。

 海洋国家ブンガラヤ共和国だ、そのブンガラヤはピサンリ王国とは古くから交流があり、長年友好国として付き合ってきた。

 ブンガラヤの主な産業は漁業と海上貿易、そして観光業だ。

 豊かな漁場を持つブンガラヤは、白砂のビーチパラダイスとしても有名で、年間観光客数ならなんとピサンリ王国の有に2倍といわれる。


 そんな海の国には人族の他に、固有種として人魚族マーメリアンや、魚人族サハギン、そして人蛸族スキュラが知られている。

 他に翼人ハーピーや、蜥蜴人リザードマン等も住む、かなり亜人率の高い国だ。


 基本的にブンガラヤ人はおおらかで陽気だと言われるが、目の前のタコ娘は一体何者なのだろう?


 「……へい、人族のおっさん、聞いていくならお捻りくれない? アタシもタダで路上演奏ストリートライブしてんじゃないのさ?」

 「ストリートライブ? 吟遊詩人じゃないのか?」


 タコ娘は目を開くと、宝石のように深い青の瞳が覗き込んできた。

 下半身の足はうねうねと動き、おっさんも少しその異様には顔をしかめる。


 「アタシはシンガーさ、弾き語るんじゃない、想いをぶつけるのさ! まあ即興も出来なくはないが」


 タコ娘はそう言うと、弦楽器を目の前に構えた。

 スキュラという種族自体知らない訳ではないが、実物を見るのは初めてだ。

 まるで魔物のような容姿だが、タコ娘は列記とした知性が備わっており、彼女もまた文明人なのだと伺いしれた。


 「そうだね? お捻りくれたら、おっさんの曲を演奏してやるよ? どうだい?」

 「シンガー、ストリートライブ、おっさん年取ってる間に進んでるんだねー、まぁいいや」


 俺は財布を取り出すと、路銀を彼女の脇にあった素焼きの壺に投じた。

 するとタコ娘は満面の笑み浮かべ、八本ある足をくねらせた。

 ギャップ激しく、上半身は可愛いのに、下半身はキモく、どんな顔をすればいいか。流石におっさんも戸惑うわ。

 タコ娘はノリノリで、弦楽器の弦を指で鳴らすと、高々に言った。


 「そんじゃおっさんの独占ライブだ! アタシのギター捌きにも注目してくれな?」


 あの弦楽器、ギターというのか。

 吟遊詩人の良く使うリュートに比べると大型で、しかしハープと比べると小型だ。

 総じて持ち運びのしやすさと、演奏のしやすさを両立したデザインというところか。



 おお人族のおっさんよ、おっさんよ、振り向かないで

 エーデル・アストリアに、輝く星は

 おおおっさんよ、お前の生まれた星さ

 覚えているかい、少年の日の事を

 暖かい温もりから目覚めたあの日を

 おっさんよ、今は振り返るな、おっさんよ

 男は涙を見せぬもの、ただ明日へと、明日へと



 その演奏と歌は随分と静けさと哀愁が漂っていた。

 俺は真剣に歌を聞いていた、タコ娘の演奏も歌も、おっさんには上手いのか下手なのか判別がつかない。

 けれど、タコ娘はおっさんの事をなにも知らない筈なのに、涙が込み上げてきた。

 その旋律は過去を思い出し、タコ娘の声色がそのムードを演出する。

 やがて、彼女は演奏を終了させると、俺は現実に戻された。


 「へい、どんなもんさ」

 「あ、ああ……中々良かったよ、けどあの歌詞? どうしておっさんに?」

 「ああ、お客さんみたいな中年は大抵過去に郷愁の思いがあるだろ? そこをちょっと突いただけさ」


 そう言うとタコ娘はヘラヘラと笑った。

 俺は当てずっぽうに、おっさんの共感性を引き出したこのタコ娘に愕然がくぜんとした。

 ただ、想像だけでおっさんを感動させる。芸術の分野はよくわからないが、これが彼女の才能か。


 「アハハッ、ただのストリートライブで、そこまで感動してくれた? なら嬉しいな。アタシはスキラ、見ての通りスキュラ族の若きストリートシンガー、スキラ・アルメリア」

 「おっさんは、グラル・ダルマギクだ」


 俺は思わずスキラと名乗る少女に握手を差し出した。

 するとスキラはちょっと照れくさそうに頬を指で掻いて、触腕の一本で俺の手を握った。

 ちょっと予想外だが、これがスキュラ族の文化様式か?


 「えへへ、なんだか照れくさいねえ?」

 「見たところブンガラヤ人だと思うが、なんでピサンリに?」


 スキラは触腕を離すと、今度は器用に別の触腕で側に置いてあった水筒を掴み、それを口に運ぶ。

 彼女が飲んでいるのは海水だろうか? 少し磯の臭いが。


 「なに、アタシもシンガーらしく、一旗揚げようって思ってさ?」

 「なら、何故酒場に行かない? 酒場ならもっと稼げると思うが、それに――」


 俺は空を見上げる。燦々と照らす初夏の太陽だ。

 暑い、スキラは水着同然の格好に、いくつか部族的なサンゴのアクセサリーをつけているが、暑くないのか?

 スキュラ族に限らず、マーメリアンやサハギンも、ブンガラヤ人の多くが一生の殆どを海中で暮らすという。

 内地でスキュラ人が暮らせるとは思い難いが?


 「路上では乾燥しないのか?」

 「そりゃ乾燥耐性は、他の種族より劣るけれど、無理って程じゃない、こっちでも塩は手に入るしね! それと酒場だけど、アタシはよりもっと数多くの異なる種族、年齢、性別、かく皆に聞いて欲しいんだ!」


 そう言うと、スキラはまた、ジャジャンと弦を弾いた。


 「よーし、気分も乗った! 次行くぜ! 愛に気づいて下さい! ボクが温めてあっげるー!」


 今度はギターを激しく掻き鳴らせ、ノリノリの曲を歌い出した。

 吟遊詩人ではなく、ストリートシンガー、か。

 おっさんは産まれて三十五年、音楽の世界も変わって来たのだなと痛感する。

 けれどスキラを見ていると、彼女もまた夢に邁進する少女なんだな。


 しかし……まさかこのおっさんが今更童心を思い出すことになるとはな。


 「お袋……リリー……俺、もうおっさんだよ」


 俺は小さく独り言を呟くと、顔を上げた。

 徐々にスキラの演奏の前に人が集まり始めている。

 このままでは邪魔になるので、俺はその場から静かに退散した。

 ただ、心の中ではスキラのことを応援した。

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