第24話 狐娘は、困難に屈しない!
「はあぁ、疲れたぁ」
ボクは午前の授業が終わると、食堂に訪れた。
食堂では学生はタダでご飯食べられるらしくて、ボクは本当にいいのかなと思いながら、結局空腹には敵わず、長蛇の列へと並んだ。
頼んだのはカレーライスだった。
初めて食べる料理だけど、凄くいい匂いにボクは思わず腹の音を鳴らす。
「おっ、カレーライスやん」
「ふえ? あ、ルルルさん……」
木製スプーンを持ち、カレーライスを食べようとすると、隣にルルルさんが座った。
ルルルさんは、サンドイッチだった。
「ええなカレーライス、ウチもそれが良かったわ」
「それならどうしてサンドイッチに?」
ルルルさんはサンドイッチを摘むと、そのまま齧り付いた。
そして彼女はテーブルに教科書とノートを取り出した。
ボクはそれを見てビックリする。え? なんでご飯で教科書が?
「カレーライスやと、食べながらはやり辛いからなあ」
「………」
絶句だった。ルルルさんの意識の高さ、ボクと違いルルルさんは勉学の時間を全く惜しまない。
ボクの方がなにもかも遅れているのに、彼女はもっともっと努力家なんだ。
なんだか自分が情けなくなると、ボクは耳をしおらせた。
「なんや? 食べんのか?」
「……ボク自分が情けなくて、ルルルさんは本当に勤勉家なんですね」
「ああ、食べづらいか? まあウチ才能あらへんねん、せやから人の何倍も頑張らんと」
ルルルさんは申し訳なさそうに頭を掻いた。
違う、ボクの方が悪いだけなのに。
「はい、オーバーワーク」
「えひゃ!?」
突然ルルルさんの背筋に氷の入ったアイスコーヒーのカップが密着した。
ルルルさんは背筋を猫のように震わせると、そこにはグラルがいた。
「ちょっとおっさん! 不意打ちはアカンて!」
「お前は少しは休め、ほーれほれ、気持ちよくなるぞぉー?」
グラルは食器をテーブルに置くと、ルルルさんの肩を揉み出した。
「ちょ、あ、アカンて、ん! あは、んくっ!」
ルルルさんは喘ぎ声をあげて、身体をくねらせた。
ボクはその声と悶え方に顔を真っ赤にした。
え? グラルってそういうテクもあるの?
「ほい終了! 肩凝ってるな、肩の力抜けよ?」
「はああ、気持ちよかったでえ、けど真心が足らんなあ?」
「手厳しいな、ていうか真心ってなに! ――ん? 顔を真っ赤にしてどうしたテン?」
「ふえ! な、なんでも、ないですっ!」
ボクは見ちゃいけない物を見てしまい、恥ずかしさで顔をそらすとカレーライスを夢中で食べた。
「おかしなやっちゃな? ただのマッサージやで?」
(本当に? 本当にただのマッサージ?)
マッサージで本当にあんな声出るの? 実は壮絶なテクが隠れているんじゃ?
だけど真顔の二人は不思議そうに首を傾げた。
まるで狐に化かされた気分だ、私が狐娘なのに。
「テン、まだ学校生活は慣れてないだろうが、何か問題があったら、俺でもコールン先生でも、
ボクはピンと耳を立てた。真面目な話だ。
グラルは真剣な顔で、まだ学校という物をよく分かっていないボクに忠告してくれる。
ボクは小さく頷いた。
「正直分からないことがいっぱいあって、ボクまだまだ頑張り足りないし……」
「テン、先生が言ってた話、覚えてるか?」
「ふえ? えと?」
「先生は頑張るなって、授業で言ったよな? 自分を客観的に評価出来るのは良い、けどその上で自分が努力による落ち度と考えるのは止めた方がいい」
「………」
「テン、学生として過ごす四年は長い。だから焦るな」
コクリ、ボクは無言で頷く。
スプーンで掬って食べるカレーライスの味はとても
「……という訳だ、ルルルもオーバーワークに気をつけろよ?」
「大丈夫やて! 次のコマは受けてへんからウチフリーやし」
「ふえ? 五限目受けてないの?」
ボクはまた驚いた。なんだか今日はずっと驚いてばっかりな気がする。
ルルルさんは事もなげに「せやねん」と頷くと、気楽そうに笑っていた。
「ルルルさん、てっきり六限全部受講していると思ってた」
「ウチもそれでもええかなって思たんやけど、流石にしんどいわあ、せやから興味ある授業無い時はパスや」
そうか、ルルルさんは進路が明確に決まっているから、その最適解を進んでいるんだ。
けれど今はとても高い壁に挑んでいる、だから誰よりも頑張れる。
ボクはカレーライスを食べ終えると二人を見た。
サンドイッチをもぐもぐ食べながら勉強をするルルルさん、時折グラルはちらりとルルルさんの勉強を見ては、また自分の食事に集中した。
ボクは自分がどうするべきか、よく分からなかった。
けど、ボクはやっぱりグラルを見た、グラルの事は信じたい。
(頑張るな……か、でもグラルちょっと難しいよ)
ボクは食べ終えると水で口に中を喉に流し込み、食器を積み立てられた食器棚に返した。
§
――放課後、ボクは六限全ての授業を受けて、もう心も体もヘトヘトだった。
更に此処からは学生が七限目と呼ぶ部活動が始まるんだから、ボクってやっぱり体力ないなと痛感する。
いや、どっちかって言うと、座学で知恵熱出していたのが本音だけど。
「これ毎日続けるのかあ、これだけはグラルの頑張るなの意味が分かるかも」
正直慣れって言ったらそうなのだろう。
ルルルさんは勿論、シャトラさんやアルト君も平然と一日を過ごしていたし、一体ボクと何が違うんだろう?
分からないことはやっぱり多い、でも分からないなら分かるまで学べば良い。
うん、ボクはその為に学校に来てるんだもんね。
「よしっ、学校を周ってみよう」
ボクは自分に頑張ってカツを入れると、校内を歩き出す。
部活、今は全然考えてもなかったけど、ボクも挑戦してもいいのかな?
でもボク鈍くさいし、頭も良くない。
どんな部活に適正があるんだろう?
「な、なにするだ!」
不意に、聞き覚えのある声がどこからか聞こえてきた。
ボクは耳を立て、声に集中する。
「喋り方だっせ、なんでこんなの学校にいるわけ?」
「イモ臭いんだよ、おら!」
ボクは声の方角を特定すると、迷わず駆け出した。
校舎の裏、ゴミを燃やす焼却炉の側にアルト君と上級生と思われる二人の男子生徒がいた。
男子生徒はアルト君が逃げられないように、焼却炉の前まで押し込んでいた。
ボクは少し、ううん、すっごく怖かったけど、そのイジメ現場が許せなかった。
「や、やめてくださいっ!」
ボクは精一杯の声で後ろから叫んだ。
上級生達は振り返ると二ヤリと笑っていた。
「なんだ? この獣人は?」
「あれ、顔は悪くないんじゃね? ギャハハ!」
このガラの悪さ、スラム街では幾らでも見てきたものだ。
でもボク達
「い、イジメなんて最低ですっ! アルト君を離して!」
「あれ? コイツの知り合い?」
「所詮獣人は獣人か、なんで学校にいるんだか」
「テンさん……お、おらは大丈夫だ、だから……ッ」
ドカッ! ボクは閉口した。
上級生がいきなり、アルト君を焼却炉に押し付けたのだ。
「うるせえな、お前は後で遊んでやる」
「じゃ、俺はこっちを」
けれど上級生は、そんなボクに益々
「キャ! や、やめてください、離してっ!」
「ギャハハ、俺たちと楽しいことしようぜ獣人ちゃ―――」
その時だった。
「
無慈悲な魔法の詠唱の声だった。
「―――!」
突然あの下卑た声が消え去った。
上級生達は息は出来る、しかし声が出せず、戸惑った。
けれどボクはその声、そして背後の足音に気付くと、振り返った。
そこにいたのはお世辞に美形でもない、くたびれたおっさんの姿だった。
グラル・ダルマギク、ボクにとって夢を与えてくれた張本人が静かに歩み寄ってきた。
「ぐ、グラル先生」
「せ、先生だ!」
「お前達、大丈夫か?」
グラルは少し怖い顔でボクの腕を掴む上級生の腕を振り払う。
「どうだ? 悲鳴さえ出せない気分は?」
冷酷な声だった。あのグラルが怒っている。
あの普段はだらしなくてちょっと情けないおっさんが、ボク達の為に怒っているの?
「―――――!!」
上級生は何かを喚いているような仕草をするが、声がでない。
アルト君を抑えていたもう一人は顔面蒼白にして震えている。
グラルは鋭い視線でそちらに目配せした。
アルト君を抑えていた上級生は迷わず逃げ出した。
しかし――……。
「
おっさんは素早く魔力を練って詠唱する。
逃げ出した上級生は全身を不可視の力で縛る。
上級生は身動き出来ず前のめりに転がった。
「怖いか? この子たちが味わったのは、それが恐怖だ」
冷酷に、そして無慈悲にグラルはそう宣告する。
「アルトー! テン! 大丈夫かー!」
「先生こっちです!」
校舎の中からルルルさんとシャトラさんの声が聞こえた。
ドタドタと集団の足音が聞こえる。先生方が集まってきたのだ。
「……ふたりとも、怪我はないか?」
グラルはもう安全と判断すると、ボクたちに目配せして、安否を確かめる。
ボクは初めて見たグラルの怒った顔に、少し身を振るわせてしまった。
それに気づいたグラルは、しゅんと身を縮めしょんぼりする。
あっ、グラルってメンタル弱いんだった。
「ボ、ボクは腕を掴まれただけだから!」
「オラも大丈夫だ! あんがと先生!」
「そうか……なら、良かったぁ」
グラルはそう言うと思いっきりうなだれた。
ああ、やっぱり優しいグラルだ、いつもの情けないおっさんの顔はどこか安心できる。
ボクたちはグラルの手引きでその場を離れる。
上級生たちは先生に囲まれ、逃げ場を奪われる。
ボクは気になって、あの人たちがどうなるのか聞いた。
「あ、あのイジメは良くないと思いますけど、あの人たちはどうなるんですか?」
「初犯は停学処分で済むと思うが、少なくとも即退学処分にはならないだろう」
「オ、オラも退学にはしてほしくないだ、そんなのあんまりだ」
「アルトは優しいな」
ボクはやっぱり分からない。イジメは良くない。でもなんでイジメは起きるのか。
アルト君はたしか農民の出って言っていたっけ。ボクは
やっぱり獣人は結局そういう立場なんだろうか?
日陰者でないといけないの?
「テンー! アルトー!」
突然、ルルルさんが脇から抱きついてきた。
ボクは驚いて、尻尾を振り上げる。
「テン、無事で良かったで、怪我もあらへんな?」
「う、うんルルルさん……恥ずかしいよお」
「ふふふ、ルルルちゃん、急いで先生を呼びに行ったのよ?」
シャトラさんだ、彼女ももしかして助けを?
「元はと言えば、シャトラが先に発見したんやけどな」
「ふふ、ルルルちゃん飛び出して助けようとするんだもん」
その光景はなんとも簡単に想像がつく、ルルルさんらしいなと思う。
シャトラさんはやっぱり冷静で落ち着いているね、ボクと違って尊敬出来る。
「おっさん、ナイスやったで!」
「ん、ああ……、生徒がイジメにあっていると聞いて驚いたが」
グラルは何を考えているのか少しぼうと呆けていた。
どうしたんだろう? ボクはグラルは顔を覗き込んで聞いた。
「グラル先生、どうしたの?」
「いや……お前達の学生生活、どうすれば安全に出来るかな、とな」
そんなこと考えていたんだ。
けれどルルルさんはそれを聞くと、突然皆の肩を寄せ合った。
「それなら仲間を作るんや! ウチは仲間は見捨てん! シャトラ、テン、アルト、そしておっさんもやで?」
「ルルルちゃん、うん私も」とシャトラ。
「オラも! オラももっと強くなるだ!」とアルト。
ボクはクスッと微笑んだ。
なんて居心地が良いんだろう、ああ……そうか。
この仲間はスラム街にある連帯感に似ているんだ。
「ボクも? ボクもいいの?」
「なにゆーとるんや! 当たり前やろ!」
ルルルさんは当然と気持ちの良い笑顔を浮かべた。
グラルもそれを見て、静かに頷き微笑んだ。
そうか。ボクには仲間がいる、この仲間と一緒ならきっと、どんな困難にも立ち迎える、そんな気がした。
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