第23話 狐娘は、初めての学生生活にときめき、きらめき!

 一限目魔法科の授業が始まった。

 ボク、テン・マリーゴールドは初めての授業風景という物に圧倒されていた。


 「えー、魔法っていうのには先ず分類があるの、皆でも攻撃する魔術師ソーサラー、回復を専門にする治癒術士ヒーラー、それと補助を専門とする副次術士サポーターの三つは知ってるかしら? この内二つ以上を収めた者を魔道士、三つ全て収めた者は賢者というのよ。因みに全体を指す場合は魔法使いって言うのは知ってたかしら?」


 黒板に絵と一緒に書かれる文字、ミ二マム魔法使いのレイナ・ハナビシは台を使って、白いチョークで書き記していく。

 へぇ先生の魔法使いって、特定の職を指している訳じゃないんだ。


 「はい、質問ある人ー!」

 「はいはーい! ミ二マム先生質問ー!」

 「ルルルちゃーん、多少の無礼は先生容認するけど、ちょっとそれは地雷を踏んでるかな?」


 手を上げたのは赤いツインテールが特徴的な元気活発の一年生ルルル・カモミールだ。

 ボクと違って元気活発で、明るく物怖じしないのは凄いなーって思う。

 ルルルさんはやべっと顔色を変えると、「ごめんなさい」と謝罪した。


 「まあ先生も鬼じゃないからね、でも誰だってトラウマはあるんだから、身体的特徴を皮肉るのはやめようねー?」


 そう言うと先生は本当に辛そうだった、特には凍り付いた笑顔が痛い。

 ボクも内心ではミ二マムだと思ってたから、声に出す時は注意しないと。


 「それでルルルちゃん、質問は?」

 「レイナ先生って結局、魔法使いとしては何に分類されるんすか?」


 そういえば、先生って万能ってイメージあるけど。

 レイナ先生は「良い質問だねー」と腕を組むと怪しく笑った。

 先生も幼い見た目のせいかなんだかおままごとっぽい。


 「先生はこれでも攻撃、回復、補助全部が出来る賢者に分類されるのだー!」

 「おおー、すげえだ! 流石先生だ!」


 妙に訛った口調の男の子は確かアルト・シラン君ね。

 彼も熱心に勉強に励んでいて、尊敬出来るなあと思う。


 「たはは、とは言っても、先生じゃ攻撃魔法と回復魔法がまあまあで、補助魔法はギリギリ及第点だけどねー、賢者って言っても、器用貧乏なのは許してねー?」


 ふむふむ、魔法のことは全く分からないけど、ボクは全て頭に叩き込んだ。

 文字が書けないから、ノートにはなるべく絵で書き記す。


 「因みに補助と回復ならグラル先生に聞いた方が良いと思うわよー、あの先生アタシより凄いから」


 グラル、その言葉にボクは耳をピンと立ててしまった。

 ボクはあの人に教えてほしくて学校に来たんだ。

 早くグラルの授業始まらないかな、とボクは胸を高鳴らせた。




          §




 キンキンキン!


 三限目、剣術科の授業、ボクは剣の指導も受けていた。

 剣術の授業は先ずは素振りからだった。

 一年生はまだ演習はなく、ひたすら鍛錬だった。


 「は! は!」

 「ふん! やあ! とお!」


 授業では特に一年生ではシャトラ・レオパードとアルト君が真面目に頑張っていた。

 剣術の授業は受講者が多く、先生のコールン・イキシア先生は、一人一人観察しながら、時折アドバイスを出して、また歩く。

 ボクは剣を素振りするけど三十回も熟す頃にはヘトヘトだった。


 「もう疲れちゃった?」

 「え、あ……その、剣って重いんですね」


 コールン先生に見つかっちゃった。

 ボクは照れ臭くて、俯いていしまう。

 だけどコールン先生は見咎めるような雰囲気ではなかった。


 「そうね、剣って斬るってイメージが強いかもしれないけど、実際には重量で叩くというのが正解なの」

 「叩く? まるで骨切り包丁みたい、ですね」


 ボクは重たい腕を頑張って持ち上げる。

 コールンさんは顎に手を当てると、「正解」とお茶目に答えた。


 「包丁と剣の技術は同じといえば同じよ、斬るにしたって肉を削ぎ落とす訳だし」


 同じなのか、ボク鍛冶場を覗いた事があるからどんな風に作られているかは知っていたけど、剣は叩くか。


 「テンちゃんは本物の剣は初めて?」

 「はいっ、模造も本物もどっちも初めて、ですっ!」


 振り下ろす、辛い……筋肉の悲鳴が聞こえる。


 「なら獣人ってやっぱりすごいわね、人族ならズブの初心者は十回も振れないわよ?」

 「ふえ?」


 獣人は生まれつき身体能力が高い、でも獣人も個体差があるから、ボクのように情けない獣人もいるんだと思っていた。

 けれど、コールン先生は違う、ボクが三十回も振れた事を褒めてくれた。


 「うん、貴方なら一ヶ月もすれば百回振れるわよ」


 そう言うと先生は「休んで柔軟体操を忘れずにね」と残して次の生徒の下に向かう。

 ボクは剣を地面に降ろすと、先生に言われた通り柔軟体操を始めた。


 「へえ、マリーゴールドさん、身体柔らかいね」


 ふと柔軟体操をしていると、隣に茶髪の大人しげな少女が座って、話しかけてきた。

 さっきまで熱心に素振りしていたシャトラさんだ。

 シャトラさんも休憩かな?


 「あ、あのシャトラさん、ボクの事はテンでいいです、元々姓を持ってなかったから、ちょっとくすぐったいし」


 ボクはそう言うと照れてしまう。

 マリーゴールドはゴールドのおっちゃんが入学申請書に書く際、考えてくれた。

 ゴールドのおっちゃんと同じくゴールドの入っているマリーゴールドはボクも気に入っているけど、やっぱりまだ慣れてないや。


 「あらそう……ごめんなさい。ちょっと失礼かなって思ったから」

 「ううん、ボク色々無知だから、こっちこそごめんなさい」


 ボクは頭を地面に付けて謝る。

 けどシャトラさんは両手を振って、訂正した。


 「違うの、謝る必要はないから、ただちょっと貴方に興味を抱いただけよ」

 「ふえ? ぼ、ボクに? なんで?」

 「だって獣人なんて珍しいもの、獣人って冒険者や傭兵に多いでしょ? 貴方もやっぱり?」

 「ううん……」


 ボクは他の獣人をあまり知らない。

 ゴールドのおっちゃんが冒険者や傭兵に有力な獣人が多く流れたって聞いたことはあるけど。

 でもボクは考えたことないや、ボクって何になりたいんだろう?


 「あ、あの参考にまでなんですけどシャトラさんは何になりたいの?」

 「え? 私……そうね、私は何になりたいのかしら、きっと選択肢は多くないけれど」

 「ふえ? あの……」


 シャトラさんは、聞かれたくなかったのか、その顔は憂いを持った哀しい顔だった。

 ボク地雷を踏んじゃった? あわわ……ど、どうしよう?


 「あ、あの! 素振り凄いですね! ボクの倍以上も!」


 ボクはあたふたしながら話題を強引に切り替えた。

 なんとかシャトラさんの意識を切り替えようとすると。


 「ふふ、コツがあるのよ? 剣を振るコツが」

 「ふえ、コツ?」


 シャトラさんは笑う、そしてまだ素振りするアルト君を指差した。


 「本当に凄いのは彼よ、もう三百回は熟しているわね」

 「さんびゃっ!!」


 ボクの十倍! いや、まだ休んでないからそれ以上。

 シャトラさんは、コツがあるから無駄な体力を使っていないと言う。

 けれどアルト君は違う、そんなコツ抜きにおばけみたいな耐久力で黙々真面目に素振りしていた。

 獣人でもあの若さでそこまで振り続けられるのはまずいないんじゃないかな。

 コールン先生は褒めてくれたけど、ボクはやっぱりまだまだだよ。




          §




 ――そして四限目、疲れた身体を強引に動かしてボクはなんとか国語科の教室に入った。

 教室は座席が三十程、けれど集まっていたのはボク含めて四人だった。


 「え? あれ?」

 「あ、別嬪さんの獣人ってアンタ?」


 教室に入るとルルルさんがいきなり声をかけてきた。

 べっぴん、別嬪! えええ! ボクが別嬪!


 「ボ、ボクなんてただ野暮ったいだけだよぉ」


 ボクは両手で顔を抑えると、照れを隠した。

 けれど尻尾が隠せておらず、尻尾はブンブン左右に振られていた。


 「アハハハ! 面白やん! 確かテン・マリーゴールドやったな?」

 「う、うん」

 「オラ、アルト・シランだ、よろしくな!」


 教室にいたのはそれぞれ、別の授業で見た人たちだ。

 教室の奥ではシャトラさんが控え目に手を振っていた。


 「ウチはルルル・カモミール、可愛くルルルって呼んでや?」

 「ルールルー?」

 「せや、ルールルー、てなんてでやねん! キツネ呼ぶ気か!?」


 嫌にハイテンションなルルルさんはノリツッコミを披露した。

 ボクは軽く引いてしまうが、シャトラさんとアルト君には見慣れた光景なのかも。


 「せや、テン。隣座りや、国語は人少ないから選び放題やで!」


 あっ、やっぱり受講者少ないんだ。

 スラム出身のボクはともかく、やっぱり皆読み書き出来て当たり前なのかな?


 「アンタ文字は書けるん?」

 「ううん、読みなら少しは」

 「ならオラと同レベルだあな」


 やっぱり同レベルが多い。

 けど、ボクは情けないとは思わない。

 そのために先生がいて、授業があると思うから。

 やがて席に座っていると、ボクはある足音を耳に捉えた。

 ボクは尻尾をゆらりと揺らすと、その足音を目で追った。


 「よーし、出席取るぞ」


 グラルだ、グラル先生が出席簿を持って教室に入ってきた。

 ボクはまた胸が高鳴った、やっぱり何故かあの人が無性に気になっている。

 変だよね、ボクは獣人で、グラルは人族、年齢なんて倍の差は優にある。

 ボクも正しい年齢は知らないけど、ゴールドのおっちゃんは十四歳位じゃないかって言ってた。


 「おっさん待っとったでー」

 「おっさんの授業を待つとは奇特なやつめ、まあいいそれじゃ授業始めるぞ?」


 教壇に立つとグラルは真剣な様子で授業を開始した。

 先ずは文字の読み書きだ、グラルは黒板に文字を刻むと、ボクは模写すると、グラルは生徒の席を巡り、間違いがあれば指摘した。


 「テン、ちゃんと書けてるか?」

 「う、うん! ちゃんと、ほら!」


 ボクは汚い文字だけど、頑張って模写したノートをグラルに見せる。

 グラルはそれを真剣に確認すると、不器用にちょっと気持ち悪い微笑をした。


 「うん、偉いぞ、読み方もちゃんと教えるからな」

 「は、はいっ! お願いします!」


 再びグラルは黒板に戻った。

 文字を指し、リス二ングを始める。

 こっちはちょっと楽だ、読めない書けないに比べたら、喋ることなら出来る。

 

 「あ、そうそう、来月小テストするからな? まあ無理はするな」


 えっ? ボク皆より勉強遅れてるのに?

 グラルは無理はするなっていうけど、そんな急に言われたら焦っちゃうよ!


 「これはおっさんの持論だが、無理をしてどうにかなるならそうするが、そう簡単に上手くいくなら苦労はしない、だからおっさんが言えるのは頑張るな、だ」


 無理をしてどうにかなる可能性、か。

 ボクは常にギリギリで生きてきたから、ちょっと共感出来るかな。

 無理や無茶を通すって、大抵上手くいかない。

 博打は打たない方が長生き出来るって、ゴールドのおっちゃんも言っていた。


 「ほなら結局頑張らないまま小テスト迎えたらどないするん?」

 「授業を受けてりゃ充分だろう?」

 「せやけど、それでも間の悪いやつはおるやろ? それで小テストダメやったらどないや?」


 ルルルに追求されるとグラルは沈黙してしまった。

 そして何か思いついた彼は無様に笑うと。


 「笑って誤魔化すさあ」

 「なんでやねん! 先生ならちゃんと生徒導けや!」

 「クスクス、ルルルちゃん、すっかり先生と仲が良くなったわね」


 ボク、こんなグラルは知らないや。

 そうか……グラルって、色んな人達と関わっているんだ。だからボクの知らないグラルの顔は一杯ある。

 ボクに対してグラルは優しいけど、ルルルに対しては親しい。そしてガーネットに対しては愛おしい。

 そうか……ボク全然グラルを知らないや、もっともっと一杯知りたいなあ。


 「おいアルト、お前ぼうっとしてるが大丈夫か? ついていけてるか?」

 「はい! 全然分からないだ!」


 ズッテン、とグラルがズッコケた。

 アルト君すっかり目を点にして、先生のウンチクに思考を処理限界超越オーバーフローさせて、頭真っ白ハングアップしていた。

 アルト君は運動神経凄いけど、純朴で真面目だから何でも鵜呑みしちゃう誠実さが裏目に出ているのかも。


 「だからお前ら、授業はサボるなってこと! 卒論やる訳じゃないんだから、今は落ち着いて授業受けてろ、分かったなアルト!」

 「分かっただ! 落ち着いて、落ち着いて」


 アルト君は、手間の掛かる生徒ってところかな?

 シャトラさんは非の打ち所もなく、むしろなんで国語を受講しているんだろう?

 ルルルさんは兎に角グラルと仲良しだ、哲学者でも目指してるのかな?

 ボクは読み書きできるようになったら、スラムの皆にも教えるんだ。

 読み書き出来るようになったら、きっと出来ることだって多くなるもんね。


 「けど、なんか調子でんなー? せや、なら罰ゲームせんか?」

 「は? 何言ってんの君?」


 ルルルさんがとんでもない事を口にしだした。

 ボクはギョッとするが、ルルルさんは悪童のように笑ってみせた。


 「小テスト最下位の奴は、恥ずかしい格好するとかどや? それならアルトも本気なるやろ?」

 「お、オラそれ絶対不利だ!」

 「ぼ、ボクはもっと不利だよ!」

 「そんなもん先生が許すかっ! ルルルはノリだけで人生生きていけると思うなよ!」


 流石にグラルがそんな事は許さない。ルルルにビシッと指を指すと、ルルルはテヘッと頭を軽く叩いた。


 「すいやせーん、しゃい」

 「笑いで誤魔化すな、お笑い芸人目指してるのか?」

 「なんでやねん! ウチは王国魔道師志望や!」


 へえ、そうなんだ。そういえば魔法の授業は随分熱心だったっけ。

 ボクまだ実技に至ってないから、魔法は使えないけど、ルルルちゃんはどこまで使えるのかな?

 あれ、そういえば、レイナ先生はある興味深いこと言ってたっけ。


 「あ、あの、グラル先生は、その、魔法が得意と聞いたんですけど?」


 ボクはおずおずと手を上げた。

 ちょっと緊張しちゃう、けどグラルは。「レイナ先生か」と小さな声で呟いた。


 「専門的なことは教えられんぞ? それより国語! これ国語の授業だからな?」


 そう言うと、グラルは黒板を叩いて授業を再開する。

 各人レベルが違うから、ちょっとルルルさんは退屈そうだけど。

 「ホンマやったら、教えて貰わんとな」とルルルさんは舌舐めずりするように小声で呟いたのが嫌に印象に残った。


 授業は続く、ボクはお腹ペコペコになりながら必死に国語を学んでいった。

 早く読み書きマスターしたいな。

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