第21話 おっさんは、凍り付いた記憶が目覚める瞬間は未来だけを願うつもり

 「俺の名はグラル・ダルマギク、君は?」


 おっさんは休める場所を見つけると、重い腰を下ろし、隣りには獣人の子供を座らせた。

 なるべく優しく問いかけていかないと、一先ずこの子の警戒感を解かないとな。


 「テン……」

 「テン? テンっていうのか」


 獣人の子供は小さく頷いた。

 ミ二マム魔法使いのレイナは呆れた様子で、少し離れた場所から監視しているが、なんだかんだ付き合いが良いな。飽きてどっかへ行くかと思ったが。


 「テンはどこに住んでいる?」

 「え、えと……」


 テンの青い瞳は震えて、キョロキョロしていた。

 やはり不安が勝つのか、おっさんとしてはやり辛いことこの上ないな。


 「言い難いなら今は良い」


 おっさんはそう言うと首を横に振る。

 無理矢理強制はしない。ほぼおっさんの経験則だが、怯えた子供相手に無理してもそれは恫喝にしかならない。

 おっさんがしたいのはそうじゃない、目の前の子供をどうすれば救える?

 それで頭は結局のところ必死だった。レイナ先生には見透かされたろうな。


 「おい! テンー! こっちにはいないのかー!」


 突然野太い声が周囲に響いた。

 迷い子を探す声だ。テンはビクンと尻尾を立てると、背筋を伸ばした。


 「おっちゃん!?」

 「あ、テン、テメェ! また観光客に!」


 テンの甲高い悲鳴に、二mメートル近い長身、まるで岩のような筋肉を持つ人族の偉丈夫いじょうふだった。

 鋭い眼光は、おっさんも身震いする程で、その格好はテン程ではないがみすぼらしい。


 「テン! だからあれ程観光客には手を出すなと!」

 「あ、あの……テンの親御さんでしょうか?」


 俺は意を決してこの偉丈夫に話しかけた。

 うう、丸太のように太い二の腕には血管が浮かんでおり、下手打てばおっさん「あべし」って情けない断末魔が出るだろう。


 「ああん? アンタ誰だい?」


 ギョロリ、まるで何人か殺しているんじゃないかって恐ろしい眼光がおっさんを射抜く。

 小心者のおっさんはヤの付く職業の人に正面から向かい合える程タフじゃねえのよ!


 「え、えと、グラル・ダルマギク……」

 「名前なんてどうでもいい! テンに何をさせようとした!」

 「おっちゃん! ち、違う! このおじさんは、その……!」


 テンはしどろもどろになりながら、この偉丈夫にしがみついた。

 しかし偉丈夫と体格差がありすぎる、なによりこの偉丈夫。


 「テンは黙ってろい! これは大人の話でい!」

 (ひ、人の話を聞かないタイプだあー!)


 おっさんこのタイプの保護者を知っている、怪物級保護者モンスターペアレントだ!

 人の話をまるで聞かず、自分の意見ばかり押し付け、無理難題を通そうとする、またの名をクレーマー!

 おっさんが死ぬ程嫌いなタイプであり、もう泣きそうなんだが、それでも不幸なことにこのタイプにはいた。


 「ま、まず落ち着きましょう? 自己紹介は大事ですから?」


 俺はなるべく笑顔を浮かべ、相手の警戒感を解くように専念する。

 話を聞く、こんな簡単なプロセスが、どうして難しい。


 「ああん? 俺はテンに何をさせようとしたか!」

 「ですから、貴方のやり方では、話もなにも前に進みませんよ?」


 おっさん今心臓バクバク、これはQTEですわ。選択肢ミスったら死ぬタイプの。

 だがおっさんが少し声色を変えると、この偉丈夫は僅かに恫喝どうかつの度合いを下げた。

 自覚しているのか、カッとしやすい性格なのだろう。


 「心を落ち着かせて、まずはお名前を」

 「……ゴールド、ゴールド・ターゲスだ、アンタ何者なんだ? 威張ってる貴族って訳でもなさそうだな?」


 なるほど問答無用の敵意の正体は格差社会に対するものだったか。

 おっさんはいわゆる中流だから、それほど意識したことはないが下流や最底辺ボトムズがどれほど上を見上げているのかが、端的に察っせれるな。


 「俺はしがない教師ですよ」

 「王立のか?」

 「カランコエ私立学校だよ」


 レイナ先生が横から割って入った。

 関与しないかと思えば、急に割って入ったり、神出鬼没だが今は少し感謝しよう。


 「カランコエ? 確か誰でも通えるってあの?」

 「おっ、おっちゃん物知りー! アタシらカランコエの教師なのさ」


 レイナ先生はここぞとばかりに愛嬌を振る舞いた。

 見てくれは下手な子供より小柄なミ二マム体型だから、愛嬌も加われば無敵だ。


 「む、う? 信じらねえぞ? このおっさんは兎も角、このガキはテンより下じゃ?」


 ズテン! レイナ先生は前のめりにズッコケた。

 あー、けどロリ過ぎて信じてもらえなかったか! どうしていいか分からずテンはキョロキョロ大人達を不安げに見比べた。


 「事実ですよ、彼女は魔法科の教師です」

 「あ、あはは……そうなのだ」

 「う、ううむ? それで先生方テンをどうしようと? テンは獣人だ、その危険性は分かるだろう?」


 獣人の危険性、その言葉に俺達は表情を硬化させた。

 テンはオロオロ、尻尾を震えさせている。


 「発端は二十年前の人魔戦役だっけ?」とレイナ先生。

 「ああ、あの戦争なんとか人類は勝つにゃ勝ったが、その後が酷かった」


 グッ、俺は拳が痛いくらい握り込んだ。復興期、言葉だけならなんて希望に満ちているだろう。

 だが現実は富める者から富み、貧しい者はより貧しくなるという負の連鎖を持ちえていた。

 確かに国は早期復興が出来た。しかしその影で最底辺ボトムズを生み出したのも、王国の責任だった。


 そして多民族国家であったピサンリ王国は人族の人権を優先し、その他の種族を身分差別することで王国の治安を安定化させる手段に舵を取った。

 元々大多数が人族であり、その政策は国民の多くに受け入れられた。

 しかしその代償がブリンセルから多くの異種族が消え去るという事態を引き起こしたのだ。


 特にこの事態に牙を剥いたのは獣人種族だ。元々身体能力が高く、傭兵として戦争では最前線で血を流した種族は、戦争が終わっても充分な恩賞をてがわれなかった。

 その結果、ピサンリにテロじみた抗議活動を繰り返し、その弾圧は日毎に激しくなっていった。


 結局は王国の勝利であり、抑圧された獣人は、力あるものは傭兵や冒険者となっていった。

 バーレーヌでは比較的獣人を見る機会も多く、ブリンセルではびっくりする程見ないのに驚いたものだ。

 しかし能力があった者はいい、だが能力がない者はどうか?

 異種族には厳しい制限が課され、付ける職業の制限、利用できる飲食店の制限などそれは多岐に渡った。


 「……だが、だがしかし。あれはもう五年前決着がついたろう?」


 おっさんは、たまらず声を出した。

 そんな抑圧の時代も、五年前、ある人権運動家が王国の差別的憲法の撤廃に動いた。

 王国として容認すべきことではなかったが、厄介だったのが『聖教会』が関与していたのだ。

 その人権運動家は牧師であり、自身も差別される立場にある異種族であった。

 その活動に異種族達は結託し、王国と憲法について全面対決にいたり、そして異種族は法廷にて勝利を得た。

 人族優先法は違憲であるという判決に従い、異種族の暗黒時代は終わりを迎えた。

 だが現実は。


 「変わらねえ、恐怖は五年程度じゃ拭えねえのさ」


 ゴールド氏はそう言うと、力なく首を振った。

 五年じゃ恐怖は拭えない、か……そうやって怨念を貯めて何になるのだろう?

 確かに人口推移ではブリンセルに住む異種族は微々たる物である一方、バーレーヌ含む地方では異種族の数は増加傾向にある。

 何も……何も変われないのか、俺たちは。


 「違う! そんな事はない! 変われないんじゃない! 変わろうとしないだけだ!」


 おっさん珍しく、感情に任せて大きな声を出したと思う。

 テンやレイナ先生も思わずビックリしていた。

 俺は心が折れかけていたが、それをギリギリで支えてくれたのはガーネットの存在、そしてトーマス理事長の教えだった。



 『唯一誰もが平等に持ち得ている知性とは、無から生じはしない。どれだけ貧しくても、紙とペンさえあれば知は育める』



 復興期も間もない頃、トーマス理事長はそう高々と街頭演説を繰り返していた。

 戦争が終わって身も心もボロボロだった俺には、大して響かなかった物だが、今はそれが染みて分かるようになっちまった。


 ガーネットだって、エルフという差別種族だった。

 確かに職業の制限はあったが、それでも彼女は元から冒険者志望であり、義妹は社会に対して不満は持っていなかった。

 義妹にとって、戦後が全てであった。復興期も安定期も義妹にとってはただ過ぎていく現実に過ぎなかった。


 「俺たちの、おっさん達の戦争を、子供たちに巻き込むな!」

 「ッ! 俺たちの戦争……?」

 「おっちゃん……?」


 ああ、そうなんだ。やっぱりガーネットはいつだって正しいな。

 戦時を知らずに育った子供たちに、親世代の戦時の記憶は、結局はただの押し付けだ。

 だからこそ子供たちに過ちを繰り返させちゃいけない、でもそれがただ被害者として変わらぬままであって良いはずがない!


 「ゴールド・ターゲスさん、お願いがあります。テンを学校に通わせて下さい」


 俺は教師だ。どうあっても十年以上積み重ねた身体は、無意識に頭を下げさせた。

 テンという可能性は、ここで被害者であり続ける理由にはならない。

 俺はテンを見てやるせなくて、救いたいと思ったのは……きっと義妹が導いてくれたのだろう。


 「テン……お前、お前はどうだ?」

 「おっちゃん……ボク、その、学校、学校行ってみたい!」


 テンは目元を赤くすると、ゴールド氏に縋った。

 未知数が必ずしも大きな結果を孕むとは考えていない。それでも可能性を信じるのが教師の仕事だから。


 「だ、だけどよ? 学費はどうするんだ?」

 「あ、それなら大丈夫だと思うよ。学費免除条件満たしていると思いますし」


 カランコエ学校は幅広い中流下流の生徒を募集しているが、そこにはどうしても経済の事情があった。

 レイナ先生の言うように、その為学費免除制度というサービスが存在する。

 その生徒の扶養家族などの年収から査定して、学費を免除するのだ。


 「ねえ? ボク学校行けるの?」


 ふと、青い大きな瞳がおっさんの顔を見上げた。

 おっさんはにこやかに笑うと。


 「ああ、勿論だ」


 と返した。

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