第19話 おっさんは、ミニマム魔法使いに絡まれる

 「はぁぁ」


 おっさんは職員室で項垂うなだれていた。

 とりあえず初日の仕事を終え、仕事をまとめているところだけど、まさか三人とはな。


 「ねえねえ、イキシアさんの剣術科って凄いんでしょう!」

 「えっ、あ……いえ、単純に剣術科は志望者が多いだけで」


 ふと、コールン先生に目線を移せば、早速先生方に囲まれていた。

 まあそりゃ表の性格は良し、おまけに剣術の達人、教えも上手いとなれば、直ぐに人気になるのも頷ける。

 そう……外面はな。コールン先生の酒癖の悪さを知ってしまったら、嫌でも彼女の本性を思い知る。

 頼む、頼むから誰かコールン先生を引き取って、と思わず顔も知らない神へと祈ってしまう。


 「おっ、新入り君ー、君が新しい国語教科の?」


 顔を上げると、なんだかちっこい先生がにこやかに笑っていた。


 「あ、はい。国語教科担当のグラル・ダルマギクです」

 「アタシ魔法科担当のレイナ・ハナビシ、よろしくね」


 ハナビシ先生はそう言うと、にこやかに握手を求めてきた。

 ちょっと意外だが、その手を跳ね除けたらそれこそおっさんは反社会人、という訳で素直に握手に応じる。

 

 「お若いですね、教師としては何年目でしょうか?」

 「ああ、まだ四年目よ! まだ二十六歳だし!」


 予想外、下手すれば十代かと想像していた。

 ハナビシ先生も自身の幼い顔は自覚しているのか、年齢に関した話しには苦笑気味だった。


 「アタシ家系的に魔法使いの家系だから、ちょっと常人より老けにくいのよね?」


 それは世の女性殆どが羨みそうですが、おっさんはその意味を知っているので茶化せはしない。

 幼い内から魔法を使うと発達障害が起きることは確認されており、現在はこの幼子に魔法を習得させるのは危険視されている。

 それでも魔法は幼い時に発達させる方が潜在魔力値が高くなると言われているから、旧家では危険でも教えているのかね?


 「魔力発達障害ですか?」

 「え、いや……アハハ、まあね。と言っても肝心の魔力はちっぽけなもんだよ」


 ハナビシ先生はそれを肯定すると、掌に魔法の『炎』を宿した。

 小さな炎だ、だがゆらぎ一つない完璧な炎の形だった。


 「見事じゃないですか。少なくとも荒削りには絶対に、そんな正確な灯火は創造できません」

 「……いや、これが私のたった一つの自慢さ。いかに正確で精微せいび、お手本のような魔力錬成、よーするに教科書の完璧な再現、それが私なの」


 そう言うと、彼女は掌を握り込んで炎をかき消した。

 使用された魔力は一瞬で霧散し、消し方でさえ握り込んだ掌の隙間から何も漏れない程正確だった。


 「ダルマギク先生だっけ? 私より魔力あるね。なんで魔法科にこなかったの?」


 ハナビシ先生はおっさんの持つ魔力を握手の際に感じ取っていた。

 同時におっさんも彼女の魔力に触れて、どの程度か把握したが。


 「それこそ、俺のは荒削りの代表です。教えるのは向いていない」

 「教科書は?」

 「母です。母から口伝で学びました」


 魔法は無からは産まれない。

 魔法から無を産み出すのよと、おっさんは母から教えられた事がある。

 母は街で優秀な治癒術士ヒーラーだった。

 本当に小さな診療所だったが、母の治癒魔法は評判も高く、おっさんはそんな母が憧れだった。

 母がどんな経緯で魔法を習得したかは知らないが、少なくとも俺は母からの口伝によって習得したに過ぎない。


 「だから、俺よりハナビシ先生の方が教師としては向いてます。俺は独学ですから」

 「あーあー、同じ魔法使いって感じだし、ここはもっとフランクにいかない? ね、グラル?」


 ハナビシ先生はそう言うと悩ましげな身振りで身体を寄せてきた。

 おっさん、そういうのはあまり免疫ないというか……ここ職員室なんですが?


 「ハナビシ先生、プライベートを仕事に持ち込まないで」


 俺はそう言うと、ハナビシ先生を無表情で押し出した。


 「ちぇ! ケチー! 折角話の合う先生来たと思ったのにー!」

 「話が合うって、他にいないんですか?」

 「魔法はジジババ達と話せるけど、フランクってなるとおっさんが丁度良いの!」


 駄々をねるハナビシ先生は見た目もあって、非常に子供っぽい。

 どうしておっさんは、こういう女性にばかり絡まれるのか、男の場合はなんか怖い人の率高いし。


 「クスクス、レイナったら相変わらずね」

 「レイナちゃんに絡まれたらしつこいからな、ご愁傷さま」


 気がつくと、周囲の教師陣がおっさん達を見て笑っていた。

 周囲からは彼女レイナって呼ばれているんだな、それだけ彼女の距離感は誰相手でも近いのだろう。


 「先生、仕事中ですから、後周り見てますよ?」

 「うえー、冷たいよー」


 うざい、おっさん滅多な事では感情を荒立てないが、レイナ先生はちょっとしつこいと思った。

 誰も助け舟を出してくれない辺り、彼女の性格が分かるな。


 「レイナ先生、グラルさんはちょっと奥手なだけで冷たいなんて」

 「ありゃコールン先生、そういえば二人は一緒に来たんだっけ」


 唯一コールン先生だけは助け舟を出してくれた、しかし奥手って。

 本当におっさんなんでも温情を持って許す訳じゃないぞ? なんか勘違いされている気がする。


 「早くグラルさんには仕事を終えて欲しいんですから」


 ん? コールンさんは今か今かと俺の仕事終わりを待ち望んでいた。

 自分の仕事はどうしたのかと思うが、そういえばいつもコールンさんの方が仕事が早いんだよな。

 しかし、コールンさんは何を待っているんだ? なにか約束していたっけ?


 「コールン先生、グラル先生と付き合ってるの?」

 「ぶふっ!」


 思わず吹いてしまった。このミニマム魔法使いなにを言ってんだ?

 コールンさんは顔を真っ赤にすると、慌てて首を振った。   

 環境が変わったとはいえ、これはおっさんもちょっとやり辛いな。


 「いえいえ! ただ仕事が終わったら居酒屋巡りを!」


 ああ、思い出した。そういえば一緒に居酒屋探そうって口約束してたわ。

 なりほど、無類の酒好き(そして悪癖)には、一分一秒も待てないといったところか。


 「なるほどー、そうだ! それならいっそ歓迎会やろうよ! コールンとグラルの歓迎会!」


 なぬ? 聞き捨てならないぞ。おっさんただでさえ人付き合いが苦手なのに。

 しかし周りの雰囲気はおっさんの気持ちなんて無視だった。


 「いいじゃない! コールン先生の事もっと知りたいし、やりましょう!」

 「ああ、俺も賛成! 良い店知ってるぜ!」

 「ワシはパスじゃ、酒を止められておる。若いもんで楽しんできなされ」


 教師陣の様子は参加八割不参加二割という感じか、これ話中断して断ったら後が怖いな。


 「グラル、参加するわよね?」

 「……はい、参加します」


 結局、色々打算的な事を考えるが、穏便に付き合うのが無難と結論付けた。

 レイナ先生とコールン先生は満面の笑み。どうやらここでもおっさんの平坦は乱される運命にあるらしい。

 ヤマなしタニなし、幸運も不幸も要らないが……どうしてそれが難しい。

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