第18話 おっさんは、授業開始するけど、初動がこれはあんまりじゃないかと思う
「へえ、どんな部屋が案内されるかと思ったら、結構良い家じゃない」
そう言葉を
赴任に関しての話が終わった後、アナベル校長はわざわざ自ら足を赴いて、おっさん達の宿泊先に案内してもらった。
「皆さんにはこのシェアハウスを当面はご利用くださいませ」
アナベル校長はまるで物件案内人のように説明した。
シェアハウス、バーレーヌでは聞き慣れない言葉にコールンさんが首を傾げて質問した。
「シェアハウスとは?」
「簡単に言えば、リビングやダイニング、トイレ等館内の設備を皆さんで共有して使ってもらうタイプの住宅になります」
「なら、プライベートは各員の個室ですか」
俺は部屋の中を歩き回りながら、自分の個室を確認する。
ベッド一つに、書斎とタンスがあり、必要最低限の狭い個室のようだ。
「はい、まだ今は皆さんだけですので、ルール等は皆さんが決めて下さい」
「ふーん、まっ、これならバーレーヌのアパートとそこまで変わらないわね」
ガーネットからすれば元々おっさんとひとつ屋根の下に暮らしていたんだから、キッチンやトイレの共有は普通だったからな。
「あ、お風呂ありますよ! 皆さん!」
コールンさんが興奮して、
そこに集合すると、立派な浴室が備わっていた。
「へぇ前のアパートのお風呂より広いじゃない」
「私ゆっくり入れるお風呂って憧れだったんですよー!」
などとコールンさんは目を輝かせて、大いに喜んでいた。
そういやコールンさんのアパートはウチより更にグレードの低い部屋だったな。
「洗濯は? ここ、洗濯出来るの?」
家事には無駄にうるさいガーネットはすぐさま洗濯はどうするのか質問する。
「外に最新式の洗濯機があります」
「え? 最新式?」
コールンさんはアナベル校長が指差した方角に駆けた。
そんな後ろ姿にガーネットは呆れ返った。
「一体彼女今までどんな生活送ってたの?」
「私塾の講師の稼ぎじゃ、意識しないとエンゲル係数やばいってことさ」
なんておっさんはしみじみ言う。
我が家はガーネットも折半で生活費を支払っていたからそうでもないが、コールンさんの場合、下手すれば酒代で全て消えてしまいかねん。
「凄い凄い! これって自動でお洗濯してくれるっていう噂の!」
コールンさん興奮しっぱなしだな。アナベルさんは「お気に召して何よりです」とまるで親のような目線で微笑んだ。
なんとなく独り身女子の悲惨な私生活という単語が思い浮かぶが、まさかな?
「あら? ねえ棚にあるこれって何?」
ガーネットがなんてことのない花瓶等が飾られた棚に不思議な魔道具が設置してある事に気づいた。
魔石さえあれば、魔法使いでなくても便利な力を扱えるから、都会ほど魔道具は普及していると聞いたけど。
「ああ、それは内線です。えと電磁波と言う波動を用いるのだそうですが、えと……使ってみますね」
俺たちは初めての物に、アナベル校長の背後に集まった。
四角くて黒い、大きさは縦横三十
「先ず電報の、このスイッチを押します」
ふんふん、最新機器大好きっ子のガーネットが頷く。
左上に起動ボタン? というものがありアナベル校長が押すと、魔道具の表面に何やら文章が現れた。
「次に、内線を繋ぎたい部屋の番号を入力します。内線の番号の控えはこちらになります」
アナベル校長は内線番号の控えを取り出すと、ガーネットが受け取った。
おっさんも覗き込むと、どうやら個室全部、それと学園にも繋がるようだ。
「えと、それじゃ誰かの部屋に内線を繋いでみましょうか?」
「あ! はいはーい! それ私! 私が!」
コールンさんは年甲斐もなくはしゃぐと、バタバタと自分の部屋に向かった。
あれが魔王を一刀両断した剣豪とは誰が思うか、ガーネットも「年上なのよね?」と呆れ返っていた。
「部屋の番号をタッチして、入力しましたら、この右下のスイッチを押してから、音声を伝えます」
そう言うとアナベル校長はスイッチを押した。ピーという電子音が響くと、通信モードに入ったようだ。
「やーいやーい、巨乳見せびらかしてんじゃねー」
「ちょっ、悪口!」
「っ!」
アナベル校長は顔を真っ赤にすると、胸を手で隠した。
女性として義妹を
「ちょっとガーネットさん! 大きくなりたくてなったんじゃないですよー!」
「……とまあ、向こうの子機に音声が伝わります」
アナベル校長は平常運転だな……おっさんよりだいぶ若そうだけど、面倒な相手とさぞ沢山接待したのだろう。
そう思うと上層部もそれはそれで世知辛いのだなと、憐憫の涙を流す。
「ふーん、でもこの距離ならあんまり要らないんじゃない?」
「いえ、この魔道具の最大の特徴は留守電を掛けられる事にあります」
実用性重視のガーネットは疑問を呈するが、しかし本来の用途はちょっと違う。
留守電、この内線という魔道具は音声を保存できるという。
ということはその場にいなくても、伝えたい事を内線に届けられる。
その機能を知るとガーネットは尖った耳をピクピク震わせて、内容を吟味した。
その所作をしたってことは喜んでいるらしい。
「では、これで内部の説明は終わったかと」
「本当に忙しいところありがとうございます」
俺は丁寧に礼をした。アナベル校長にはこれからも世話になる。
そう思うと、おっさんもプライドなんて捨てて媚を売れるってもんだ。
うん、おっさんあくまで小市民だもん!
§
―――そして遂にブリンセル支部カランコエ校で講義する時がきた。
「皆さん初めまして、本日から国語を担当するグラル・ダルマギクです」
早速おっさんは朝一限目から出勤し、講義の場に赴いた。
おっさんは生徒たちの前でなるべく威厳をもった態度を示す。
んだが……。
「おっさんー、待っとったでー」
早速目に付いたのは大きな赤いツインテールの小さな少女が笑顔で手を振った。
あれは……そう、あの奇妙な言葉遣いの少女はルルル・カモミールだな。
予想通り国語のコマを受けているが、それにしても……。
いや……今は考えまい、そう考えるな。
「えと、早速だけど、皆自己紹介頼めるかな?」
おっさんはなるべく平常心でそう言った。
すると先ずは一番元気なルルルが「はいはい!」と手を上げた。
「ウチはルルル・カモミール! 一年やで! 気軽にルルルでええでー!」
うん、君のことは知ってる。まあ一年生というのは初耳だが。
ルルルが自己紹介をすると、次はその隣だ。
「私はシャトラ・レオパードと申します。隣のルルルちゃんと同じく一年生です」
シャトラは言い終わるとペコリと頭を下げた。
随分育ちの良さを痛感する少女だが、こちらは
ルルルが活発なら、シャトラは大人しいだろうか。
表情も温和で優しく、共に十四歳くらいだろうか?
「お、オラ、アルト・シランだ! オラも入学したてだ! オラ農村出身だけんども、ここで一杯勉強して、故郷に錦飾るだあ!」
アルトは言葉の
身長はルルルより少しあるがシャトラより小さい、小柄に分類されるか。
バーレーヌでも時折いるタイプの少年だな。
「……
自己紹介は以上で終わった。
そう、おっさんの授業を選択してくれたのはたったの三人だったのだ。
おっさん……ヘコみそう。
ああくそ、おっさんの知名度などこっちじゃ皆無! これは考えたって仕方ないだろ!
「そ、それじゃ皆、楽しく国語を学びましょう!」
もう、やけっぱちだった。
考え方を変えれば三人しかいないのなら、それだけ一人一人に集中できる!
そう割り切らんと、おっさんの平常心が保たない!
かくしておっさんの第二幕といえるとブリンセル学園での初日は始まった。
若干不穏な影も見え隠れしていたが、これからおっさんの真価が試されるんだな。
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