第17話 おっさんは、赴任する
剣と魔法の世界エーデル・アストリアに歴史ある一国がある。
大陸の中央に居を構える、ピサンリ王国。
交易によって栄えたその国は、魔王の出現により、危機へ瀕した……かに見えた。
しかし現実は、なんでも二人の冒険者が魔王を瞬殺した――なんて情報が市民の中で飛び交っていた。
馬鹿馬鹿しい魔王が現れるものか。魔王はたった二人で倒せる者ではない等、様々な意見が飛び交うが、出現した悪魔は列記とした魔王へリオライトであったし、それを瞬殺したのもエルフの冒険者と首都では無名の辺境の剣聖だと言うのだから、事実は小説より奇なりだろう。
少なくともタクラサウム・タンポポ国王の事態の収束にかける手腕は確かだったろう。
速やかに救護班を被害地域に向かわせ、被災した市民の保護に王国騎士隊、そして魔導隊は尽力していた。
未確認ながら一般の方か冒険者か、ボランティアの早期尽力もあり、
§
「はえー。ここがブリンセル支部ですか?」
おっさん達は予想外の事態の性で少し遅れたが、予定通りカランコエ学校ブリンセル支部へと辿り着いた。
流石に三十五のおっさんにボランティア活動は疲れたよ。まあ初動が肝心だし、幸い国軍の動きが速かったので良かったけど。
さて、肝心の同じく赴任にきたコールンさんは、ほわほわした表情で学び舎を見上げた。
四階建ての学び舎はすっかり柔らかなオレンジジュースを掛けたかのような夕陽で染めていた。
「お待ちしておりました。ダルマギクさん、イキシアさん」
そこへ、自信の溢れる足音が近づいてきた。仕立ての良い燕尾服を纏った麗人、アナベル・ハナキリン校長だった。
理事長は連絡を入れたと言っていたが、恐らく言葉以上に首を長くして待っていたことだろう。
「想定外の連続により、スケジュールの乱れがありました。重ね重ね謝罪申し上げます」
おっさんはどこぞの秒でも遅延したら謝罪する鉄道関係者のごとく平伏した。
コールンさんも合わせて謝罪するが、少し後ろにいたガーネットだけは関係者でもないので、謝罪はしなかった。
「頭をお上げください。これもきっと神様の悪戯ですよ、そんな日もあります」
神様は悪戯好きである。
この世界の神様は一説では、地上に娯楽を求めて悪戯をするなんて云われている。
刺激の足りない世界に
誰よりも平坦な人生を求めるおっさんとは、そんな神様は絶対に相容れない、
「兄さん、時間かかりそう?」
「彼女は……妹さん?」
「義妹です、ガーネットと言います」
ガーネットは少しアナベル校長を睨んでいた。
特に因縁なんてない筈だが、ガーネットってもしかして友達少ない?
アナベル校長は余裕ある態度で微笑み、ガーネットはそれを見て目を丸くした。
ある意味貴族らしいアナベル校長の柔らかな物腰に、ツンケンしたガーネットも一瞬で
「アナベル・ハナキリンです。兄弟ともどもよろしくお願いします」
「が、ガーネット・ダルマギクです……に、兄さんをよろしく」
おお、あのガーネットが気圧されている。やはりアナベル校長の方が年季があるか。
ちょっと頼りない所のあるアナベル校長でも、歳の差だけガーネットよりは上手のようだ。
というより、校長という職柄人心掌握に長けているのかも。
そう考えるとアナベル校長は政治家向きか。
「少しお兄さんをお借りします。行きましょうか、お二人とも?」
「はい、ちょっと楽しみです」
アナベル校長の案内の下、おっさん達はガーネットを校門で待たせて、校舎に入った。
「「「エイ! エイ! ヤーッ!」」」
「部活、盛んなんですか?」
校舎を歩いていると、中庭から元気の良い掛け声が聞こえてきた。
コールンさんは人懐っこく、アナベル校長に尋ねる。
因みに中庭に居たのは木刀を持った生徒達だった。
コールン先生のやべー授業に彼らついていけるか、おっさんちょっと心配だよ。
「はい、我が校はなるべく生徒の自主性を優先していますので」
「へえ、概ね校風はバーレーヌ校と変わらないですね」
「理事長の理念に感服しているからですよ」
……それにしてもコールンさんもアナベル校長も、初対面だってのに良く舌が回る。
コールンさん、頭のネジが曲がっている疑惑はあれど、人懐っこさは彼女の良点なのかね。
え? おっさんがコミュ障なんだろうって? ごもっともだよ!
「えと、グラル、さんは何か質問は?」
アナベル校長はいきなり話題を振ってきた。
しっかり見られていたみたいで、彼女は少し子供っぽく微笑んだ。
「業務はいつからでしょうか?」
「次の週の始まりからお願いします」
無難、だな。聞いててなんだが、もうちょっと国語教師らしく富んだボキャブラリー引き出すべきじゃ?
とはいえ、おっさんアナベル校長にセクハラした前科持ちなんで凄く気不味いのです。
ちらりと、アナベル校長の横顔を覗けば、アナベル校長は微笑みを返すし、おっさん目のやり場に困る。
少なくとも向こうは気にしてない様子だが。
「? グラルさん、そっぽ向いてどうしたんですか?」
「なんでもない……話を続けてください」
俺は誓うぞ、今後二度と不始末はつけない。だってこんなに気まずくなるの最悪だよ!
しかも意識してるのおっさんだけなら、更に悪い!
「詳しい業務連絡は資料でお渡しします、他何か質問は?」
「あっ、こっちで美味しい居酒屋は?」
「……はい?」
やっちまったなぁ。俺は思わず頭を抱えた。
コールン氏に欠点があるとすれば、無類の酒好き。
しかも悪酔いする悪癖持ちと、バーレーヌ校で先生方に恐れられた存在だ。
「えと、そうです、ね……居酒屋?」
ああ、真面目に答えようとしている!
ごめんなさい、ウチの同僚がいきなり変な質問して本当にごめんなさい!
いかにも下々のお店なんて知らないって風のアナベル校長に聞くとか、完全にバッドコミュニケーションだよ!
「イキシア先生、それはおいおい探しましょう」
「あ、はい。グラルさんが一緒で本当に助かりますっ」
そう言うともうコールンさんは出来上がったかのように、満面の笑みだった。
ああ、これからもおっさんの受難は続くのか。
「お二人はお酒を共にする仲なのでしょうか?」
「飲み友なんです、グラルさんにはお世話になりっぱなしで」
そりゃ、アンタが直様泥酔して倒れるからね!
その性でガーネットにはなんかあらぬ疑いかけられているみたいだし、本当に踏んだり蹴ったりだよ。
おっさん、本当は酒くらい一人で飲みたいんだが……はあぁぁぁ、溜息で
「ふふ、飲み友ですか、是非わたくしもお酒の事を教えて頂きたいですね?」
俺は戦慄する。恐らくアナベル校長は純粋に下々の飲み方に興味がごありなのだろう。
しかしそれを字面通り受け取ったコールンさんはパンと手を叩くと、目を輝かせた。
「是非! 飲み友になりましょう!」
「……もうどうにでもなーれ」
コールンさんの酒癖の悪さを知れば、アナベル校長も思い知るだろう。
ある意味哀れな被害者に
こっちにはスケープゴートはいるかな?
おっさんは一人でも、コールンさんのお世話出来る人がいれば良いなと、他人任せに思ってしまう。
グイグイ押せ押せ陽キャっぽく、アナベル校長に飲み友の素晴らしさを語り、アナベル校長はクソ真面目に受け答えしていた。
ああ、おっさんの平坦はいずこ……?
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