第16話 おっさんは、まるで魔王のバーゲンセールだなって展開自体は反対だから

 サクッ、ドパッ、ヒュン、ブシャー。辺りは魔物の血に染まり、無数の亡骸なきがらが転がっていました。

 キャバーン! 殺戮者しかも二人のエントリーだ!


 ………という冗談は置いておいて。


 「アンタどうやったら剣を振った先の遠くの魔物が真っ二つになるの?」

 「極まった技術は魔法と変わらない、たしかエルフの格言では?」

 「因みに本当は人族の格言な、エルフの格言は誤訳」


 彼女達は和気藹々わきあいあいしながら、突発的遭遇戦エンカウントする魔物を遭遇即駆逐くちくしていく二人に至極冷静に突っ込んだ。

 エルフの格言、正しくは知ることは喜びである、無知は神の与えた知る楽しみ、だったな。

 古のハイエルフは寿命で死なないと言われる不死イモータルの一族で、その血族が劣化していった定命者モータルが現代のエルフだと云われている。

 よっぽどハイエルフは怠惰な生活をしていたのだろう、昔の童話にはしばしば独楽鼠こまねずみのように生き急ぐ人族と怠惰なハイエルフが出てくるが、無限の命が与えられた者こそが退屈を何よりも嫌うという。


 「流石グラルさんです、歴史も嗜んでいるんですか?」

 「いいや、おっさんの無駄知識トリビアだよ」

 「兄さん、昔っから聞き上手で、どうでもいい話でも割と覚えてるわよねー」


 さて、こんなほんわか日常物の皮を被っているが、さっきから効果音は、魔物の首が飛び、血が舞う地獄絵図だった。

 原因不明だが、街道に魔物が押し寄せており、仕方なく馬車を降りて歩いて首都ブリンセルに向かっていたのだが、化け物ってのはどっちなのかと、ふと哲学にふけってしまう。

 ガーネットの早業とコールンさんの絶技、どちらも常人の理解を越えていて、もはや魔物に憐れみしか起きなかった。

 馬を操る御者ぎょしゃのお兄さんなんか、どっちが化け物だって顔してるもんな。


 「お互い運が悪いねえ、アハハ」


 おっさんはなるべく安心させるように笑顔を浮かべるが、御者は乾いた笑いで視線を逸した。


 「けど、魔物多すぎません?」

 「不穏よね、まさか魔王が復活したとか?」


 魔王、おっさんは嫌でもピクリと眉をひそませた。

 今からざっと二十年ほど前に、強大な力を持った魔王が現れた。

 魔王は瞬く間に勢力を拡大し、当時それを楽観視していた諸王達は、魔王軍に圧倒されてしまう。

 おっさんはその頃徴兵された記憶が今でも忘れたくても忘れられなかった。


 「馬鹿らしい、魔王が復活してたまるか、クソ野郎が始末したんだ!」


 つい感情的になって、汚い言葉を使ってしまった。

 ガーネットとコールンさんは驚いて振り返る。

 俺は首を振って、昔のことは考えないように努めた。


 「ご、ごめんなさい兄さん……兄さんには嫌な思い出よね」

 「グラルさんは、従軍していた、のでしたね」


 俺は何も言わなかった、いや言えなかった。

 志願兵じゃない、徴兵された民兵がどれだけ悲惨だったか、あの時代を知っている人間なら誰だって早く忘れたい記憶だ。

 当時ガーネットを拾った時は3歳、コールンさんで5歳位か。

 ふたりとも戦争という単語は知っていても、実感は沸かないだろう。

 どこかの戦闘狂勇者が魔王を始末したことで終戦したが、終戦したらしたで世界はめちゃくちゃだった。

 戦後の復興期、戦時よりマシでもおっさんには辛かった事に違いはない。

 親父殿と喧嘩別れしたのもこの時期だったからな。


 「戦争なんて、どっちも悪だよ。正義なんて詭弁だ」


 二人は何も言わなかった。

 やがて視界には首都ブリンセルが見えてきた。

 魔物に遭遇しながらも、おっさん達はブリンセルに入るのだった。




          §




 首都ブリンセルの城門を抜けると、流石に中は安全だった。

 俺は安全圏に入ると「はあぁ」と息を吐く。

 御者は慌てた様子で何度も感謝して、馬を連れて去っていった。

 料金は前払いだったし、別に構わないが、案の定こっちの方が化け物扱いか。

 おっさんは人畜無害だよ? 本当だよ?


 「ねぇねぇ兄さん、ちょっと寄り道してこうよ!」

 「いえいえ、真っ直ぐカランコエ学園に向かいましょう!」


 相変わらず両手に華と言えば聞こえは良いが、これじゃ大岡裁きだ。二人は俺の腕を引っ張りあった。

 拷問ですか? 馬に引かせて引き千切るっていう処刑方があった事を思い出すと、やっぱりこれは拷問だと思えた。


 「痛い痛い、千切れる! おっさんはプラナリアじゃないから!」

 「もう、兄さん痛がっているでしょ、この馬鹿力!」

 「ガーネットさんこそ、お兄さんを困らせてばかりではないですか!」


 どっちも同罪です。有罪ギルティ

 つか、おっさんなんでこの二人にこんな熱烈な引っ張り合い受けてんの?

 死ぬの? 今日が命日でしょうか?


 「もういい加減さぁ? ん……?」


 不意に、おっさん空を見上げる。

 相変わらず快晴で、太陽も本格的に真上に掲げられ、優しくも猛々しく地上を照らしていた。

 気のせいかな? 魔力の乱れみたいなのを感じたんだが?

 魔法を使う本職の魔法使いなら、他人の魔力がはっきり判別できるという。おっさんも端くれ故にそういうのには鋭敏なんだが、空に不審な点は無かった。


 「もう、空なんて見上げてどうしたの?」とガーネット。

 「いや、なんでもない」

 「それにしても噂の通り絢爛けんらんな街並ですね」


 初めて来たのかコールンさんも楽しげだ。

 俺も初めての時は割と同じだったが、もう少しおとなしかった気がするな。

 ここは歓楽街、特に色とりどりの華やかさがあった。


 「ああ、でも客引きがちょっと怖いんだ……っ!?」


 今度はおっさん、足を止める。

 もう一度空を見上げた。

 強大な魔力の波動を感じ取ったのだ。


 それは突然だった。首都ブリンセルに突如一体の悪魔が顕現けんげんした。

 炎を全身に纏った漆黒の悪魔は、凶悪な双眸そうぼうで街を見下ろす。


 「我は魔王へリオライト、ふん、ここがニンゲンの住む街か」


 魔王へリオライト、その悪魔は醜悪な笑みを浮かべ、掌に白色に輝く炎を燃やした。

 悪魔はそれを街へと落下させる。


 ドオオオン!


 大爆発が発生した。凄まじい熱波が街の一角を焼き尽くす。


 「このまま真っ直ぐ行けば美味しい……え?」

 「二人共伏せろ! 魔法の障壁マジックバリア!」


 俺は直様魔法の障壁を発生させる。

 熱波は一瞬で迫り、歓楽街に甚大な被害を与えた。

 俺たちはマジックバリアに護られ、なんとか無事だった。

 あ、あぶねー。もう少し威力が高かったら無効化できなかったかも。


 「くう! こ、これは?」


 いい加減安穏あんのんしていた二人も異変に気づいた。

 悪魔はその惨状さんじょうを見て嘲笑あざわらう。正真正銘魔王の所業であった。

 だが、それを見て、ガーネットは震えていた。怖くて? ――違う。


 「よくも……よくも! 兄さんに危害を加えようしたな……!」


 ガーネットは弓を手にすると、それは魔王へリオライトへと向けられた。

 怒っている。さっきの攻撃がおっさんに向いたと考えて?


 「おい、馬鹿げたことは?」

 「ガーネットさん、援護お願いします」


 え? 隣のコールンさんも剣に手を掛けた。

 あれ? ビビってない? なにこの人達なんで微塵みじんも恐れてないの?


 「心得た! 堕ちろカトンボ!」


 ガーネットが悪魔に矢を連続で射掛ける。矢は悪魔の頭、胸、腹部に突き刺さった。


 「なに? 地上からだと?」


 しかし魔王と名乗るだけの悪魔にはそれが致命傷になっていない!

 おそらく強大な魔力で肉体を構成する精霊に似た存在なのだろう。

 魔王は刺さった矢を無造作に燃やし尽くすと、今度は屋根を飛び交い、剣を持った豊満な胸の女を見た。


 「馬鹿が、そこからどうやって我を攻撃する?」


 魔王へリオライトは再び白色に輝く炎を生み出した。

 今度はコールンさんに直接ぶつける気か!

 しかしコールンさんはおよそ三十mメートルは離れた魔王を一瞬で切り裂いた。


 「――なっ?」


 魔王が驚愕した。コールンさんの絶技は剣先からほとばしる衝撃波を飛ばして、頭上の魔王を正中線に両断したのだ。


 「な、なにがどうなって!」

 「しぶといわね。この雑菌が!」


 魔王はにわかには信じられなかったかも知れない。目の前に金髪のエルフが矢を番えて飛んでいた。

 空飛ぶ靴レビテーションブーツを装備したガーネットに頭上の有利は存在しない。

 ガーネットは確かな怒気と殺意を持って矢を放つ、すると矢は着弾と同時に冷気を周囲に放出した!

 魔法の矢が、炎を相殺した!


 「そ、そんな馬鹿なぁ! 我は魔王ぞ! 貴様ら何者……!?」

 「兄さんとのデートを邪魔する奴はなんであれ許さない!」


 次の瞬間、魔王は大爆散した。

 ガーネットはゆっくりと俺の目の前に着地する。


 「え、あ、えーと?」


 ……なんか、おっさん過剰にビビってた?

 え、ガーネットってそんなに強いの? いやコールンさんも大概だけどさ?

 しかし、ガーネットはというと。


 「兄さん怖かったよー、だからナデナデして」


 全然恐れてなかったでしょうに、義妹は猫撫で声でおっさんに飛びつく。

 屋根から降りてきたコールンさんは、それを見て呆れ返る。


 「全く、都会のヤンキー? ですか? 困った人でしたね」

 「いや、アンタからしたらヤンキーか。どんだけですねん」


 俺は改めて目の前の惨状をかえりみる。

 舗装ほそうされた石造りの地面はめくれ上がり、多くの民家が倒壊している。

 被害者は出ていたが、結果的には被害はに抑えられていた。


 「……たく、物騒な世の中だな。怪我人の治療! 急ぐぞ!」


 俺は呆れるほど馬鹿げた力を有しているのはむしろ、この二人なんだと思うと、苦笑するしかなかった。

 所詮小市民のおっさんは、せめて出来ることをする為に奔走する。

 回復魔法には心得がある。本格的な救援を待つまで、俺は怪我人の手当に走り回った。


 魔王が出落ちか……平穏で良いが、世も末だな。

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