第15話 おっさんは、矢でも鉄砲でも火炎放射でも持ってこいって言う空手家の正気が分かりません

 ガタガタガタ。馬車は道を行く。その道は押し固められてはいたが、少しでも雨が降ればすぐに泥濘ぬかるむ原始的な道路に過ぎなかった。

 幸い空を見上げれば気持ちの良い青空がどこまでも広がっていた。

 様々な形をした積乱雲は動物だったり、魔物だったり、ときに食べ物のような姿を見せていた。


 「あー、クロワッサンかぁ」


 おっさんは空を見上げた、気絶しそうな程ゾッとする青空だ。

 少なくともおっさんは空しか見ることが出来そうにない。


 「ちょっと兄さんから離れてよっ」

 「そちらこそ座席が狭いのですからもう少し端に」


 前略、港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった―――ごめん、嘘です。そもそも異世界ファンタジーにチバはねえだろうと誰か突っ込んで。

 兎に角おっさんが今必死に現実逃避している理由、それは両隣を陣取る義妹とコールンさん両手に華?が原因だった。


 「だいたいアナタ兄さんに馴れ馴れし過ぎない?」

 「そういうガーネットさんはどうなんです?」

 「私は義妹いもうとだからセーフなんですー!」

 「ガラス玉一つ落っこちたー、慌ててもう一つ落としたー」


 偉い人が言ってたわ、女の修羅場は笑って誤魔化ごまかせと。

 て……笑える訳がねぇだろう! おっさんそこまで神経図太くないんだから!

 等と心の中で逆ギレするおっさん、現実は顔真っ青なのは言うまでもない。


 と、そんな時……不意に馬車が止まった。

 これ幸いと俺は身を乗り出すと御者ぎょしゃたずねた。


 「何があった?」

 「ま、魔物です!」

 「なんですって?」


 御者の怯えた叫びを聞いてガーネットは馬車から飛び出した。

 直ぐに弓を構えると、敵意を鋭敏に察知する。


 「そこね!」


 瞬速、それでいて芸術的なほど精微なガーネットの射撃は、林道の奥から姿を現すガルムという狼のような姿の魔物の額に鉄の鏃が突き立つ。


 「突発的遭遇戦エンカウントか!」


 ガーネットが舌打ちする。コールンは腰に挿した剣に手を当てると、ガーネットとは反対側に飛び出した!


 「はあ!」


 コールンは優雅にさえ見える剣さばきで、周囲を取り囲むガルムを正中線から真っ二つにした。


 「おいおい! どうするんだこれ?」

 「兄さんは馬と御者を守って!」


 おっさんがテンパっていると、一番実戦経験の豊富であろうガーネットはそう指示する。

 俺は素直に従うと、御者の側に立った。


 「お互い運が無いな!」

 「ひ、ひいいい!」


 整備された街道つーのは、普通なら魔物は近づかない。

 魔物は魔物で好き好んでリスクのある行為はしたがらないものだ。

 通常は人が魔物の領土テリトリーを侵すから戦闘になる。

 その逆は圧倒的に少ないのだ。


 「ッ、不可視の障壁プロテクション!」


 正面から飛び掛かるガルムに対して俺は素早く魔力を練って、不可視の壁を発生させた。

 不可視の障壁プロテクションはガルムの突撃を弾き、隙かさず怯んだガルムに矢が突き刺さった。


 「三! コールン、そっちは大丈夫?」

 「問題ありません」

 「とりあえず数を知りたい。不安だけど使みるかっ!」


 突然ガーネットの足下から魔力を感じた。

 それは浮力を与え、ガーネットは一瞬で高く跳び上がった。


 「あれってまさか空飛ぶ靴レビテーションブーツ!」


 俺は驚愕する。現代では絶対に製作不可能オーパーツと言われているエルフ族の秘宝空飛ぶ靴レビテーションブーツ、それをなぜ神話や古典嫌いのガーネットが装備している?


 「こ、これって墜落したりしないわよねっ? えと、数は?」


 ガーネットは頭上から優れた視力を用いて敵の数を索敵した。

 レビテーションブーツの使い方に戸惑っている様子だったが、流石に戦闘の熟練者か、良く使い熟している。


 「敵数三十!」

 「場所わかりますかっ!」

 「前方固まってる!」


 コールンはすかさず正面に飛び込んだ。

 彼女は素早くも優雅に剣を数度振るう。

 それは音速を越え、瞬く間に十数匹のガルムは切り飛ばされた。


 「は?」


 思わずおっさん、声が漏れた。

 なんか一瞬で道の中央に血の雨が降ってるんだが?


 「へぇやるじゃない、なら私だって!」


 今度はガーネットだ。スナイパーにとって絶対有利の高所を位置取った彼女は魔物を凄まじい早業で蹴散らしていく。

 おっさん、呆然としている間に戦闘は終了していた。


 「コールン、アンタ何匹った?」

 「十七匹ですね」

 「よし、勝った。私十八」

 「むむ、ちょっと悔しいですね」


 こんなの戦闘じゃねえ、虐殺ジェノサイドだ。

 もはや魔物が哀れすぎて何も言えなかった。

 くだんの殺戮者二人は、綺麗な顔で平然と談笑していた。いつの間にか和解した?

 和解を祝うように空には虹が掛かった、でだが。


 おっさんドン引きだよ。御者も目を丸くしているし。


 「えと、御者さん怪我はない?」

 「あ、アンタ達一体何者なんですか!」


 あれ? ? なんかおっさんも含まれてね?

 おっさん魔法がちょっと得意な程度の国語教師よ?

 断じてあんな無双系の人達と一緒にしないで!


 バトルの無い日常系、あれか? 虐殺はバトルに含みませんか。

 そうだね、一方的な蹂躪じゅうりんだったもんね。あんなのバトルじゃねえ。


 「まあ確実は確実か。あまり確実過ぎて、ゲームとしては面白みには欠けるがな!」


 突然そんな言葉が降って湧いた。

 すっかり殺戮者達は手を取り合い、にこやかに笑っている。


 「次は私が勝ちます」

 「ふふん、魔物相手なら年季が違うのよ」


 なんてまだまだる気満々の女性達、間違ってもおっさんあの二人の一行パーティ扱いは嫌だなぁ。


 「彼女達を倒すならバズーカでも持ってくるんだったな!」


 どうせ通用しないだろうがな!

 なんて平坦な人生を求めてやまないおっさんの日常は、さっそく前途多難であった。畜生め。

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