第14話 おっさんは、竜虎相搏つって現実では滅多に使わない例文だと思う
アパートに帰宅すると、ガーネットは帰って来ていなかった。
冒険者ギルドへ行くと言っていたが、まさか緊急の依頼でもあったのか?
既に一人前のガーネットを疑う訳じゃない、しかし危険な生き方故に不安は募る。
お互いの仕事には口出し無用。そんな家族の流儀に俺は唇を噛む。
兎に角俺は俺で転勤の準備をしないと。
そして帰宅してから二時間後、
「ただいまぁ……。はぁ、疲れた」
「ああ、お帰り」
「て、あれ? なにしてるの?」
俺はややタンパクな返事を返した。
義妹が
兎に角引っ越し準備で今は忙しい。
作業をやっていると極力嫌な事も忘れられるから癖みたいな物だが。
「兄さんな。引っ越すから、だからこの部屋ガーネットにやる」
「はあ!? ど、どういう意味! ひ、引っ越しぃ!?」
義妹は素っ頓狂な顔で驚いた。美しいと定評のあるエルフの美顔もガーネットでは台無しか。
ガーネットはおっさんの首根っこを掴むと、ガンガン振ってその理由を求めてきた。
「ちょ、ちょっと兄さん、私聞いてないわよ!」
「言う暇無かったからな」
「引っ越しって大体何処へ?」
「ブリンセル」
義妹は首根っこから手を離すと、この世の終わりのような顔をして、ガタガタ震えていた。
ちょっと心配になる位顔を青くするものだから、どうしたものか困惑するが、ガーネットは顔を抑えると喚き散らす。
「もう! どうして兄さん、そういう時ばっかり思い切りがいいのよ!」
「いい加減顔芸やめろ、つーか似合わない」
「そーれー兄ーさーんーが! 言うかー!」
また人の首根っこを掴み、ガタガタ前後に振ってきた。
暴走したガーネットを止める術をおっさんは知らない。
「いや、ちょっと止めて、吐きそう」
ごめん、やっぱり無理でした。
おっさんはガーネットを引き剥がすと口元を押さえた。
流石に吐く訳にはいかない。
「うぷ……兄さんな。ブリンセルの支部校に転勤する事にした」
「……なにか、あったの?」
いい加減、ガーネットも落ち着いてきたな。
興奮しやすいガーネットだが、本来は冷徹鋭利な性格なんだがな。
「必要だと思ったからだよ」
「頑張らないが兄さんでしょうに」
うわ、皮肉たっぷりに言うねー。
我ながらマイナスイメージどんだけ周囲に与えてんだ?
しかしガーネットはワナワナと震えていた。あれ? これ本気で怒ってる奴じゃ?
「――……私も行く」
「は?」
「馬鹿じゃないの!?
凄まじい金切り声に思わず耳を
いや、まあ相談に関しては、むしろ相談する暇が無かったというか。
そもそもおっさんとしてはもう冒険者として大成しているガーネットなら、一人でもやっていけるだろう……て、これ言ったらグーパン確定だわ。
「私も行く! ついて行くんだからー! 兄さんは! 私が! いないと! 駄目なのーっ!!!」
……これ、騒音被害大丈夫かな?
義妹の金切り声は凄まじく、ガラスが割れないか心配だった。
しかしそれでも俺はなんだか元の義妹に戻った姿を見て、内心ホッとしていた。
良かった、もう元通りだな。
「なに? もう引越し先も決まってるの?」
「ああ、理事長が手配してくれるって」
多分寮みたいな場所が手配されるのだろう。
下宿先の問題はとりあえずブリンセルに着いたらアナベル校長に相談する事になるだろう。
「しかしついて行くってガーネット、次の引越し先はどんな場所かまだ分からないんだぞ? 大体お前だって仕事はどうするんだ?」
「別に、どこでだって冒険者はやっていけるし」
俺はむしろガーネットの方が心配だった。しかしガーネットは意固地な風にプイっと顔を背けた。
無理だ無茶だ、そんな後先考えない馬鹿な真似はしないと信じるが、如何せん感情を隠そうとしないガーネットは不安が募るばかりである。
かくいうおっさんも、ガーネットにどれだけ心配掛けてるのかって話だが。
「馬車で行くの?」
「ああ、どうせ必要最低限しか持っていくつもりもないし」
家財の殆どはガーネットに贈与するつもりだった。
ガーネットはバーレーヌでは貴重な
しかしガーネットはついて来ると言った以上、どこまでもついてくるな。
面倒だ、そう思いながら俺は少し嬉しくもあった。
「もう兄離れの時期だと思ったんだが」
「はあ? 兄さんこそ私のご機嫌取りで右往左往してるじゃない」
ふふんと、鼻息を荒くするガーネット。コロコロ表情を変える彼女は、次にはもうテキパキと出来る女を振る舞った。
「晩ごはんまだでしょ? サクッと作るから! それとじゃあ家財はどうするの? 売るなら私がやろっか?」
「ベッドとかタンスはいい。絶対に持っていきたい物だけだ」
ガーネットはテキパキとおっさんの三倍は働き、夜は更けていく。
地方都市バーレーヌには思い出も数多くある。
別れるには名残惜しいが、別れがあればこそ、出会いもある。
これは教師の持論だが、そうやって出会いと別れは繰り返されるのだ。
§
そして―――朝を迎えた。
朝一番ガーネットはまだ眠たい
おっさんはリュックに必要最低限の荷物を詰めて、駅馬車のホームに向かった。
しかしそこに、予想外の人物が二人いた。
「お待ちしておりましたよ、グラル君」
一人は好々爺とした白髪の老人、トーマス理事長だった。
その隣には腰に剣を携え、豊満な胸の年若い黒髪の女性である。
「ダルマギクさん」
「イキシア先生?」
辺境の剣聖、コールン・イキシアだった。
トーマス理事長は分かる、しかし何故コールンさんが?
おっさんはそう戸惑っていると、先にそれを説明したのは理事長の方だった。
「グラル・ダルマギク君、コールン・イキシア君。両名をブリンセル支部カランコエ学校へと転入を命令します」
「はい、心得てます理事長」
うっすらとコールンさんは口角を上げた。
おっさんは戸惑うばかり、あれ、転勤っておっさんだけじゃなかったんかい。
しかしそんなコールンさんをある種怨嗟に満ちた視線を送る義妹が後ろから、凄い殺気を放っていた。
「コールン・イキシア……!」
「あら、貴方ダルマギクさんの妹さんの?」
「お、おい? ガーネット?」
おっさんは、百合に挟まる男の如く、二人の女性に挟まれた。
ガーネットは
とりあえずガーネットを取り押さえる。
「ガーネット、失礼だろう?」
「ううう……兄さんは渡さないんだから」
渡すってなにをさ? おっさんは朝から泣きそうだった。
なんで義妹は朝から殺気立ってんの? コールンさんと何があったん?
「ほっほっほ、グラル君が転勤するなら自分もと志願されましてな?」
「ダルマギクさん!
そう言うとコールンさんはビシッと体育会系のノリで頭を下げた。
若いなぁ、と思いながら先輩と言われると少しむず痒くなった。
「い、いや? 先輩って言っても勤続十年ちょい、おっさんなんてまだまだで?」
おっさんは顔を赤くしながら、照れてしまう。
やべ、褒めるのは慣れてても、逆はそうじゃないんだよな。
おっさんなんて、侮蔑されてなんぼ、て哀しくなるけど、そういうものの筈。
「そういう訳で、アナベル校長にも連絡を通しておりますから」と理事長。
「こっちに拒否権ありませんし」
おっさんはそう言って納得する。
コールンさんは「フフ」と優しく微笑むと、ガーネットに向き直った。
ガーネットは逆に不機嫌に顔を背ける有様だったが。
「えと、ダルマギクさんの妹さん、じゃ変ね。ガーネットさんって呼んでいい?」
「……ふん、そういう貴方はコールン・イキシアね。通称辺境の剣聖」
嘘か真か、戦艦を剣圧だけで切り裂いたとかいう伝説を持つコールンさん。
かたやドラゴンを弓一つで討伐した孤高の冒険者ガーネット。
どう考えてもただの国語教師のおっさん、は流石に浮いてるな……。
ガーネットの奴、まるで親の仇かなにかのようにコールンさん睨みつけているが、おっさんどうすればいいと思う?
だがしかし、どう考えても殺気立ってる義妹に対して、コールンさんは少し不気味な位涼やかだった。
まるで貴方の殺気なんて涼風ね――冗談でもこんな事を思ってないと信じてえ。
「ガーネットさんは確か、お兄さんと一緒に暮らしているんでしたっけ?」
「ええそうよ。文句ある?」
「いえいえ、仲がとっても良いんだと思いまして」
剣呑な雰囲気のガーネット、対象的にまるで慈愛の女神のようなコールンさん。
不意に……そんなコールンさんが、おっさんを見て言った。
「区別するのに不便ですし、これからはグラルさんと呼ばせていただきますね」
すっごい爽やかな笑顔で、それを聞いたガーネットがブチギレたのは言うまでもなかった。
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