第二章

間章 義妹は、愛するよりも愛されたい

 ―――最悪の気分だった。

 兄さんと喧嘩した。いえ正確には喧嘩した訳じゃない……私が単にムキになっただけだ。

 ブリンセルから帰った私は、今だどんな顔をすれば良いか全然分からなかった。

 兄さんが悪いんじゃない、私が悪いから。


 本当は悪い子だと叱って欲しいのかな? 兄さん一度だって私に怒った事ないし。

 素直になれる自信はないけれど、出来るならもう一度兄さんと仲直りしたい。

 じゃないとこんな陰鬱な気分がずっと続くなら、それはもはやになるから。


 「あの、ガーネットさん? ガーネット・ダルマギクさん?」

 「え? あ?」


 突然正面から声を掛けられた。

 そうだ、失念していた。ここは冒険者ギルドよ。

 銀行のように立派な受付で、受付嬢と呼ばれる職員が私を呼んでいた。

 私は待合席で座って待っていると、順番が回ってきたようね。


 「ごめんなさい……ボーッとしてて」


 私はすぐに受付カウンターに向かった。

 温和な笑みを表情に貼り付ける受付嬢は気にした風でもなく、実に事務的に対応した。


 「指名依頼の方はどうでしたか?」

 「あんなのキャンセルよ。報酬は魅力的だけど、エルフだからってなんでも受け入れられると思われるのはしゃくだわ」


 私はあの貴族のエロ親父を思い出すと、拳をぷるぷる震わせた。

 受付嬢も心境を察したのか「あ、はは」と乾いた笑いを浮かべている。

 そういえば受付嬢も色んな冒険者に会う都合、男性冒険者に言い寄られたり、セクハラされるなんてよく聞く話だけれど、彼女もそういう被害にあってるのだろうか?


 「ねえ、なにか依頼ない? 単独ソロで即日やれるの」


 私はなるべく簡単な依頼を求める。

 もうすぐ昼だし、そろそろ依頼更新される頃だと思うけれど。


 「少し距離がありますが、深樹の森のワイルドボアの討伐依頼があります。ボス個体が力を増していると」


 ボス個体……いわゆる特殊討伐個体ネームドか。

 ワイルドボアは、このバーレーヌでは農作物に被害を出すことで有名な猪に似た魔物だ。

 とにかく強靭な膂力りょりょくが特徴で、初心者ニューピーにはちょっと厳しい相手だ。

 とはいえそれもある程度経験を積んだ冒険者なら雑魚同然。


 「数は?」


 私は正確な頭数を知りたかった。

 受付嬢は手元の資料から、詳細に説明する。


 「約二十匹の群れとのこと」


 二十匹か、そうなるとその3倍の矢が必要か。

 私はスナイパーだから、攻撃手段は弓矢と護身用のサバイバルナイフしかない。

 魔法の矢とか、やじりが特殊な矢とか、持っていく矢で対処するしかないか。


 「いいわ、これを受領する。夜までには帰るから!」


 私はそう言うと依頼書を受け取った。

 急いで冒険の準備を進めると依頼に向かう。




          §




 深樹しんじゅの森はバーレーヌの直ぐ側にある。かつてエルフの集落があったとされる深い森だ。

 モンスターだけで二百種類も確認されている危険な森で、いまだこの地を開拓したのはエルフ族だけだそうだ。

 確かに森を焼いて、要らないやぶ蛇は貰いたくはないものね。

 私は木々を飛び越え、深緑柄のフードを被って、迷彩しながらワイルドボアの群れを捜索した。

 森に潜って三十分、やがて私はエルフの優れた聴力で鳴き声を探り、優れた視力でワイルドボアの群れを発見した。


 「大きいわね、想像以上に」


 ボス個体のワイルドボアは群れの中央だった。

 通常のワイルドボアが大体人族より少し小さい程度なら、これはゆうに私の倍はある。

 一撃で仕留めないと、後が面倒ね。


 私は自前の弓を木の上から構えた。

 照準器は壊れて久しい、ちょっと高い買い物だっただけに、思ったより耐久年数が低かったのはガッカリだった。

 とはいえマニュアルロックには慣れている。皮肉だが自分もエルフなんだなと痛感する。


 「悪く思わないでね……!」


 私は容赦なく矢を放った。私の矢はボス個体の頭蓋骨を貫く!

 ワイルドボアの群れはどよめいた、あの魔物達は鼻が良いから、直ぐに移動しなければ私に気づく。

 あの数が大狂乱のまま突進してきたら、森も私も一溜まりもない、だが第三等級の冒険者を舐めないでもらいたいものね。


 「ハッ!」


 私は八艘飛はっそうとびのように木々を跳び回りながら第二射を放った。

 二射目は、亡骸なきがらとなったボス個体の直ぐ側に突き刺さる。

 ファンブル? いいえ、これで良いの。


 ボス個体の周りには鏃から黄色い煙が噴出し、ワイルドボアの群れを包み込んだ。

 あの煙は鼻を摘むような刺激臭を含んでおり、視力や聴覚よりも、嗅覚で行動するワイルドボアには効果覿面こうかてきめんよ。

 突然嗅覚に異常をきたしたワイルドボアの群れは混乱する。まるで同士討ちのように身体をぶつけ合い、私はその致命的な隙を見逃すつもりはない。


 「全部いただき!」


 私はワイルドボアの群れに次々と矢を放ち、群れを駆逐する。

 口約通りこのままなら夕暮れまでには帰れそうだ。


 ――だが、冒険というのはままならない。

 神様は気紛れだから、必ずラッキーとは限らない。

 一匹のボアが運良く煙幕から脱して、一目散に逃げたのだ。

 仕留めた数は十九、見逃す道理はないか。


 「たく……面倒かけないでよ!」


 私は大弓を背負うと、逃げたワイルドボアを追跡する。

 後でワイルドボアのボス個体の討伐証明の品を手に入れなきゃならないってのに!


 「それにしてもどこへ向かっているの?」


 何を考えているのか、ただの猪突猛進なのか。

 ワイルドボアは周囲を蹴散らしながら、森の奥へ奥へと逃げていく。

 私は舌打ちした、そこは特に危険と言われる森林の最深部だからだ。

 殆どが人類の未踏査区域であり、何があるか誰も知らないのだ。

 そう知らない――これ程冒険者にとって恐ろしい話は無いわね。


 やがて、ワイルドボアは足を止めた。いや、止めさせられた。

 ワイルドボアの目の前にはくすんだ大理石の壁が立ちはだかった。

 ワイルドボアは逡巡しゅんじゅんする。右か左か、どちらへ逃げるか迷ったのだ。

 だがそのほんの僅かなチャンスを逃す事はありえない。

 

 「これでラスト!」


 私は二十匹目のワイルドボアの額に矢を立てると、目の前に降りた。

 ワイルドボアは即死している。「ふうう」と依頼の達成に安堵すると、改めてその大理石の壁……というより、未踏査の遺跡に息を呑んだ。


 「大きい、間違いなく未踏査遺跡、古代人の住処かしら?」


 私は感嘆の声を上げると、ゆっくり遺跡の中を歩いた。

 樹木が侵食する遺跡はかなり大きい、大都市があったのだろうか?

 おそらくだがエルフが居を構えるよりもふるいのではないか?


 「人族、あるいはドワーフ族かしら?」


 ほぼ石器で構成されている遺跡は、そのどちらかではないかと推測出来る。

 私はなんとなく、遺跡の奥へと向かった。

 ふと、大きなピラミッド型の神殿と思しき遺跡が見えてきた。

 私は神殿に向かう。神殿内部は天井が崩落し、日が中まで照らしていた。


 そこで私は、半壊した宝箱を発見する。


 「うそ! もしかしてレア物とか!」


 こういった未踏査地域にはしばしば古代のレアアイテムが眠っている。

 大抵は使い道のない換金アイテムだけど、学者は高く買ってくれるのよ。

 そろそろ弓も最新の物に更新したかったのよねー?


 私は喜々として、半壊した宝箱の前に座る。

 矢筒からある一本の矢を取り出す。やじりが包みになっており、包みを解くと黒色の粉末が包まれおり、私はそれを宝箱の縁にサラサラと落としていく。

 黒色火薬とかいって、普通は着弾と同時に鏃内部で衝撃が起きると、火薬に引火して爆発するんだけど、射程が無い癖に、音がうるさいから使い道が少ないのよね。

 らんぼー? とかいう世界では大活躍らしいけど。


 私は導火線を敷くと、マッチに火をつけた。

 導火線はシュババババと音を立て、宝箱でボフンと音を立てて、白い煙が広がった。

 硝煙の臭いは有毒だから、鼻の良い魔物は逃げるし、魔物避けには良いかも。

 

 「さてさて、つまらないトラップに引っ掛かるのも癪だし、これで良いかしら」


 私は以前レンジャーの人に炸薬を使ったトラップ解除法を教えて貰っていたので、これで安心する。

 と言ってもまあ、元々半壊した宝箱の時点でもう作動するトラップもないでしょうけど。

 一応念には念を入れて、宝箱は蹴り開ける。

 流石に十フィート棒なんて持ち合わせちゃいないからね。ていうかあれ持っていけるダンジョンってどれだけ広いのよって話だけど。


 「なにも起きない……意地悪な仕掛けはない、と」


 私はあくまでスナイパー、盗賊の極意なんざ持ち合わせちゃいないから、完全に安心はできない。

 もし意地悪な製作者なら、この瞬間大掛かりな仕掛けが作動して、神殿そのものが爆発するかもしれないが、今回はそこまで意地悪でもないようだ。


 「……ちょっと拍子抜けかも……うん? これって」


 私は宝箱中身を覗いた。

 する中にあったのは……『靴』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る