第13話 おっさんは、決断する

 バーレーヌへと帰還したのは結局翌日の昼前だった。

 帰りは行きに比べて快適だった。おそらく地面が良く乾き固まったからだと思うが、単純に慣れかもしれないが。

 バーレーヌに駅馬車便が到着すると、義妹のガーネットは疲れたような顔で「冒険者ギルドに顔出してくる」とだけ伝えて、早々に別れた。


 なんかギクシャクする……流石におっさんも今回は茶化す余裕ねえぞ?

 ガーネットがああなったのは、昨日の夜のこと、まだ引きずっているみたいだが……当事者なのに全く原因が分からねえ。

 平謝りでなんとかなるなら、社会人の切り札土下座でもなんでもやってやるが、肝心の義妹は「怒ってないから」で完璧にスルーだ。


 正にお手上げ、下手したらもう兄離れを決めたのかもな……。

 それならそれで喜ばしくもあるが、もう一度元気ないつものガーネットに戻って欲しいから、内心は複雑だ。


 「はああ、おっさんも理事長に報告行かなきゃ」


 とはいえ、義妹は家庭のご事情。おっさん悲しい事に社会人なのよ。

 仕事は熟さなきゃ旨い飯食えたもんじゃない。

 とりあえずアパートには向かわず、カランコエ学園に向かう。



 

          §




 「やあ、お疲れさまですグラル君」


 理事長は相変わらず校庭の見える理事長室にいた。

 勝手知ったる自分の職場、足を止められる筈もなく、理事長に会うことが出来た。


 トーマス・カランコエ。 

 齢はこの時代の平均寿命五十年の世界で六十を越えるご高齢の人族のお爺さんだ。

 白髪が目立ち、腰の曲がった理事長は、何度も見てきた温和な笑みで迎えてくれた。


 「しかし報告なら別に明日でもよろしかったんですよ?」

 「いえ、お気になさらず、熟せる仕事はさっさと終わらせたいだけですから」

 「『がんばらない』がモットーの貴方がですか……」


 理事長と俺は十年来の付き合いだ、流石によく知っている。

 家族を除けば、間違いなく一番俺を理解しているのは理事長だからな。


 「それで……どうでしたかアナベル君の運営するブリンセル校は?」

 「良い学校です、ですが教師が足りていない」

 「なるほど……そう感じましたか」


 戦後復興で何よりも大切にしないといけないのはなにか、それは教育だ、と教え私財さえ資金に替え、学校を創立した理事長ならまず真っ先に気付いているはずだ。

 おっさんも理事長の教えに賛同したから教師になったんだから、な。

 言ってみればおっさんは、トーマス理事長の教え子になるはずだ。


 「一つ質問、アナベル校長、彼女は何者ですか?」


 おそらく貴族だとは想像しているが、貴族が市民の学校を運営するのは滑稽こっけいすぎるだろう?

 彼女の生徒を見守る目は信用に置けるが、道楽でやっているなら不安が募る。


 「……教え子ですよ、私の」

 「彼女もですか?」


 少し含みのある言葉だった。

 理事長は背を向け、窓から校庭を見下ろす。校庭ではボール遊びに興じる子供たちがいた。


 「彼女は未熟かもしれません、まだ至らないかもしれません。ですが彼女には情熱があります」

 「情熱ですか?」

 「はい。貴方とは正反対ですね?」


 理事長は振りかえると、年甲斐もなく悪童のように微笑んだ。

 俺は自分の性格を指摘されると、苦笑して頭を掻いた。


 「正直今でもとは思ってますけどね」

 「ですが……ままならない?」


 正直頷く、しかし理事長はそんなおっさんを優しく受け入れてくれた。

 おっさんは結構わがままな生き物だ、何が許されて、何が許されないかを経験で知っているから、弱くも強くも映るだろう。

 けれど正直言えば長く生きた者にはそれだけの責任も付きまとうのだ。


 「今回の出張……目的は俺の転勤ですよね?」

 「はい。貴方なら信頼が置けると思いました」

 「……まったく、バーレーヌには愛着もあるってのに」


 俺は苦笑する、言い訳だからだ。

 それを見抜いている理事長も、だからか気にしていない。

 歳を取ると住処を変えるのが億劫だとか、向こうの生活どうするのかとか色々理由はある筈なんだが、結局それは些末な事にすぎないのか。


 「ブリンセルへの転勤、引き受けて貰えるでしょうか?」


 俺はその言葉に沈思黙考した。正直迷わないでもない。

 俺の授業コマを受けてくれた生徒達はどうするのか。知り合いとの付き合いはどうするのか。

 だが、結局おっさんは……長いものには巻かれろってのが決め手かな?


 「了解しました。理事長に言われたら逆らえませんよ」


 理事長はニッコリと満面の笑みを浮かべ、納得したようだ。


 「ありがとうございます。手続きの方は私が済ませておきますので」

 「……こちらこそありがとうございました。どうしようもない悪童の俺をここまで育ててくれて」


 深々と頭を下げる。それだけ理事長には感謝してもしきれないのだ。

 理事長少し寂しげに目元を擦った、泣いているのだろうか?

 おっさんは泣かない、涙脆い歳にはなっちゃいないからな。


 「引っ越しの手配も済ませないといけませんから、今日は失礼します」


 俺はもう一度礼を行い、その場から去る。

 バーレーヌ校、もうこれで見納めか……。そう思うと感慨深いな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る