第12話 おっさんは、義妹と恋人ごっこする

 若さ、若さってなんだ?

 躊躇わない事さ……て、おっさんはもう若くないけどな!

 いきなりなんだって感じだが、今でもおっさんちょっと動揺しているんだ。


 (はああ……我ながら馬鹿な事をした、若気の至りなんてまだ俺にも残ってたんだな……)


 おっさん、アナベル校長にセクハラしてしまった事を死ぬ程後悔している。

 正直ただのおっさんの下卑たジョークに過ぎなかったのに、まさか『』にされるとは想定外だった。

 多分軽蔑けいべつされたよなぁ……おっさん繊細で臆病なんだよ……分を弁えないからこうなったのだ。


 「失敗した失敗した失敗した失敗した

 「なに、壊れたの兄さん?」


 俺は顔を上げた。

 ここは市街地、貴族街からやや離れた市民街の一画だ。

 細い通路に敷き詰まった家屋、そんな誰の家かもよく分からない人の家の屋根から、お馴染みのエルフ耳の娘が飛び降りてきた。


 「兄さん、お待たせ」


 おっさんの義妹ガーネット・ダルマギクだった。

 ガーネットは余裕のある笑みを浮かべる、とりあえず仕事は終了したのだろう。

 一方でおっさんの方は対象的にご覧の有様だった。


 「えと……もしかして仕事クビになったとか?」

 「その方が幸運かも……」

 「どういうこと? あのキラーやヴォーパルじゃないラビットよりも臆病な兄さんが?」

 「ウサギはむしろ凶暴だと思います」


 おっさんウサギさん扱いされるのは心外だぞ。

 義妹は勝手知ったる故か言葉には忌憚きたんもないし馴れ馴れしい。

 まあ今は多少気分が紛れるが。


 「ま、どうせ仕事の悩みでしょ? 兄さん仕事人間シャチクだし」

 「そうと言えばそうだが」


 仕事人間シャチクであることを否定出来ない自分が悔しい。

 流石義妹、兄さんの事はなんでも知っている。

 とはいえ、考えてみればガーネット、どこからおっさん見つけたの?


 「それよりガーネット、俺達待ち合わせしてないよな?」

 「うん、決めてないね」

 「も一つ質問。お前どうやって俺の居場所知った?」

 「勘のいい兄さんは嫌いだよ。じゃなくてブリンセルは建物が密集してるからね。屋根伝いに探したわよ」


 そう言うとガーネットは手で目元に陰をつくり、首を回して探したアピールをした。

 相変わらずエルフ故か目や耳が良いな、おっさんてっきり監視ストーキングされているかと、ちょっと疑ったぞ。

 セクハラ現場押えられたら、後ろから撃たれても文句言えん。

 しかしそこまではガーネットでもしていないようで、彼女は気分を一転すると、再び満開の笑みを浮かべた。


 「それより兄さん、今日はもう遅いし、宿でも取って一緒に外食しよ?」


 うむり、空を見上げれば茜色、夕闇が急速に広がっている。

 月はすでに昇っており、夜はすぐだった。


 「そうだな、久し振りに外食するか」


 俺も頷く。どの道今からバーレーヌになんて帰られない。

 駅馬車も流石に最終便は過ぎたろうし、早馬は割高だから敬遠だ。

 別に理事長も日帰りで帰ってこいとは言わなかった。つまり理事長的には帰ってこなくても構わんという事よな?


 「あはっ、じゃあじゃあ手を繋いで、歩きましょ」

 「お、おい……これは手を繋ぐとは」


 ガーネットは俺の腕に抱き着く、頬まで肩に当てて。これじゃ恋人繋ぎって言わん?

 まあ勝手知ったる義妹だし、ましてこっちじゃ知り合いもいないから誤解の心配もないのが救いか。

 恥ずかしいが、義妹にはいつも世話になっているし、おっさんらしく我慢我慢。


 (兄さん照れてる照れてる。ああもう可愛いんだから、ちょっとサービスしてあげたら顔赤くしてさ?)


 義妹はおっさんの顔を覗くと、ちょっぴり顔を赤くして、嬉しそうに笑っていた。

 長耳もピョコピョコ動かしていて、これは昔からガーネットが嬉しい時にする癖だった。

 おっさん甘えられるのは嫌じゃないけど、ちょっと困る。

 義妹だから誤解されると弁解が面倒なんだよね。


 仲の良い兄妹ですね――なんて言ってもらえるのはまず稀だ。

 恋人同士ですか――まだマシ、兄妹ですって説明すればまだ納得してもらえる。

 夫婦ですか――これもうアウト! 家族ですって説明しても誤解されるし、正したら正したでシスコンブラコン扱いは確実だ。


 「なあガーネット、そろそろ離れない?」

 「えー? あーあー、聞こえなーい」

 「いや、聞こえてる! 聞こえてるでしょ!? 人族の数十倍の耳の良さを誤魔化すのは無理があると思います!」


 エルフは総じて目も耳も良い。特に耳は一kmキロメートル先の針の音も聞き分けるなんて云われる程だ。

 現実は騒音次第なのでそこまででもないようだが、それでも間近で聞き逃したは通用しないから!


 「もう! 私だって仕事で嫌なことあったの! だからちょっと癒やさせろ!」


 そう言うとガーネットは痛い程おっさんの腕を抱き締めた。

 俺は困ってしまう。ガーネットをつっけんどんと突き返すのは絶対にしない。

 義妹とはいえど、家族は家族なんだ。大切にしたいのは当然じゃないか。

 仕事でストレスを抱えているのはお互い様。傷を舐め合うじゃないが、ガーネットはこういう時全力で甘えるからな。


 「分かった、もう少し我慢する」


 俺はそう言うと押し黙った。

 ゆっくりと街を散策すると、辺りは暗くなっていく。

 街道は雷の魔石を用いた街灯が道を照らす。そのおかげかブリンセルはバーレーヌとは比較できない程出歩く人の数が多かった。


 「兄さんなにか食べたいものはある?」

 「んー」


 俺はかなり頑張って考える。は論外だ。

 おっさんここで地雷を踏み抜く勇気はないのだ。

 や、は、確実にガーネットの心証を悪化させる禁断のワードである。

 世のおっさん方々も、間違っても飯を作る側に聞かれたらちゃんと答えましょう。


 「今は候補はないかな。ガーネットの食べたい候補は?」


 これが多分正解。ちゃんと考えてますよという期待を与え、同時に義妹に聞き返す。

 丁寧に議論を整えれば、義妹も悪い気はしないだろう。


 「んー、あ! 焼き鳥! あれ!」


 ガーネットばキョロキョロ首を回すと、バーレーヌ名物焼き鳥屋台を見つけ指差した。

 コカトリスの肉を串に刺して焼いたおっさん御用達の品じゃん。


 「ガーネット……お前ももうそういう歳か」

 「え? なんのこと?」


 焼き鳥で晩飯にするって、思考がもうおっさん地味てる。

 まあおっさんやコールン教諭みたいに、酒のアテにする人間とはちょっと違うと思うけど。


 「すいませーん! モモタレ、ネギマ二本づつ!」

 「あっ、俺は砂肝、皮塩、モモ塩、ササミで」

 「ぷっ! なにそれ通ぶってるの? 変なのばっかり選んで!」


 そう言う義妹はまだまだ子供舌おこちゃまである。

 おっさんの好みを渋いというなら、まだまだおっさんの酒には付き合えんな。

 その点でいえば奇しくもコールン教諭は店の趣味が合うのは何の皮肉だ?

 

 店主は次々コカトリス肉を焼いていき、使い捨ての紙の皿に焼き鳥を並べた。

 非常にそそる匂い、タレで輝く照りも旨さを引き立てているようだ。


 「私出すよ」

 「いや、ここは甲斐性だ」


 支払いはどうするか、普段は生活費は折半しているが、外食の場合はどちらかが払うのがおっさんと義妹の流儀だった。

 俺は財布を取り出すと、店主に支払う。


 「毎度あり! お似合いのカップルだねぇ!」

 「うは……」


 予想通り、早速誤解されてる。

 そりゃまぁ種族違うし、兄妹とは思われないだろうけどな?

 誤解は正さねば、しかし腕に張り付いていたガーネットはにんまり嫌らしく微笑むと。


 「はい。来月には籍も入れる予定でーす!」

 「ぶうーっ!」


 なんとガーネットはなんの躊躇いもなく大嘘をつきやがった。

 い、一体ガーネットになんの得が!?


 「お、おいガーネット?」

 「ほらダーリン、行きましょう」


 超不気味な程ニコニコ笑顔のガーネットは俺を引っ張る。

 完全に恋人ごっこに成りきってやがる。

 おいおい、これどうするんだ? もしかしてパパ活に巻き込まれた?

 て、何を馬鹿な……おっさんの年収の三倍以上を稼ぐ女が、今更お小遣いは求めないだろう。


 「ガーネット、これなに?」

 「あらダーリンはいや? ふふ、ごっこよ。なりきりごっこ」

 「それは把握した。問題点は何故店主に嘘をついた?」

 「どうせ覚えてないわよ、明日には忘れてる。それよりも……ふふ」


 俺は悩みが更に増えた気がして頭を左右に振った。

 義妹が楽天的なのか、おっさんが悲観的なのか。


 ガーネットは「はむ」と美味しそうに甘ダレの掛かったモモ肉にかぶりついた。

 菜食主義者ヴィーガンクソくらえ精神は相変わらず。

 まあエルフって言ったって、地元の味が食べれないなんてないだろうが。

 漁港のある街で生まれ育ったエルフなら、海産物を食べるのは当たり前だろうし、都市部で暮らすエルフもまた文化と民族が密接に絡み合っている。


 「兄さん、これ美味しいわよ!」

 「あむ……ほお、確かにレベルが高いな」


 俺も塩皮をいただく、脂が程良くとろけて、弾力のある皮の食感は絶品だった。

 ガーネットが絶賛する通り流石首都ブリンセル、出店のレベルも高いな。


 「だがちょっと割高だな」

 「地方都市に比べたら物価そのものが高いものね」


 その分品質も良いけれど、とガーネットは付け足し、二本目を頂く。

 俺たちは食べながら、夜の街を歩いていると、改めて気付かされたのは、まるでお祭りのように夜でも賑わっている事だった。

 バーレーヌではまず見ない。そもそもバーレーヌは街灯が普及してないから、夜は危険だし。

 さながら毎日がお祭り、そんな雰囲気をこの賑わいから感じ取れた。


 「……悪くはない」

 「えっ? 兄さん?」


 都会の喧騒は煩くもあるが、同時に楽しくもある。

 ガーネットは俺の呟きを聞き逃さず、可愛い顔で首を傾げた。


 「タレ、口元汚してるぞ?」

 「え? やだ、取って」

 「甘えるな。自分でやりなさい」


 そう言うと、いい加減ガーネットを引き剥がす。

 ガーネットはイヤイヤと愚図ったが、諦めて腕を離した。

 彼女は口元を懐に仕舞っていたハンカチで拭った。


 「ちぇ、出張デートももう終わりかぁ。もうちょっと兄さんと一緒に居たかったなぁ」

 「勘弁してくれ。恋人ごっこしたいなら別に俺じゃなくてもいいだろう?」


 いい加減恋人作れとまでは言わんが、兄を恋人に見立てるのは健全とは思えん。

 第一おっさんが、義妹は守備範囲じゃないんだから。

 だが、これを言うとガーネットは突然表情を一変させた。


 「なによそれ! 馬鹿じゃないの! 私兄さんの事……ッ。……ああもう! 最底! 馬鹿よね? 馬鹿馬鹿!」


 義妹は顔を真っ赤にして憤怒を表すと、捲し立てた。

 感情を爆発させやすい所のあるガーネットは、時々こうやって癇癪かんしゃくを起こした。

 だけど今日はいつもより機嫌が悪い?


 「あ……いや、俺が悪かった」


 俺は流石にちょっと空気が読めなかったと、ガーネットに謝る。

 だがガーネットは頭をくしゃくしゃに掻くと、「はああ」と溜め息を吐いて精神をなだめた。


 「……良い。それより疲れた、もう宿屋行こう」

 「あ、ああ」


 俺は頷く。今回はどこに琴線きんせんが触れたのか分からなかったが、まあ間違いなく俺が悪いのだろう。

 義妹とギクシャクするのは、一番嫌なんだけどな……。

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