第11話 おっさんは、セクハラは冗談で済むのか本気で怖い

 「ねぇこの後どうするー?」

 「買い物したい! 商店街行こうよ!」

 「おーい! 部活急げー!」


 年若い生徒たちは思い思いに校舎を行き交っている。

 走っている生徒もちらほらおり、注意するべきか迷ってしまう。

 一応おっさん部外者だからな、藪蛇やぶへびも嫌なのだ。

 とりあえず元気なのは良いことだ、後はもう少し思慮深さを身に着ければもっと良くなるだろうな。


 「いかがでしたか、本校の様子は?」

 「貴方は……」


 放課後を目前とする頃、おっさんが学校をふらふら散策していると、突然横から校長のアナベル・ハナキリン女史が現れた。

 彼女は腕を組み、豊満な胸を持ち上げると、自信溢れる表情で生徒達を見守っている。

 その姿は生徒達一人一人をちゃんと確認しているようだ。

 アナベル校長の自信に満ちた振る舞いも、この母親のような慈愛を内包している。

 おっさんは、少しだけ喉の奥で言葉を吟味ぎんみすると、彼女の質問に答えた。


 「あまりバーレーヌ校と変わりはないですね」


 俺はぶっちゃけ忌憚きたんのない意見を述べた。

 するとアナベル校長は、口元に手を当て、優雅に微笑んだ。


 「姉妹校ですからね、理事長の運営方針を模倣している訳ですし」


 そりゃ最もだ。今でこそ当たり前の学園運営も、元々は理事長が生んだ運営システムであり、先駆者から学べって感じか。

 正直これじゃ意味ないか、アナベル校長も当たり前の事を聞きたいんじゃないよな。

 そう思うと、おっさんはちょっと面倒くさく思いながら、いくつか気になった事を言及げんきゅうした。


 「生徒の質は、バーレーヌ校より上下が激しい、ですね」


 はっきり言ってしまえば、上と下の程度の差が激しい。

 あのルルルというツインテール少女のような最底辺が、そんなにこの学園では珍しくなく、一方で上はバーレーヌではそうそうお目に掛かれない程優秀な生徒もいた。

 おっさんがそこから考察したのは、単純な貧富の格差だ。


 一見ブリンセルは綺麗な都市だ。しかしそこには地方とは比べ物にならない程貧富の格差があるように思えた。


 「……仰る通りです。では何故底辺の生徒は底辺なのでしょうか?」

 「………」


 まるで禅問答だな……。

 おっさん、論理はあまり得意じゃないが、推論するだけの国語力はあるつもりだ。

 底辺が底辺である理由、か。


 「先生の指導力不足、でしょうか?」


 間違いであって欲しい。先生としてはそれはただ願いだ。

 先生ならば誰だって生徒を一人も見捨てたくない筈だ。なのに落ちこぼれが誕生する。それを指導力不足なんて思いたくはない。

 だが、アナベル校長はある種無慈悲にそれを肯定した。


 「流石です。ええ、その通り」

 「練度不足ですか?」


 言ってて嫌だな。なるべく顔には出さないようにしよう。

 先生にも質はベテラン程安定しているとはいえ、その安定もバーレーヌ校より水準は低いように思える。


 「やはり貴方を招聘しょうへいして正しかった。どうでしょうか、転勤の件」


 アナベル校長が求めているのは優秀な教育者だ。

 俺は逡巡しゅんじゅんした、いきなり転勤と言われても困る。

 バーレーヌにだって、俺の授業を受けている生徒はいるんだ。

 前の生徒を無視するのは良心がやはり躊躇ためらわれた。

 とはいえ、こっちの生徒がこのままではいけないというのも痛感している。

 あのルルルという少女、夢も希望も一杯の元気な娘だった。あんな良い子を見捨てたくはない。


 「一度戻ってから、決めさせて貰ってもいいでしょうか?」


 俺は生徒を自分の都合で天秤に掛ける事が悩ましかった。

 本当にこれでいいのか、今さえ見て見ぬ振りすれば、生活は元通りだ。

 俺が望んでいるのは? そんなの考えるまでもないだろう。上がり調子も下がり調子もいらない人生。

 ヤマなしタニなしの平坦な道こそが望みだ。


 ――なら、答えは一択じゃないのか?

 俺は首を横に振る。それが等価交換の選択肢じゃないから困るんだろうが。


 「……分かりました。なるべく色よい返事を貰えると助かりますが」


 色を見せろときましたか、アナベル校長は相当おっさんに入れ込んでるな。

 正直国語教師なんて大したレベルでもないと思うが、数学や魔法学の方が重要じゃないのか?


 「ま、アナベル校長がその熟れた身体で接待してくれるなら、即返事ですけどね?」


 アッハッハ、おっさんジョーク。

 勿論ジョークなので、笑って本気じゃないと示すが、しかしアナベル校長は。


 「私の身体を……?」


 校長は頬を紅潮させると、目線を下ろし腰を振った。

 あれ? あれー? おっさんジョークですよ?

 しかしアナベル校長はなんだか上目遣いでおっさんを艶やかな顔で見る。


 「わ、わかり、ました……わたくしで良ければ……っ」

 「ジョーク! おっさんジョーク! ただのタチの悪いセクハラですから!」


 て、うわあああ!? ついにおっさん出来心でセクシャルハラスメントを!

 もう豚箱送りされるしかねぇーっ!


 「じょ、冗談……あ、あはは、そう、だったんです、ね……なんだ」


 アナベル校長はジョークだと理解すると、顔を真っ赤にしながら、手を振って平静を取り戻した。

 言葉尻は小さく、よく聞こえなかった。


 「と、とにかく一旦バーレーヌに帰らせていただきますっ!」


 おっさんはそう言うとクソ丁寧にアナベル校長に謝罪を含む礼を払い、逃げ出すように学校を飛び出した。

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