第10話 おっさんは、少女の夢を叶えたい
ワイワイガヤガヤ。
学食ってのは、どこも賑やかなんだな。おっさんはしみじみそう思う。
子供は苦手だけど嫌いじゃない、もちろん好きかって言われたら、まぁ好きなんだろう。
でなければこんなおっさんが教師なんてやってなかった筈だ。
自分で言うのもなんだが、おっさんの性格は冷めていると思う。まあ陽気なおっさんもそれはそれで不気味だが。
さて、そんな前説がなんだって訳だが想像してみ?
陰気なおっさんが、いきなり学食に現れる。しかもめっちゃ混んでる時に、だ。
「ねえ見て、あれ不審者?」
「まさか魔物、とか?」
「いやそれはないだろ、てか誰だあのおっさん?」
学生に悪意はないが、かといって相手の事を彼程も気遣わない言葉。
おっさん慣れちゃいるけど、何も感じないってことはないんだ。
なるべく無視はするが……やっぱり身嗜みが原因か?
「あっ、アンタ校長に呼ばれとった」
「ん、その特徴的なツインテ」
とりあえず食堂の奥へ進むと、あのルルルという名前の子と遭遇した。
背は小さく、年頃は十四かそこらというところか。
赤いツインテールが印象的で、それが彼女の動きに合わせて、大きく揺れていた。
「誰がツインテや! ウチはルルル・カモミールっちゅう立派な名前があるんや!」
相変わらずツンツンした女の子だ。
おっさんが苦手なタイプ、しかしよくこんなおっさんに話しかけてきたな?
「おっさん、ホンマに教師なん?」
「何故疑う……ちゃんと教師だよ、国語のな」
「国語? おっさん字が書けるん? ホンマに?」
時々よく分からない喋り方をするな、地方弁だろうか?
この少女、おっさん相手に物怖じしないが、その分馴れ馴れしい。
「ほんなら、この教科書読んでみい!」
ルルルはそう言うと、手に持った教科書のページを開いた。
その教科書はバーレーヌ校でも使用している物と同一だった。
「賢者アリストテレスは以下の言葉でこの世を述べたといいます。この世は善と悪、偶然と奇跡の上に成り立ち、混沌と秩序は
おっさんはもはや言い飽きた一文をつらつらと口にした。
そのページは特に学生にウケが悪く、読むのは勿論、解釈するのも難しい部分だ。
おっさんが受け持つ教科では、これはかなり高難易度になるが。
「嘘やん! なんで読めるん?」
しかしルルルはこれでもかとコミカルに驚く。
だから教師だと言っているのにな……。
「しかし学食に教科書とは勤勉だな」
「ちゃうねん……ウチは勉強遅れてるから」
勉強が遅れている。そんな人生を生き急ぐ姿の生徒は何人も見てきた。
おっさんを見てみろ、おっさん別に今の自分を後悔はしてないぞ?
ルルルはそういう意味では典型的な生き急いだ少女だな。
「いいか、カモミールさん。学びは様々、そこに遅いとか早いじゃないんだ。この賢者アリストテレスは悟りを開いたのは六十代でやっとだと
「おっさんも? 文字読めたり、書いたり出来るようなったんはいつなん?」
「……十歳だったかな?」
おっさん、家庭環境のおかげで読み書きを覚えるのは早かったわ。
それを聞いたルルルは「キィー!」とまるで鳥のような甲高い喚き声を上げた。
「なんや自慢か! おのれ天才め!」
「いや天才は三歳とかで習得するって言うぞ」
「それはもう人間やない、超生命体や!」
もしかしてルルルは、まだ読み書きが不十分なんだろうか?
これを別の学校の教師が聞くのは躊躇われるが、聞かないのも具合が悪そうだ。
「読み書き出来ないのか?」
「うぐ! で、出来るわ! ちょっと怪しい所あるけど……」
俺はそれを聞くと微笑する。
ルルルは危機感を覚えているが、おっさんからしたら意気込みはそれで十分だ。
「なら大丈夫だ。必ず学びは追いつく」
「……なんなんそれ、嫌味か?」
「教師には生徒を見る目も備わっているんだよ」
そう言うとおっさんは頭を掻いた。どうもやっぱりこの年頃の子供を相手にするのは苦手だ。
子供は苦手だ、でも嫌いじゃない。
だからこそ、見捨てられないんだが。
「部外者が口出しするべきじゃないと思うが、飯のついでだ。教鞭とってやろうか?」
「ホンマに! ホンマに教えてくれんの?」
「疑う癖でもあるのか?」
「うっ、ホンマすんません!」
ルルルは態度を一変させると頭を下げた。
個人の人格に関してはとやかく言うつもりはないが、ルルルは懐疑的な性格なのだろう。
なんとなくだが、ガーネットに少し似ている気がした。
まあそれなら放っておくのは
「適当に席を確保しててくれ」
おっさんは食堂の調理場に向かう。
カウンターを挟んで四十代ほどのおばさんにおっさんは注文をいれた。
「うどんでお願い」
「あいよ!」
おばさんは手際よく、うどんを用意してくれた。
黒い木製の椀に注がれた出汁と麺、非常に鼻孔をくすぐるいい香りだ。
「熱いから気をつけてね!」
「ああ、ありがとう」
俺はトレイに乗ったうどんを受け取ると、ルルルを探した。
ルルルは端の方に座って、黙々と勉強している。
俺はすぐに駆けつけた。
「隣座るぞ」
「あ、うん」
隣に座るとルルルの手元を覗き込む。
教科書を広げ、ノートにペンで何か書き込んでいた。
「どこが分からない?」
「あー、ここ」
ルルルはそう言うと教科書に書かれていた文章をペン先で指した。
文字の読み書きがまだ不十分ということは、教科書を読む事もままならないか。
よく見るとノートには単語がビッシリと書かれていた。
「共通言語だから、覚えておいて損はないからな。それは救済という単語だ」
「キュウサイって?」
「救いさ、聖教会とかがよく使う謳い文句、或いは美句だな」
おっさんが軽く説明すると、「ふーん」とその意味をノートに書き込んでいた。
文字が読めない書けないなんて、まだまだ珍しくなんてない。
それでもルルルの親御さんはきっと立派になって欲しいと、思っているのだろう。
先生の責任はそんな生徒を必ず見捨てない事だと思う。
ちょっと臭い言葉だが、例え嫌われようと、必ず導く。それが先生の使命だと思う。
「……おっさん、ホンマに先生なんや」
「地方の、それも低学年向けのな?」
国語を教えていると言っても、たまたま家庭事情で文字に慣れていただけだ。
言葉の意味とか、それを理解する事は、やがて道徳の解釈にもつながる。
論理の授業までは受け持ってないけどな。
「ウチな、家が下流で貧乏やねん。それでもおとんとおかんがな? 入学金を出してくれたんや」
「………」
「ウチ、ゆくゆくは立派な魔法使いになるねん。そしたら王国魔導師になるんや」
おっさんはうどんを啜りながら、黙ってその言葉を聞く。
ルルルは笑顔で、未来をこれっぽっちも疑っちゃいなかった。
呆れる程眩しい姿で、その前途有望な少女は語る。
それが言葉以上に果てしない壁だとは知らず、けれど夢は誰もが平等に持てるから。
「どうかな? やっぱ変?」
「変じゃないさ。諦めない限り、未来はその手にある」
俺はそう言うと、ルルルはポカンと口を開けて固まった。
やば、臭かったか? おっさんがドヤるのは禁句だぞ。
「未来、か……あるとエエなぁ」
ルルルはそう言うと掌をギュッと握り込んだ。
こんなに夢や希望に溢れる子を見るのは、おっさんも随分久し振りだな。
「ちなみに魔法使いって、魔法はどの程度習得しているんだ?」
「まだなーんにも!」
おっさん思わずズッコケる。
ルルルは「アッハッハ」と盛大に笑った。
よくまぁそれで大言壮語が言えたものだ。
おっさんだんだん不安になってきたぞ。
「おっさん、魔法分かるか魔法やで?」
「まあ君よりはね」
俺はうどんを食べ終え、汁を飲み干すと、そう言った。
てか魔法ならおっさん学生に引けをとるつもりもないぞ。
ルルルは手を広げると、彼女のイメージする魔法使いを精一杯表現する。
炎が飛び、雷が落ち、なにもかも凍てつかせ、ドラゴンも吸血鬼も成敗する。そんな
「チュドドーン! って、ドラゴンも爆裂魔法で一撃や!」
「そんなにドラゴンは甘くないぞー。ドラゴンは魔法耐性が高い、まして熱耐性に至ってはマグマでさえ通じない」
「もう水差さんといてや! 今がええとこなんや!」
おっさんは肩を竦めると、ルルルの語りを聞き上手で受ける事にした。
ルルルの語りだす大魔道士の物語は、荒唐無稽で、滅茶苦茶なものだったが、ルルルの目は輝いており、それを抑える事は誰にも出来ない。
彼女の描く魔法使いはまさにスーパーヒーロー、よくある絵物語のような姿だ。
だが現実はそんなに甘くない、魔法はそんなに簡単な理屈ではないのだから。
「て、あ……そろそろ魔法科の授業や!」
ルルルはそう言うと席を立つ。
慌てて教科書にノート、ペンを回収すると、ペンを足元に落とした。
俺は無言でそれを拾うと、ルルルに差し出す。
「お、おおきに」
少しだけ少女は顔を赤くした。
俺は苦笑するように彼女の背中を優しく押す。
「魔法使いになりたいなら、まず先に運動科の教科を受けとけ、後で後悔したくなかったらな?」
「あはは、なにそれ? こう見えてもウチ体力は自慢やで」
ルルルはそう言うと食堂を走って出ていく。
気がつけば、食堂の雑然としていた騒音は小さくなっていた。
残っているのは僅か、次の時間に望みの講義がない生徒が幾人かだった。
「……ルルル・カモミール、か」
おっさんは立ち上がると、食べ終わった食器を返却する。
そのままおっさんも食堂を出ると、とりあえず気の向くまま、校内を歩くことにした。
人生谷あり山あり、けれどおっさんが求めるのは良いも悪いもない平坦な人生。
されど子供たちにおっさんの生き方は押し付けない、おっさんはあるがままに全てを受け止める生き物だから。
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