第9話 おっさんは、校長に会う

 「こちらです」


 そう言って初めての構内を案内する絶世の美女。

 俺はやや恐縮しながら、その背中を追いつつ、周囲に目配せをする。


 ヒソヒソと、生徒たちの囁く声が聞こえた。

 それは不安、敵意、不信。

 まあ得体の知れないおっさんが校内にいたら、校門前と反応は同じだよな。

 はあ……やっぱり髭か? 髭がいけないのか?

 今日び三十代のおっさんなんて、女子からすればトカゲの如く嫌われるのは当然と言えた。

 もうこれは分からせおじさんにしか活路はないのか?


 ……はあ、馬鹿らしい。だからおっさんは草食系だっつーの。

 別に生徒と張り合うつもりもない、それこそ問題ごとは迷惑なだけだ。

 平穏にヤマなしタニなしに生きたいだけ、それだけなんだ。


 やがて、時折アナベル校長は振り返りながら、俺の何かを確認して誘導する。

 おっさんは無言で無抵抗を示すように柔順に振る舞った。

 やがて階段を昇っていく、校長の足は三階で止まった。


 「ここが校長室になります、どうぞ中へ」

 「……お邪魔します」


 アナベル校長が豪奢な扉を開くと、借りてきた猫のように大人しくおっさんは校長室に入った。

 「くすり」とアナベル校長は微笑する、一体なにを測られているのかさっぱり分からないな。


 日差しが差し込む明るい校長室、アナベル校長はモダンな良く磨かれた机の前に座った。

 おっさんは机の前で遺恨無礼、なるべく下手を打たないように気をつけながら背筋を伸ばす。


 「まずはご足労ありがとうございます」

 「あのー、そろそろ呼ばれた理由を教えて貰えません?」


 アナベル校長は見た目は麗しく年齢はおっさんより下に見えるが、その曇りない表情は、貫禄さえ備えていた。

 アナベル校長は机に肘を突くと、腕を組む。


 「貴方を呼んだのは他でもありません。我が校の正式な教員として迎えたいのです」


 俺は想定外の言葉に思わず目を点にしてしまう。

 ……数秒、遅れておっさんはオーバーリアクションで驚愕する。


 「えええ!? 何故!? おっさんしがない国語教師よん!?」


 速攻で地が出てしまう。うわあ、やっちまった。

 見るとアナベル校長は余裕ある顔で笑っていた。

 まるで想定していた、と予想出来る、か。


 「勿論直ぐに答えを頂こうとは思っていません。書類はこのようにございますが」


 そう言うと机の引き出しから羊皮紙を一枚取り出した。

 履歴書か、ご丁寧におっさんのサイン以外全て記入済み。

 理事長……身売りとは思いませんけど、せめて意図くらい説明してください。


 ――いや、あの理事長だ、先に言われたらこっちに来ないか。

 そこまで読まれていた……と思うべきかな。

 

 「クス、もしよろしければ、校内を貴方の目で見て回ってみませんか?」


 俺は頭髪を掻き毟る。この三十五の草臥れたおっさんに一体なにを期待されているのか。それが皆目検討もつかん。

 どうしたものか……。


 「あの、実は昼飯まだなんですよ……それからでも良いっすか?」


 俺はそう言うと、ヘラヘラとちょっと遠慮がちに笑った。

 アナベル校長は目を細めると、フフと微笑を浮かべる。


「一階に食堂があります、そちらをご利用くださいませ」


 ああ、ちょっと意地汚なかったか。別にどうでもいいけど呆れられたかね?

 校長に一礼すると、俺はそのままそそくさと校長室を出ていく。


 バタン。


 扉を閉じると、俺は息を吐いた。


 「ふう……緊張した、理事長とは別のベクトルで油断できない相手か」


 おっさんは胸を撫で下ろすと、ゆっくり食堂を目指す。

 ふと窓の外を見た、今見ているのは貴族街側だ。

 奥には街の中心王城が聳え立っていた。


 確かガーネットは貴族から仕事を受けているんだったっけか。

 心配しても仕方ないが、ガーネットはちゃんとやってるかな?

 よもやおっさんのような、情けない醜態を晒すとは思っていないが。

 ガーネットはおっさんと違って優秀な子だ、むしろおっさんの方が迷惑掛けている。

 だがどんなに完璧で優秀であろうとも、それを心配するのが家族ってもんだろう?


 俺は少し早足になる。

 時折、通路で談笑する生徒たちを横切るが、生徒たちは不審げに首を傾げるが、直ぐにおっさんに興味など失い、再び談笑に戻った。


 「あの人、知ってる? 先生、かな?」

 「ええー? あんなキモいおっさん先生にいたっけ? それよりさー、魔法科の……」


 そんなにキモいかね? 自分では判断出来んところだ。

 一体何が問題なのだろう、もし髭が問題なら帰ったら絶対剃ろう。

 でも髭ってダンディだと思うんだけど、だとすれば本質はおっさんの態度の方だろうか?

 アナベル校長のように普段から自分に自信溢れるならば、そんなおっさん想像すると、やっぱりないわー、と否定する。


 「アナベル校長、か」


 まさかの勧誘を受けた、おっさん未だにアナベル校長の意図が読みきれない。

 そのためにはやっぱりこの学校の中を見て回るしかないのかね?

 俺は階段を下り生徒と、そして先生の様子を少しだけ観察した。


 「先生少し良いですかー?」

 「おっ、研究熱心だな? 構わんぞ」


 白衣を着た恐らく化け学の先生だろうか。

 おっさんと殆ど年齢も変わらないようだが、爽やかな笑顔で生徒たちの人望も厚そうだ。

 やっぱり態度か? おっさん卑屈だから不審者っぽく見えるのか?

 いや待て、おっさんは今はいい。

 おっさんの何が悪いかは今は棚に上げておこう。

 そのままおっさんは、食堂に向かった。

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