第8話 おっさんは、不審者扱いされる
「……はあー、ここか」
首都ブリンセルに駅馬車で到着して歩くこと三十分かそこら、賑わう大路を抜けると、住民の街に入り、そして貴族街へ差し掛かるという所で、おっさんはようやく目的地に辿り着けた。
カランコエ学園ブリンセル支部、この分校は元々あった建物をそのまま学校にしちまおうという
赤い屋根、聳える見張り塔、四階建ての洋館は、元々兵士宿舎かと想像する。
とりあえず紹介状を握り込むと、正門に向かった。
正門には警備もいない、流石に首都だけあって治安には特に問題もないようだな。
正門を抜ければ、今度は庭園が出迎えた。
園芸部かな、位に思っていたが、とある制服の茶髪少女が植物に水を与えていた。
庭園には色とりどりの花が咲き、正に春満開だった。
色付いた野菜もちらほら、というかむしろ野菜のほうが多くない?
バーレーヌ校も園芸部は野菜を育てるのは課外授業の一環としてやっていたが……。
「……あ、不審者がおる!」
「え?」
不審者? おのれ不届き者、バーレーヌでも稀に何が目的だか分からない不審者が侵入してくる事もあった。
おっさん、これでも先生だからな、つい
だが、周りは統一された制服姿の子供達ばかりだ。
菜園に水をジョウロで与える少女、真正面に立つ赤いツインテールの小さな少女?
「この、不審者! 何が目的や! いたいけな女の子が狙いかっ!」
いや、だから不審者ってどこだ?
体をぐるりと回すと、二階から奇異の目が玄関前に注がれていた。
そこで、おっさんはようやく、意味が理解できた。
「おっさんや、おっさん! なに自分は関係者ですー! みたいな顔しとんねん! アホか!」
赤いツインテ少女は、そう言うと、ビッと人差し指をおっさんに突きつけた。
はあぁ、分かっていたけど、やっぱりおっさんなんて若い子からしたらそりゃ不審者でしかないわな。
下手すればおっさん、君たちの親御さん位の年齢だからね。
ツインテ少女は奇妙な喋り方をしながら、ズカズカと無造作に歩き、大きなツインテールを揺らしながら勝気におっさんに迫ってきた。
おいおい、不審者を発見したら教員に連絡の義務を知らないのか?
「おっさん、一応関係者なんだ」
興奮する生徒になるべく穏やかに声を掛けた。
本校なら間違いなく調子に乗られる絶対やっちゃいけない悪手なんだが。
「嘘つけや! 悪いやつはみんなそう言うねん!」
はい、駄目でした。デスヨネー。
経験は裏切らないな、チクショーメ!
「あ、あの……ルルルちゃん。その人はもしかして本当に不審者じゃないんじゃ?」
おおっ、女神がおった。菜園にいた
ルルルというのか。とりあえず
「俺はグラル・ダルマギク。カランコエ学園バーレーヌ本校の教師だ、これ紹介状」
ていうか、先にこれやっとくべきだった!
ルルルというツインテは
やや吊り目で、見た目より迫力があるが、プレッシャーだけなら、本校の生徒とさほど変わらない。
「ほんまかぁ? ウソついとるんとちゃうん? 知らんけど」
「あ、あの……先生を呼んできた方が」
茶髪少女の方がようやくそれに気付いたようだ。
もしかして新入生か? バーレーヌ校と同じなら、冬の終わりには入学志望の生徒の手続きを行い、春先に入学式だ。年齢は問わないが、生徒は殆どが十歳から十八歳までで、就学期間は四年。ルルルという奇妙な言葉を操る少女と、茶髪の大人しげな少女にかなり年齢差を感じるのは、それが原因だ。
「――お待ちしておりました。ダルマギクさん」
おっさんが玄関前で足止めを食らっていると、中から金髪の美しい大人の女性が現れた。
仕立ての良い燕尾服を纏った麗人は、軽く髪を掻くと、上品に頭を下げた。
作法が平民と段違いに違うぞ……まさか貴族様か?
「わたくしこの学び舎を預からせて頂いております、校長のアナベル・ハナキリンと申します」
社交辞令さえも完璧に熟す女性はもはや確信だった。
なぜ貴族が、中流や下流の民に関わっている?
貴族……元々は魔王や魔神といった混沌の勢力と勇敢に戰った騎士達の末裔こそが、貴族と言われる。
おっさんは既得権益には興味ないが、それでも貴族が関わっているのは、ちょっとキナ臭いと思うぞ。
アナベル氏は
「グラル・ダルマギクです。これ紹介状です」
とはいえ、おっさんも仕事なので、理事長の命令を熟す事に。
アナベル校長は紹介状を受け取ると中身を確認した。
「間違いなく、ようこそいらっしゃいました。ブリンセル支部へ、どうぞ中へ案内しましょう」
校長はそう言うと丁寧に紹介状を折畳み、襟の内側に仕舞い込んだ。
アナベル校長は迷いのない歩みで校舎に向かうと、おっさんもついて行った。
不審な目も、奇異の目も、おっさんはそんな周囲の視線を強く感じ取る。
キナ臭い……か。でも向こうからすればおっさんの方がキナ臭いんだよな。
そう思うと、校舎を見上げた。
同じだけど違う、カランコエ学園ブリンセル支部。
おっさんは理事長の思惑が判らず、ちょっと不安になりながら玄関を潜った。
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