第7話 おっさんは、大都会にビビる

 「うあ……あ」


 いきなりゾンビみたいなうめき声をあげるおっさん。ごめんな、いきなりで。

 駅馬車を借りて、地方都市バーレーヌから首都ブリンセルへと到着したおっさんと義妹のガーネット。

 おっさん馬車酔いで最悪に気分が悪く、フラフラと荷台から降りると、その背中をガーネットは優しく擦ってくれた。

 え? 前回浮遊レビテートの魔法使ってたろって? 馬っ鹿お前、おっさんも魔法力は無限じゃねえんだ。

 今は魔法力も底を突いており、やっぱりしょうもない事に魔法を使ったから罰が当たったんだなと、死ぬ程後悔してます。

 帰りはちゃんと酔い止め買っておこう。


 「うぅぅ、気持ち悪い……しかし、ここがブリンセル、かぁ」


 この平和な世界エーデル・アストリアのほぼ中央にある大陸国家ピサンリ王国は現在タクラサクム・タンポポの治世の下、平和な時代を築いている。

 そんなピサンリ王国の首都ブリンセルは国の中央にあり、四方に伸びる街道が接続された超巨大な円形都市だ。

 まず、嫌でも目が付くのが街の中央にそびえる、美しく荘厳そうごんな古い建築様式で建てられたワタゲ城だ。

 この国の政治中枢であり、王族が住む住居でもある。

 さぞやぜいを尽くした生活なのだろうと想像するが、おっさんにはまぁ無縁だわな。


 おっさん達が今いるのは西地区の通称観光通りという所にいるらしい。

 この街は外縁部は観光関係を取り扱っており、宿屋や商店、土産物も大体はこのエリア帯に揃っているな。

 そんでその内側に一般階級の住宅街、更に内側に貴族街、そして円の中心が王城敷地内という事だな。


 言うまでもないが、バーレーヌと比べると住民の数も、街の大きさも圧倒的に上か。

 流石に駅馬車のターミナル周辺は小綺麗な物で、観光客や冒険者、行商人といった人々で賑わっていた。


 「兄さんってこの街は初めて?」

 「産まれてこの方ブリンセルに来た事はありません」


 いや、だってさ? おっさん田舎者じゃん?

 立身出世を夢に見てまで、見知らぬ土地でやる勇気ないよ?

 おっさん、何せ座右の銘は頑張らないだからね?

 伊達に第三位の冒険者ではないガーネットは都会にも慣れているが、おっさんは気が気じゃないぞ。


 「あーもう、兄さんあんまりキョロキョロしない! そりゃ珍しいのは分かるけどさ?」

 「やばい、流石に緊張してきた。平常心平常心」


 人生平坦であれ。そう願う俺はなんとか、深呼吸をして落ち着いた。

 しかし、やっぱりガーネットには、こんなおっさんの虚仮威こけおどしも見抜かれたか、大きな溜息を吐かせてしまった。


 「兄さん、間違ってもスラム街に入っちゃ駄目よ? 田舎と違って都会の人は優しくないんだから!」

 「なにそれ怖い! 間違ってもそんな物騒なエリア近付かんわ!」


 スラム街と言われると思わずギョッと萎縮いしゅくしてしまう。

 定番のイメージだと、違法薬物が出回ってて、毎日殺人が起きてるってイメージなんだが、こんなのおっさんじゃなくても怖いと思うぞ。


 「私はとりあえず依頼人に会いに行くけど、本当に大丈夫? 例の学校まで付いていこうか?」

 「子供じゃないんだ。大丈夫、お前はお前の仕事をこなせ」


 我家のローカルルール、他人の仕事に口出しするな、だ。

 それを理解しているガーネットは不安そうだが、「うん」と言葉を呑み込んだ。

 情けないが、所詮どこにでもいるおっさんの一人に過ぎないんだ。出来るならガーネットに心配を掛けたくはないが。


 「地図はあるし、紹介状もある。なんとかなるさ」


 そう言うと荷物袋中から理事長に手渡されたこの街の地図と紹介状を取りだす。

 ガーネットは不安げに小さく頷いた。


 「……分かったわ。それじゃ兄さんもお仕事頑張って!」


 ガーネットはそう言うと、軽やかに荷物を背負って走って行った。

 俺は手を振って見送る。

 いいねえ、若い上に体力資本か。おっさんよう走らんわ。絶対次の日筋肉痛だし。

 さて、ガーネットが見えなくなると、改めて俺は地図を見た。

 カランコエ学校ブリンセル支部、それは住民街区と貴族街区の境目にあるようだった。

 王城へと真っ直ぐ伸びる大路は凄い数の人間が行き交っている。

 この街におっさんが思った第一印象は綺麗な街だな、だった。


 「おし、この道でいいな」


 改めて、気を入れ直すと歩き出す。

 なるべく目を付けられないように、気を付けないとな。


 大路の周囲は露天が並び、いい匂いもする。

 俺はそれとなく周囲を見回すが、不意に声を掛けられた。


 「そこのあんちゃん! 良かったら見ていかない!」


 ハッと声の方に振り返ると、サングラスを掛けたいかにも怪しい店主が道端に座っていた。

 俺は一応人違いじゃないかと、周囲を見渡すが、足を止めているのはおっさんだけか?


 「アンタだよ、アンタ! ちょっと冴えない感じの髭のおっさん!」


 おいいい! それ間違いなく俺じゃん!

 あと冴えない感じは余計じゃい、髭は帰ったらちゃんと剃ります!

 おっさんは挙動不審になりながら、改めて露天と店主を交互に見る。

 店主は陽気に手を広げると、おっさんを歓迎していた。


 「どうだい! お客さん、ウチは何でも扱ってるのがウリだぜ」

 「な、なんでも?」

 「例えばこれだ。魔除けの偶像。これさえ身に着けてれば魔物に出会いにくい!」


 微妙だな! 出会いにくいって!

 店主が持ち上げたのは金属的な光沢を持つ、幾何学きかがく的な文様の描かれたネックレスだった。

 ネックレスの本体は偶像というがシンボルか、いかにも怪しい感じだな。


 「あれ? お気に召さない? ならこっち、これは魔石の欠片、今ならお求め安い!」


 ……どうもおっさん、冒険者か何かと勘違いされている?

 て、冷静に考えておっさんの腰のさやに挿した剣をいているの忘れていたわ。

 なにがあるか分からんからと、ガーネットに贋作の剣イミテーションを渡されてたんだよな。

 外から見たら立派な剣だが、実際は刀身がない。あくまで威嚇用……お陰で忘れてた。


 「い、いやその……今そういうのは」

 「ん? 冒険者だろ? 違ったかい?」


 何度も縦に頷くと、冒険者じゃないと控えめに主張する。

 すると店主は後頭をガシガシと掻くと、胡乱うろんげに、というより不審な目でおっさんは見られた。

 いたたまれないな、とにかくおっさんも用事がある以上、ここで足止めされる理由はない!


 「俺は客じゃないから!」

 「あっ、おい!」


 俺は頭を下げると、そのまま逃げるようにその場から走った。

 声が聞こえなくなると、息を整え、歩を緩める。

 あーびっくりした。やっぱり都会の人の方が商売意欲ガツガツしてるんだな。

 おっさんあっという間に財布を絞り尽くされそうで怖い。


 「しかしそうか……帯剣するだけでも、そう見られるのか」


 俺は改めて、偽物の剣を持ち上げた。

 剣と鞘は一体化しており、決して抜く事はできず、極めて軽い。

 お陰で見る者が見ればわかりそうだが、あくまで威嚇用だな。

 勝手に警戒してもらえたら助かるけど。


 「おーおー。やっぱり都会は怖い、理事長、なんで俺なんだよ……」


 今更この訳のわからん出張になげくが、おっさんは結局従うしかないのだ。

 もし仕事をこの年齢で失ったら、もう再就職は難しいんだから。


 今日はとことんついていない……恨めしげにおっさんは頭上を見上げた。

 春の日差しは今頭上にあり、時刻は丁度正午前だった。

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