第6話 おっさんは、馬車酔いする

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 整備されているとはいえ、先日の大雨でぬかるんだあぜ道は馬車を大きく揺らした。

 おっさん、ちょいこの揺れは予想外、吐きそうな口をそっと手で押えた。


 「兄さん、もしかして酔ってる?」

 「……もしかしなくても」


 このグラル・ダルマギク、普段から地方都市バーレーヌの特定のエリアしか出歩かないから出不精だから、乗り物には慣れていない。

 馬車の揺れは特に酷く、何度もガタンと飛び跳ねるように揺れた。

 都会ならちゃんと舗装された道路があるらしいが、所詮辺境の地方都市バーレーヌの周辺は、昔ながらの大自然が広がるのみだ。

 近くの森には、昔エルフの集落があったそうだが、それも戦争で荒れ果て、今はそんなエルフ達も放棄して、帰ってくる様子はない。

 我が家のエルフことガーネットは、そんな田舎臭い場所より都会大好き現代エルフだからか、なんの感慨も湧かないと、まるで興味無しだ。

 歴史研究家の叔父様方の方がエルフ文化にご執心なんだから、やはり育った場所が故郷だな。


 「ほら、兄さん背中さするよ? 大丈夫?」


 妹は身体を密着させると、背中を擦ってくれた。

 うう、優しい義妹に育ってくれておっさん嬉しいよ、世の中おっさんはむしろ嘲笑あざわられる側なんだから。


 「き、きぼちわるい……う!?」

 「だーもう! なんで酔い止め持ってこないの! 馬鹿じゃないの?」


 そうは言われてもさ、おっさん馬車は久々なんだ。

 しかも今日は道のコンディションがあんまりよくないらしいし、これなら歩いて野宿の方がマシだった?

 こんな弱音言ったら、また義妹に罵倒ばとうされそうなので我慢するが。


 「あ、そうだ! 兄さんアンチドーテ! アンチドーテで治せない?」


 義妹は魔法の一つ、解毒アンチドーテの魔法をほがらかに提案した。

 しかし俺は眉をひそめると首を横に小さく振った。


 「駄目だ、解毒アンチドーテじゃ酔いは消せない。解毒アンチドーテの作用はあくまで毒素の無力化で、酒酔いと船酔いは原理が違うように……うぷ」


 必死に魔法ついて無知なガーネットに説明する、だがそんな事している間に限界だった。

 ていうか、こんな事に魔法を使うの情けなさ過ぎない?

 ……て、もう面子を気にしてる場合じゃないか。


 「ええい、浮遊レビテート!」


 おっさん、はっきり言って最高に情けなくて、もう泣きそうだった。

 『浮遊レビテート』の魔法、おっさんは軽く荷台の中で浮遊すると、揺れは収まり、胃液の逆流をなんとか防いだ。


 「うぷっ、はぁ、はぁ」


 なんとか呼吸を調える。少しだけ楽になった。

 ガーネットは不安そうに俺を見つめていた。


 「兄さん、もう大丈夫なの?」

 「ああ、一応な」


 そう言うとガーネットはホッと胸を撫で下ろす。

 なんだかんだ、しっかり者のガーネットには迷惑をかけてしまっているな。

 俺は頭を掻いて、兎に角大人しくする。


 「だけど浮遊レビテートか、ねえ? 今飛んでるのよね?」

 「ああ、正確に言うと浮いているんだが」

 「それって何が違うの?」

 「飛ぶとは移動すること。浮遊とは接地点から移動をしないこと」


 簡単にだが原理を説明するとガーネットは「ほへー」と関心していた。

 飛行する魔法に《跳躍ジャンプ》という魔法があるが、こっちは停止点から高速で移動する魔法だ。

 飛行するのはむしろ応用で、高度に極めれば遠くの街に一気に移動するなんて事も出来るが、これが出来るのは世界でも有数の大賢者ってレベルだろうな。

 都市から都市への跳躍ジャンプは、素人がやるなら移動距離に比例した魔力を消費するし、なにより跳躍場所を完璧に把握してないと、おっさんは怖くて使えない。

 なんせ指定座標をミスすると、下手したら地面に激突したり、『壁の中にいる』が発生しかねん。

 こんな恐ろしい使い方が出来る奴はそれこそ勇者レベルのキチガイな思考の魔法使いに限るわな。


 んで、跳躍ジャンプに対して浮遊レビテートの魔法は、停止点から一切移動しない。

 この移動しないというのがミソで、特に重要で、極めて簡単に説明すれば波打つ水の上に浮く船をイメージしてほしい。

 座標点Aの位置に固定した船そのものは動かないが、波は時間に合わせて上下する。これが最も簡単な魔法の原理だ。

 なんでおっさんが跳躍ジャンプじゃなくて浮遊レビテートを選んだのか。それはこの移動に関する性質の違いがあるからだな。


 「うん? じゃあなんで兄さん、荷台の中で動かないの?」

 「俺は荷馬車の接地点Aを中心軸に浮いてるの。接地点Aは時間に比例して進むけど、俺は接地点Aから動いてないから」

 

 ガーネットは詳しく説明すると、目を丸くした。

 本来エルフの方が魔法適性高いはずなのに、知識がなければこんなざまか。

 皆も良かったらバスとか電車の中でぴょんと垂直に跳んでみ、着地点同じになるから。それがこの魔法の原理に一番近いから。


 「昔のエルフが開発したっていうマジックアイテムに空飛ぶ靴レビテートブーツってあったろ?」

 「あんな森の妖怪の事なんか知らないっての。なにそれ、履くだけで飛べるの?」


 相変わらずほどもいにしえのエルフに敬意を払わない現代っ子エルフは、マジックアイテムの方にだけ興味を抱いたようだ。

 俺は頷くと文献に残る空飛ぶ靴レビテートブーツの事を説明する。


 「昔のハイエルフは空飛ぶ靴レビテートブーツを履き、凄まじい跳躍や、空中停止して、頭上から敵に矢を射掛けたそうだ」


 森林に住むエルフ族は、樹上に居を構える程だからか、基本的に頭上を取りたがる。

 しかし、飛べる訳ではないエルフにとって、落下時が問題だった。

 つまり空飛ぶ靴レビテートブーツは、そんなエルフの弱点を補うマジックアイテムだったと考察出来る。


 「ふーん、でも頭上や背後を取るのは現代でもスナイパーの基本ね」


 古代の浪漫も、現代エルフにはスナイパーとしての価値観で判断されてしまった。

 基本神話の武器や防具を平然とディスるガーネットだが、これだけはなんだか受けが良いな。


 「ねえ浮遊レビテートって、足音は消せる?」

 「そりゃ消せるけど……なに? それスナイパーにいる情報? むしろアサシンが欲しい情報じゃね?」

 「殺したいやつがいる」

 「レイブン!?」


 思わずとある鳥の一種が脳裏を過ぎった。

 ていうか、今殺したいやつがいるって言ったよ!

 それ誰? 流石におっさん、家族に犯罪者を持ちたくないぞ!


 「頼むから犯罪者にはなるな。お願いだ」

 「……まあ三割は冗談よ?」

 「残り七割は本気ですよ!? どんだけ恨んでるの!?」


 ガーネットはギリッと指の爪を噛むと、恐ろしい顔をした。

 俺は思わず恐怖に萎縮いしゅくしてしまうが、一体ガーネットに何があったのだろう?

 本当に頼むから、カッとしてったにならない事を神様に祈祷きとうした。

 まあ俺も神様なんて見えないんだけど。


 そんなこんなで首都ブリンセルは後二時間というところか。

 いきなり平坦感に欠ける感じなのが、気になるがおっさんはあえて動じない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る