第5話 おっさんは、出張したくない

 「――出張、ですか?」


 おっさんというのは、時に運命の奴隷である。

 あ、ごめん。別にこれはおっさんに限った話じゃないわな。


 その日は理事長に命令されて、この国の首都ブリンセルにちょっとした用事を言い渡された。

 いやいや、首都って! お使いって感じで行く場所じゃないですよ。


 おっさん、勿論もちろんいくら理事長とはいえ、その出張には拒否を――まったく出来ませんでした。

 つくづくおっさんとはおかみに逆らう事は出来ない運命のようだ。

 こら、単純におっさんが社畜なだけだろうっと思った奴、社畜だろうとやらなきゃ飯は食えないんだよ!?


 なんてもう過去の話はどうでもいい。

 おっさんは出張の準備をすると、辺境の地方都市バーレーヌから出立する為、駅馬車のターミナルを目指した。

 哀愁あいしゅう漂うおっさんの背中はさぞ小さいものだろう。

 だが、幸か不幸か、俺の隣には金髪のエルフ美女が並び歩いていた。


 「兄さん、運が良かったわねー。たまたま、そう、『たまたま』私もブリンセルに用事があったんだ」


 などとのたまうのは義妹のガーネット・ダルマギク。

 義妹は笑顔で可愛らしく、ルンルンとスキップするように上機嫌だった。

 おっさんがいんなら、ガーネットはよう。なんで義妹はこんなに嬉しそうなんだ?

 まぁ普段冒険者稼業のガーネットなら、色んな地を訪れるんだろう。

 殆ど地方都市バーレーヌを離れる事のないおっさんからしたら、外に出るだけでも億劫おっくうなのに、義妹の喜びっぷりはまじ理解できん。

 しかも可愛いのは可愛いんだけど、その可愛さはどうしても違和感が拭えないんだよ。

 

 そんな義妹はともかく、おっさんたちは駅馬車のターミナルに辿り着くと、早速待合所の椅子に腰掛けた。

 義妹は隣に座ると、荷物を太腿ふとももの上に広げ始めた。


 「ルンルンルーン、うふふ」


 義妹は鼻歌混じりで、装備品を点検していた。

 メイン装備の改造大弓は、太腿の上で手早くバラすと、丁寧に一つ一つパーツを確認し、それが終わるとこれまた手慣れた手付きで組み立てる。

 接近戦用の補助武器なのか奇妙な刃のサバイバルナイフを義妹は太陽に照らすと、キラリと光りが反射する。


 ……信じられるか、これ、十八歳のピチピチエルフなんだぜ?

 一瞬、熟練の老兵かと錯覚したよ! いや、熟練という意味では間違っていないのか。

 今おっさん達は街の郊外で、駅馬車の待合所にいた。

 歩けば三日、馬車なら半日。野宿するつもりもないので、無難に駅馬車を利用するのが王道だな。

 駅馬車は各都市を巡行するシャトルバスの役割があり、今日では貴重な交通手段なのである。


 ガーネットなら、流石に冒険者らしく野宿は当たり前、魔物と遭遇エンカウントしても問題ないけどな。

 まぁおっさんよりも稼ぎの良いガーネットは、それこそ羽振りを気にする性格とは思えないが。


 「ところでガーネットは何の用なんだ?」

 「ああ、うん。とりあえず依頼者に会ってからなの」


 うん? ガーネットは依頼者と会うのがあまり好きでもないのか、複雑な顔をした。

 あからさまに嫌悪って感じじゃないが、かといって良い気分な訳でもないか、やや憂鬱アンニュイと。


 「もう、私の仕事はいいでしょ、お互い干渉しないのがルール!」

 「……ああ、そうだな」


 我が家のローカルルールなのだが、基本家族のする仕事に干渉をしないってのがある。

 本人が納得済みなら、それは自己責任……ちょっと厳しい言い方をすれば、放任主義だ。

 幸いおっさんより優秀なガーネットなら、余計に心配はいらないだろう。


 ……でも、それでもだ。

 やっぱり家族を心配しない奴は家族じゃないと、思うんだよなぁ。


 「それより兄さんは? 兄さんはなんの用なの?」

 「ローカルルール」

 「ざんねーん、可愛い義妹いもうとには適用されませーん」


 ちょっとイラッとしたぞ。

 義妹は可愛い仕草を向けるが、それ身内には効果が薄いのだ。……いや、可愛いけども!

 結局こんな感じでやっぱり甘いのか、はぁと溜息を吐くと、おっさんはつい義妹を許してしまうのだった。

 

 「理事長命令なんだが、ちょっと釈然としないんだよな。姉妹校を見てこいってさ」


 おっさんの職場であるカランコエ学校は、私塾な訳だが、本校のバーレーヌ校から姉妹校が各都市にあるのだ。

 カランコエ学園の経営は大当たり。今から行くブリンセル分校は、まだ創立間もないと聞くが……。


 「それ、一教科の先生がする仕事なの?」


 義妹の疑問は最もだ。経営のお話なら、それこそ理事長か、教育委員会とかのお仕事では?

 と言っても、世の理不尽なんて今に始まった事じゃないし、たまたまおっさんのダイスロールは大外れファンブルしたと、思っておこう。

 おっさん諦めたら、後は流れに任せて同化する。

 ちょっとしたヤマやタニも、慌てず騒がず平坦になるまで冷静に、だ。

 どんな荒波だって、待っていればいずれ時化しけるようにな。


 「学校ってよくわかんないね」

 「ウチなんてそれこそまだ創立十数年だしな」


 歴史がある所なら、これから訪れる首都ブリンセルには伝統の王立騎士学校や、王立魔法学校なんかが有名だ。

 とはいえ、あれらはお国の為に働けという、いってみればエリート専門学校だ。

 王家がバックボーンにあるから、資金力もブランド力も流石だな。

 対してカランコエ学園は、柔軟なニーズに対応する教科選択制を採用し、特に学費の面で王立学校と差を明確化し、向こうが貴族向けなら、こっちは中流家庭以下が顧客だ。

 平和な時代なのも幸いし、今はカランコエ学園の方が生徒を確保してるって噂だな。

 王立騎士学校とかは、卒業すれば騎士への叙勲じょくんが見えてくるが、学費の高さは洒落にならん。

 一方でカランコエ学校でも騎士としての最低限は教えられるから、実際何人も騎士を排出してるからな。


 「私だってもう五歳若ければ学校行ってたのかなー?」


 地方だと、そもそも学校なんてなかったからな。

 十五年前に終結した戦争の後なんて、復興の方が優先だったし、そういう意味でもガーネットは冒険者として適性があったから、学校へ行く機会なんて無かったからな。


 「あっ、馬車来たよ」


 妹が指を指すと、駅に馬車が駆け込んでくる。

 ほろを装備した、ちょっと良いタクシーのような使用感覚で、荷台は十人は乗れる大型車、茶と黒毛の逞しい二匹の馬が牽引する。

 ガーネットは持ち物を丈夫な革のバッグに詰め込むと、大弓を肩で背負って乗り込んだ。

 おっさんも続く。さて、首都ブリンセルか、平坦な一日がおっさんのただ唯一の望みだ。

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