第4話 おっさんは、授業見学する
カンキンカン!
ここはカランコエ学校の体育館、丁度今は剣術の授業中だった。
おっさんはこの時間帯は授業ないし、丁度暇していたから先生に許可貰って見学中だ。
この剣術の講師はなんと、美しい黒髪を風に揺らす巨乳の若い教師、そう、コールン・イキシア先生だ。
あの酔うと手を付けられない困った残念美人も、その実態は剣の達人で、剣術の授業を受けたい多くの生徒からも信頼度は絶大だ。
ていうか、やっぱり剣術の授業を選択してる生徒って多いな、おっさんの授業の三倍はいるぞ。
「そこの君! 剣を振る時は脇を固めて! じゃないと剣がすっぽ抜けるわよ?」
コールン先生も授業中はキリッとしており、とても格好良い。
頑張らないが心情のおっさんとは、なにかと正反対だ。
生徒達は男女混合で年齢もばらばら、使っているのは刃を挽いた本物の鋼の剣だ。模造刀の方が良いのじゃないかと思うのだが、コールン先生
彼女の授業も熱が入り、ついついコールン先生の熱血指導の声も響く。
刃こぼれ済みとはいえ、重たい鋼の剣は、斬るだけではなく、叩くという使い方もある。
というか、大体の量産品のブロードソードなんて斬るんじゃなくて、ぶった斬るだから、あれ鈍器なんだよな。
当然生徒達はプロテクターに身を固め、さながら模擬戦はまるで実戦のようだ。
初心者はおっかなびっくりしながら、剣と剣をぶつけ合い、金属音が鈍く響く。
一方で熟練者の方は鋭い金属音を響かせながら、恐ろしく速い
この授業を受けたいって生徒の多くが、冒険者になりたいだの、騎士になりたいだの、夢や希望に溢れた少年少女達だ。
あえて残酷な事を言えば、世の中そんなに甘くないぞって、おっさん教えたいけど、夢や希望を潰すのは先生として正しいかと問われれば……うん、間違ってるわな。
「あなた、筋が良いわよ」
「あ、ありがとうございます!」
ボブカットの少年が黙々と素振りしていた。
コールン先生はそんな少年に横から近づくと、少年の素振りを褒めた。
少年は顔を真っ赤にし、コールン先生はふふっと微笑む。うーんおねショタ、か。
彼女は褒めて伸ばすタイプなのかなぁ? おっさんももっと生徒に優しくするべきか。
しかし先生あくまで国語教師だし、教えるって言っても読み書きの勉強で、はっきり言って低学年向けなんだよ。
うーん、というかおっさんに熱血はやっぱり似合わない。うん、そう納得しとこう。
「ねえ先生ー?」
「あら何かしら、質問?」
いかにも生意気そうな幼年部の少年がコールン先生の下を訪れた。
ああいう子供は結構怖い、何を考えているか、邪な考えを持つ生徒も多いからな。
邪念は時として、無慈悲だ、特におっさんには。
彼女はおっさんのように後ろ向きな性格ではないので、どんな時でも笑顔で前のめりだ。
ぷるん、と揺れるおっぱいが、青少年の何かを歪ませそうだが。
「先生はどうしてプロテクターしてないの?」
「え、あぁ――」
おっ、意外と真面目な質問だな。おっさん君を疑っていたぞ、ごめんな!
コールン先生はいつもように動きやすさ重視で白いカッターシャツに動きを阻害しない長ズボンと、徹底的に軽装備だ。
腰のベルトだけは、剣を差すためか、少々アンバランスなゴツさを感じる位だった。
「ふふ、先生位になると、当たると死ぬから、防具とか邪魔なだけよ?」
「ぶっ!」
おいぃ! なに笑顔でとんでもないこと言ってんの!?
思わず吹いてしまうと、おっさんの無様な声が彼女に聞かれてしまう。
「あら、ダルマギク先生? 見学ですか?」
「イキシア先生……今の説明はちょっと?」
彼女は笑顔で駆け寄ってきた。
俺は彼女に苦言を呈するが。
「でも、達人は鋼鉄の装甲くらい輪切りですよ?」
「身も蓋もない! 怖いな達人はっ!」
「少なくとも厚さ四十
「この人は特殊な訓練を受けております、絶対に真似しないでください!」
コントじみた応酬に、周囲からゲラゲラ笑い声が上がった。
つかコールン先生、どんな訓練受けたら戦艦を輪切りするようなレベルになれるんだ!
どこぞの魔神さえも斬り倒す勇者様じゃないんだから。
とりあえず剣士の攻撃力インフレがやべぇ。
「なあ、先生! 俺と模擬戦してくれよ!」
「君はニコル君?」
やや勝ち気にコールン先生に声をかけたのは獣人の青年だった。
藍色の毛並みに覆われ、筋骨隆々な青年で、顔は狼のようだ。
見るからに俊敏で力強い、獣人らしい肉体をしているな。
「うーん、そうね。良いわ、そろそろニコル君も大丈夫でしょう」
「へへ! それじゃ!」
二人は体育館の中央に向かった。
何人か獣人君と同じ位の年齢の子供たちが、素振りを一旦中止し、中央に注目した。
やる気満々の狼獣人君、かたやニコニコ笑顔でいまいち覇気はないが、その実態は超
「ニコル、先生とやるのか?」
「彼強いものね、なんでも騎士を目指してるんだって!」
「アイツなら先生相手でも……!」
どうやら狼獣人君、夢溢れる才気に満ち溢れた青年のようだ。
おっさんとは対極であり、おっさんには生き様が眩しすぎるぞ。
「どこからでもどうぞ」
コールン先生はニコニコ笑顔で、手招いた。
しかしまだ彼女は剣を構えてさえいない。
いや……誘っているのか? ニコル君はじりじり
身長はニコル君の方がある、コールン先生がお世辞に大きくないこともあるが。
だが手が長いということは間合いはニコル君の距離であり、踏み込まなければ彼女の攻撃はかすりもしないぞ?
しばし静寂、ニコル君は真剣な表情で剣を水平に構えた。
一方でいまいち腹の底の読めないコールン先生はそっと鞘に差された剣に手を伸ばした。
「シッ!」
次の瞬間、ニコル君は空気を切り裂く鋭い突きを放った、そのスピードは凄まじい。
その動きだけで恐るべき実力者だと理解できる……が。
キン! と甲高い金属音が響いた。
その瞬間誰もが呆気に取られていた。
なにせあのニコニコ笑顔の彼女は既に剣を振り終わっていたのだ。
「良い判断だけど、実戦向きじゃないわね? 次はフェイントを意識してみてね?」
コールン先生は文字通り神速の居合斬りで、ニコル君の鼻先に切っ先を置いていた。
正直誰なら目で追えるのだろうか、少なくともおっさんには無理だった。
ニコル君は剣を突き出した瞬間、
彼女はクルクルと、剣を頭上で回すと、そのまま鞘に戻す。
途端、歓声が上がった。
やっぱり先生はすごい、地方の剣聖! そんな褒めているのか褒めていないのかって言葉も。
女だてらあの強さ、そりゃ生徒たちも憧れるか。
……でも、気になるといえば気になる。
「イキシア先生、なんで教師なんてやってるんだろう?」
それは個人の事情を考えれば、言っちゃいけないことなんだろう。
おっさんだって、なんで教師やってんのかって聞かれたら、あんまり嬉しくはないわな。
なにせおっさんの場合は生活の為としか言えんし。
でも気になると言えば気になる。コールン教諭、その気になれば剣だけで、どんな凄い経験も、名声だって得られたんじゃないかな?
いや、やっぱり野暮か。きっと先生やってる方が好きなんだろう。
「次の時間、俺の担当か、準備しないと」
そう呟くと、そのままおっさんは体育館を後にし、担任室に向かうのだった。
今日もおっさんに平坦な一日あれ。
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