第3話 おっさんは、朝ごはんは静かに食べたい

 おっさんとはことの他物臭ものぐさな生き物だ。

 存在そのものが罪とか、生きていて恥ずかしくないのとか、世間の言葉は冷たく突き刺さる……それがおっさんだ。

 特に若い女の子は怖い物知らずで、おっさんは舐められる。というかナチュラルに見下される。

ざぁこ、ざぁことののしられる分にはいいんだけど、おっさんは玩具おもちゃじゃないのよね?

 マウント取るのが大好きなカースト上位の女子生徒なんてもう恐ろしい生き物だ。ガクガクブルブル足腰が震えちゃう!


 さて、しかしだ。何事にも例外とはある。

 その例外とは――?


 「おーい、朝ご飯出来たわよー」


 実家を追い出されたおっさんにとって数少ない居場所とは賃貸アパートの一室である。

 決して高くも安くもない賃貸アパートで暮らすおっさんは目を薄っすらと開いた。部屋では金髪エルフ女子がエプロンを付けて朝ごはんを用意してくれていた。

 なんなの? って思った貴方……デリヘルとかパパ活とかじゃないよ?

 金髪翆眼の美しいエルフの名はガーネット・ダルマギク。何を隠そう、おっさんの義理の妹だ。

 え? なんでエルフがって? それには深い訳があるのだが、そうだな……今から二十年程前、幼い一人のエルフがいた。

 それがガーネットであり、親父殿が養子として引き取ったのだ。

 丁度その頃に人と魔王の間で大きな戦争があって、身寄りのない子供が多かったから、ガーネットは運が良かった。

 物心も付く前の幼子だったガーネットは幸いにも、そのお陰でエルフとはいっても文化的には人間とそんなに変わらない。

 今年で十八歳、去年……いやもう一昨年だったか、突然部屋に上がりこんで泊めてくれと頼まれたのだ。


 ガーネットは冒険者という奴で、普段は町の外で仕事をしていて、おっさんはガーネットには特に口出しする事もないし、心配もしていなかった。

 今の時代は丁度平和な時代だし、冒険者の仕事もそんなに危険な案件はないみたいだし、な。


 「兄さん、食べないの?」


 おっと、ベッドからいつまでも起き上がらないからか、業を煮やしたか。

 ずいっとエルフ特有の切れ長の目で睨まれると少し怖い。

 言われた通り起きますよっと。


 「おはよう……ふあぁ」

 「はい、おはよう! 今日も良い天気ねー!」


 今は春の季節、窓を見れば快晴だった。

 ベッドを出ると、リビングへ。そこにテーブルがあり、二人分の朝食が用意されていた。

 おっさんはのしのし物臭に歩くと、テーブルの前に座って朝食を頂く。


 「ねぇ、兄さん確か今日って休みでしょ?」

 「そうだな……それが?」

 「私も今日は休むつもりだから、久々に買い物行かない?」

 「なんだ、何か欲しい物があるのか?」


 ガーネットは「うん!」と元気に頷いた。

 買い物かぁ……なんて考えるおっさんは悪い生き物だ。

 外に出るのが面倒くさいなんて、本気で考えてしまう。

 いや、分かってんの。それ選んだら多分当分の間は義妹に口聞いてもらえない。

 それだけは避けたい、絶対に避けたい! だって話しかけても無視される時の居心地の悪さって半端じゃないから!


 「なにが欲しいんだ?」

 「新しい装備とか」

 「全然可愛くない買い物だった」


 思わず突っ込んでしまう。

 いやピチピチギャルな十八歳の女子が欲しい物が新しい装備! 思考がもう冒険者!

 分かってる。ガーネットは街の治安も守ってくれている立派な冒険者だ。ときに危険な魔物とも戦い、そこに妥協は許されない。


 普通なら一番良い装備で頼むと、なるのだが……。


 「というか、いるのか装備?」

 「んー、無理に装備更新は求めてないけど、良いのがあったら試してみたいし?」


 なんで危険な冒険者稼業に身をやつす義妹を、おっさんがまったく心配していないのかには理由がある。

 まずガーネットは年齢こそ十八歳だが、冒険者としては第三等級という凄腕だからだ。

 おっさん冒険者稼業はまったくの無知なのだが、ガーネットに教えてもらったのは、冒険者には七等級の位階があるとのこと。

 上から紫、青、赤、黄、緑、金、黒、白。ガーネットが属するのは赤色ランクの冒険者となる。

 これでなにが判断出来るのかと言うと、色の識別票さえあれば、どの程度の実績や実力があるかが、他者から簡単に判別出来るのだ。

 ガーネットはなんとドラゴンを討伐出来るレベルなので、そもそもこんな辺境では敵がいない。


 「今使ってる弓もさー? 照準器がデタラメだから、アドリブで照準補正するのめんどいし?」

 「いや、そもそもエルフってパパっと弓構えたら、一撃必中って感じじゃないの?」

 「いや、何千年も生きるとかいう妖怪ハイエルフならともかく、現代エルフはそんな魔法みたいな事はしないから!」


 エルフといえば炎が嫌いで菜食主義ってイメージだが、このガーネットはそういう意味でもエルフとしては隔絶している。

 まずガーネットは火を忌諱きいしないし、肉も乳製品も大丈夫だ。

 この話迂闊うかつにすると、異種族差別だって騒がれる世の中だから、触れずに察するべきか。

 国家と国民とは、人種や民族言語に別れるが、人の世で生まれ育ったエルフは人の子だという事だな。


 「エルフってなんか誤解されやすいのよねー? 勝手に弓の名人と思われるの面倒くさい」

 「まぁその件は、先人たちがハッキリ悪いな。エルフといえば弓の名手ってのは、古典創作からの基本形だし」


 とりあえず同調しておく。もぐもぐ卵サンドうめー。義妹は料理があんまり得意じゃないが、卵サンドだけは誇れるわ。

 それでガーネットはというと、部屋の隅に立て掛けてあった素人目には格好良い弓を手に取った。

 大弓という奴で、肝心の照準器はやや折れ曲がっていた。


 「出来ればオートマの欲しいし」

 「オートマ?」

 「オートマチック、矢を自動装填する連射型」

 「えぇぇ……なにそれ怖い」


 思わず聞いてビビってしまう。おっさんは争いとは無縁の臆病さんなのだ。

 しかしガーネットは聞かれると楽しそうに話しだすので、ここは聞き上手でいこう。


 「最新の凄いんだよ? 秒間三十連射とか出来るんだから」

 「そんなの蜂の巣じゃん……てか今どきの武器って物騒だな」

 「まあテクノロジーは連綿れんめんと続いてきたものだし、系譜が途切れない限り兵器も進化しちゃうでしょ? 古い神々の武器なんて、所詮何千年も研鑽されてきた人々の想いに比べたらカビた骨董品でしょ」


 神様に失礼だな、て無神論者なガーネットには通じない。

 神話に出てくるような伝説の武器より、義妹は信頼と実績のある現代装備の方が信頼しているのだ。


 「フェザータッチも憧れるけど、あれは慣れがいるしなー」

 「………」


 なんていうか、好きこそものの上手なれ、て言葉があるが、義妹はまさにそういう兵器ヲタかもしれない。

 あくまで魔物を討伐するため、とはおっさん信じたいけど。

 とりあえず冷める前に、根菜のスープも頂いちゃおう。

 ガーネットの作った朝食は、レベルは低いがおっさんにはこれで丁度良い。

 ふうと息を吐くと、やや早口でブツブツ喋る義妹を眺めながら、おっさんは今日も平坦な朝に感謝する。

 人生ヤマなしタニなし、平坦な毎日こそが美しい。


 「でもなー、新しいの三百万ゴールドもするしなー?」

 「三百万ーッ!?!?!?」


 おっさん、あまりの高額に絶叫する。

 それ、おっさんの年収の三倍ですぞ!?

 改めて義妹、こいつどんだけ稼いでるんだ……冒険者とは儲かるのだな、と思い知るのだった。

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