第13話 ありえない

「父上、私も下がりますね」

「ああ。ときひわを部屋に連れて行ってくれんかの?そこにまだ隠れとる」

「………全くあの子は……。わかりました」


「……はやぶさ、申せ。何かあったのか?」

「はい、師範。山奥へ修行……いえ、調査をしていた結果なのですが………やはり、ありました。こちらのSPバッジが……」

「うむ……」

「師範、勝手ながら……歩から聞いてしまいました。飛行機の墜落のことについて」

「そうか……まあよい。いずれはお前にも話さなくてはならないと思っていたからの。だからこそ、調査に向かわせたのじゃ」

「信頼をいただき、心より御礼を申し上げます。……そして先程、村の周辺を警備していた者たちから報告があり……」

「なんじゃ?」





クロエの様子を見に行った後、私たちはつづみさんが用意してくれた2つの部屋に戻り、荷物を整理した。

私はそれが終わると、気分で屋敷の外に出てみた。

空はとっくに帳を下ろし、薄い雲がちらほらとかかっていた。

都会と違うところは、やはり星の数だろう。空には一面に白く光る星が散りばめられていた。今の東京では見られない景色だ。

りんさん」

私を呼ぶ声がして振り向くと、長瀬さんが立っていた。

「綺麗だよね……懐かしいな。街では見ることないもんね」

彼は何の曇りもないような瞳に、星空を移して微笑んでいた。

………やっぱり、長瀬さんの姿を見るたびに気にしてしまう。隼さんに遮られ、聞けなかったこと……。

「……長瀬さんは………」

私は、柄にもなく何かを期待して、口を開いた。


みおを、知ってるの?」


長瀬さんは何かを察したような表情でこちらを振り向いた。そして、すぐに目を逸らした。

「知ってる…?」

「会ったこととか………だって、接点のない人のためにここまでするなんて、いくらあなたのような人でもありえない気がして……」

どんな聖人のような人だって、所詮は人間。ましてはこんな世界で、何も目的なしに善意だけで人の役に立とうなんて、誰が思うだろうか。

……それは、今のこの世界では、自分の首元にやいばを突きつけることになるのだから。

「……そうだよね。やっぱり、凛さんに話さなきゃだよね」

長瀬さんは少しうつむき、深呼吸をして、真剣な表情で私の方に体を向けた。


「もう気づいてるかもしれないんだけど、僕、養子なんだ。師匠に拾われて、長瀬一族に入った。その前はスラムにいて………まだ小さかった僕でも、心は死んでた」

「死……」

長瀬さんは静かにうなづいた。


「家族はみんな、戦争で死んでしまった」


ひどく悲しく、残酷な声と言葉に、思わず息を呑んだ。


「父さんも母さんも、兄さんも姉さんも、みんな空襲で、一瞬だった。信じられなくてさ、その光景が。どんどんどんどん、人が人ではないみたいに、倒れていくんだ。家は燃えてた。我に返ったときには独りきりで、やっと聞こえたのは、火が小さくなっていくパチパチとした音と、微かな叫び声。視界は煙と血の海。どんなものよりも怖かった。今もだよ。けして忘れられない。僕は気づくとこの村にいた。師匠が助けてくれたんだって。覚えてはない……でも、あの残酷な光景だけは、はっきりと目の奥にこびりついて離れない」


…………私は人の死に慣れているつもりだった。そんなことあってはならないのに。どの人が死んだ、どんな風に死んだ、どこで死んだ……そんな話は報告書を書くためだけにあるわけではない。わかってはいた。でも、聞こうとしなかったんだ。関心を持とうとしなかった。だから、思った以上に、いや、思っていた倍以上、私は長瀬さんの話に衝撃を受けた。望んではいないが、私は“人を苦しめる側”に立っている。“苦しむ側”の言葉を、聞くべきなんだ。

長い沈黙のあと、長瀬さんはまた星空を眺めた。


「それでどうにかして戦争をとめたいと思った。師匠に申し出たら、街に行くことを許してもらえて、村を出たんだ。そしたら偶然日暮と出会ってね……」

つまり、長瀬さんは“戦争を止めたい”という目的で協力している………何もおかしくはない。

ただ、はやぶささんのあの発言……誤魔化すような遮り方……あの違和感を、適当に流したりはできない。

……私はこれでも、SPである。

「長瀬さん」

少し深刻な雰囲気の声から察したのか、長瀬さんは身構えるようだった。

「その……長瀬さんが飛行機墜落の話をする前、私は澪との関係を聞いた。でも、それを遮るように流してはやぶささんがあなたに質問した……ように感じたんだけど……」

長瀬さんの顔色は変わった。

………何かしら、ある。

「何か澪との関係について、隠したいことでもあ」


ドドドドドドドドド


「あがぁーーー!!」


突然、村の入り口の方から、銃声らしき音と、男性の叫び声が村全体に響き渡った。

「何……!?」

「わかんない!一体何が……!?」

私と長瀬さんが入り口へ向かおうとすると、日暮が猛スピードで走ってきた。

「何があったんだよ!?」

「わからない。とにかくあっちに……!」

私たちは草原をかきわけ、最短で村の入り口まで走った。

そこには、門番らしき男が2人、腹部から血を流して木にもたれかかっていた。

1人はすでに息絶え、もう1人は腹を押さえて苦しんでいた。

「大丈夫ですか!?」

「ぁあ……歩……まずいぞ……化け物だ………このままだと村が……あ…」

そう言いかけ、その男は喋らなくなった。

長瀬さんは悔しい顔をして、歯を噛み締めた。

「……っ!一体誰が……!」


「ハハッハハッ、見ぃつケタ!」


その遊ぶような声を聞いた瞬間、全て理解した。

いや、むしろ何もかもわからなくなった。

ありえない。

目の前にいるのは――――


「まさか……そんなはずは……!」


「川森……あれ………議員の…息子、じゃないか……?」


間違いなく、山梨やまなしだった。


「でもあれ……人間………?」





はやぶさ、何があった?」

「警備の者たちが、これを見つけました」

「…………これは……?」

「先程ここを訪れたSPの女も似たものを身につけていました。少し色が違う気もしますが……おそらく、SPの印。…………山に政府の人間が来ている可能性があります。それも……村のとても近くに」





山梨は確かに死んだはずだ。あの爆発、しかもあいつが爆発源だった。

それに目の前にいるこいつは、狂気な笑みを浮かべ、首を少し傾けていた。知能がないように話し方もカタコトで気味が悪い。そして、動きがまるで機械人形……。

自爆したときの山梨も相当いかれていたようだったが、今のこいつは……


…………人間には見えない。


「久々だネ。川森。こんナところで会エルなんて、やっぱり運命ダ……!」


「へへっ、川森のストーカーがまた重症化してるぜ。そんなんじゃあ、いつまでたっても相手にされねえぜ!」


ドンッ


日暮が目にも止まらない速さで山梨に銃撃した…が…。

あ………

「……人間が銃弾を避けるかよお……?ははっ、やべえぞ、こいつは……!」


奇妙な人型の何かを前に、私たちは寒気を感じ、息を呑んだ。

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