第9話 議員の息子

「…………これで、報告書は以上となります。明日締め切りの書類はこちらに溜めておりますので、今日中に片付けてください」

私は、山本議員の机に書類の束をドサッと置いた。

「…………川森くん、もしよかったらこれら全部手伝ってくれな」

「無理です。訴えられますよ」

「ううぅ……」

本当になんなんだ、この議員。本当に議員か。

緩すぎて政府の人間なのかも怪しくなってきた。

今日は早く帰りたい。この前、日暮ひぐれたちとこれからの計画を立てようという話になったのだ。

私は腕時計を覗いた。19時半。仕事も片付けてあるから、あと少しで帰れる。

「…………川森くん。最近表情、明るいね」

山本氏は書類の山脈の間から顔を出して意外そうに言った。

「そうですか?」

「うん……なんか、みるたびにちょっと笑顔」

え。

「失礼しました!不快なところをお見せしてしまって……!」

「不快……なんで?」

さすがに仕事に影響させてはいけない。

ポーカーフェイス……

「まあ、元気なのは何よりだしね……今日早く帰りたいんだっけ?」

元気なのは何よりって、私は子供か。

「一応、私のできる仕事は済ませました」

「うん、帰っていいよ」

よし。定時近い時間に帰れるのは久々だ。

「ありがとうございます。では、失礼します」

私は早歩きで廊下を歩き、建物をでた。

このまま日暮たちの家に直行する。

私は、改札を抜けて、ちょうど来た電車に乗った。




みんなの家につき、私たちは机を囲んで話し合う体制をとった。

相変わらずパソコンから目を離さない泉野いずみのさん、爛々とした目で微笑むクロエ、そして姿勢良く座る長瀬ながせさん。

「じゃあ、会議をはじめます!」

クロエが元気よく言った。

「まず、現状について……」

「それより先によお……」

日暮ひぐれがクロエの言葉を遮った。

「どうしたの?日暮」

清野せいのが、お茶をのせたお盆を持ってキッチンから出てきた。

日暮は、息を吸い、真剣な顔で口を開いた。


「俺たちの、チーム名を決めよう」


…………は?


「チーム、名……?」

「つまり、俺たちの団体名だ」

「それ同じな」

どうしたんだ、日暮……?

「俺らってさ……仲間なわけじゃん?計画とか、それ以前に俺らは親睦を深めて団結して協力しなきゃいけないんだよ!なあ、そうだろ泉野?」

泉野さんは顔を上げて思いっきりめんどくさそうな顔をした。

「何で俺にふるんだよ?」

「頭いいから」

「チーム名には関係ねえよ?…………まあでも、チーム名というか、コードネーム的なものが欲しいとは思ってるんだけどな……」

え、泉野さんまで?

「まさくんも、日暮と同じく中二病……」

「このふたり、中学生で脳止まってるんじゃない?」

「日暮と一緒にすんな?」

「あ゛ー!?」

日暮を煽るなんて、そんなに頭いいわけじゃないのでは?

…………いや、本心なのか。

「俺は別に、日暮みたいにかっこつけたい精神とかの問題じゃなくて、情報のファイル名とか、名前にするともしも見つかったときに危ないから、偽名とかにしたらいいんじゃないかって話」

なるほど、たしかに政府に刃向かうには大きな権力ちからがいる。そのためには、この集団を大きくしなくてはいけない。今後には必要かも。しかも、バレてはいけない。

「でさ、俺、考えたんだけど…………」

日暮は、間をおいて、自信満々な笑顔で言い放った。


「“ストロンガーズ”はどうだ!?」


「却下」

「ないね」

「黙って」

「ゴミ」

「ちょっとなぁ……」


全員が口をそろえてつぶやいた。

それを聞いて、日暮は顔を赤くしてわめいた。

「なんだよ!!?一生懸命考えたんだぞ!?昨日徹夜で調べてよお……ちなみに、英語で“最強たち”って意味だ!」

学力まで中学生で止まってる……。

クロエが、勢いよく手を上げた。

「はい!もっとまともにできると思います!」

清野は湯気のたつカップに口をつけた。

「ごもっとも」

「僕もそう思います!」

「ああ、ゴミ」

「さっきから“ゴミ”って言ってるやつ誰だあ!?」

泉野さん…………。

「チーム名って……何も今決めなくてもよくない?」

私は、日暮がキレまくっている隙間に口を挟んだ。

「まあ、そうなんだよな。今日の本題はそこじゃねえ」

「日暮が余計なこというから、話が進まないじゃない」

「うっせぇ!さっきも言ったけどなあ、俺は親睦を深めるべきだと……」

「話に戻ろう。まず、今の現状のことだ」

綺麗に泉野さんが遮って、強制的に話が戻った。日暮は不満そうに腕を組んでいすの上であぐらをかいた。

泉野さんは、私に視線を向けた。“現状”、というと、私が政府のことを一番知っている。

「早速だけど……この前日暮に聞いた話に出てきた、“プロジェクト”のこと」

そう言った瞬間、空気が張り詰めた。

「正直いって、私は関わってないから、存在は知ってても内容は知らない。何についての研究なのかも、誰が関わってるのかも、わからない。あのプロジェクトに加盟するまでにも相当厳重な審査があるし、情報が強固に守られてる……。でも、もしかしたらデータの一部を入手できるかも」

「どうやって?」

「プロジェクトの内部と連絡をとる」

静まった空気が、騒ぎ出す。みんなは目を丸くしていた。

「内部……!?」

「川森さん、プロジェクトの内部に知り合いいるの!?」

いや……

「直接関わった知り合いはいない。でも、がいるの。多分、協力はしてくれないけど、上手く利用すればデータが手に入る」

「おおお!」

日暮とクロエがハイタッチをして飛び跳ねていた。

できなくはない作戦だが、その知り合いというのが……

「知り合いって、SP?」

泉野さんは、パソコンに何か打ち込みながら言った。

「うん……同期、なんだけど」

私は、嫌々同期の名前を泉野さんに告げた。

あいつ……“山梨三昭やまなしみつあき”は少し、いやかなりウザい。

「山梨三昭……山梨三郎やまなしさぶろう議員の息子か……」

そう。検索したら名前が出てくるほどの家柄。

失敗したら終わりだ。メリットの分、リスクが桁違い…………

「いいんじゃない?」

え?

「でも、失敗したら……」

「確かにリスクは大きいけど……これで情報が手に入ったらかなり近道だ。それに……」

泉野さんは、パソコンをうつ手を止めて、顔を上げた。


「俺は失敗しない」


細い髪の毛の間から見える猫目、うっすらと笑う口からこぼれる牙のような歯。恐ろしいほどに楽しそうだった。

「ああ?なにいってんだ、泉野」

日暮は、にやっと笑みを浮かべた。

いつもの感じではない。

どこか背後に感じてはいけないものを背負っている。


「俺だろお?」


…………なぜかわからないが、この人たちの言葉と表情に強い信頼感を感じた。共感に近いのかもしれない。

私は、この5年間の日暮と清野、そして新たに出会ったみんなを全く知らない。

何をしてきたかも、知らない。

そうだ、この人たちは反逆者。そして犯罪者。

…………ある意味プロである。

クロエが、いつものアイドルスマイルに戻り、優しく笑う。

「じゃあ、これからはそのプロジェクトを中心に計画を立てていくということで……」


「なんのプロジェクトかな?」


え…………?


耳元で、カチッと音がした。

鉛のような硬さの筒状のものがこめかみにあたる。

さっきから吹いていた冷たい隙間風が背中をやすりのように撫でた。

振り返ることはできない。でも、この黒い空気、みんなのこわばった白い顔、そして聞き覚えのあるこの声で、私は察した。


山梨やまなしっ…………!?」


「……びっくりした?」


山梨は私の頬を手のひらで強く掴み、強引に引き寄せた。


「……川森が最近様子おかしいし、なんか楽しそうな感じだし、もしかして恋人でもできちゃったのかなって、ついてきたら……ここ、川森の家じゃないよな?」

こんなの、ストーカー行為だろう。一般人なら、即逮捕だが…………こいつは、だ。

「ねえ、恋人はどれ?バカっぽいのしかいないけどなあ……?」

「うるせえな。人の恋愛事情に首突っ込むガキかよ。川森の“ストーカー”め」

日暮がこわばった笑みを浮かべてわざとらしく言った。

山梨は、日暮の方を振り返り、鋭い視線を刺した。

「何言ってんだよ?これは純愛だよ。ガキのお遊びと一緒にしないでほしいな。僕の愛は本物だ。君こそ何?人間的価値底辺なゴミが高等な僕に対して失礼だよ。それと川森の名前を気安く呼ぶな。…………殺すよ?」


彼は日暮を上から見つめ、奇妙に高笑いを上げた。


なんで、ここにいる…………!!?


「お前がか?」

「ああ?」

山梨の視線の先には、泉野くんがいた。

「何?君がこいつらのリーダーかな?モサいメガネくんだね」

相変わらず、いや、いつもの何十倍もうざい。いつもは私に何かと絡んできているだけだった。この違和感は気のせいだろうか。

「モサ…………残念だが、俺はリーダー格が務まるような人間じゃねえんだ。お前こそ何だ?俺たちの家に当たり前かのように侵入してきて、そんなもん向けて?不法侵入か強盗じゃねえの?」

「……ぷははっ。よく言うよ!メガネの度があってねえんじゃないの?このバッジが見えないかな?俺はSPだ。政府のこと嗅ぎ回ってる“犯罪者”どものアジトに押しかけて何が悪い?」

…………こいつにここが見つかって、私たちの顔も見られて、このまま政府に帰したら終わる。

そのとき、私と山梨の背後からわずかにカチッという音がした。

振り向きはしない。でもわかる。


――――クロエだ。


れ、クロエ」


バチンッ


大きな銃声が高鳴った。

清野は目をつぶっていたが、私は慣れているのでそれはしなかっ

「……え?」


…………私はとんでもないものを見てしまった。


「クロエ!!」


清野の震えた叫び声が廃墟に響く。

床にうつ伏せになったクロエの腹部からは赤い血が静かに流れていた。

「無駄だよ」

山梨は、銃口をゆっくりと下ろしながら、また奇妙な笑い声を上げた。

私たちは、山梨の姿をみて、異様な光景を理解できずにいた。

クロエが撃った弾も当たったんだ。

山梨の腹部にはしっかりと穴が開いている。

それなのにどうして…………


………どうして、血の一滴も流さずに立って、そんな顔をしているのだろう。


「えっ……!?どういうこと…………!?」

「お前…………死なねえのかよ…………!?」


「正解」


山梨の、低い声がどす黒く響いた。

その声には、微かなかすれた部分があった。

…………は、本当に山梨か……?

そのときやっと気がついた。

山梨の目は、もはや人間の光が残っていない。


「あなた…………人間じゃないの?」


彼の表情は、不気味な笑みを浮かべたまま変わらなくなった。

そして、口を動かしているが、声は聞こえない。

動きが固くなっている。まるで機械のように。

そして、静かに立ったまま動かなくなった。


カチカチカチ……


「何の音?」


カチカチカチカチカチカチ…


これは……


カチカチカチカチカチカチ…


泉野さんが、何か察したように目を見開き、だんだん青ざめていった


自爆装置だ……!!


「逃げろ!!みんな!!」


日暮に続き、清野、泉野さん、長瀬さんが窓から飛び降りた。

私はクロエを抱え続いた。


カチカチカチカ


ドガガガガーーン!


灰色の煙に身を包み、私はだんだん意識が遠退いた。

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