第8話 最後の杯

「は……話すって、ダメだろ!?良い人だけど、あくまで訓練学校の講師…隊長を任される、政府の人間だ!そんな計画がバレたら、すぐにお前は……!」

「実はな」

黒崎くろさきは少し弱々しく、俺の言葉を遮った。

「俺……も知ってるんだ」

隊長の計画……?

「隊長は……今日お偉いさんが話してた“プロジェクト”に反対してるんだよ」

「プロジェクト……みおの」

「そう……さっきお偉いさんと隊長が話したとき、仲悪そうだっただろ?」

確かに…。もうひとりのSPじゃない人より隊長には冷たかったな。

でもそれだけで…

「それに……これはお前がここにくる前の話になるんだけど…………隊長が…深夜に俺、起きてて…羽雄はねおを廊下に呼び出して言ってたの、聞いたんだ」


『おい、青山あおやま

『…隊長』

『あと1か月ぐらいでお前も立派な戦場の兵士だな』

『……はい』

『……ひとつ、覚えておいてほしい』

『何ですか?』

『戦場に行ったら、誰にもついていくな』

『え?』

『いいか、誰にもだ。ひとりで呼び出されたら拒め。何か理由を付けて断るんだ。その時の隊長でもだぞ』

『……何故ですか』

『多分、お前ならそのうち気づく。あと、このことは絶対に他に話すな。……いいな?』

『……わかりました』


「どういうことだ?」

隊長が青山に、警告をしていた?

「隊長は青山がその“プロジェクト”に連れて行かれると知っていたんじゃないかって」

連れて行かれる?

「でも、それを止めることができなくて、青山は連れて行かれた……もし、生きてるとしたら、あの遺体の写真はフェイクだ」

まさか……

「澪……も?」

黒崎はぎこちなくうなづいた。

「わかんねーけど、その可能性はある。隊長が仲間…協力してくれれば俺たちはかなり有利だ」

確かに、政府の人間がいたほうがいい。

そんなツテ、ないし……。

「でも俺は……やっぱり危ないと思う。生きてる確証のない中で、一般兵だけで……隊長がもし協力してくれなかったら、本当に終わる…………殺される」

「……俺、もう死ぬとか、どうでもいいんだよ」

黒崎は、やっと顔を上げた。

少しさみしそうだった。

「俺たちみたいな思いを、次の世代にさせたくないと思ったんだ。俺はわかるよ、隊長は絶対他の兵士とは違う。この世界に疑問を持ってるはずだ。だから……そうじゃなくても、俺は戦争を終わらせたい」

俺は、自分が不甲斐なくなった。

黒崎は本気で、政府に牙をむくつもりだ。

俺はもう諦めた、どうしようもない、そうやって逃げてきたんだ。

死にたくなかったから。死なせたくなかったから。

何もかも流れに任せて、最小限に生きようとした。

でも、そんなの…………俺じゃねえよな?

「……わかった。俺もやる。政府を踏みつけにしてやろうぜ?」

「日暮……ああ、そうだなあ?」

俺たちは、部屋を出て、隊長のところへ向かった。



「点呼!」

翌日の集会。俺は隊長と目があった。

隊長は少し笑い、うなづいた。

俺も、うなづきかえす。

隊長は黒崎の言った通りのことを考えていた。隊長から話したいことも、そのことだったそうだ。隊長が先に話を切り出してくれたから、信用は深まった。


「なんかあ……ランニングが久々の感じしない?」

黒崎はゼエゼエしながらベンチにもたれかかった。

「まあ、昨日は朝から日本兵館行ってたもんな」

俺は特に変わらずに、水を飲んだ。

昨日のことがあり、他の兵士からは痛い視線を感じる。

出世したわけじゃないんだがな。

今思うと、隊長はあの話をするために俺たちを日本兵館に連れて行ったんじゃないか?


何事もなく夜になり、俺と黒崎はベッドの上に座って、昨日こっそり…隊長にはバレているが…もう一本買ってきたプロテインで乾杯をした。

「やっぱりうまいなあ、これ」

「また日本兵館行ったら買おうぜ」

「買いに日本兵館行っちゃダメかなあ」

「ダメだろ」

相変わらずすごいビジュアルのプロテインを片手に、俺たちは今後の話をした。

「俺考えたんだけどさ……」

黒崎は、話が一段落したところで、本題らしいことを切り出した。


「日暮に、ここをでてほしいんだ」


…………は?

「でるって……逃げ出すってことか!?」

「違う違う。……なあ、徴兵に行かなくていい人って、どんな条件か知ってるか?」

行かなくていい人……つまり、行けない人だ。

「治らないとわかってる病気持ってる人……とか、重めの前科持ちとか……怪我…それも、致命傷…」

「日暮、悪いんだけど、怪我してくれないか?」

はあ!?

「怪我って……致命傷だろ!?ひとりで動けないとかじゃねえか!?そんなことしたら今より行動できねーぞ!?」

「いや、致命傷じゃなくていい」

…………ん?

「そこそこの怪我をして、致命傷のフリをしてほしいんだ」

フリ?

「でもそんなん、すぐバレるだろ?」

「隊長、日本兵館の付属病院にもツテあるって、言ってたよなあ?」

あ……。

「診断書を、偽装してもらうってことか?」

「そう。それで、日暮には外から、できるだけ政府と関わらないように……青山と澪を探してもらいたい」

待て、さっきから“日暮には”ばっかり言ってるけど…

「……黒崎は?どうすんだよ」

黒崎は真剣な表情のまま少しの間黙っていたが、ちょっとずつ緩めて眉を下げた。

「俺は……ここに残る」

え…………?

「なんっ…!」

「ルームメイトのふたりが同時に怪我をして、同じ病院で同じ診断なんて……不自然すぎるだろ?少しでも怪しまれたら危ないからなあ」

「でもっ……!俺だけいなくなったら逆に……!」

逆に、政府の目が黒崎に集まる。

いきなり致命傷を負い、訓練学校を去って行方がわからなくなったやつのルームメイトだ。

何かを探る姿が見られたら、本当に殺される。

「……ははっ……それが大丈夫なんだよなあ。俺には計画があるんだ」

計画……?

黒崎は俺の顔を見てにやにやしていた。

「そのうちわかるさ。お前は外から、俺は内から……一緒に、戦争を終わらせるんだ」

よくわからないが、俺は黒崎の真剣で、自信たっぷりの表情を、信じることにした。

「わかった」

俺たちはもう一度、ほとんど空のプロテインで乾杯をした。


「……なんか、いいなあ」

「え?」

「ほら、青春、じゃね?」

「…ははっ……だな……」



――――これが最後のさかずきになったとは、思ってなかった。



一週間後。


「ほら、日暮!フルーツ持ってきたぜ!」

…………。

「大丈夫?背中さすってあげようかあ?」

…………。

「よし、トイレだなあ!俺がおんぶして…」

「るせえよ!!?」

「え」

俺は病室のベッドから勢いよく体を起こし

…………痛ってぇ!!?

…俺は、骨折した。いやさせられた。もちろん、治るやつ。

でもな…………これは本当に……

痛すぎるっ!!

この前、俺たちじゃあ怪我をするにもどうしようもないからって、何も隊長に頼まなくても……。



『複雑骨折?したいの?いいぞ任せろ』

『え?治るやつ?わかった。致命傷じゃないってことだな』


グキッ…バキッ…ボキボキ…グニャっ…


『大丈夫大丈夫、泣くなって。すぐ治るからな』



あのときの隊長の恐怖といったら……。

「ひどいぞ?せっかくお見舞いに来てやったのによー」

「お前が担当なのって複雑骨折これが嫌だったからじゃねーの!?」

「うーん、それもある」

「開き直るな?」

でもこの怪我で騙せる気がする。

自分でさえ治んない…どころか死ぬ…と思ったからな。

「黒崎……みかん剥け」

「えー?甘えん坊?」

「殺すぞ」

俺は再びベッドに仰向けになった。

真っ白な天井、カーテン、ベッド、床……病院は少し、緊張感がある。

…………俺たちは、もうこの時点で政府に喧嘩を売ってるようなものなんだ。

いつ感づかれるかわからない。いや、感づかれたら、お終いだ。

「黒崎」

しばらく黙っていた隊長が、ボソッと声を漏らした。

「はい?」

「お前俺と任務が決まった」

「え」

黒崎はみかんを向きながら表情が固まった。色々協力してきて、隊長の前でテンパらないほどにはなったが、やっぱり少し恐れ多いのかもしれない。

「なんだ、嫌か」

「出世すか」

隊長は、少し考えてから小さくうなづいた。

「まあ、そんなところだな。そして急なんだが、日程は明日だ。俺の仕事にお前も加わった、って感じだな」

出世……隊長の贔屓ひいきかもしれないが、政府と敵対するとなれば、権力はあるだけ必要。……いい流れだ。

「まあ、日暮が兵役強制終了で外の病院に移るのも明日だし、お別れが数日早まったってぐらいだよ」

あれ、黒崎、微妙じゃん。

「黒崎、よかったな。このまま隊長ランク目指せよ」

……遠くを見つめるようで、返事をしなかった。

「黒崎?」

「えっ?…ああ、ごめん。……そうだな!」

黒崎は、焦ったように笑うと、みかんを皮ごと口に放り投げた。

「あっ!!?俺のみかんだろ!?」

「へへ、もらったぜえ」

リュックを背負い、黒崎は立ち上がった。

「……俺、やることありますから、先帰らせてもらいます、隊長」

「お、おう?いいのか?日暮は寮には帰らねえぞ?」

俺は、黒崎の顔を見つめた。

そうか、今日で“お別れ”なのか。

黒崎も、俺の顔を見た。目が合い、思わず吹き出した。

「な、なんだよお」

「もしかして、さみしいのかよ?」

「は!?なんでそうなる!」

「うるうるしてんじゃん?余裕そうな顔しといてさ」

「してねえよお!!」

黒崎は漫画みたいにプンプンしながら、さっさと病室を出て行ってしまった。

…………行っちまったか。


「行っちゃったかあ、って、思っただろお?」

突然、黒崎はまた顔を出した。

「……思ってねぇし!」

黒崎はいたずらな顔でニコッと笑った。


なあ!」


――――そうか、“お別れ”では、なかった。


「ああ、な!」


「次会うときには、羽雄と澪も一緒だ」

「ああ、もちろんだ」


黒崎は、少しの間黙って俺を見つめ、手を振って帰っていった。


「ミオ……?」

「え?」

黙っていた隊長が、突然口を開いた。

「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもない…………」

少し考えてから、隊長もリュックを背負った。

「俺も帰る」

「あ、はい。お見舞いありがとうございます」

「ああ……日暮」

隊長は、病室の扉の前で立ち止まった。

「はい……?」

隊長は、黙っていた。

「隊長?あの……」


「気をつけろよ。外は情報量が違う」


隊長は言い放って、早歩きで去ってしまった。

情報量……?

隊長は、俺に何か忠告したのだろうか……?





長い長い“生い立ち話”が中途半端なところで、日暮ひぐれは黙ってしまった。

「日暮?」

「あ……ああ」

「さっさと話してよ」

「…………川森。俺はなあ、意外とここまでやるほどのメンタルは持ってたんだよ。みおが死んだと聞いて、青山も……ずっとズタボロのままで、真っ暗な政府の足元這ってさ」

…………今まで、考えたことがなかった。


澪がいなくなって、つらいのは私だけじゃなかった。


日暮も意外と、苦労してたんだ。

「でもなあ……“つらい”、“悲しい”以前になあ……戦況が180度変わったんだよ……」

「戦況が変わった……?」

「ああ。澪と青山が生存という希望が見えて、隊長が協力してくれて、俺が訓練学校を出て…………は、よかったんだ」

…………?


「…………黒崎くろさきと、隊長が死んだ」





体はまだ痛い。

退院したあと、俺は実家に帰り、荷物をとってから親のもう使っていない土地を借りて隠居した。

一着だけ持ってきた真っ黒なスーツをゆっくりと着る。

ネクタイは黒がないから、締めない。

ボロボロの廃墟から、灰色の空を眺めた。

ここにきてから、訓練学校が平和だったことをやっとわかった。

俺たちは“青春”なんて、呑気に仲間といただけだった。

この空は、戦争中だというのに。


「ごめんなあ、黒崎くろさき、隊長……俺は葬式も墓参りも行けねえんだ」


黒い服だけは、着た。


この廃墟…今は家だが…に来るまでの道は薄暗く、人通りは少ない。変わりに、隅に動かない人がよくハエと一緒に眠っている。

家に近づくにつれてその数は減っていくが、ひとりで外にいるのはさすがにしんどかった。

だからほとんど、家を出ない。買い出し以外はずっと家にいる。

ただ、何もしていないわけではない。

俺は苦手なパソコンと毎日睨み合う。

どうすれば、政府に刃向かえるか。

どうすれば、戦争を止められるか。

何人もの人が、戦争を憎んでいるか……。


約束したから。

黒崎は多分、知ってたんだ。隊長と“出世”で任務に行くって…………本当にバカだな俺は。隊長を信じすぎた。それは政府を信じたと変わりない。


その状況は、青山と一緒だろ…………。


気づいてほしかったのかもしれない。黒崎はビビりだから。隊長だって、あれが全部嘘だったわけじゃない。

だから、政府に殺された。

…………絶対諦めるもんか。

俺は、まだ片づけていない、訓練学校での荷物が入ったダンボール箱の中を漁り、缶を探した。

持って帰ってきたプロテインの缶…………。

黒崎は、ただ死んだだけではなかった。


プロテインの缶の口の裏側……USBが張り付いている。

黒崎が生きてる間に集めた、内部の情報。

例のプロジェクトについての情報も少しあった。

少ないが、からはまず手に入らない。

「……ちゃんと、“内側”の役割果たしてんなあ、黒崎よお」

…………無意識に黒崎の呑気なしゃべり方が染み着いていた。

嫌ではない。

俺は最近やっと覚えた方法で、USBの情報をパソコンに厳重に入れた。


…………順調だと思うなよ日暮明斗ひぐれあきと。わかってるだろ。


わかってる。俺だけでは無理だ。

がいる。

政府に牙を向くことができるような、“力”がいる。

知識頭脳、PCスキル、器用さ、精神力…………

そして、権力が。


「まずは……」


俺は久々に触るスマホで、奇跡的にまだあった、『清野千尋せいのちひろ』という連絡先を押した。





「…………で、今にいたるってわけ」

清野せいのはともかく…………他のみんなはどうやって知り合ったの?」

日暮ひぐれは、しばらく目を逸らし、何か考えてまた私の方を向いてニヤリと笑った。

「それはまた今度だ」

…………は?なにそれ。

「ほら、もう寝る時間だぜ?あーあ、眠いなあ」

日暮は立ち上がり、伸びてあくびをしながら、自分の部屋のほうへ向かっていった。

「ちょっと、はぐらかさないでよ!」

「日暮様の長ーい話、泉野いずみのとクロエと長瀬ながせの分も聞きたいってかあ?」

「……遠慮しとく」

「へへへ」

日暮はいつもと同じように軽い笑い声をあげた。

ただ、少し控えめだった。

「……川森」

「何?」

「…っその…………悪かったな。澪はまだ行方もわからないのに、俺は逃げてきた……最低なのはわかってる。……一発殴ってもいいぞ」

日暮は少しうつむいてた。悔しさを噛みしめた顔を、垂れかかった髪の毛の間からみせた。

“逃げてきた”……か。

「いいよ……だって日暮は誰かのために…澪のために、動いてるんだから。謝る必要ないから」

私がそう言うと、日暮は顔を上げて、意外そうに目を丸くした。

「……そっか、ははっ。……やっぱお前、そういうところは変わってねえんだなあ」

なにそれ。

日暮は、笑いながら、ほっとしたように少し涙を滲ませて、部屋に入っていった。

……本当何なんだあいつ。

私は、ちらっと時計を見た。

そのとき、窓から青い光が差し込む。

“寝る時間”って……もう朝じゃないの。

それで明日…いやも仕事があるから、私は借りた部屋に入り、ベッドに座った。

周りを見たら、ダンボール箱が積まれてたりとごちゃごちゃしていた。物置にしていたのだろうか。

ふと、“訓練学校”とかかれたダンボール箱に目がとまった。


――――たくさんの人が無惨に死ぬこの世界を、変えなければ。


私は、ベッドに仰向けになり、布団をかぶった。

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