第7話 うまいプロテイン

政府が、った?青山あおやまを?

……なんでだ?

「この写真、見て」

黒崎くろさきは、俺に青山の遺体の写真を向けた。本当は遺体とか、グロいのとか得意じゃないし、何せしばらく一緒に過ごした友達の遺体を見るのは嫌だったが、黒崎の話を聞かなくてはならないから、じっくりと、見つめた。

ただ、目を細めた。

羽雄はねおの体……青いでしょ?こういう症状が残る薬でね、政府しか所持できないものがあるんだ」

政府限定の薬?

「どんなやつなんだ…?」

「猛毒」

猛…毒。


「舐めたら即死。本来なら使用禁止の毒薬だ」


使用禁止…?だから、政府だけの特権なのか…?

でもなんで青山が……いくら政府が使ってもいいっていったって、こんな使い方でいいはずがないだろ!

……本当に政府か?

「…俺はよく知らねーけどよ、そういう症状が出る薬って、他にもないのかよ?」

「……ある」

「だったら政府って、決めつけられないんじゃ……」

「いや」

黒崎は、写真をそっと下げて、下を向いた。

「隊長さ……さっき、言ってたよね?青山が“行方不明”だったって……」

ああ……え?

「……そんなの、俺たち知らなかったな…?」

「それに、行方不明だったのに急に戦場で遺体見つかるか?普通に考えたら、戦場を一番に探すだろ?だってほかの場所にいる可能性なんて、ほぼねーんだぞ。戦ってたのは戦場そこなんだからよ」

「ああ……確かに……」

「もうこの時点でつじつまが合わねーんだよ。少なくとも政府は怪しすぎる。隊長も何か隠してる…俺たちみたいな一般兵士には言えない……政府の内部に関わるのかもしれない」

「内部……」

あいつも、だ。こんな風に、消えていった。

日暮ひぐれ?何かあるのか?」


「いや……俺の、ここにくる前の友達がよ……俺より先に兵にでたんだが……結構早い段階で、死んじまったんだよな……」


さっきより、もっと冷たい空気になった。

みおは、俺が兵にでてすぐ、死んだと連絡があった。

もちろん、“戦死”らしい……。

でも今、なんだか全てが怪しい。どんどん化けの皮が剥がれていくような。

……澪も、青山と同じだった。


「……あいつ…澪も、“出世”だったんだよ。残った兵士に聞いた話では、戦場も同じ……」


黒崎は、目を見開いて身を乗り出した。

「…その人!遺体の写真あるかな…!」

「いや……俺はみたことねー…多分、他のやつらもだ。澪のを知ってる兵士はここにはいなくなった……」

やっぱり、偶然の気がしない。澪と関わりがあった兵士がすっぽりといなくなるなんて、おかしいだろ…!?

「……でもよ、黒崎。俺たちなんかが動いたところで……すぐバレんじゃねーか?……危険すぎる」

黒崎は、まだ俺と目を合わせない。うつむいていて、どんな表情かおかもわからない。でも、そっと、しゃべりだした。


「…俺はやる。政府の化けの皮、全部剥いでやる。俺が死んだってなんだっていいさ。羽雄の理不尽な死に様を、俺は許せねえ。政府も戦争も、大嫌いだ。

……全部、終わらせてやる」


黒崎ではないような低く暗い声が、俺の心臓に反響した。

俺だって、戦争なんて大嫌いだ。でも、澪が死んだと言われている中、何かを探ろうなんて、リスクでしかない。

――――だがある日、思い出した。



5日後――――

俺と黒崎は、隊長と小隊長と共に日本兵館へ出張になった。

隊長と小隊長は会議に参加する。俺たちはあくまで付き添いで見学なので、何時間か待っているしかなかった。

休憩所のようなところはしゃべってもいいそうなので、とりあえずそこのソファーに座っていることにした。

休憩所を廊下からのぞくと、中には誰もいなかった。

俺たちは、自販機で缶ジュースを買…おうと思ったら、缶のプロテインや栄養ドリンク、ペットボトルの水しか売っていない。

プロテインがあまりにもまずそうなビジュアルだったから、仕方なく水を買った。

「……暇だな」

「暇だなあ」

休憩所には、自販機とソファー以外何もない。

本来ならまだ俺らは高校生だから、かなり退屈してしまう。

俺たちは、ソファーにドサッと腰を下ろした。

「今さらだけどさ、スマホないの泣けてこねぇ?」

「うん、それ。なーんかないかなあ、面白いもの。ゲーセンとかさあ」

「日本兵館にそれはねぇな」

そのとき、休憩所の前の廊下に、高そうなスーツを着たおじさんがふたり、タバコを吸いにきていた。

窓の前とは言え、廊下で吸うか?

「ねぇ、あのおじさんたち、あんなとこで吸ってるけど。いいのかあ?」

「さぁ?あの雰囲気といいスーツといい、絶対お偉いさんだな。しかも一人はほら…」

「あ……SPバッジ…」

「何にも関わらねーほうがいいな」

とは言いつつ、嫌な感じだったからしばらく見ていることにした。


「いやあ、まさか今日の会議であなた様にお会いできるとは」


声は、聞こえるようだ。

向こうは俺らに気づいていない。

……よし。

「なぁ、黒崎」

黒崎は俺と同じことを考えていたようだ。

顔を向かい合わせてにやっと笑った。

「……いいよ、日暮」

そして、俺たちは廊下から死角の位置に行き、お偉いさんの話に耳を向けた。

……盗み聞きだ。

「バレねぇかなあ」

「大丈夫、大丈夫!」



「私はあなたの意見に深く賛成していまして。ぜひ支持したいと思っていたんです」

「それはありがたいな。それなら君は、例のプロジェクトに参加するつもりかな?」

「はい、そのつもりです。ですがその試験に苦戦していて……」

「はっはっ、それは悪いね」

「いえいえ!私が無能なばかりに……」

「いやいや結構。当然だと思うよ。あの試験はかなり難題だからね。近いうちに待ってるよ」

「恐れ入ります。……ところで、その……ひとつ質問が」

「なんだい?」


「例のプロジェクトのじっ…いや……0130JP“アオイミオ”について、なんですけど」



は…………?


「日暮」


ど……どうい……は……?


「お前の友達も、“みお”じゃなかったか?」


今、確かにあいつは言った。

と言った……。


「どうしたんだよ、日暮…」



「……君、それはさすがになぁ。プロジェクト参加者以外には口外できないな」

「ですよね~。すみません」

「だが…………今“アオイミオ”が最もだとは言っておこうか」

「ほう……」

「これを聞いたからには、君も必ずプロジェクトの試験に合格してこないとだよ」

「…は…はい!もちろんです。そのときはよろしくお願いします!」



今、もう一度“アオイミオ”と言った。確実だ。

同姓同名か?だって、確かに澪は死んだと聞いた。

…………いや、本当にそうか?

「……!」

それを言ったのはだ。

「……!」

俺たちは直接見たわけでもないし、澪を知っている兵士はもういない。

「…暮!」

政府は、信用でき


「日暮ってば!!」


気づくと、黒崎が心配な顔で俺を見つめていた。

「ああ、ごめん……なんだ?」

「なんだ?じゃねーよ!ずっと、うつむいて青い顔して……」

「……“葵井澪”」

「え?」

「さっきあいつらが言ってた、名前」

「うん……」

「俺の友達だ」

黒崎は、目を見開いて冷や汗を流した。

でもすぐに首を振った。

「待って、いや、違う……だってその、澪って人はもう……」

俺は黒崎の方を向かずに、黙っていた。

黙って、ひとりで考える。

澪の話、なぜあいつらはしてた?

まさか……いや、でもそうでなかったら……


――――――――――見えた。


自販機のガラスに映る俺の顔は、気持ち悪いぐらいに無意識で、にやけていた。

「…………てる」

「え?」

「生きてるかもしれない……澪が!」

喜びを隠しきれずに、俺は黒崎の肩を掴んだ。

「待て待て。その人が本当に生きてるとはまだ言いきれねぇよ!」

「それは知ってる。でも希望が見えてきたじゃねーか!」

「澪は“成功”だって、言ってたぜ?」

は……

「成功品……?」

記憶を辿れば確かにあいつらは言っていた。


…………なんだ?“成功品”って…。


「お前ら、ここで何してる?」

「たっ、隊長!!?」

振り向くと、自販機の前であのまずそうな缶のプロテインに口を付ける隊長が、落ち着いた顔で俺たちを見つめていた。

「お帰りが早かったようで!」

「ん?ああ、確かに早く終わったな、会議」

隊長は腕時計をのぞいて少しうれしそうな顔をした。

どうやら廊下と反対側の入り口から休憩所に入ったらしい。俺たちは廊下側の壁に張り付いていたから、隊長に気づかなかった。

「そういえば、副隊長は……」

「ああ、あいつはやることがあって先に返した」

「なるほど……」

俺たちは隊長がソファーに近づく前に、急いで立ち上がった。

「……なんだよ、別にこんなデカいんだから三人座れるだろ。来いよ」

隊長は、そう言いながらドサッとソファーに腰掛けた。

「でっ…では……」

俺たちは、ソファーに戻り、座ろうと中腰になった。

「お言葉に甘え…」

「何故座ろうとしている!!」

ええ!?

「ももも、申し訳ございませんでした!!」

急いで再び立ち上がり、ソファーから離れた。

隊長は、黙ってプロテインを飲み、俺たちを見つめている。

やべー、死…

「はっはっはっ、冗談だよ!」

……ん?

隊長は、大きく口を開けて高笑いした。

た、隊長?

いくら休憩所とはいえ、あまり大きな声は……とは言えず。

「さ、サヨウデゴザイマシタデショウカ」

黒崎、ビビりすぎて文法おかしいぞ。

「さあ、今度こそ、座れ」

「では……」

俺たちは、会釈をして、そっとソファーに腰掛けた。

……いや、待て。

俺たちふたりが座ったときはなんて大きなソファーなんだ、一体いくらするんだとか思ったけど、三人だと結構ぎゅうぎゅう……というか、隊長が大柄で……。

「さて…お前ら、さっき何してたんだ?」

うわ、ごまかし考えてなかった。

どうしよう。

俺は黒崎と目を合わせた。

黒崎も考えてなかったようだ。

しかし、黒崎は数秒して隊長の方を見て言った。

「……その……水の!」

「水?」

「そこで俺た……自分ら、水を買ったんですけど、そのキャップが飛んでいってしまって……探してたんです!」

めちゃくちゃすぎねーかぁ!?

「ふーん、そうか」

“ふーん、そうか”!?

「ところで、お前ら、水なんてつまんねーもの買ったのか?」

秒でさっきの話題終わった…。

「は、はい」

「これ、うまいぞ」

そう言って隊長が俺たちに見せたのは、自分が飲んでいたプロテインだった。

絶対に、まずい。

「そ、そうなんですね……」

「ああ。俺は日本兵館ここに来たときは毎回買ってる」

「あぁー……」

適当にうなづく俺たちを、隊長はじっと見つめた。

そして、にやっと笑みを浮かべた。

何何、怖い。

「よし、今日は俺がお前らにこれを奢ってやろう」

えっ。

隊長が……?俺たちに?

プロテインのビジュアルよりも、今日の妙に優しい隊長が気になった。

「そ、そんな、恐縮です」

「自分らみたいな低級兵士に……」

とか言ってる間に、隊長は自販機のボタンを押していた。

「いいんだよ……実はな。今日の会議がいい方向に進んだんだ。だから機嫌がいい」

なるほど……?

「お前ら、本当なら今頃青春真っ最中だろ?部活の顧問が試合のご褒美くれたぐらいに思っとけ……ほれ」

隊長は、プロテインの缶を俺たちの手元に投げた。

冷たいが、温かかった。

「…ありがとうございます!」

俺たちは、声を揃えて言った。

隊長は、日本兵館の隊長なのに、本当に先生みたいで、兵士には珍しく、優しかった。

そして、隊長は自販機の横にあった窓の外を見つめた。

「悪かったな」

「……え?」

隊長は、窓の外を眺め、プロテインをまたひと口飲んで、言った。


「巻き込んじまって、悪かったな。お前らみたいな若い奴らをさ、政府はほしいんだ。高校生なんて、これからだったのに。青山も死なせちまったしよ……戦争はたくさんの若い芽をむしり取っていく」


窓からは、赤い夕日が差し込んだ。

戦争は…………嫌いだ。


俺は、プロテインの蓋を開け、恐る恐るひとくち飲んでみた。

「……うまい…!?」

「だろ?見かけにはよらないんだよ」

意外とさっぱりしていて、そこら辺のジュースよりよっぽどうまかった。

「ほんとだ」

いつのまにか黒崎も口を付けていて、うれしそうに飲んでいた。

「ここの飲み物、俺の知り合いの老人が決めててな。このプロテインがうまいって知ってるのも、多分俺ぐらいだ。売り切れてることは今までなかったしな。お前ら、口外すんなよ?」

「…もちろんです」

隊長は、残ったプロテインを一気に飲み干し、缶をゴミ箱に捨てた。


「あの、隊長」

黒崎が、両手でプロテインを持ったまま、一歩前に出た。

隊長は、少し振り向いた。

「今日、訓練学校に帰った後、少しお話いいですか」

「……ああ、俺もそう思ってたんだ」

どういうことだ?

「まあ、とりあえず今日は帰るぞ」

「は、はい!」

隊長についていき、俺たちは廊下側の扉から休憩所を出た。

廊下で話していたお偉いさんは、びくっと動いてこちらを振り向いた。

「これはこれは。お会いできて光栄です」

隊長は、SPバッジをつけた人のほうに会釈をした。

「ああ、東京一般兵訓練学校の」

「はい、隊長をさせていただいております」

SPの人は、俺と黒崎をちらっと見つめ、睨んだ。

何か察された……?気のせいか。

「では、失礼します」

「……また会議で会おう」

お偉いさん方は、タバコを片付けながら、早歩きで廊下の向こうに去っていった。



寮に帰宅後。

部屋で着替えようと、制服のボタンを外していると、黒崎が俺の手を止めた。

「何してんだよ、お前も行くんだぞ。パジャマで隊長に会う気かあ?」

「行くって……何話すんだよ?」

黒崎は俺の手首から手を離し、少しうつむいて視線を逸らした。

「俺……隊長に話そうと思うんだ。俺が、やろうとしてること」

やろうとしてること……?

まさか…………


『政府の化けの皮、全部剥いでやる』


あのときの黒崎の低い声、そして黒い空気と同じだった。


黒崎は…………本気ガチだ。

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