第6話 目的

私が本当にしたいこと―――。

それがはっきりわかったら、どんなに楽だろう。

学生時代は毎日のように進路を早く決めなさいって、先生たちはうるさかった。

早く決めないと苦労する、いい仕事に就けない……。

でも私は、はっきりとした目的もなく、ただ偉い人の機嫌をうかがって、ここまできた。あのときの呪文は、何の意味もなさないことを改めて思い知る。


でも……目的がない人生が、生きにくいのは確かだ。


「川森…!?どうしてここに」

「あんたこそ……あ、お仲間も」

「私たちは……えっと、熊頭…じゃない、賢太郎けんたろうさんに会いに来てて……」

外国人の美女が……クロエさん、だったか。苦笑いでそう説明した。

いや、待て。賢太郎……?

「なんで……あいつを知ってるの?」

「えっ……だってよお、あいつが捕まったとき俺たちが……」

え?

そのとき、クロエが日暮ひぐれの顔面をひっぱたいて倒した。そしてまた愛想笑いで何か説明した。

「あ!えっと、賢太郎さんの友達と…!実は知り合いで!それで!会ったこともあって……」

泳ぐ青い目。細かく動く指。流れる薄い汗……。

言い訳というか……この人は嘘がつけないんだな。私がわからないはずがない。これでもSPだぞ。

私は、二人を鋭く見つめた。何を隠している……?

「お、おい、睨むなって!なんにも怪しいことなんかねーぜえ!?なあ、クロエ」

そのとき、なんだかひどく冷たい風が心臓を乾かしたような気がした。その後はすぐに火のような熱がこみ上げた。

なんだか、今の自分がすごく嫌いになった。

「……別に睨んでないから……じゃあ……」

顔を合わせないように、私は二人の横を通り過ぎた。

何をやっているんだろう、私は。SPなら、政府に仕える者ならあんな怪しい反政府のやつら、問い詰めて裏に回して尋問しなければならないのに……。


『愛はあった方が、生きやすいのよ』


ふと、清野せいのの言葉が頭に響いた。


『今まで、頑張ったね』


『ずっと独りで、つらかったね』


ずっと独り。ひとりぼっち。今までは寂しくなんてなかったのに。


『私たちが葵井あおいくんを見つけたら、また昔みたいな平和が戻るわ』


私、日暮に“SP”と見られてて、もう友達じゃないみたいで……悲しかった。


昔みたいに……!


私は、立ち止まった。そして、日暮たちの方を向いた。

「私の協力が必要……?」

「……は?」

「川森さん……?」

日暮とクロエさんは不審な顔で私を見つめた。

「別に、何も企んでないから……気が変わった、というか。あなたたちに協力するメリットを見つけたから」

沈黙が続いた。でもしばらくして、日暮がぷっ、と吹きだした。

「はははっ。お前、意地っ張りは変わんねーなあ」

何それ。

やっぱり、うざい。だけど、この前日暮と再会したときの微量な安心感が帰ってきた。

「でもさあ、なんで急にだよ?やっーぱなんか企んでんじゃねーの?」

「だとしたら、あんたみたいなバカには気づけないでしょ」

「ははっ、うっせ」

日暮は再会したときよりは、調子に乗っていない。完全に信用されてはない……か。

ふと、クロエさんの方を振り返った。彼女は目を丸くしてぼーっと立っていた。そして、日暮と同じく笑い出した。

「なーんだ、川森て、案外普通でかわいいんだね」

「は?かわ…?」

「照れんなって!川森?」

やっぱり、めんどくさい雰囲気だった。





『とりあえず、私たち帰るところだから、一緒に来ない?』

クロエさんがそういうから、私はなんとなくついてきてしまった。

……よく考えたら、あんな日暮と喧嘩して帰って行ったやつが急に丸くなって来るなんて……おかしいな。なんだか恥ずかしくなってきた。

まあ、日暮と“仲直り”したわけではないのだが。

この前の廃墟に着き、日暮ひぐれが中に向かって大声を出した。

「帰ったぞー!清野せいのいるかー?」

「千尋ちゃーん、ただいまー!」

「あー、うーん。おかえりー」

二人に続いて部屋に入ると、コーヒーの香りが漂っていた。時間はもう、0時を過ぎていた。

「あら?川森ちゃん。いらっしゃい」

清野はキッチンでポットにお湯をそそいでいた。

少し驚いた顔をしていたが、思ったより反応が薄かった。

「……日暮もクロエも、千尋ちひろちゃんにしかただいまって言わなかったな」

この前のパソコンメガネとやら……泉野いずみのさんは、パソコンから目を離さずに何か文句を言っていた。

「まさくん、根に持ちすぎだって」

「泉野いたのかよ」

「ごめん。気づかなかった」

「ひどくない?」

彼は私に気づくと、軽く会釈をした。

「みんな遅かったわね。何してたの?」

席をすすめられ、私はテーブルの横の椅子に腰掛けた。

「いやー、泉野帰っちまったあとさ、俺たちも帰ろうとしてたら川森こいつに出くわしてよお」

「いや“出くわす”って」

「化け物みたいに言わないでくれる?」

「まあまあ。で、なんか……協力?してくださるっつうお話しでしたよな?SPさん?」

日暮……いかにも私が怪しいやつみたいに言う。まあ、当たり前か。

「別に私は、政府とか関係なしにここに来たから。気が変わったの」

私は、コーヒーカップを机に置いた。


「私も、みおを探す」



カチカチカチカチカチカチ



泉野さんがキーボードを打つ音だけが響く。

しばらく黙って見つめられた後、日暮が泉野さんの方を振り返った。そして、他の人達も続いて振り向いた。

「……泉野ぉ?」

「なんで俺が決定権持ってんだよ……?」

「だって正人まさと、一番頭いいし」

「リーダーシップは俺だけど、一番頭いいし」

「私たちはみんな賛成だけど、頭いい人の意見聞きたいし」

「逆におちょくってんの?……まあ、俺は別に、川森凛かわもりりんと協力するかどうかは頭っから賛成だし……てか、それ言い出したの俺な?だって……」

泉野さんはパソコンを閉じて、こちらを向いた。


「俺たちはあんたがいないと澪を見つけられない。でもな、あんたも俺たちがいないと澪を見つけられないんだ」


……そう。だから、ここに来た。

「まあ、わかってっか。それは」

「ど、どういうことだ?」

「……だって、あなたたちが、“反逆者”だから」

日暮が少し不機嫌な顔をした。

「澪の場所とか、私の方が機密情報は得やすい。でも、たとえその情報や方法を知っても、私にはが難しい……場合によっては、できないの」

まだ日暮とクロエさんは理解できないようだった。

「立場的な問題な」

泉野さんが付け足しをして、クロエさんは「あー」と、頷いた。

「立場てきぃ…?……ああ、ウンウン、ナルホドナー」

「日暮わかってないわね」

本当にバカだな、こいつ。

「……だから!私は国にとっては忠実なしもべなわけよ。でもあんたたち…のやろうとしてることは?何かの理由で隠された兵士の身柄を探し当てようって。完璧な犯罪なのよ、今の時代なら!」

日暮はようやく理解したようだが、うつむいた。

……“犯罪”とか、言わない方がよかっ…

「犯罪?……ああ、そうか…………ははっ」

え?

「いや……面白くなってきたな。なんか、政府が潰れる未来が見えてきたぜ!?」

日暮……。

「え、日暮大丈夫そ?」

「厨二病化したのか日暮」

「違ぇーよ!」

私は、柄にもなく心がざわついてしまった。

誰も、という言葉に、突っ込まない。それどころか、笑っている。この人たちは本当に……


政府が大嫌いなんだ。


「……ちょっとだけ、気が合いそう」

「え?なんて?」

「いや」

私は少し笑みを浮かべた。

「私、目的ができたの。だから、協力する。それだけだから」

不思議そうな視線が集まったが、清野はにっこり笑った。

「よかった!川森ちゃん、今日は泊まっていって!ここからだと、議事堂も近いし」

クロエさんも、すぐにアイドルスマイルを見せた。

「……そうだね。お部屋もあるよ!ここ、外見はボロいけど、中は意外ときれいだし、水道でるから!」

「お前らなんだよ!俺の物件だぞ!?」

「え、日暮の?」

「親のでしょーこのニートめ」

そうか、こんな……こんな日暮だが、実家は大金持ちなのだ……。





しばらくして、みんなは2時ぐらいに寝た。私は残業を持ち帰ってしまったので、ノートパソコンと顔を合わせていた。

さすがに疲れた。今日はいろいろなことがありすぎた。

……もあるし、そろそろ寝よう。

私は、清野せいのが入れてくれた、すっかり冷たくなったコーヒーを飲み干した。そして、カップを片付けに部屋を出た。



カチカチカチカチカチカチカチカチ



パソコンを打つ音が聞こえた。…泉野いずみのさんか。

気づいていると思うが、泉野さんはパソコンから目を離さなかった。

……前髪があんなに長くて、パソコンが見えるのだろうか。

どうでもいい疑問を持ちながら、私はキッチンの水道でカップを洗っていた。

「世の中って理不尽だよな」

突然、泉野さんはしゃべりだした。

「……はい?」

「ほら、日暮ひぐれみたいなやつがお金持ちだなんてウケるって、思っただろ?あのニートが使うより、もっと頭のいい使い方があるってさ」

「……何が言いたいんですか?」

ジャーと、水道の音が静かに響く。

「……日暮でも、何でも誰でも使えよ。あんたの目的は知らねーが、俺たちの目的は一緒なんだ。日暮の有り余る金も、あんたほど権力ちからのある人間が使う方がよっぽどこっちにも有利だからな」

……この人が、頭がいいのはわかる。全部、見通しているような…そんな感じがする。

「そうさせてもらうつもり。でも、あんまり日暮を頼ろうとも思わないから」

「……なんで?」

なんで……か。真剣に聞かれると少し言いたくはない…というか。

「……かな」

「は!?」

何いってんの、この人。

「私はね!あんな自分勝手にいろいろ聞いて、しゃべって怒鳴ってるあいつにペコペコしたくないの!それだけだし 」

なんだか視線はないのにうざくなり、私はそっぽを向いた。

「……だってさ、日暮」

「え?」

さっと振り返ると、部屋のドアがゆっくり開き、廊下から日暮が出てきた。

「……ははっ、なんだあ、バレちったか」

「最初っから、気づいてた」

「へへっ」

「日暮……」

私は少し罪悪感をおぼえた。こんなやつだけど、聞かれていたとなると気まずいというか……。

「…俺もう寝るわ」

泉野さんはパソコンを閉じて、立ち上がった。

……この空気から逃げる気か。どういうつもりだろう。

でも私の横を通り過ぎるとき、泉野さんはこそっと私に言った。

「日暮はそんなに

気にしてない……。



ガチャ

バタン



「……」

無言の空気が広がる。

喧嘩をしたつもりなんて…ない…はず。

「……」

もういいか。泉野さんの意図はわからないが、コップを洗い終わったらさっさと部屋へ戻ろ…

「川森」

え?

「……何」


「いや…俺の目的も忘れて…そのー…いろいろ、さ…言ったりとか……悪かった、よ」


日暮は目が泳いでいた。いつもとは天地ほどの差がある声量。……ずいぶん気が変わったな。清野に何か吹き込まれたのか。

「別に。私はそんなにけど?」

冷たく言い放ったつもりだったが、日暮は急にいつもの満面の笑みを取り戻した。

「…ははっ。だよなあ!お前なんか、すげー仕事してんだもんな。メンタル強いよなあ、それは!」

どういう納得の仕方だ。

……まあ、こっちの方がやりやすい、かな。気まずいのは嫌いだし。

というか、私はいつまでカップを洗っているのだろう。

「……あ、そうだ」

「ん?何だ?」

「私……おかしいと思ったことがあって」

私は水道の水を止め、カップをタオルの上に置いた。

「あ、ああ…」

日暮が目をそらして控えめになった。

「何?」

「いや……俺…川森に言わなきゃなんねーことがあってなあ…」

察した、のか。

「うん、多分私が聞きたいのはそれ」

絶対に、辻褄が合わないことがある。


5年前に出された、あの恐ろしい命令。

…………18歳になった一般男性には、徴兵令が出された。

その命令の対象でないのは

“戦えないほどの致命傷を負う者”

“完治しない持病を抱える者”

“重い前科を持つ者”

日暮は最初、戦えないほどの致命傷を負ったと言っていたが、この前の敵との戦闘を見ると、それは絶対に嘘だ。



「―――どうして、日暮は今、ここにいるの?」





5年前――――



「…ろ!……きろ!……起きろって!日暮ひぐれ!」

目が覚めたら、目の前に黒崎くろさきの顔があった。

「なんだよ、お前!びっくりすんだろ、こんな朝っぱらからよ…」

「しゃっくり止まらねーからびっくりさせろっつってたのはお前だろお?」

「もうとっくに止まったわ!昨日の夕方のことだぜ!?」

徴兵で一般兵訓練学校いっぱんへいくんれんがっこうに来て1ヶ月ちょっと。今はこの一家全員医学部で両親共に医者、本人も薬学に精通している大金持ちの黒崎響斗くろさきひびとと…

「お前らガチうるせぇ。起床時間までまだ1時間7分28秒あるんだぞ?」

腕時計が恋人の青山羽雄あおやまはねお。ふたりのルームメイトと暮らす毎日。

黒崎と青山はここにくる前から一緒だったらしい。でも、俺がハブられることなんてなく、普通にすぐ仲良くなった。

「だってよお、遊びたいじゃーん?俺たち一応学生だし、休憩時間じゃ足んねえよお…なあ、日暮」

「俺まだ眠いし……」

「えー」

「朝からそんなこと言ってらんねぇぐらい疲れんだから黒崎おまえも寝とけよ」

兵士は朝5時に起きてランニング、朝食、朝会、訓練…と朝から忙しい。まあでも、俺たちはまだ入りたてだから実際の戦場にも行かないし、部活の合宿のキツさが倍増したぐらいのもんだ。

でも今日からは……

「そうだ……今日だな。青山」

「……ああ。一足先に、だ」

「もー置いてくなよ、ズリーぞお?」

今日は青山が“出世”する日。明日の今頃には、もうこの部屋にはいない。

戦場に兵士になるんだ。

「いつごろ行くんだ?日本兵館だろ?」

「昼めし食ったら出発する……最後のマズい飯だ」

「へへっ。別にマズくはねーだろ。まあ、お偉い兵士さんは高いうまい飯なんだろうけどな」

「そんなに偉くはなんないだろお」

こいつらと3人でいるのは結構楽しかったから、少し寂しかった。でも、そんなのはカッコ悪いから、ただ茶化して笑った。

一生会えないわけじゃないし、俺たちも出世すればまた一緒だ。


一週間後。夕食を終え、俺たちは部屋で自由時間を過ごしていた。

「日暮ー、向こうはもう朝かなあ」

「そうだな…」

「今日じゃない?……羽雄はねおが戦場に行くの」

「ああ、そう…だな」

「うーん…まあ、別に…何にもないよなあ」

「何がだよ?」


「え……だってほら、戦場だからさ…まあ、行くのは当たり前なんだけどね、俺たち兵士だし……でもなんか、ちょっと、どきどきというか……胸騒ぎというか……」


黒崎はベッドに仰向けになって布団を抱き、天井を見つめていた。

俺だって、何も思ってないわけじゃない。でも、何かあってほしくないから、知らないフリをする。

静かな空気を遮るように、俺は満面の笑みを見せた。

「……まあ、青山は…頭いいし。足も速いしな。弾とか全部避けられたりしてな!」

「……っぷはは!漫画じゃん!でもあの真面目フェイスで弾めっちゃ避けてたらウケるなあ」


大丈夫だ、絶対。意外と死なないって、今の時代の戦争なんて。

そう自分に言い聞かせながら布団をかぶった。

「電気消すね」

「ああ」

このときはまだ、知らなかった。

俺がどんなに“バカ”だったか……。


―――どれだけ、戦争をなめていたか。


「えー、今日は、君たちに大事な話がある…」

青山がここを去ってだいぶたったある日。朝会ではいつものように隊長が長い話をしていた。

隊長は、訓練学校のと呼ぶのが正しいが、彼は元々兵を率いていたことがあったため、“隊長”と呼ばれたいそうだ。だから、というのも変だが、訓練学校の兵士で隊長の名前を覚えている人は少ない。俺だって、覚えていない。

隊長の話をいつものように聞き流していたが、隊長の“大事な話”に、目を見開いた……。


「この前の乱戦後……しばらく行方不明だった青山だが……先日、その戦場で……遺体が見つかったそうだ」


遺体……?

遺体……青山の?

…死んだのか、あいつ。

死んだ……


死んだ?


「羽雄…?」

沈黙の中に、かすれて震える声がそっと響いた。

黒崎と青山は、幼なじみだ。

「兵士として……国のために命を懸けるのは、何よりの名誉だ。君たちも、青山も、覚悟しているんだと思うが……」

が?


「青山の遺体なんだが……どうもおかしくてな。戦死なら、弾が入ったり、爆弾にやられてたりとか…バラバラだったり、するんだが……青山の体は、綺麗すぎたんだ」


隊長は、青山の遺体現場の写真を掲げた。

傷はなかった。確かに、戦死には見えない。

もっと不思議なのがら体が青いことだ。紫に近いか。血管が浮き出ていて、その血管も、青い……

まるで、殺人事件のよ

「綺麗だと……?」

突然、黒崎が口を開いた。

「おい、黒崎…」


「どうみたって…どうみたって戦死じゃねーだろ!?爆弾とか、弾じゃねーよ!こんなの……殺されたみてーじゃねーかあ!?」


黒崎は、叫びながら涙を散らした。

「……黒崎。気持ちはわかるが、隊長に向かってその口調はなんだ」

「だっておかしいだろ……!こんな…なんで羽雄なんだよ…何で……!!」

黒崎は、隊長から写真を取り上げた。

「あ、おい!お前!」

そして写真を抱えてしゃがみこんだ。

こいつの声がブツブツと聞こえるだけの空気だった。

隊長も、黒崎を見つめるだけだった。

他の兵士たちは、なにをしていいのかわからないのか、無表情で姿勢を崩さなかった。

……いや、違う。兵士達こいつらは、何とも思っていないのか…。

青山は座学も優秀で、訓練でもずっとトップだった。


『青山なんて、ただのガリ勉だろ。訓練と戦場じゃ、違うんだ。あんなのすぐにくたばんだろ』


『青山さえいなければ…俺が一番なのに』


そんな陰口もたくさん聞いた。黒崎が聞くと殴りかかってしまい、俺たち三人が訓練出禁になるから、あいつには聞かせないようにしていた。

みんな、青山が嫌いだ。きっとここに、味方はいない。

俺は黒崎を黙らせようと、肩を掴んだ。

「…黒崎、とりあえず落ち着け。…立てよ」

「絶対おかしい……羽雄がいなくなるなんて……」

「おい、黒崎。切りかえろ。日暮の言うとおり、落ち着いて立て」

黒崎は、もう一度写真を見た。


「羽雄……かわいそうだなあ……こんな真っ青にされちゃって……痛かっただろうなあ……時間かかって死んじゃったんだろうし……怖かったよなあ……俺、助けられてばっかりで……昔からさあ……ごめん…助けられなくて…………あ?」


沈んだ目をしていた黒崎が、突然何かを見つけたように、目を開いた。

そして静かに、ゆっくり立ち上がった。

「……よし。いいだろう。だが、朝会の時間が押してしまった。お前のせいだぞ。日暮、黒崎。部屋に戻れ。今日は訓練出禁だ!」

え?

「…は、はい!申し訳ございません!ほら、黒崎!」

「……」

「……お前ら!グラウンド行くぞ!」

「はっ!」

隊長は、兵士を引き連れて、昇降口に向かっていった。

俺らの隊長は……今の時代の兵士で珍しいが、意外と優しい。俺らの心情を考えて、今日は休暇をくれたんだ……。

見送った後、俺は写真から目を離さない黒崎を連れて、部屋へ戻った。

「どうしたんだ?お前。情緒不安定……わかるけどよ…」

「日暮、俺…わかった」

「あ?」

「羽雄、死んだのなんでか。わかった」

「……殺人…か…?」

「ううん…まあ、そうなんだけどさあ……」

「何だよ……?」

黒崎は、涙を流しながら、狂ったように薄く笑った。


「羽雄は……政府がったんだ」


は……?

「どういう……ことだよ……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る