第5話 愛はまだ知らず

朝食を終えてみんな好き勝手する。なぜかはわからないけど、どっちにしろ全員リビングにいる。

だから、普通なら何をするにも、周りに気を遣う。



おばけなんてなーいさ


おばけなーんてうーそさぁ


ねぼけたひとが


みまちがえたのさ



「おい長瀬ながせ……?」

なら。


だけどちょっと


だけどちょっと


ぼくだってこわ…


「やめろやめろ!!うるせえぞ!」

ほら、日暮ひぐれがキレた。

「ギャアー!やめろ…やめてえー!」

日暮が音源のスマホを奪おうとして、長瀬くんともみくちゃになってる。また始まった……。

「長瀬くん、なんでその曲気に入ってるの?」

「だ、だってえ……」

また長瀬くんは半泣きで倒れた。

「熊頭か」

「熊頭ね…」

唖然として彼を眺めるクロエと、パソコンから目を離さないまさくん。

あれから数日が経つが、長瀬くんはまだ立ち直らない。同情か、なんなのか……。

でも、何で助けてくれたんだろう?

「く…熊頭って言うな!賢太郎けんたろうさんは、僕たちを守ってくれたんだ!」

「お前なあ……ただのやべーやつかもしれねーぞ?お前が何を言われたかは知らねーけど……たった一晩しか会ってないのにそんな泣くことかよ?」

「さよならも言えなかった……」

日暮の言葉に耳を貸さずに長瀬くんは机に顔を寝かせてしょぼんとしている。その光景を見る日暮の目が凄まじい。

やばい、爆発するよ……。

クロエが止めに入ろうと立ち上がった。

「ちょっと日暮っ…」

「じゃあ、会いに行こうぜ」

え?爆発は?

「…会うって……会えるの?」

「俺も一度は兵に出たからな。牢屋ぶち込まれても別に戦争関係なく面会はできるぞ。家族限定ならちょっと偽装がいるがな……」

「大丈夫だよ」

突然、まさくんが私たちにパソコンの画面を見せて言った。

「この人に家族はいない。日本兵館付属の孤児院で5歳の時から暮らしてて、14歳から兵に出てる。こういう人は制限もなにもないんだ」

家族が、いない……。

じゃあ子供の頃から、認めてくれる人がいなかったんだ。


『俺ハ……人間ダ!俺ハ…オ前ラト同ジナノニ……!』


『俺ハ、反逆者。……悪者ダ』


『……ソイツラハ、俺ノナカマナンカデハナイ!』


私たちはだから、熊頭……賢太郎さんは仲間だった。あの人は政府が嫌いで、戦争が大嫌いで……

“愛”を知らないんだ。

愛されたことがないから、愛することができない……悲しいだ。

そんな人を、悪者扱いする政府は、許してはいけない。

……じゃあ、あの兵の中に紛れてた、川森ちゃんはなの?

愛を知ってるのに……いや、知っていた?

「……日暮、川森ちゃんの連絡先教えて」

「あ?いいけどよ…どうした、急に」

「今から会いに行ってくる」

「今!?」

「千尋ちゃん、賢太郎さんのところは?」

「私はいいわ。……首絞められたし」

「それは気まずいな」

「気まずい」


部屋に戻り、スマホを開く。


『川森ちゃん

清野です。突然ごめんなさい。私、日暮たちとのこととは関係なく、川森ちゃんと話したいの。ほんの少しでいいから、気が向いたら来てくれる?“図書カフェ”で待ってます。

清野千尋』


川森ちゃん、返事してくれるといいけど……。




「はい…はい、そうですか。ご無事で何よりです。…いえ、私は結構です。お気遣いありがとうございます。……はい、では、失礼します」

自分で“失礼します”と言ったにも関わらず、が通話を着るのを待つ。

の機嫌を伺って、自分を下げ、を上げる。

どんな悪者でも、偉いものは偉いのだ。

私も、悪者だ。

「川森ー!」

スマホを鞄にしまって出入口を抜けると、後ろから声がした。

「……ああ、山梨やまなしか」

同期の山梨は典型的な“陽キャ”で、何かと絡んできてうざいが、この真っ黒な場所にはいたほうがいい存在かもしれない。実際、私の方が“上”だから、気を使わない。それにこいつは山梨三郎議員の息子……繋がりがあるに越したことはない。

「やっぱり川森だ。帰り?」

「まあ……」

「最近早くない?出世?」

「別に」

そういえば、最近は議員に早く帰される。まだ“疲れている”と思われているのか。それとも気に入られたのか。……後者が望ましいが。


ピコン


鞄の中で通知音がした。山梨を気にせず歩き、スマホを開いた。


―――清野せいの


「……っでさ、今日もし暇なら、飲みに…」

「悪いけど、用ができた。先行くから、さよなら」

「…ええ?……彼氏?」

「なわけない。キレるぞ」

「キレてんじゃーん」

ガン無視して私はそこにちょうど来たタクシーを拾った。


バタン


「どこまで?」

「桜公園までお願いします」




ゴォーーー


窓を開けていたから、風が入ってきて髪が揺れる。顔にかかって邪魔だ。

高校を卒業して以来は就職時にしか髪を切っていない。あの時は毎月のように美容院に通って……そんなこと金の無駄だ。仕事に支障が出そうならその時切ろう。

……こうやって最近は学生時代を思い出すことが増えてしまった。日暮ひぐれのせいだ。顔も見たくない。

だけど、清野せいのは……。

「あの、やっぱり少し先の……図書カフェ…までお願いします」

「あの辺は……人通りが少なくて危ないですが…」

運転手が振り返ったが、私のSPバッジを見てすぐ向き直った。

「分かりました」

どういうカフェなのだろうか。

窓の外はだんだんスラム街のような場所へと入っていった。

その奥に、温かい灯りがもれる小さな店があった。木の板にカラフルなペンキで“図書カフェ 新作小説あります”と書かれていた。

「ここですが……」

「……ありがとうございます」

札束をトレーに置き、タクシーを出た。

「えっ…あの、ちょっ……え!?」

運転手の声を残して、カフェの中へ入った。

扉を開くと鈴が鳴る。窓は色とりどりで、建物は木でできている。童話に出てくる家のようだ。

テーブルごとに小さな本棚があり、全て本がびっしり入っていた。

「こんにちは。初めてのご来店ですね。どなたか待ち合わせておりますか?」

縁が色々なビーズで飾られた緑のエプロンをしたおじいさんが、カウンターから出てきた。おそらく、店長だ。

「あ……はい」

店長は私のバッジをちらっと見て、すぐに顔を合わせた。

「もしかして、セン様のお知り合いでございますか?」

セン?

「いえ、私は…」

「お連れします」

店長はすぐそこの階段を上って行ってしまった。仕方なくついていくと、二階の一番奥の席に清野が座っていた。コーヒーを片手に分厚い本を読んでいる。

「セン様、こちらのかたがお見えです」

店長がそう言うと、清野は素早くこちらを振り向いた。

「川森ちゃん……来てくれたんだね」

清野が、本を閉じて向かいの席に座って、と合図をした。

その席に座る。窓の外を見ると、もう真っ暗になっていた。ここら辺は街灯がないのか、町のほうよりも真っ暗だ。

店長も窓の外を見ていたが、こちらに気がつくとすぐに振り向いた。

「何かご注文は?」

「あ、いえ……」

「コーヒーとスコーンをお願い」

「え?」

「かしこまりました」

店長は軽くお辞儀をしてから、階段を下りていった。

「私は別にいらないんだけど……」

「ここは頼まないと追い出されるのよ」

「そう……で、話って?」

清野はコーヒーをひと口飲んで、少し黙ってから口を開いた。

「別にね、そんなたいした重要な話があるわけじゃないの……わざわざきてもらったのになんかごめんね…。ただ、お話ししたいなって。しばらく連絡も取ってなかったじゃない?せっかくんだし。…それ、おいしいから食べてよ」

さっきまでの少し気まずそうな顔は消えないが、笑顔が表れた。

“会えた”

“重要な話じゃない”

“話したい”……。


「……そっか、会えたから……」

「え?」

「……から、呼んでくれたんだ…」

「え……?うん、そうよ?」

てっきり、騙されているのかと思っていた。そうやって騙して、日暮たちに協力させよう、とか、思ってるのかと……。きっぱりと、縁を切る覚悟で来たのに。

の清野がどんな人間か知らないから、信じられなかった。

でも……

「本当に、変わってないね」

「え……ふふ、そうかしら?」

「……清野は何の仕事してるの?」

「私は……本屋でバイトしながら小説書いてるんだけど……まったく売れないの」

「まだやってるんだ。もう諦めたら?」

「ひどい!これでも努力してるのよ、高校のときは賞だって取ったし……」

「デビューは、しないのね?」

「もう、うるさい!」

少し、空気が温かくなった気が、した。



時計の針は午後8時を指している。

「……っで、その時田中ちゃんが出てきて…!」

「あー!あったね!修羅場すぎて…」

高校時代の友達の話が一段落したとき、清野が話し出した。

「……私ね、別に川森ちゃんの好きな方に行っていいと思うの」

「え?」

「ほら、日暮とかみんなは川森ちゃんに協力させよう、とか、いうんだけどさ。…ごめんね、結局この話で。でも、私は本当に、川森ちゃんとこうやってまたおしゃべりして、楽しく遊んで…それだけだから」

清野はテーブルに肘をついて手を頬に添え、優しい微笑みを浮かべた。

「……私」

「…なに?」

「澪が生きてるって、あんまり信じてないんだよね」

「川森ちゃん……?」

「だから、そんな無意味に政府に対抗したくないの。こうやって政治家の言うとおり動いてさ、気に入られれば出世だってあるし、偉くなって、上に立って、戦争を止めさせたいの」

私は顔を上げた。多分、笑顔。いやな顔はしていない。そんなつもりはない。

「清野とまた仲良くできた。それでいいんだ。あの時は帰ってこないんだよ。もう、覚悟したんだ、とっくの昔に…!」

「川森ちゃん……」

清野の眉が下がった。

あれ、私……。

「私、愛はもう…いらないの…!」

頑張って笑顔を保った。でも、軽い嘘をついているような地味な罪悪感。何故だろう。

「川森ちゃん……」

清野が立ち上がって私の横に来た。もう視界が歪んでそれ以上見えない。

「私…今日ね、これが一番言いたかったの」

そっと、柔らかな手が背中を撫でた。


「……今まで、頑張ったね」


テーブルに水たまりが出来ていく。泣く音はない。でも涙の落ちる音は響いてた。


「ずっと独りで、つらかったね……」


ポタン


「でもね、私は“諦め”より、“希望”に時間を使いたいわ」

「希望……」

「そう。あの時の幸せが帰ってきて、それ以上の幸せが生まれるの。その可能性が一ミリでもあるなら、私は信じたい。こんな時代が少しでもましになるなら……」

鮮明な視界が戻ってくると、清野の強くて優しい顔が目に映った。

「川森ちゃん、時々私とお話しよ?私はあの人たちと葵井くんを見つける。川森ちゃんが戦争を止めてくれて、私たちが葵井くんを見つけたら、また昔みたいな平和が戻るわ。ね?あ、それと……」

前まで嫌いだった言葉も、何故か今はとても楽だ。前より、ずっと。


「愛はあった方が、生きやすいのよ」


清野はニコッと笑って自分の席に戻った。そして、スマホの時刻表示を見て荷物を持った。

「…そろそろ帰んなきゃ。またお話ししようね!あ、そのスコーン食べてね。店長には今度センが払うって言っといて。じゃあ!」

「…うん、またね」

清野が帰るのを見届け、スコーンをかじった。

、おいしい。

そういえば、“セン”とは。

その時、階段がギシギシという音がして、店長が上ってきた。

「お客様、まだいらっしゃいますか?」

「え…あ、すみません。閉店ですか?」

「この店はお客様が閉店時間を決めるのです」

「はぁ……。あの、なんであの子を“セン”と呼んでるんですか?」

「ここは“図書カフェ”ですからね。作家さんはペンネームで呼ぶことにしております。というのも、お客様が一部の作家さんのみなのでね」

色々ルールがある…不思議な店だ。

「お客様は、今後もいらっしゃるのなら……なんとお呼びすれば?」

そんなのどうでも……。

いや、偽名を名乗るべきだ。仕事柄、本名を得体の知れない者に言うなんて……。

「…“アイ”で」

「かしこまりました」

何でこの単語が出てきたかはわからない。適当だ……と、言うことにする。


帰り道。店を出ると、やはり真っ暗だった。

ここら辺は人がいなくて陰気だと聞いていた。実際そうだ。でも、私は……私たちは、しか見ていなかった。

空は、とても広くて、美しい。星を見るのはいつぶりだろう。

上を見ることを忘れていた。そんな余裕もなかったんだ。

一番な生き方……それは、“誰とも関わらないこと”では、ないのかもしれない。


RRRRRR……


誰だ。こんな遅くに……。

「…はい、川森です。…はい、……はい……え?」

私は方向を変え、駅に向かって走った。

「……すぐに向かいます」




「……」

日暮ひぐれ

「……」

「もう日暮、貧乏揺すりしないで!うざいんだけど!」

「だってよ!こんな刑務所むしょで待たせられんのかあ!?あんななんでもないおっさんのためによぉ!」

「日暮、おっさんじゃない。賢太郎さんは僕たちの歳とそう変わらないよ」

「うっせぇ!」

「静かにしろよ。お前も刑務所入れてもらえ」

「ああ!?」

「お待たせしました。…こちらへ」

「あ、はい。……ほら、行くよ!」


コツコツコツコツコツコツ


ギイィ…………


「……賢太郎さん。面会の方々が来られましたよ」

「……オ前ラカ。何故キタ」

「賢太郎さん……」

「では、私は失礼します」

「……長瀬ナガセカ。久シブリダナ」

「名前覚えられてんのかお前」

「……アア、貴様ハ俺ヲボコボコニシタ、ウザイヤツダナ。ソッチハ、ゴリラ女にモサメガネ」

「ぶっ殺すよ?」

「モサメガネ……?」

「何ノヨウダ?」

「いや、用なんて。僕は賢太郎さんに会いたかっただけ……」

「ここ、スマホは使えるな?後でこのアドレスにメールしてほしい」

「は?」

泉野いずみの?」

「……ハハ。アア、ワカッタ。ンダナ?」

「熊頭もどうしたんだあ?」

「ふっ……ああ、そういうことだ。……じゃあ、もう用は済んだ」

「え?ちょっと待ってよ、正人まさと!それだけ?てか、それが目的でここまで?」

「ああ。……じゃ、俺は帰る」

「…ぷははっ!ま、そんなことだと思ったよ。……クロエ、俺らも帰ろーぜ」

「え?」

「どうやら俺らは名前すら覚えられてねーようだからよぉ。なあ?長瀬」

「……ふふ。ありがと。俺は“友達”と話してから帰るよ」

「友達……」

「じゃーな。…おーい!泉野待てよー!」


ダダダタダダダタダダダタダダダタ


ドン!


「ちょっと日暮!……あの、ごめんなさ…」


「川森!?」


「日暮…っ」




その日の深夜。


『@nihonheikan.naibu.information.2272433285136513』


『URLヲ送ッテオイタゾ。日本兵館内部ノ情報ダ。一部ダガモレタラ俺モオ前ラモオシマイダカラナ』


「ああ、どうも。約束は了承しよう。熊頭、お前には何かと手伝ってもらいたいからな。川森凛かわもりりん、次にツテがあるのはお前だ」


『長瀬ノ仲間ノ手伝イハスル。敵ハ同ジダシナ。……ダガ、川森凛ハ』


「……なんだ?」


『――――』

「おい、聞こえてねーのか?」


『――――お前は誰だ』

「は……?」


ブチッ


ツーツーツー


「……バレたな、これは……」

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