第4話 悪者
「ほら、ぼーっとしないで、
クロエが私の横を駆け抜けた。その拍子にふたつ持っていた銃を落とした。
「ああーごめん!…はい、これ千尋ちゃんの分ね」
クロエは私に銃を持たせた。
銃……。
人を、殺すもの。
これはまだ、使ったことはないけど、存在だけでも随分重い……。
ガシャン
銃を持った瞬間、落としてしまった。手の力が抜けたのか、銃が重すぎたのかわからないが、私には、もう持てないのかもしれない……。
『武器は人を守るためにあるべきだよ』
ふと、誰かの言葉を思い出した。
誰だっけ、こんなこと言うの……。
「千尋ちゃん?」
気づいたら3人が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「え、あ、ごめん。……行こう」
私はまさくんから銃を受け取ると、洞窟に戻ろうと、方向を変えた。
おばけなんてないさ
おばけなんてうそさぁ
「あ……あのぅ」
「ナンダ」
「なんでずっと……その、“おばけなんてないさ”かけてるんですか」
「悪イカ」
「いひゃ!そう言うわけでは……ごめんなさっ」
「ソンナニ怖ガルナ。傷ツクゾ」
「…ご、ごめんなさい…!?」
「……コノバッジガ気ニナルカ?」
「え……あっいや……」
「俺ハ元SP……政府ノ人間ダ」
「……元?」
「アア……俺ハオ前を殺ス気ハナイ。タダ俺ハ……」
「……どうしたんですか?」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
「大丈夫か!
「……
ちょっと待って、日暮もクロエも速すぎる!あんなの追いつけるわけ……!
「あれ、
30メートルぐらい先にいるクロエが後ろを振り返った。
「知らな…ちょっと君たちさ…速すぎ…」
「
「…黙りなさい…呪うわよ…」
息切れを落ち着かせようとしばらく止まると、後ろからまた息切れした声が聞こえた。
「お前…ら……化け物…か…よ……」
「まさくん…」
「正人…」
「
「泉野…」
「……なんだよ」
「貴様ラ……!急行突破シタノカ…!」
縄でぐるぐるの長瀬くんの横に、熊頭が斧を持って構えていた。焚き火の炎しか灯りがない。
「へへっ…熊頭のおっさん、仲間を返してもらおうか…!」
熊頭は黒いマントのようなコートを着ていた。体格的に、多分男だ。胸には金色の……川森ちゃんと同じバッジが付けられている。
あれ、でもよく見ると、バッジの紋章のところにひっかき跡みたいなバツ印が……。
「俺ノ……邪魔ヲスルナ!!」
熊頭は斧を日暮に振り下ろした。日暮はにやっと笑い、軽々しく跳ねて避ける。そして、自分の頭をこつこつと指で突いて言った。
「悪いな、おっさん。熊は人間のここには勝てねーよ!」
「ウウウルサイ!!俺ハ……人間ダ!俺ハ…オ前ラト同ジナノニ……!」
“同じなのに”……?
なんだか熊頭のようすは変だ。ただのおかしい人ではないような……。
クロエと日暮が乱闘を繰り広げている間、まさくんはずっとパソコンとにらめっこ。
「千尋ちゃん」
パソコンから目を離さず、私にまたよくわからない機械を渡した。
「これをあのどさくさに紛れて熊頭の身体に付けられる?」
「何、これ」
まさか……。
「爆弾じゃないから。そんなすぐ殺さないよ。これは身体に付けたらその人間の血液、遺伝子とかの身体情報のデータをとれる装置。あいつが“何者”か、調べたいんだ」
そうか。身元特定みたいなことだ。
でももし、正真正銘政府の人間だったら……。
「まあ、一応スタンガン付きだけどね」
「え」
「護身用だよ。死にはしない」
良かった。私はその装置を受け取った。
「できるかな。俺よりは“足速い”もんね?」
また根に持ってる。これだから面倒なのよ。
「当たり前でしょ。私のこんな身体能力もまさくんよりはましよ」
まさくんの真似をして精一杯煽る。“ガーン”という文字がぴったりな表情を想像しながら、私は乱闘しているところに近づいた。
まずは、長瀬くんを助けるべきな気がする。あのふたり、完全にその目的を忘れて戦ってるわね。……楽しそうだからいいけど。
私は洞窟の壁側を通り、長瀬くんの座っているところまで行った。
「大丈夫?」
「千尋さん!ありがとぉー!」
長瀬くんは半泣きでめっちゃ丁寧にお辞儀を繰り返していた。
「いいから、あっちに加勢してあげてくれる?」
そう言うと、長瀬くんはピタッと泣きやみ、むくっと立ち上がった。本当に、のっぽ。私より40センチは高い。
「…任せて!」
さっきまでが嘘みたいに猛スピードで乱闘の方へ走っていった。風で髪が揺れた。
日暮やクロエの、何倍も速い。
「あ、でも千尋さん!」
何故か戻ってきた。
「俺、みんなのこと守るけど、あの“人”のこと、殺さないから!」
にっこりと笑い、また猛スピードで走っていった。
“殺さない”……それはいいことだけど、どうしてわざわざ言いにきたのかしら?
とにかく、この装置を熊頭に取り付けなくては。でも長瀬くんを投入して、さらに“どさくさ”になったあの中に入ったら……死ぬ。
でも日暮に言えば……!
「日暮ーー!」
私の呼びかけに斧を避けながら日暮が振り向いた。
待て、いくらちょっとおかしい熊頭だからって、堂々と作戦言ったらわかってしまうのでは……。
テンパっているのか、私もそんなことを今気がついた。とりあえず、私の方へ背を向けさせられたらいい。
じゃあ……
「それを引きつけ背を我が方へ向けさせよ。その隙に我がまさに言はれしためしすれば!かつがつ、何も考へで言はれし通りにせよ!我までな殺しそ」
沈黙が続く。みんな戦いの手が止まった。
古文にしたら、もしかしたら日暮には私といるから伝わって、熊頭にはわからないかもと思ったが……。
もしかして……
戦いが再開する。
「清野お前、急に何言ってんだあ?」
日暮もわからないだと。散々平家物語をバカにして古文悪用してるくせに……?腹が立つな。
それにしてもどうしよう、どうやって伝え…。
乱闘をとりあえず観察する。
ドドドド
バリンッ
ビューン
日暮もクロエも熊頭も、ドタドタと暴れている。
……あれ、よく見ると私、ずっと熊頭の顔を見てない気がする。
……日暮?
私は日暮の方を振り返った。目が合うと、あいつはまたにやっと笑った。……あれはハッタリか。
「へへっ……いとおかしだろ?」
やっぱり、バカにしてる。
私は熊頭の背中を追った。
大丈夫、熊頭は私に気づいていない。
でも背中を向けてくれているとはいえ、上手く装置を取り付けるのは難しい。こいつも、それなりに動きが速い。
「クソ……オ前ラ……邪魔ヲスルナ!」
……邪魔?いったい何の邪魔何だろう。さっきから言ってるが、これはわからない。
とうとう熊頭は、長瀬くんに斧を蹴飛ばされた。これで丸腰だ。
「俺ハ…悪者ジャナイ!アンナ人殺シト一緒ニスルナ!!」
……やっぱり、この人、何か引っかかる…。
その時、熊頭は素早く後ろを振り返った。目が合う。
まずい、ばれ…
ガシッ
その瞬間、熊頭に首を絞められた。
「千尋ちゃん!」
クロエが青い顔で私の方を見る。
痛い…苦しい…首がもげる…!
でもチャンスだ。この距離ならなら装置を付けられる…スタンガンで気絶させてしまえば……
届かない。
本当にやばいかも……
「千尋ちゃん!銃!」
え……?
そうか、ポケットには銃が……
『俺ハ……人間ダ!俺ハ…オ前ラト同ジナノニ……!』
ダメだ……私に
私は、弱い。
「装置だ!」
ポケットに伸ばす手の力が抜けた瞬間、まさくんがそう叫んだ。
装置は、届かないの。ごめんなさ…
「装置をそいつに投げろ!」
投げる?
「……飛ビ道具カ……!」
感づいた熊頭が私の首を乱暴に離した。
私はとにかく装置を熊頭に投げつけた。
ジ…ジリジリジリジリ
装置は熊頭の腹の辺りにくっついた。
なんだ、粘着性があるなら先に言ってよ……!
視界がチカチカする。意識が朦朧としているのか……
いや、本当にチカチカしている。
チカチカというより、ピカピカ……?
「アアアアアアー!!」
辺りが明るくなったり暗くなったりを繰り返していてよく見えない。でも、明るくなった一瞬を捉えようとする。
……見えた。見なければ良かった。装置を付けられた熊頭は、丸焦げになって倒れていた。
「
「スタンガン…じゃねーな…」
「ごめん、千尋ちゃん。ひとつ嘘ついた。……“爆弾”だよ」
まさくんは丸焦げの熊頭を眺めて言った。
「100万ボルトの……電気爆弾だ」
な、なんで……。
「感電させると、データがとれる」
「な、なんで!おかしいよ!だって……死にはしないって言ったのに!」
「そうだよ!」
突然、黙りこくっていた長瀬くんが叫んだ。
「あの“人”は悪い人じゃないんだ!……確かに敵なんだけど…俺を“殺さない”って…言ったんだ!…上手く言えないけど…根拠はないけど!俺は絶対、政府とは違うと思う!」
その言葉は、“強かった”。
まさくんは首を傾げ、面倒そうにため息をついた。
「別に、“死にはしない”が嘘だとは言ってないんだけど」
……は?
「まあ、このまま電気流し続けたら死ぬよ?でもデータがとれればそれでいいし。……終わったみたいだ」
そう言いきると、まさくんはあの装置の半分ぐらいの大きさのリモコンみたいなものを取り出して、真ん中のボタンを押した。
すると、ピカピカしていたのが止まった。
熊頭は動かないが、死んではいないようだ。
「……じゃあ“電気爆弾”は、強すぎるスタンガンだったのね?」
「そうだね」
「紛らわしい。面倒くさい。呪うわよ」
「ひどい」
「っぷははっ!下手に格好つけっと、逆にダセーぜ?」
「お前にだけは言われたくない。……ま、熊頭は当分起きねーから、データ手に入ったしこいつの所属を調べる。しばらくここいんぞ」
「えーそんなに色々持ってきてないよ?食料だって二食分しか…」
「大丈夫、明日の午後までには終わるから」
「はあー!?俺たちちょー暇じゃん!」
「鬼ごっこでもしてろ」
「俺、鬼やるよ!」
「
さっきまで戦ってた君たち、これから鬼ごっこする気?わけわかんない。
……いや待て。
「そういえば君たち血だらけじゃない!救急セット取ってくるから!」
「俺も俺も!そう言えば痛い!」
「あー待って日暮ー!俺も走りたい!」
「あんたなんで走れんの!?走りたい!?」
日暮と長瀬くんは私を追い越して走っていった。
私なんてまだちょっと息がしづらいのに、本当なんで走れんのよ…!
「……ふたりとも元気だね」
「正人動いてないでしょ」
「走ったよ。頑張った」
「……千尋ちゃん守ってくれたんだね」
「え?」
「ふふっ……なんでもないよっ。私も行こっと!」
ダダダダダダダダ
「……元気だな……色々誤解なんだけど」
ジャリジャリ…
「…だって“仲間”なんでしょ」
目を開くと、光が差した。
……背中が痛い。
そうか、ここは洞窟なんだった。
クロエはまだ横で寝ている。クロエが起きてないなんて、いったい今は何時なんだろう。
洞窟の外はまだ薄暗かった。青い日差しと冷たい風が顔に当たる。
朝ご飯の準備をしようと、私は車に戻って食料を取りに行った。準備といっても、調理はできないから、持ってくるだけだけど。
山の朝は気持ちがいいな。子供の時…戦争が激しくなる前、よくキャンプへ行ったことを思い出す。いつも家族で行ったけど、高校生の時、卒業したらいつもの4人でも行こうと思ってたんだよね。
パンとりんごが入った紙袋を抱えて、洞窟に戻った。
奥に進むと、カチカチとキーボードを打ち込む音がした。
中身を一人分にした紙袋を差し出す。
「おはよ……寝てないでしょ」
まさくんのパソコンを覗き込むと、時刻は4時過ぎだった。
「……ハッカーには徹夜が仕事だよ」
まさくんは右手でキーボードを打ちながら、左手で紙袋を受け取り、りんごを出してかじった。
彼は、左利きだ。
カチカチカチカチカチカチカチカチ
「……よし。ハッキングした。熊頭の部署はどこかな…?警備だと思うけど」
まさくんがいる場所のさらに奥で、熊頭が縄でぐるぐる巻きになっていた。その横に、
「思ったより早く終わったな。データを繋い……」
まさくんの手が止まった。
「どうしたの?」
画面を見ると、熊頭の熊の面が映っていて、その下には……え?
「おはよー。千尋ちゃん、早いね」
振り返ると、クロエが目をこすって立っていた。
「…おはよう」
「
「……ああ……」
「じゃあ午前中に帰れるね。準備しとく!日暮ー!」
クロエはそう言うと、日暮を起こしに行った。長瀬くんは寝かせてあげるみたい。
それにしても……。
「……千尋ちゃん」
「うん……この人は……」
……“仲間”だ。
「うーん……眠い。日暮は…え?」
「ヴヴヴゥ……」
「お、起きちゃった!?…あ、あのう……」
「……言ッタダロウ。殺ス気ハナイ。今ハ体ガ動カナイシナ」
「……あの、聞いてもいいですか」
「ナンダ」
「どうして……ここにいるんですか?僕をここに連れてきたのも…」
「……」
「あ、言いたくなかったらごめんなさい。大丈夫です…」
「……イヤ……オ前ハ優シイナ。ズット、ソバデコウシテクレル者ガイナカッタ……」
「え?」
「……俺ハ、政府ヲ追イ出サレタ。アイツラハ、自分タチト違ウ考エヲ持ツ者ヲ、“人”ト思ワナイ。俺ハ、世界ノタメニ働イテイタ。俺ハ頭ガ悪イカラ、何ガ正シイノカワカラナイ。デモ、人間ヲ殺シテ正義ヲ名乗ル
「え……それ外していいんですか?」
「……お前ならいい。俺は俺の顔と声が嫌いだ。だから熊を被っていた。熊は強くて、子供の時から好きなんだ……それなのに、それをも否定する……!」
「……多様性も何もないんですね、今の時代。昔の方がよっぽど個性を大事にしてくれた。僕も、こんなデカいですから、子供の時は否定されたこともありましたよ。……でも、“いい人”というものもあるんです」
「いい人……」
「今の政府は悪い人ばかりかもしれない。でも、その外側には、僕の“仲間”みたいな人がたくさんいます。あの人たちも、少し変わっているんですよ?あなたも、政府を離れて、正解です。」
「……“かっこいい”は、こノコトダト思ウ」
「はい?」
「イヤ……話シテクレテ、アリガトウ。俺ハ、迷惑ニナラナイウチニドコカヘ行ク。……ココハモウダメダ」
「……え?」
ダダダダダダダダダダダダ
「日本政府だ!そこにいる“化け物”は指名手配!引き渡してもらおう!」
「指名手配……!?」
「……スマナイ、少シ嘘ヲツイタ。追イ出サレタンジャナイ……逃ゲタンダ。俺ハ、反逆者。……悪者ダ」
「長瀬!」
私たちは兵に後ろで手を組まされ、抑えられた。
ヤバい、政府が洞窟を特定した!あの熊頭、指名手配だったなんて……!
私たちも、ヤバい!
「お前らも、指名手配の仲間か!?」
そう思われるのも無理はない。
もしこのまま捕まって、私たちの探っている事がバレたら……!
――――殺される。
「……ソイツラハ、俺ノナカマナンカデハナイ!……忌々シイ、俺ヲ追ッテ来ヤガッタ!!」
……え?
「……そんな……失礼!ご協力、感謝する!一般警察の方々か!」
「クソ……!警察ゴトキガ……俺ヲコンナトコロデ終ワラスナンテ!」
兵は熊頭を捕らえ、洞窟の外へと帰って行った。
……もしかして、あの人、助けてくれた?
しかも運良く、兵は熊頭を捕まえるのに必死で私たちに警察手帳を見せさせなかった。
……助かったんだ。
兵はゾロゾロと帰って行く。
あれ、一人スーツ姿のあの女の人は誰だろう。
気づくと、すすり泣く音が聞こえた。
長瀬くんだ……。
「
「え?」
「あの人、賢太郎さんって言うんだ。俺があの人に連れて行かれた時、話したんだ。……あの人は悪者なんかじゃないよ」
長瀬くんは顔を手で覆って泣いていた。
「私も……そう思うわ」
家に帰ったその夜。原稿を前に、窓から外を眺めていた。
まさくんが調べたデータによれば、熊頭……賢太郎さんは、東大卒のエリートだったそう。しかも熊頭の写真の次のページの顔写真は……目を疑うほどイケメンだった。長瀬くんが言うには、
『外見で“かっこいい”と言われるのが嫌だったんじゃないかな?声も相当イケボだったし……自分自身を、その考えを認められたかったんだよ、きっと……』
ただ、真っ直ぐ、生きていただけなんだ。
人間を認めない、自己肯定しかしない政府を、私たちは許せない……。
“悪者”なんて誰かわからないけど、少なくとも
「千尋ちゃん、ご飯ー」
部屋の外からクロエの呼ぶ声がした。その後ろで日暮とまさくんの言い争う声が聞こえる。
「今行くわ」
そういえば、兵の中に紛れていたあの人……。
……あれ?
そのときは気づかなかったけど、記憶を辿ると完全に一致した。
「……川森ちゃん?」
悪者は、誰なのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます